小野寺麻里奈は異世界でもやっぱり残念な人だった
あれから三日。
どちらかといえば、あれからまだ三日しか経っていないのかと言った方がいいのかもしれない。
多くの誤解と勘違いと噂に基づいて魔王軍幹部一行とされた麻里奈たちの来訪によって多くの悲喜劇が混じり合った大騒動に巻き込まれた城塞都市ダハシュールだったが、翌日には以前と変わらず、いや、なぜかより活気に満ちた場所となっていた。
まず春香のハリセンによって破壊された城壁だが、博子の魔法により戦闘終了直後に修復された。
その際彼女の指導より、この世界ではお目にかからなかった「コンビニ」なる店が現れた。
もちろん、これは麻里奈に要求に応えたものだったのだが、「コンビニ」と名乗り、その店構えも「コンビニ」と言えなくもないものであったのだが、品ぞろえその他中身まではさすがに日本人が見慣れているものとは同じというわけにはいかず、かなり趣が異なるものになってしまったのは諸々の事情により致し方ないことと言えるだろう。
だが、当然これに満足するはずのない麻里奈は不平たらたらでブツブツと文句を言っていたのだが、博子がなにやら耳打ちすると、突如上機嫌となり「また俺にだけによからぬことが起きるではないか」と恭平を震え上がらせた。
さて、自分が行きたかったというそれだけのために、異世界に場違いな「コンビニ」を出現させた麻里奈だったが、現在宿舎としている逃げ出した貴族の邸宅の一室で不機嫌さ丸出しの表情で元エセ文学少女ヒロリンこと立花博子相手にグチをこぼしている最中である。
「いったい私のどこが悪かったというのよ。反省しろというならいくらでも反省するわよ」
おそらく、この世界に来て一番困っている麻里奈をおもしろそうに眺めながら、元エセ文学少女は微妙な表現で宥めていた。
「まあ、どこが悪いといえば全部なのでしょうけど、とりあえず嫌われているわけではないのですから、よしとしたらどうですか」
「それはそうかもしれないけれども……」
いつもとは違う歯切れの悪い麻里奈の返事の原因は、二階の窓からも見える館を取り囲む「彼女たち」の存在だった。
「私がこっちに来て一番よかったと思ったことが何かわかる?ヒロリン」
「もちろんわかります。麻里奈教徒がいないことです」
「そうよ。まみたんを除けば私の追っかけはこっちにいないということよ。三日前までは確かにいなかった。それがどうよ。どっから沸いて出てきたのよ。あの子たちは」
「沸いて出たわけではなく、元から住んでいた人たちですよ。彼女たちは。それにしても、こっちの子の方が元の世界の子より情熱的ですよね」
「ヒロリン。もしかして楽しんでいない?私がこんなに悩んでいるというのに。ヒロリンの魔法でなんとかしてよ。そのための魔法じゃないの?」
「できなくはないですが、やはり人の好みまで弄るというのは私の主義に反しますから遠慮しておきます」
「まったく友達がいのないヒロリンだね。とにかく私は立派な女の子で、当然女の子は私の恋愛対象ではないことを彼女たちにもう一度親切丁寧に説明してきてよ」
「それは今日だけでもう三回やりました。まりんさんがどうしてもと言うならもう一度行ってきますが、たぶん状況は変わらないと思います。私が思うに、彼女たちはきっと目覚めたのですよ。この世界に存在しなかった新しい愛の形に」
「うぎゃー」
「それにしても、この町の少女の大部分を集めてしまうというのはすごいですね。まりんさんの女子に対する吸引力は」
「そんな吸引力はいらないよ。恭平が女の子に好かれていれば、こんなことになっていなかったものを。あのバカはこういうことにも役に立たないの?」
「恭平君はこの前の戦闘での失態が尾を引いているみたいで、町に出た時に小さな子供にまでバカにされて石を投げられたと落ち込んでいました。現在布団をかぶって泣いています」
「まったく。こんなのが毎晩続いたら病気になるわよ。ヒロリン、彼女たちがまた襲ってくる前に魔王軍がこの町を攻めてくるようにしてよ」
「そういうことは言わない方がいいですよ。また面倒なことになりますから」
「いいのよ。どうせ私の思い通りになんかならないのだから。私の思い通りになるなら、彼女たちが私に迫るなんてことが起こるはずがないでしょう。まったく、これはもうバレンタインデーの悪夢の再来だよ」
「そうですか?あれは本当にいいイベントです。毎回チョコがいっぱい食べられますし」
「私がもらった大量のチョコを食べているだけのヒロリンはいいかもしれないけれども、私はちっとも楽しくないよ。それよりも今晩どうやって彼女たちを追い返すかをヒロリンもちゃんと考えてよ」
「わかりました。無駄だとは思いますがとりあえず話をしてきますから、まりんさんは散かしたゴミは片づけてください。それはこっちにあってはいけないもので、まみたんやハルピに見つかったら大変なことになりますから」
「わかっているよ。だいじょうぶ。完璧な証拠隠滅をするから」
この時麻里奈はもちろん、博子もとりあえずは釘を刺したもののそれが現実になるとは本気で思っていなかったのだが、「起こるはずがないと、高を括っていたことにかぎってそれは起こる」という世の理どおり、この夜本物の魔王軍がダハシュール城にやってくることになるのだが、その前に、麻里奈が魔王軍襲来より怖いという町中の少女たちが麻里奈の部屋に押し寄せることになったいきさつについて少し説明しておこう。
あの日、頼りの七人の魔法騎士が春香に叩きのめされてしまったうえに、城主たちも逃げてしまった市民たちは、「魔王軍幹部のオノデラマリナは無類の女好き。とくに十代前半の女の子が大好き」という噂に一途の望みに賭け、厳選した美少女五人を生け贄として送り込み、住人の皆殺しだけは免除してもらおうと考えた。
城内に住む全員の未来を背負った少女たちも、当然それ相応の覚悟をもっており、家族との涙の別れのあとに麻里奈の部屋に入っていった。
だが……。
恐れていた皆殺しは免れたうえに彼女たちも数時間後に無事帰宅できたのだから、とりあえず結果だけみれば、大成功であるといえなくもなかったのだが、その後家族が頭を抱える困ったことが彼女たちに起こっていた。
「それにしても、まりんさんって素敵だよね」
「本当に」
「まりんさんに見つめられただけでキュンとなった」
「なった、なった」
「それにまりんさんは優しいよね。私たちにも貴重な飲み物『コーラ』もわけてくれて」
「あのシュワシュワは飲んだらキュンとなったよね。それにあれが入っていた魔法の入れ物……『ペットボトル』とかいう。あれもすごいよね」
「本当だよね。それから『コンビニおにぎり』というご馳走を包んでいた透明な紙もすごかった。どうやってあのようなものをつくることができるのだろうね」
「とにかく、まりんさんは素敵です」
「それに比べてこの町の男どもは本当に幼稚だよね。松本まみとかいうあんな小娘のパンツひとつで大騒ぎして。本当に恥ずかしい」
「低俗。下品。幼稚。バカのフルコースが揃っている。まりんさんの気高さを少しは見習ってほしいよね」
「無理よ。なにしろ男だから」
「そうだよね。嫌だね。男って」
「本当に男というのは下品で下等な生き物だよね」
彼女たちの会話の中にこの世界にあってはならないオーパーツ的な単語も含まれていたのだが、それはそれとして、そう、これは間違いなく麻里奈が通っていた中学校が最初の発症地とされ、現在女子中高生限定で千葉県中に急速に拡大しつつあるあのいけない熱病の典型的な症状である。
その熱病であるが、現世でも感染力が強いことで知られていたのだが、とくにこの手のことに免疫がなかったこの城塞都市では わずか三日でここに住むほぼすべての少女たちに感染してしまったのである。
……もちろんそれは、現世ではこう呼ばれていたあれのことである。
麻里奈教。
さて、ご本尊であるものの、自分自身は女子を恋愛対象としていない麻里奈が「麻里奈教」の布教などおこなうはずがないのだが、彼女にとっては非常に残念なことに、この後に続く現象も現世とまったく同じである。
「僕の彼女は、その日から突然『男は下等な生き物』などと言って、僕を蔑んだ目で見るようになった。これも全部『オノデラマリナ』のせいだ」
「『オノデラマリナ』の館から帰ってきてから娘が一日中『オノデラマリナ』を称える言葉を呟いている。これは『オノデラマリナ』が娘にいかがわしい洗脳を施した結果に違いない」
「『オノデラマリナ』が……」
「『オノデラマリナ』が……」
結局「やはり『オノデラマリナ』は少女をかどわかすためにやってきた悪魔に仕える邪悪なものに違いない」ということになり、この世界では「全校男子の敵」から数段スケールアップした存在となった麻里奈であった。
「まったく、この町の男どもは私をなんだと思っているよ」
「変わった趣味を少女たちに伝え広げる悪の変態伝道師といったところでしょうか」
「だから私はそんな趣味ないから。こうなったら魔王に手紙を書いてでも、この町を攻撃させるしかない。そして、この町ごと証拠隠滅して黒歴史を完全封印する」
「またそのような物騒なことを言う。それとも、もう戻りますか?」
「う~ん。それはちょっと惜しい。もう少し楽しみたいかな。これが手に入るからこっちでも全然不自由さがなくなったし。あとは『ファイユーム』のアップルパイが手に入れば完璧だ」
「そうですか。それにしても、まりんさんは本当に好きですよね。コーラとコンビニおにぎり」
「ヒロリンだってお菓子を大量に買ってきたでしょうが。冬だっていうのにアイスを貪っていたし。今の時期はやっぱりおでんでしょう」
「おでんもたしかに捨てがたいですね。でも、私たちばかりいい思いをして、まみたんたちには本当に申し訳ないです」
「まあね。でも、まみたんも恭平も融通が利かないから仕方がないよ。とにかくクリスマスケーキも予約してきたし、クリスマスの時は、また向こうに戻っておいしいものをいっぱい食べよう……それから今度は『ファイユーム』に行こうよ」
「でも、あそこのアップルパイを手に入れるためには並ばなければなりません」
「……それはちょっと嫌だな」
問題発言が続々と登場しているのだが、とりあえず、そういうことでその晩魔王軍来襲の報を聞いて一番喜んだのはもちろん麻里奈であり、誰からも頼まれないうちから大急ぎで出動準備を始めていた。
もちろん、町の人を守るためなどと爪の先ほどにも思っていないことを堂々と口にしながら。
「なんか、まりんは随分張り切っていない?」
「私はまりんがあんなに積極的に動くところを初めて見た」
それは普段のだらしない彼女を知る春香と恵理子がびっくりするほどの勤勉さであった。
「悪いわね。一緒にいたかったけれども、今からあなたたちを守るために魔王軍と戦ってくるから」
白々しい嘘を、戦うのは本当なので完全な嘘ではないのだが、そんなことを言いながら、とりあえず町中の少女から熱狂的に送り出された麻里奈であった。
「ところで、ヒロリン。勢いで飛び出してきたけど、相手はどんなの?」
「私も知りません。まあ、たいして困らないとは思いますけど」
「まあ、そうだね」
「いや。そこはやはり橘を使って念入りに調べるべきだろう。こいつはその程度にしか役に立たないのだから」
「それもそうだね。この前みたいに全裸の恭平を突撃させるか」
「またかよ……いや、ちょっと待て。俺は全裸では突撃していないぞ。ちゃんとパンツを履いていたからな。俺が他人の前で全裸になる露出狂であるかのような誤解をまみに与えるような発言は謹んでもらおうか」
それは前回の戦いのことである。
たしかにパンツは履いていた。
だが、正確にはパンツだけを履いていた。
だから、当然こうなる。
「同じだ」
「同じです」
「同じだな」
「橘さん、やっぱり同じだと思います」
「くそっ」
他人にはとても聞かせられないような実に恥ずかしい話を町中に宣伝するかのような大声で話しながら城門を出ると、魔王軍はすでに布陣し攻撃準備を整えていた。
「やっと出てきたな。我が名はハジカンディール。魔王様より侯爵の爵位をいただいている王国第三軍司令官で……」
いかにも本物の魔王軍幹部というような異形の姿の魔族は、その禍々しい見た目とはまったく違い実に礼儀正しかった。
麻里奈たちは知らなかったのだが、こちらの世界では魔族と言ってもその大部分はこの世界のルールに従って平和に暮らしていた。
麻里奈たちが正義の味方気取りで痛めつけた魔族たちも実はそこに含まれ、麻里奈たちの胃袋に収まった「見た目は悪いが、その肉は非常においしかった」魔物とは、彼らにとっては貴重な外貨収入源となる家畜でもあり、麻里奈たちが口にしたものはその中でも最高級品である王への献上品とされるものだった。
ここまで説明すれば想像はつくと思うが、ハジカンディール率いる魔王軍は名誉ある「魔王軍」を騙る異様な格好をした六人組の武装強盗団、すなわち麻里奈たちを追討するためにダハシュールまで派遣されてきたのである。
その司令官で侯爵でもあるハジカンディールは魔族の中でもエリート中のエリートであり、当然のようにこの世界の貴族の作法に乗っ取り敵に対してもこのように堂々と名乗りをあげているわけなのだが、一方の麻里奈たちがどうかといえば、いつもどおりである。
「橘、早く突撃しろ。そして死ね」
「なぜ俺だけが突撃しなければならない?」
「それはもちろん面白いからに決まっているだろう。突撃が嫌なら悶絶パフォーマンスでもいいぞ。魔族の女から白い眼で見られながらおこなう悶絶パフォーマンス。どうだ、やる気になったか」
「なるか」
と、どうでもいい話に夢中でまったく聞いていない。
これは少し前まで麻里奈たちと同じ世界に生きていた者にとっては、ちょっと、いや、かなり恥ずかしく、魔王軍と麻里奈たち、そのどちらが敵役かと問われた現世の人間の百人中百一人がこちらと答えるくらいに悪役臭匂い立つ麻里奈たちであった。
そのような無礼極まる相手に、我慢に我慢を重ねて、自己紹介に続き罪状を述べ始めたハジカンディールに対して、麻里奈は面倒くさそうに両手を腰に当ててこう言い放った。
「ごちゃごちゃうるさいな。あんたたち。私たちと戦いたいのでしょう。だったら、そう言いなさいよ。すぐに戦ってあげるから」
これである。
これには、さすがの貴族も堪忍袋の緒が切れた。
「無礼者。お前たちは礼儀を知らないらしい。わかった。要するにお前たちは自分たちのおこないに対して反省することもなければ、被害者に謝罪する気はないということだな」
だが、自分が常に正しく、日頃からすべてのことが自分の思い通りになるべきだと心の底から思っている麻里奈が自らの非を認めるはずはない。
しかも、この世界の魔族についての認識が根本的に間違っている。
だから当然こうなる。
「あるわけないでしょう。それになんであんたたち悪の手先に謝罪しなければならないのよ?悪いこともしていないのに情けなく悪の手先に土下座して泣いて謝ったら恭平と同じになるでしょうが」
「キョウヘイ?誰だ?」
「……俺」
「そうよ。この恭平は、世界一のヘタレで、宇宙で一番人間としての器の小さく小心者で疑い深く臆病で卑怯で意気地なしのポンコツな小物なのよ。それだけじゃないわよ。聞いて驚きなさい。こいつは小学生の妹のパンツを見るために全裸になって床に転がり妹に顔を踏まれて喜ぶ変態なのよ。あんたはこの私にそんな変態のヘタレ恭平と同じ恥ずかしい真似をしろというの?バカにするのも程があるわよ。温厚で忍耐強い常識人でかわいくておりこうさんの私でももう我慢できない。戦闘開始よ。ヒロリン、防御魔法展開、そして最大魔力で攻撃」
「ハイハイ、了解しました。……すいません、魔族のみなさん。そういうことになりました」
ということで、麻里奈の一方的な宣言により戦闘開始となった。
「おい、戦いには戦いの作法と手順というものがあるだろう」
「そんなものはないわよ」
「麻里奈。さっきの言いぐさはさすがに酷すぎるだろう。もう少し良い言い方というものがあるのではないか」
「それもないわよ。というか、それはあいつが言う『戦いの作法』とやらよりもないわよ」
なおも伝統的戦いの作法に則ってことを進めようとするハジカンディールを切り捨て、返す刀で味方である恭平もバッサリと麻里奈が切り捨てると、仲間たちが次々とそれに続く。
「うむ。そのとおり。まったくないな」
「全然ないよね」
「これっぽっちもないです。そのようなものはこの世界のどこにも存在しません」
「……おまえら」
春香や恵理子はこれまでもそうだったのだから、ここまではある意味で平常運転と言えるのだが、実はまみも例の人質の一件以降は恭平に対して厳しく接するように方針転換をしていた。
そして、こうなる。
「橘さん、すいません。私もまったくないと思います」
「……まみまでそんなことを言うのか」
「まみたんにまでキッパリ断言された。これは笑える」
「本当に笑える。でも、もしかして、こういう冷たい言葉は、橘君にとってはご褒美じゃないの?ほら橘君が涙を流して喜んでいる」
「橘よ。最高のご褒美をくれたまみたんに感謝しろ」
「うっ……ひどすぎるぞ。こういうのをイジメというのだろう。セクハラに集団でのイジメ」
「……そこの人間。私が言うことでもないが、お前は仲間に随分ひどい扱いをされているようだな。敵ながら哀れみを感じるぞ」
最後には敵方の大将にも同情され、そう声を掛けられてしまうほど恭平の境遇は悲しいものであった。
さて、肝心の戦いのほうだが、いつもの恭平の恥ずかしい死も、お楽しみの恒例まみと春香のパンツ開陳も、お約束のおばさん教師のスクール水着消滅と見栄えのしない裸体披露もないというまったく見どころのない実につまらない結末となる。
「では、いきます。最大魔法で攻撃。ただし『死なない程度』で」
元エセ文学少女ヒロリンこと立花博子の言葉が終わった瞬間、完璧な密集体形をとっていた魔王軍に轟音とともに大きな雷が落ちた。
それだけである。
「今回は全然遊び足りなかったから、今度戦うときには、あんたたちの親分も連れてきなさいよ」
生きているのが不思議なくらいの黒焦げ状態で泣きながら潰走する敗軍の将ハジカンディールほか魔王軍に対して、ありったけの暴言を投げつける麻里奈であった。
「なあ、麻里奈」
「なによ」
「ヒロリンがこれだけ強い魔法が使えるなら、もしかして魔法を使って元の世界に帰ることができるのではないか」
圧勝に大喜びする麻里奈に、今回の戦いではある意味で活躍の場がまったくなかった恭平が素朴な疑問を麻里奈にぶつけた。
……しまった。
言ってすぐに恭平は後悔した。
こういう場面の後にやってくるのは、「あんた、バカなの?」と言う声とともに、すぐさま飛んでくる拳によるお仕置きか、「それは私が考えていたことよ。あんた私のアイデイアを盗んだわね」などと、アイデイアの横通りをされたうえに殴られるというどちらにしても恭平にとっては痛い思いをするだけでいいことなどまったくない二者択一だったからである。
ところが、今回は少々違った。
「それは……無理だよ。きっと。そういうことをやると異次元空間に閉じ込められる……かもしれない」
「そうか。まあ、そうだろうな」
麻里奈の煮え切らない返答に、恭平がそれ以上のツッコミを入れなかったのは、藪蛇を避ける以外に、なにか確証が掴んで言ったわけではなく、ぼんやり心に浮かんだことを口にしただけだったのだが、そうでない者もいた。
「……実は、私もまりんさんに聞きたいことがありました」
普段はこのような会話に参加しないまみである。
「城を出る前に、まりんさんを呼びに行って部屋で、このようなものを見つけたのですが、これについて説明してもらえますか?」
まみがポケットから取り出したのは、以前いた世界ではごく普通に見られるものだが、こちらの世界にはあってはいけないもの。
具体的に言えば、コンビニおにぎりの包みとコーラのキャップ、そして麻里奈がいつも利用しているコンビニのレシートだった。
「あれれ、転移した時になんでそんなゴミを持ってきちゃったのかな。アハハ」
瞬時に集中する疑惑の眼差しの中で、苦しい言い訳を始める麻里奈だが、いつもは優しいまみも今日ばかりは追撃に手を緩めなかった。
「そうですか。でもおかしいですね。レシートに書かれている日付というのは私たちがこちらに来てからのようですけど」
「本当に?……どれどれ。本当だ。えーと、先生、こっちに来てから何日経った?」
「たぶん今日は十四日目だよね」
「ということは、レシートは昨日と一昨日の日付だよ。何?昨日って」
「おい麻里奈、これはどういうことか説明しろ」
「まりん」
「まりん」
「まりんさん」
「……もちろん天から、かわいい私への特別プレゼント的な……ってことではやっぱりダメだよね……ヒロリン助けてよ」
「知りません。ゴミを片付けないだらしないまりんさんが全部悪いです。自分でなんとかしてください」
それは麻里奈にとって、この世界に来てからどころか、人生でも最大ともいえるピンチであった。
「……みんな、泣いたら許してくれる?」




