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The Dark Side of The Moon 1

 学校が終わり、いつものように校門を出て駅まで続く道を少し歩いたところで、ある異変に気づいた麻里奈は隣を歩く彼女の親友である小柄なメガネ少女に声をかけた。


「ヒロリン。気になることがある」


「何でしょうか、まりんさん」


「校門を出た直後からお付きの方がいるような気がする」


「そのようなVIP待遇は喜ばしいことではないのですか?もっとも、まりんさんの場合はストーカーという線も捨てきれませんが」


「まあ、ついてくるのが女子というのならそれもあり得るけど……」


「違うのですか?」


「男装してついてくるというオチがなければ男だよ」


 麻里奈がチラリと送る視線の先には四人の男の姿があった。


 一方の博子といえば、振り返ることもなく言葉を続ける。


「そういうことなら襲撃するつもりではないのですか?なにしろ、まりんさんはこれまで男子にはタップリ恨みを買っていますから。その点、品行方正が服を着たと称される心優しい私にはそのような心配はまったくありません」


「悪の元締めであるヒロリンが品行方正とは聞いて呆れるよ。まあ、私の部分については否定しないけど。それで、私はついてきているのはヒロリンの関係者ではないかと思っているけど、どうなの?」


「それは私にもストーカーがいるということでしょうか。面食いである私としてはできれば美形が希望です」


「白々しいことを。白状しなさい。どうせヒロリンの護衛でしょう」


「……」


「ビンゴでしょう」


「……あのふたりは家に帰ったら厳しくお仕置きしなければいけないようですね」


「ん?……ちょっと待って?ふたり?四人ではなく?」


「私の護衛はふたりです。この辺にたむろしている連中が相手なら自分で守れると言ったのですが、東京にいる心配性のお爺さんがどうしてもと言うので我慢して許可しました」


「そうなの?」


「はい。ちなみにですね……」


「何?」


「今日は私の護衛ではないもう一組がついてきています。『尾行しています』という看板を持ってついてくる下手な尾行をしている上品さの欠片もないそちらがまりんさんが言った四人組ということになります」


「ヒロリンも気がついていたのか」


「当然です。……来ます」


「本当だ」


 ふたりの言葉通り、人通りが途切れた一瞬を狙って目出し坊をかぶった四人の男が二人を取り囲んだ。


「おい、ちょっと待てよ」


 だが、ふたりの女子高校生は年長の男子四人に囲まれたこの状況でも慌てる様子はなかった。


 メガネ少女は四人を吟味するようにじっくりと眺めた後、彼女の友人にこの場にはもっともふさわしくないことをいつもの呑気な口調で問うた。


「この中にまりんさんの好みの男子はいますか?」


「いない。というか覆面だよ。全員」


「そうですね。美少女二人組をナンパするのに覆面姿という意気地のなさはまったくもって情けないかぎりです。ちなみに覆面をする前の事前審査で面食いである私の好みの男子もいませんでした。ということで、残念ながらあなたたちは全員不合格です。覆面姿でのオモシロナンパなら別の人でトライしてください」


「ふざけるな」


「ふざけているわけではありません。これがあなたたちの悲しい現実です。参考のためにささやかな助言をするならば、やはり覆面はやめた方がいいです。顔に自信がないのなら整形することをおすすめいたします」


「それに、これだけ人目の多い場所でこんなことをやるなんてあんたたちは相当なバカだよね」


「よく回る口だな」


「だが甘い。今の時代、こういう現場に居合わせても動画の撮影はしても助けるヤツなんてひとりもいない。だから、まったく問題ない」


「そうそう」


「だいたい、おまえらは自分たちが置かれたこの状況がちっともわかっていないだろう」


「そう?本当にわかっていないのはあんたたちの方だよ。あとで後悔するわよ」


「知っているぜ」


「何を?」


「おまえたちは結構強いそうじゃないか」


「へ~。それだけ知っているということは最初から私たちを狙っていたということ?」


「まあ、そういうことになるな」


「誰から私たちを狙えと言われたのかも気になるけど、とりあえず私たちが強いことを知っていて、それでも愚かにもその仕事を引き受けたということ?」


「そうだ。だが、俺たちは愚かではない。なにしろ俺たちはおまえたちより強いからな」


「いい成功報酬だし」


「しかも、ただ強いだけじゃない。おまえたちよりはるかに強い」


「それに四対二。負けるはずがないだろう。こういうものもあるし」


「……スタンガン。なるほど用意周到というわけだ」


 一触即発の様相を呈してきた麻里奈と男たちの会話に博子の言葉が割り込んだ。


「ところで、聞いていませんでしたが、あなたたちは私たちにどのような用事があるのですか?」


「男が女にある用事といえばひとつだろうが」


「なるほど、やはりそうでしたか。それにしても、この手の人たちの発想はなぜ古今東西同じなのでしょうか」


 ……あらら。


 彼女は気がついた。


 自分の隣にいるメガネ少女の声のトーンが急速に低くなり抑揚もなくなっていることを。


 もちろん、それが何を意味しているかも知っている。


 ……まだメガネは外していないので完全な戦闘態勢ではないだろうが、スタンガンを見てヒロリンは本気になりかけている。ということは、おそらくすでにアレを手に忍ばせている。


 ……それでも、ここでこんなどうでもいい話を始めるということは何かしらの意図があるということだろうね。では、私もそれにつきあってあげましょう。


「ヒロリン、それは仕方がないことだよ。元々男というものは知性も教養もない下品で下等な生き物なのだから。その中でもこいつらは群を抜いている、いわば男のなかの男」


「なるほど。そういえばこの気持ちの悪いロリコンおじさんたちの方角から知性の欠片もない下等生物臭が漂ってきます。おじさん臭いですよ」


「お、おい。それはどういうことだ」


「あんたたちが絵に描いたようなゲス野郎ということに決まっているでしょう」


「ついでに言えば、実に恥ずかしいロリコンおじさんでもあります」


「何だと」


「十歳以上も離れた女の子をかどわかそうとする変態おじさんを気持ちの悪いロリコンと呼んでどこがまずいのですか」


「何が気持ちの悪いおじさんだ。言わせておけば、このメガネ」


 だが、その言葉に激高し博子を拳で黙らせるための男の渾身の一撃だったそれは空を切った。


「や、やるじゃないか」


 もちろんそれは彼の強がりであり、それを見ていた男たち全員が内心はまったく別の感情を有していた。


 ……強い。何だ、コイツは。小野寺麻里奈のオマケという情報だったではないか。


 ……奴の一撃を軽くかわしただと。このメガネがこれだけやるということは、小野寺麻里奈はさらに強いということなのか?


 ……それとも、こっちこそが本命なのか……。


 一方、男の一撃を難なく交わした小柄の少女は遥か高みから彼を見下していた。


「お褒めの言葉、ありがとうございます。あなたも威張るだけのことはありますね。たしかにあなたは強そうです。それで、あなたがこのグループで一番強いのですか?」


「まあ、そういうことになる」


「なるほど。……そういうことであれば、あなたたちは私よりもはるかに弱いです」


「何だと」


「私が言った言葉の意味が理解できないのですか?」


「当たりまえだ」


「……その意味を正しく知ってもらうために、私が直々にあなたたちの相手をしてやってもいいと思ったのですが、残念ながらその時間はもうないようです」


「どういうことだ」




「君たちの相手は私たちがするということですよ」




「どこのバカだ。ふざけたことを……」


 麻里奈たちを取り囲む四人の男はその声の主を脅すように声を荒立てながら振り返ったものの、そこに立つふたりの人物を見た瞬間、出かかった声が止まった。


 そのふたりは一見するとただの通りすがりのサラリーマンのようにも見えたが、彼らが纏う圧倒的な威圧感は自分たちレベルでは絶対に手出しをしてはいけないはるかに格上の者と悟るに十分過ぎるものだった。


「あ、あんたらは何者だ」


「正義の味方とでも言っておきましょうか。実際には違いますが。それから念のために言っておきますが、君たちのお友達らしい運転手さんは車の中で現在熟睡中です。たぶんしばらく起きないと思いますよ」


「おまえが縛り上げてきたから動けないだけなのだろうが」


「尾上さん、ここでネタバレはなしです。まあ、そういうことですので、いくら待っていてもお迎えは来ないです」


「それにしても、おまえたちが下りた直後に車の男を襲ったのにまったく気がつかないとは情けないやつらだ。それから、そこのヤツ。せっかくその立派な道具を用意したのなら試しに俺たちに使ってみたらどうだ。なんとかなるかもしれんぞ」


「そうそう。まあ、使う気がないのなら友好の証として捨ててください」


 当然、スタンガンは路上に放り出された。


「結構です。ということで、お嬢様。あとはお任せを」


 男たちは博子には恭しく、そして麻里奈には軽く一礼をしながらそう言った。


「では、お願いします。まりんさん行きましょう」


 やってきたふたりの男に任せて麻里奈とともに立ち去ろうとした博子に一気に劣勢になった四人組のひとりが悪あがきのような言葉を発した。


「おい、大口叩いて逃げるのか?」


 もちろんその言葉はそれほど深い考えから出たものではなかったのだが、彼は直後に後悔することとなる。


「逃げる?この私が」


 声に反応し振り返った博子が消えた。


 いや、消えたように見えた次の瞬間、博子の姿は彼女を挑発した男の背後にあった。


「……何だと」


「これがあなたと私の差です、ご理解いただけましたか」


 それは先ほどまでとは違う冷気と殺意を帯びた声だった。


「あ、ああ」


 恐怖のあまり体を動かすこともできず、その言葉を口するのが精一杯だった。


 彼も、そして仲間たちもようやく理解した。


 自分たちが現在相手にしているのは、自分たち俗世に生きる者が絶対に足を踏み入れてはいけない場所に住むものたちであることを。


 そして、その中でも一番関わってはいけない人物が誰であるかも。


「……では、痛覚があることを後悔しながら死んでください」


「お嬢様。当主様のお言葉をお忘れなく……」


「……」


「お嬢様」


「……そうでした。では、改めてあとのことはお願いしますが、どうやら彼らには雇い主がいるようですので、それは必ず聞き出してください」


「承知いたしました。お嬢様」


「聞きだすための手段については私たちに任せていただけるのでしょうか?」


「もちろんです。その後の処置はいつもどおり。その方法についてもお任せします」


「承知いたしました」


 ……聞き出す手段。


 ……処置。


 それが何を意味するのかは、この状況と相手を考えれば疑いようがなかった。


 ……間違いなく拷問だ。


 ……そして、殺される。


「ゆ、許してくれ。何でも話す。だから……」


「少しだけ。いや、だいぶ遅かったですよ。気がつくのが」


「まったくだ」


 駅に向かって歩く麻里奈と博子の背中で許しを請う四人分の声とそれを嘲るふたりの乾いた笑い声が響いていた。


「ねえ、ヒロリン。あの連中はこれからどうなるの?」


「聞くまでもないことです。もう私たちの前には現れません」


「それって、やっぱり……」


「この世から消えるということです。私の歩く道を塞ぐ者。塞ごうとする者。そのすべてをこの世から排除する。それが彼らの仕事ですから。もっとも、今回は彼らがいなければ、まりんさんを守るために私が彼らを殺していたと思います。これで」


 博子の手に握られていたもの。


 それは彼女が護身用の武器のひとつとして持ち歩いている医師が手術時に使用するメスだった。


「……スロート・カッター」


 麻里奈が呟いたもの。


 それは博子が持つ二つ名だった。

サブタイトルのThe Dark Side of The Moonは、ピンクフロイドの傑作アルバムより拝借しました。

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