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小野寺麻里奈は全校男子の敵である  作者: 田丸 彬禰
超番外編 小野寺麻里奈が異世界にやってきた Ⅰ
110/130

ヘタレ勇者は異世界でもやっぱりヘタレだった

「来ました」


「間違いないのか。俺は魔族というものを初めて見るが、おかしな格好をした人間の女にしか見えないぞ」


「しかし斥候たちの報告とも、旅人たちからの話とも一致しているので間違いありません。この周辺で冒険者を虐殺し、略奪行為を繰り返している極悪非道な魔王軍幹部とその子分どもです」


「わかった。城主様へ連絡しろ。噂の魔王軍幹部が襲来したと」


 ここは、この辺一帯を支配するミニヤ王国の城塞都市のひとつであるダハシュールである。


 その城壁の上から兵士たちが監視している相手というのは、異様な服装をしている六人組である。


「フルプレートの暗黒騎士を荷物持ちに使役するとは、噂通りだと考えた方がいいだろうな。あっ。また暗黒騎士が殴打されているぞ。なんと恐ろしい光景だ」


「勇者カルや最高位魔導士フヤをなぶり殺しにするくらいの力を持ったその凶悪な魔王軍の幹部がなぜこんな辺境の地に現れたのだ。今までそんな魔族など現れたことがなかったのに」


「もちろん目的は我々を皆殺しだろう。なにしろ『オノデラマリナ』とかいう魔王軍幹部は勇者カルを笑いながら拷問した挙句、八つ裂きにしたそうだから、暇つぶしに俺たちを殺しに来たのだろう」


「いや、俺は『ババハルカ』なる恐ろしい名前を持った一番凶暴な魔族が勇者カルを叩き殺したと聞いたぞ」


「どっちにしても、もう終わりだ。皆殺しにされる」


「だが、若い女を差し出せば皆殺しだけは勘弁してくれるというぞ。なにしろ『オノデラマリナ』はたいそうな女好きらしいからな」


「お前、娘たちをあいつらに差し出して自分だけ助かろうというのか」


 噂というものは怖いものである。


 たしかに、春香の凶暴性など真実に近いものもあるのだが、もし「オノデラマリナ」が女好きなどという話を、中学生時代から自分はまったくそのようなことがないにも関わらず年下の女子生徒にまで迫られていた黒歴史を持つ麻里奈本人の前でするようなことがあれば、それこそ「私にはそのような趣味はない」という一言とともに瞬殺される憂き目に遭うのは確実である。


 ということで、近づくだけで早くも兵士たちの内部崩壊を引き起こしている魔王軍幹部一行とは、麻里奈たちのことである。


 もちろん麻里奈たちは魔王軍ではなく、そもそも自分たちはそのように名乗ったこともなかったので本人たちはそのような自覚などないのだが、噂と憶測に数々の実績が加わって短期間の間にそのようなことになっていたのである。


 さて、兵士たちが恐怖するその魔王軍幹部御一行様であるが、現在それを聞いたら真剣に恐怖した兵士たちが怒りだすような実に低レベルの言い争いが起こっていた。


「だから、城壁を破壊するなどという物騒なことには、俺は反対だと言っている」


「じゃあ、相手が城内には入れないと言ったらどうするのよ。また、味はともかく見た目の悪い魔物の肉を食べることになるのよ。ゲテモノ好きなあんたはそれでもいいかもしれないけれど、私やまみたんは違うのよ。本当はそろそろクリスマスだから、クリスマスケーキだって食べられたのにどうしてくれるのよ」


「私だって嫌よ。この前のアレの調理させられたのは私とまみたんなのですからね。まあ、あの魔獣のお肉は本当においしかったけど」


「そうですよね。料理だけならともかく解体は私もちょっと……」


「では、次回は天才料理人であるこの私がみなさんのために異世界にふさわしい創作料理を披露します。まずは暗黒魔獣のスーパーエレガントな丸焼きに……」


「それだけはやめろ」


「私も同じ意見だ。いつぞや登場して橘が瞬殺された『黒毛和牛の三百パーセントカーボンステーキ、レインボーカラーソースを添えて』異世界バージョンがここに降臨するのだけは避けたいな」


「あれは……私も食べるのは遠慮したいです」


「それはヒロリンの専属試食係である橘君に任せることにしましょう」


「俺だって御免被るぞ。せっかく空気のよい場所で失った心身の健康を取り戻してきているのに、なぜ異世界に来てまでわざわざ違法製造物を体に入れて、健康を害するようなことしなければならないのだ。言っておくがヒロリンの料理を体に入れるなど、最高レベルの拷問だぞ。俺は拷問など受けない。受ける必要もないし、受ける理由もない。もちろん拷問を受けることなど好きでもない」


「ン?随分失礼なことを言いますね。部活中は私の料理を食べては毎回涙が出るほど笑える感謝の踊りを披露しているではないですか」


「ヒロリン。一応あれは『悶絶パフォーマンス』という名だ。橘、異世界に来た記念にこちらの皆さんに披露したらどうだ?恥を恥とも思わないお前にしかできない悶絶パフォーマンス」


「ふざけるな。俺はやらん。やってたまるか」


 ちなみに、現世では恭平は創作料理研究会において自称天才料理人ヒロリンこと立花博子の専属試食係なるものに就いており、日々博子作の創作料理によって懲らしめられていたのだが、こちらにきてからは貴重な食材を無駄にできないという諸般の事情により調理はすべてまみと恵理子がおこなっており、あの恒例行事はおこなわれていなかった。


「とにかく、城に入っておいしいものとは言わないけれど、とりあえずは普通のものを食べたいの」


「だからと言って、やはり破壊はいかんだろう」


「で、そこまで言う恭平君は強硬突破以外になにかいい案を持ち合わせているのですか?」


「そうだな。入場料を余計に払うとか」


「却下」


「手ぬるいだろう」


「だいたい町に入るのにお金を払うところが気に入らないよね。それに誰が払うのよ。それを。言っておきますけど、私は一円たりとも払いません」


「先生、それは心配ない。こういうときに払うのは勿論提案者だから。ということで、全員分を橘が払え」


「俺が全部?」


「当たりまえだ。こういうものは言った者が出すものと決まっている。まあ、貴様にその金がないなら私が貸してやるが」


「そういうことなら、交渉できるかもしれないな。『城内にいる人間すべてに金貨千枚ずつをこいつが払うから入れてくれ』と」


「千枚?金貨千枚ということは、だいたい一千万円。おい、麻里奈よ。全員に金貨千枚はさすがに気前がよすぎるだろう」


「払えない場合は、『恭平君を全裸でこき使っていいです』と付けるのもいいかもしれません」


「いいな。それ。橘、全裸でついでに悶絶パフォーマンスも披露しろ」


「どこがいいのだ。俺はちっともよくないぞ。しかも、なぜわざわざ全裸にならなければならないのだ」


「冗談はやめてください。この前の旅人さんの話では、私たちの悪評はかなり広まっているみたいですから、たぶん入場料の増額程度では解決しないと思います。それに、もうすぐ入口ですから、もっとまじめな案を考えましょう」


「さすがまみたん。では、一芸を披露して親愛の証を示すのはどうでしょうか」


「一芸?ヒロリン、具体的にはどういうの?」


「風魔法でまみたんとハルピのパンツを見せるのはどうでしょう。これなら城内の皆さんに喜んでもらえます」


「いいね。それでいこう」


「ヒロリン、まりんさん。それはひどいです」


「まったくだ。そのようなものはもちろん却下だ。そして、お仕置き!」


「○▼※△☆▲※◎★●」


 ここで、例のハリセンが、話に加わっていないので火の粉を浴びることはないと油断していた無防備な恭平の後頭部にさく裂した。


 恭平が涙目で抗議する。


「……おい、提案したのはヒロリンで賛成したのは麻里奈だろうが。それなのに、なぜ俺が殴られなければならないのだ」


「おっと間違えた。いつものクセだ。まあ、肉体的苦痛を最高の悦びだと感じる変態のお前にはいいご褒美になったわけだから、大いに感謝してもらっても私はいっこうに構わないぞ」


「ふざけるな」


「じゃあ、二十四歳の女教師の全裸披露とか」


「いやよ。タダで裸を見せるなんて」


「そもそも先生の裸ではお金は取れません。そのようなものを見せても石が飛んできても、中に入れてはもらえないでしょう」


「それもそうだな。確かにおばさんの全裸なんか見せられても向こうだって困るだろうな」


「幼児体形の貧乳おばさんの全裸なんか見せたりしたら困られるどころか、怒りを買うに決まっているだろう」


「ちょっと待ってよ。私は二十四歳だからおばさんではないし、幼児体形でも貧乳でもないから。言っておきますけど私の見事な裸身は町中の男たちを悩殺すること間違いなしだから。ホラ、この通り」


 そう言いながらいかにも無理をしてつくった幼児体形が自慢の強欲守銭奴教師が披露した渾身の悩殺ポーズだったが、残念ながら誰にも感銘を与えられず、悲しい感想だけが返ってきた。


「……まあこれはないな」


「あかん」


「失格です」


「もちろん俺もまったくない方に一票」


「私もちょっと無理だと思いますけど……」


「ということで、ここはやはり橘に悶絶パフォーマンスさせよう。全裸で」


「ふざけるな。俺は絶対やらん」


「でも、橘君に悶絶パフォーマンスをやらせるにはヒロリンの料理を食べさせなければならないのでしょう。捨ててもいいような余分な食材がないから無理よ」


「なんですか?捨ててもいい余分なものとは」


「それに、私は城のヤツらに自分が恭平の仲間だと思われるのは嫌だよ」


「そうですね。私も全裸大好き恭平君の仲間と思われるのは嫌です」


「もちろん私もこの変態悶絶パフォーマーの同類などと思われては馬場家の名誉に関わる」


「私だって嫌よ。橘君の仲間だなんて思われたら」


「おい、ちょっと待て。それはおかしいだろう、今の流れでは俺が仲間ではないみたいだろう」


「そもそも仲間じゃないし」


「そうそう仲間じゃない」


「仲間ではないです。恭平君はただの『まりんさんの奴隷見習い候補』です」


「……ヒロリン、それは以前の下僕よりひどくなっているだろう」


 実は恭平が仲間ではなくただの荷物持ちであるという悲しい現実が明らかになったところで、麻里奈が別の提案をする。


「しかたがないな。では、私たちが城を出るまでの間は誰かを人質を差し出しておくか?」


 麻里奈にしてはしごくまともな意見だったのだが、ここで鎧の重さため、剣を杖替わりに使用してやっと歩いていた恭平がその言葉を口にした。


「麻里奈よ、殊勝にも自ら人質になるのか。お前にしては珍しいな。お前が他人のために犠牲になるなど今までなかったことだ。俺は今すごく感激しているぞ」


「なんで私が人質ならなければならないのよ」


「さっきは提案者がどうのとあったから、今度当然もそうなるだろ○▼※△☆▲※◎★●」


 ちなみに、この麻里奈による恭平への拳による制裁が、先ほど場内の兵士が恐怖していた魔王幹部による暗黒騎士への暴力シーンとなる。


「そんなわけないでしょう。人質といえば、やっぱり、まみたんか恭平だよね」


「私ですか……」


「なんでそうなる。俺だってそんなものなりたくないぞ」


 麻里奈から理由もなく一方的に人質候補に指名されたまみと恭平は当然のごとく抗議の声を上げる。


 しかし、ふたりの抗議などどこ吹く風とばかりに、元エセ文学少女が話に加わり計画はどんどん進む。


「そうですね。では、もっとも民主的な方法で決めましょう」


「そうだな。多数決だ。では、まみたんが人質になるのがいいと思う人」


 当然賛成は恭平ひとりである。


「おい、こういう時は美少女が人質になるというのが定番だろう。ここは絶対にまみが人質になるべきだ」


「橘さん、ひどいです」


「本性見せたり、枯れ尾花」


「ハルピ。それは違うと思います。あれは幽霊観たり枯れ尾花です」


「どってにしても、恭平の器の小ささがあきらかになったわけだ」


「う、うるさい」


 とりあえず日頃愛しているだの好きだのと言っていながらの恭平のこの発言である。


 言葉の端々から滲み出る器の小さい小物感丸出しの恭平に、まみはじっとりした軽蔑の視線を浴びせたものの、ここは恭平も必死である。


 彼には十分予測できる。


 もし、自分が人質になれば、面倒になった麻里奈やそもそも助ける気などまったくない春香の意見によって誰も救援にはやってこないことを。


 ……その後はどう考えても明るくない未来しか想像できない。


 そういうことで、自分が助かるためには、なんとしてもまみに人質になってもらわねばならない恭平は最近読んだ某小説の筋書きをそのまま引用したできの悪い言い訳を語り始めた。


「だいじょうぶだ。その後に漆黒の鎧を身にまとった勇者であるこの俺が華麗に登場して、拷問官にあんなことやこんなことをされそうになっているまみを危機一髪で救出する。というのが、このような世界での定番だ。そして、ふたりは愛によぅって結ばれっ○▼※△☆▲※◎★●」


「バカなの。あんたみたいなヘタレにそんなことができるわけがないでしょうが。あんたがもたもたしている間に、まみたんになにかあったらどうするのよ」


「ありがとうございます。まりんさん」


 脳天直撃する拳を見舞った麻里奈でなくても、恭平のできもしない妄想に付き合う者などいるはずもなく、当然のように批判の声が恭平に向けて山のようにやって来る。


「まりんの言う通りだよ。橘君。そういうのをマッチポンプというのよ。そういうことなら、あなたが最初から牢屋に入ればいいでしょう。ひとりで」


「まったくだ。橘であれば、ほかに用があれば助けにいかなくてもいいからな。さすがにまみたんであればそうはいかない」


「そうだね」


「では、次に恭平君が人質になって全裸で牢屋に入れられるのがいいと思う人」


 こちらも当然残り五名が挙手をする。


「おい、さっきの話を聞いていなかったのか。俺なんかを人質として差し出されても相手は喜ばんぞ」


「いやいや相手は知らないが、こちらは非常にめでたい。なにしろ邪魔者を堂々と厄介払いできるのだからな。これを一石二鳥という」


「それに食費も浮くし。でも心配しないで。橘君にもちゃんと無料の囚人食が出るはずだから」


「それに、これは民主的な方法で決まった神聖なものですから、民主主義国家の空気を吸っていた者として、これは絶対に従わなければならないものなのです」


「そのとおりだ。それに悪いことばかりではない。橘、お前の大好きな暗くじめじめとした狭い牢屋で、お前がさらに大好きな鞭打ちの刑が待っているだから。お前にとって鞭打ちは最高のご褒美だろう。相手に予定がなければ、こちらか厳しい鞭打ちをお願いしてやってもいいぞ。もちろん傷口に塩を塗り込むスペシャルオプションも頼んでおいてやる」


「もしかしたら蝋燭責めとかもあるかもしれないよ。人質になるのが楽しみになったでしょう」


「先生までひどいですよ。俺はそんなものちっとも望んでいないから。そもそもそれは人質じゃなくて罪人だから」


「その割には随分楽しみにしていそうな顔をしているじゃないの、橘君」


「そういうことは絶対にないから!ちなみに麻里奈よ。俺が人質になった場合でも、ちゃんと助けに来てくれるという確約が欲しい」


「……う~ん。それは難しいよ。町でいろいろやりたいことがあるし、忘れることだってあるし。暇があって忘れていなければ行ってあげる」


「ということで恭平君。救援はないものと諦めてください」


「お別れだな、橘。あの世で達者に暮らせ」


「そうそう」


「ふざけるな。助けに来るという確約がなければ俺は人質にはならん」


 この場に及んでなおも見苦しく駄々をこねる恭平を冷ややかに眺めていた暗黒魔導士ヒロリンこと立花博子だったが、ため息をひとつつくと実に現実的な妥協案を麻里奈に提示した。


「仕方がないですね。まりんさん、いいではないですか。恭平君が欲しいという確約とやらだけを出してあげれば」


 もちろん麻里奈も博子の意図をすぐに察した。


「なるほどそうだね。確約を出すだけ出して、騙された恭平が人質として牢屋に入ってしまえば、あとはこっちのものということか」


「そういうことです」


「決まりだね。では確約してあげるから、恭平、安心して人質になってよ」


 だが、大きな声で話すふたりのこの会話の内容をすぐ隣で聞かされていた恭平が納得するはずはない。


「おい、そういう話はコッソリやれ。ではなく、それでは助けるという確約にはならないではないか。先生からもこの外道ふたりになにか言ってください」


 恭平の言は正しい。


 ただし言った相手が悪かった。


「助けるかどうかはお金次第だね。橘君、助かりたいなら仲介料として私にいくら払う?」


「味方に身代金を払うなど聞いたことがないですよ。先生」


 身の危機が目の前にまで迫っている恭平以外にとっては実にどうでもいい話をしながら、城門近くまでやってきた麻里奈一行を盛大に迎えたのは、弓矢だった。


「おっと、こっちは平和的に解決したいと思っていたけど、相手はそうではないようだよ。仕方がない。ヒロリン」


「物理攻撃防御魔法発動、ペンタゴン」


 両手をあげてそれを唱えたエセ文学少女の防御魔法により魔王軍を防ぐための城兵たちの必死の攻撃も目標までは届かず、皆あらぬ方向へ飛んでいく。


 一人分を除いて。


「おい、なんで俺にだけ弓矢だの石礫だのがちゃんと命中するのだ」


「あれ、すいません。ちょっとした手違いで恭平がいることを忘れていました。ヘキサゴンと唱えるところをペンタゴンと言ってしまいましたので、六人分ではなく、五人分の防御魔法になってしまいました」


「おい、それでなんで足りないひとりが毎回俺になるのだ」


 ということで、これはもちろん手違いなどではない。


「とにかく早く俺にも防御魔法をかけてくれ」


 だが、このような事情のため元エセ文学少女からの返答は、当然恭平にとって非常に残念なお知らせとなる。


「う~ん、面倒なので我慢してください。無駄な魔法を使いたくないですし。それに恭平君には立派な鎧があるので魔法がなくても大丈夫ではないのですか」


「大丈夫じゃないから、言っているのだろうが。それに、なんで俺にかける防御魔法が無駄なのかをじっくり聞かせて……なんだコレは。油?火矢が……熱っ。死ぬ。早くしないと俺の丸焼きか蒸し焼きが出来上がるぞ!」


 博子と時間を浪費するだけの言い争いの最中に油に続き火矢が命中に火だるまになる恭平だった。


 熱さに転げまわる恭平にさらなる悲劇が訪れる。


「うっ、今度はなんだ。臭い。熱い、おい早く助けろ」


 熱した糞尿が降ってきたのである。


 糞尿まみれで悪臭をまき散らしながらのたうちまわる恭平を見て、城内から嘲笑とともに歓声が上がる。


「やった。暗黒騎士をやっつけたぞ」


「もう一息だ」


「これなら勝てるかも」


 一方の麻里奈たちは糞尿まみれの恭平に遠く離れた場所から軽蔑の眼差しを投げかけていた。


「どうしますか。まりんさん」


「糞尿まみれではさすがに丸焼きでも食えないし仕方がない。助けてやるか」


「わかりました」


 博子が指を鳴らすと、ほんの一瞬前まで糞尿まみれだったことが嘘のようにすっかりきれいな姿になったものの、精神的ダメージはまったく消えない恭平がノロノロと立ち上がった。


「ヒロリンのせいでひどい目に遭ったぞ」


「失礼なことを言いますね。憧れのまみたんの前で糞尿まみれになった恭平君を救ったこの私に感謝してください」


「ところで橘よ、ずいぶんうれしそうに糞尿まみれになっていたではないか。お前は本当に変わった趣味をしている」


「本当だよね、ところで橘君、身体からまだ糞尿臭がするよ」


「……橘さん。すいません。近寄らないでください」


「くそっ。ヒロリンよ、お前がグズグズしていたから、俺に対するまみの評価が下がったではないか」


「そのようなものは最初から存在しません」


 博子が格好は暗黒騎士らしいが実際には戦闘にまったく役にたたない恭平を黙らせている間に、麻里奈が春香に出動を命じる。


「ヒロリンの魔法で壊すのもいいけど、今回は春香のハリセン攻撃にしようか」


「ラジャー」


 ということで、紙製のハリセンで城壁を力いっぱい叩いた。


 普通なら城壁がどうにかならないどころか、ハリセンのほうが使用不能になるのだろうが、なにしろここは魔法やその他諸々の不思議が充満する異世界である。


 轟音とともに城壁が崩れ落ちた。


 城兵たちの希望とともに。


「終わりだ。皆殺しにされる」


 これまで見栄と義務感だけで恐怖に耐えていた兵も市民と同じように泣き叫びながら逃げまわる。


 その時、よく通る声が町中に響く。


「市民たち、そして兵士たちよ。落ち着くがよい。我ら王国魔法騎士が邪悪な者たちを退治する」


 その声とともに満を持して現れたのは、白い鎧を身に着けた七人の騎士である。


「魔法騎士様」


「魔法騎士様」


 一瞬の静寂後、悲鳴が歓喜の声に変わる。


 魔法騎士とは、この世界で最高ランクに属する戦士であり、剣技はもちろん魔術も熟達しなければ与えられない称号であり、ひとりで兵士千人に匹敵するともいわれ、王都を除けば通常大きな城でも一名しか配置されていないものである。


 その貴重な戦力である魔法騎士が七人もこの城に集められていたのは、もちろん悪逆非道な魔王軍幹部、すなわち麻里奈たちであるが、この地方を荒らしまわっているその魔王幹部たちを討伐するためである。


 一方の討伐される側であるが、こちらは相変わらず低レベルの会話が続いていた。


「魔法騎士?なにそれ」


「なんだか知らないけど、またお約束の人たちが登場したみたいだよ」


「まったくです。そんなにまみたんのパンツが見たいのでしょうか」


「そうだね。全員がまみたんのパンツを見たそうな顔をしているし」


「そういえば、どことなく橘に似ているよね。変態は万国共通の顔になるということか。いや、異世界だから万国ではないか。もしかしたらあいつら全員名前が恭平というのかもしれないな」


「ふざけるな。俺は断じて変態ではない」


「とりあえず、まみたんがパンツを見せたら許してくれるかもよ。試しに騎士さんにパンツ見せたら?」


「嫌です」


「それよりも先生がスクール水着を脱いだらどうですか?」


「そのとおり。先生の裸は目つぶしになるよ」


「ちょっと、なによ、目つぶしって」


「いや、言葉通りだけど」


「見たくないものを見せられて全員目をつぶる。みたいな」


「笑える」


「うん、笑える」


「笑えます」


「私はちっとも笑えないのだけど」


「さてと。こちらもお約束をやっておこうかな」


 身内での低レベルの醜い言い争いが一段落したところで、麻里奈が一歩前に出て、戦士たちにこう宣言した。


「あんたたちが私たちを戦いたいのはわかった。戦ってあげるけど、その前に一言言っておくね。私たちには風系魔法は通じません。それから炎系魔法を通じません」


 この瞬間、相手からは失笑が漏れ、味方のうち三人ほどが頭を抱えた。


 まず敵方。


「魔王軍幹部とやらは、相当なアホだな」


「我々がそう言われて魔法を使わないとでも思ったのか」


「まったくだ。まるで自分たちの弱点を披露しているようなものではないか」


「こんな頭の悪いやつらに勇者カルや大魔導士フヤが本当にやられたのか」


 続いて、味方。


「またですか。まりんさん」


「そうだよ。わざわざそういうことを教える必要があるのか」


「本当だよ」


「私はちゃんとその魔法は通じないと言ったよ。それをどう受け取るかは相手次第だよ。私の責任ではないから。ついでに」


 麻里奈はそう言うと、再び口を開き騎士たちに呼びかけた。


「それから、そこの黒いフルプレートの騎士はどんな魔法も通じないうえに、動きも俊敏だからね。攻撃しないほうがいいよ」


 当然先ほどの恭平の醜態を見ていた相手は爆笑し、味方ではそれに該当するある人物が頭を抱えた。


「それは俺を狙い撃ちにしろと言っているのと同じではないか。ヒロリン、今度こそ忘れずに防御魔法をかけろよ」


「わかりました。すぐに最高の防御魔法と最高の攻撃補助魔法をかけますから、恭平君は重い甲冑を脱いで突撃してください。これぞ名誉『返上』、汚名『挽回』のチャンスです。もちろん、まみたんに恭平君の凛々しい姿を見せられるチャンスです。敵に強力パンチがお見舞いできますから、重い剣も必要ありません。……さて防御魔法の準備完了しました。恭平君。突撃してください」


「サンキュー、ヒロリン。恩に着る。まみ、目に焼き付けてくれ。俺の雄姿」


 そう言って重い甲冑を脱いだ恭平は……パンツのみ。


「橘さん、それはだめです」


「橘、貴様、はっ恥を知れ。本当にやるバカがどこにいる。この変態」


「う~ん、久々に見る若い男の子の裸体。これは目の保養」


 やはりというか当然というか、女性陣からの評判は非常に悪く、まみは顔を真っ赤にして手で顔を覆い、普段は恭平に全裸になれなどと罵声を飛ばしている春香の声も上ずる。


 強欲守銭奴教師だけは別の感想を述べているところは、さすがおばさんというところか。


「私は立派なおとなだけど絶対おばさんじゃないから。それから幼児体形でもないから間違いはすぐに謝罪して訂正してよ」


 このNGワードだけは天の声でも聞き逃さないおばさん教師上村恵理子の訂正要求はさておき、防具をなにひとつ身につけず、手ぶらで向かってくる敵に、騎士たちが遠慮しなければならない理由などまったく存在しない。


一斉に矢を射かける。


「痛っ。おい、ヒロリン、矢が刺さって痛いぞ。防御魔法が全然利いていないぞ」


「あっ、恭平君の雄姿に見とれて、準備はしましたが魔法を唱えるのを忘れていました」


 当然これも嘘である。


「お前、それはないぞ。痛っ、死ぬ……死んだ」


「……橘さん」


 哀れ恭平、パンツ一丁という実に恥ずかしい姿で、恥ずかしい死を迎え、またもまみの評価が下がることになる。


 まさに、名誉「返上」、汚名「挽回」である。


 もちろんそれだけにとどまらない。


「愚かだ。あまりにも愚かだ。ヤツは北高の生きる恥だ」


「本当だよね……今は生きていないけれど」


「おい、橘は本当に入試に合格して北高に入ったのか。裏口入学だろう。絶対に」


「恭平君にそのような強力なコネはありません。それに北高は公立だから裏口は存在しません」


「と言うことは驚くべき奇跡の結果ということになるな」


「そういえば、恭平君は私が北高に合格したのはバチカンに報告するくらいの奇跡だと言っていたそうです」


「そうそう言っていたよ。ヒロリンたちがいないことを念入りに確認してから大声で」


「それはバカな貴様が北高に合格したことだと言ってやれ」


 最終的には、北高の不正入学疑惑に発展するまでの案件となった恭平の恥ずかしい死であった。


「とりあえず恭平は邪魔だから戦闘が終わるまで放置しておこう」


「そうですね。あのままにしておきましょう」


 そして、早々に麻里奈に戦力外通告を受けた恭平はこのままパンツ一丁の恥ずかしい姿を晒し続けることになり、戦闘が終わったあとに復活した彼を待ち受けたものは老若男女を問わない「変態」「露出狂」という罵声と変質者を見る冷たい視線となる。


「暗黒騎士を倒した」


「ほかのやつらも弱いのかもしれん」


「全員で風魔法と炎魔法を」


 恭平を倒して勢いに乗る騎士たちは、二組に分けて別々の魔法を放つ準備をしたのだが、その中のひとりからある提案がされた。


「あの暗黒騎士は囮かもしれない」


「理由は?」


「あまりにも弱すぎる。それに愚かとはいえ弱点を教えるというのもどうも腑に落ちない。もしかして彼らに対してふたつの魔法を一緒に撃つと彼らの糧になるという罠かもしれない。ここは試しに風魔法を全員で撃ち、効果を確かめてから全員で炎魔法を撃つのはどうだろうか」


「それは考えられる。なにしろ悪逆非道な魔王軍の幹部。どんな卑怯な手を考えているのかもわからない。あの暗黒騎士など手ごまのひとつかもしれない」


「では、全員で風魔法を」


 相手の手のうちがわからない中ではきわめて常識的な作戦といえるのだが、まず選択したのが風魔法だったため、結果的に今回の戦闘では恵理子のスクール水着はダメージを負うことなく終わることになる。


「撃て。『かまいたち』」


「キャー」


「くそ。変態セクハラ魔法なんたらめ」


 さすがは、王国が誇る魔法騎士七人の一斉攻撃であり、春香とまみのスカートは豪快に捲り上がった。


 そして見えた。


「ウォー」


 男性のものであろう地響きのような歓声が上がる。


 その後に少なくない数の頭部を激しく殴打する音と男性のうめき声が聞こえたのだが、それが女性たちによる夫や恋人を制裁するものだったことはいうまでもない。


 だが、麻里奈の言うところの下品で単純な生き物である男の欲望が一度や二度の制裁程度で消えるはずもなく、そのあとの厳しいお仕置きを覚悟した多くの勇者から、騎士に再攻撃を要求する声が飛び交った。


「もう一回やれ」


「いけ~もう一回見せろ」


 もちろん魔法騎士七人も、本来は敵の肉体を切り裂くはずの風系魔法「かまいたち」の効果がスカートを捲り上げるだけしかなかったことには驚いたが、まみの白いパンツを見た瞬間、彼らはそれに目覚めた。


 そして力強く再攻撃を約束する。


「もちろんだ」


「任せろ」


「約束するぞ。今度はもっとよく見せてやるぞ」


 のちに、騎士たちは、自分たちが敗北した原因は、「効果のない風系攻撃を続けるように我々に強要した男性市民の圧力より自分たちの判断が狂ったこと」と市民にすべての責任を擦り付けたのだが、それがなくても、このエロ騎士たちが風魔法による反復攻撃はおこなっていたことは十分予想できるところではある。


 ちなみに、この場にいた男たちの春香のパンツについての感想だが、よくてオマケ、中には「まみのパンツの引き立て役なので我慢して見てやった」などという春香が聞いたら怒り狂う証言まで残されている。


「もう一度。風魔法を」


「よし。今度は最大魔力で」


 再びふたりのスカートが捲れあがり大きな歓声、そしてやや遅れてうめき声があがる。


「もういい加減にしてください」


「このセクハラ騎士。あとで貴様たちがやったこのセクハラ行為にふさわしい罰を与えてやるからな」


 恥ずかしさのあまり涙目になるまみの隣で、自らもスカートを必死に押さえながら春香が騎士たちを呪う言葉を吐くが、完全に本来の目的を忘れた騎士たちは、その後も魔力のかぎりに風魔法を撃ち続け、そのたびに、ふたりのスカートが捲り上がる。


「アホですね」


「まったくアホだな。そんなに珍しいものなのか。高校生のパンツ。まったくそこまでして女子高校生のパンツが見たいとは恭平並みに情けない男どもだ」

「まあ恭平君が見たいのは、小学生の妹のパンツですけど」


「それはそうだ。恭平は小学生の妹のパンツが本当に大好きだからな」


 もちろん、彼が小学生の妹のパンツを覗き見したというのは麻里奈や博子によって捏造された現世に数多く存在する恭平の冤罪のひとつなのだが、残念ながら現在パンツ一丁という恥ずかしい姿で永眠中の恭平には博子と麻里奈の会話に反論できず、その結果これがダハシュール市民全員の常識となる。


 さて、まみのパンツが見えるたびに大いに盛り上がる男たちの様子を冷ややかに眺めながら、新たな可能性を発見した博子が麻里奈に自らが考えたその新説を披露した。


「もしかして、まみたんのパンツには、男の人たちを夢中にさせる特別な催眠効果があるのかもしれません。まみたんのパンツは『まみたんの魔法の白いパンツ』というレアアイテムなのかもしれません」


「そうだな。それはあり得る。これは強敵に出会った時に使えるな。こちらの最初の攻撃としてまみたんのパンツを見せるのもいいかもしれない」


 麻里奈は重々しく頷きそれを肯定するが、当然ながら強い反対意見も存在する。


「そんなことあるわけないです。それよりもあの人たちのスカート捲りを早くやめさせてください」


「自分たちに被害がないからといってまた適当なことを言っているな。この戦いが終わったら、私が公衆の面前でふたりのスカートたっぷり捲ってやるから覚悟しておけ」


「まみたんはともかく、学校でもパンツを見せながら階段を上っていたハルピにはそういうことを言われたくないです」


「そうだよ。春香は恭平にだってよくパンツを見せていただろう。恭平がよく言っていたぞ。『春香は男子にパンツを見せるためにスカートを短くしているに違いない』と」


「おのれ、橘。あの変態にはこれが終わったら、言った言葉にふさわしいだけの厳しいお仕置きをしてやるぞ」


「それはそれとして、そろそろ私も春香のパンツも見飽きた。私としては先生の水着が派手に燃えるところも見たかったけど、この世界のエロ騎士どもも、やはりおばさんのスクール水着には興味ないらしい」


「そうですね。ということで、そろそろ反撃を始めましょうか。サービスタイムもここで終了です」


「春香、ショータイムの時間だよ。ただし死なない程度に」


「死なない程度にね。了解した」


「防御魔法全展開」


 博子がそう宣言した瞬間、騎士たちの魔術は突如春香にもまみにも届かなくなり、大混乱に陥る。


「どういうことか」


「風系魔法に対する防御魔法か。では、炎魔法を」


「炎魔法に切り替える。一斉詠唱準備」


「遅いよ」


 その声とともに騎士たちの目の前に、大きなハリセンを持ったセーラー服姿のショートカートがよく似合うかわいい男の子と表現したほうがよさそうな少女が突如現れた。


 もちろん、先ほどまで自分たちの魔法によってスカートがまくり上げられパンツを披露していたひとりである。


「魔法詠唱が間に合わない」


「くそ。剣で応戦しろ」


 騎士たちは近接戦に切り替え刀に手を掛けたものの、このときにはすでに決着ついていたといってもよいだろう。


「だから遅いよ。セクハラおじさん。これがスカート捲りのお礼だよ。全然足りないけど、とりあえず乙女の怒りを受け取ってもらおうかな」


 その言葉が終わらぬうちに、なにが起こったのかもわからぬまま騎士たちはハリセンによって全員がまとめて吹き飛ばされてしまっていた。


「はい。戦闘終了」


「はやっ」


「ところで今、春香は『乙女の怒り』って言わなかった?」


「乙女の怒りと聞こえました。それでいくとハルピが乙女になってしまいます」


「私たちの中では一番乙女に遠いのにね。ハハハ」


「ん?ヒロリンと先生も一緒に吹き飛ばされたい?」


「遠慮しておきます」


「右に同じです」


「とにかくこの程度ではスカート捲りの代償を支払わせるには全然足りない。残りは橘をお仕置きしてうさ晴らしをするか」


「さて、ハルピの八つ当たり要員も必要ですし、戦闘も終わったので意気地なしの恭平君も生きかえらせましょうか。恭平君は、まみたんのパンツを見られなくて死ぬほど悔しがるかもしれませんけど」


 そう言って博子が指を鳴らすと、何事もなかったかのように恭平は起き上がった。


 もちろん、それまで何本も刺さっていた弓矢も抜け落ちている。


 さすがに恥ずかしいパンツ一丁のままではあるが。


「くそっ。またひどい目に遭った」


 恭平の様子を見た市民たちは、目の前にいる敵が、どのような手段を使っても自分たちでは勝てるような相手ではないことを改めて理解した。


 彼らにとっての悲報は続く。


 それはまず小さな噂として流れ始め、やがて大きく広がっていった。


「城主をはじめ貴族たちが戦闘中にこっそり逃げ出したらしい」


「終わりだ。魔法騎士も倒され、城主も逃げた。皆殺しにされる」


 よりどころをすべて失い、皆殺しも覚悟し震え上がる市民たちの前に進み出た、あか抜けないセーラー服という現世の住人にとっては恐ろしさのかけらもない魔王軍幹部が笑顔で宣言した。


「さて皆さん。これから皆さんは……」

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