Dreamtime 4 Part.Ⅰ ジョリー・ロジャー
それは北高野球部が県大会決勝への進出を逃したあの試合から少しだけ時間が進んだある夏の日の夕方のことだった。
河川敷にある野球場が見下ろせる土手に五人の男女が立っていた。
そして、彼らを多くの男たちが取り囲む。
「結城監督。そういえば就職祝いをまだ差し上げていませんでしたね」
「いや、あんたにそこまでしてもらうわけにいかない。それどころか素晴らしい就職先を斡旋してもらったのだから、こちらこそディナーに誘わなければならないくらいだ。もっとも、俺が知っているのは安い居酒屋ばかりだから、豪華なディナーを期待されても困るのだが」
「いいえ、お誘いを楽しみにしています。さて、あなたから特に希望がなければ就職祝いにはあなたのチームが掲げるあの旗をプレゼントすることにしましょう。高校でも是非あれを使いなさい」
「……なるほど。確かにいいかもしれない。実は何か団結のシンボルになるものを探していた」
「そうでしょう」
「それが旗なのですか?」
「そう」
「ところで、その旗とはどのようなものなのですか?夜見子さん」
「あれです」
彼女が指さしたのはその男が高校の野球部と兼任して監督を務めている草野球チームのベンチに掲げられているある模様が描かれた黒い旗であった。
「あれは……髑髏」
「ということは、海賊旗ですか?」
「そう。ジョリー・ロジャーです」
「ということは、結城監督のチーム名はパイレーツ?」
「バッカニアーズということもあります」
「いやいや、俺のチームの名前は荒川ラクーンズだ」
「ラクーン?ということはアライグマ?それともタヌキということですか?」
「タヌキだ」
「荒川タヌキ会……ククッ」
「さすがにタヌキと海賊旗は結びつかないです」
「というか、野球チームの名前にはいかんでしょう。タヌキは」
「ん?そこが一の谷の浅はかなところなのです。かわいいではないですか。タヌキ」
「夜見子の言うとおりです。金儲けのことしか考えないあなたはセンスもなければ思慮もないということがこれで証明されました」
「そう言う晶さんだって今噴き出していたではないですか」
「失礼な。私は噴き出してなどいない」
「……荒川ラクーンズ」
「ブヒャ」
「あんたたち、俺のチームをこき下ろすのはそれくらいでやめてもらおうか」
「すいません」
「お嬢様が謝る必要はありません。一の谷、すべてあなたが悪いのですからあなたが彼に謝りなさい」
「そうよ。あなたが謝るべきなのよ。この場で死んで詫びなさい」
「私の無礼だけならともかく晶さんや夜見子さんの罪まで擦り付けられているようでどうもこの状況は納得しがたいのですが、とりあえず、すいません。それで、結城監督。あの旗にはどのような意味があるのですか?」
「あの海賊旗は俺のチームの決意表明みたいなものだ」
「と言うと?」
「骨になるまで戦う。要するに手を抜かない。そういう意味がある」
「なるほど。そういえば、いまや伝説上の人物となっている鈴木商店系列のあの元商社マンも同じ趣旨で自らの部屋のドアに髑髏マークを貼り付けていたそうです」
「そうですね。彼の場合は『骨になるまで働く』のようでしたが。そういえば、結城監督が指導している野球部のスローガンも同じでしたから確かにいいかもしれませんね」
「では、お嬢様も気に入られたようなので、北高野球部のために海賊旗をプレゼントすることに決めました。もちろん小旗ではありません。相手を威圧するような大きな旗です」
「はあ?」
「もしかして、それはサッカーチームのサポーターが使っているようなスタンドを覆うようなものですか?」
「そのとおりです」
「いいですね。それは見栄えがすることでしょう」
「ち、ちょっと待ってくれ。確かにそれはうれしいのだが、それには少々問題がある。実は高校野球には応援規定というものがあり、そのようなものはたぶん許可されていないはずだ。だから、せっかくつくってもらっても……」
「それについては心配する必要はまったくないです」
「えっ」
「そうです。お嬢さまのおっしゃるとおりまったく心配はいりません。ねえ、晶」
「そうね。そのようなもの、すぐにケリがつくような些細な事柄よ。その話、そのまま進めていいわよ。夜見子」
「わかった。では、一の谷。旗についてはよろしく頼むわよ」
「わ、私が」
「そう。あなたが」
「そうですね。それについては私からも一の谷にお願いすることにします」
「承知いたしました。夜見子さんの言葉なら死んでも断るつもりでしたが、それがお嬢様からの指示ということであればもちろん全力でやらせていただきます。迅速かつ完璧なものをご用意させていただきます」
「よろしくお願いします」
……こいつらの力関係とはいったいどうなっているのだ。
……天野川夜見子と晶と呼ばれている女は同格というところか。
……一の谷と言う男はふたりよりもかなり年長だが、微妙に格下に思える。
……そして、三人の上に立つこの少女。
……こいつらを取り巻く物々しい護衛は天野川夜見子に対するものと思っていたが、どうやらこの少女に対してのもののようだ。
……そして、言葉どおりなら高野連の規則を簡単に変えられるだけの力があるようだが、いったい、この少女は何者なのだ。
彼は知らない。
いや、気がつかないと言ったほうがいいだろう。
この少女は彼が指導する野球チームが所属する高校に通う生徒であることを。
そして、目の前にいる彼女が彼のチームにとっての天敵である小野寺麻里奈の影のように常につき従っている地味顔メガネ少女と同一人物であるということも。
「よくわからんが、とにかく楽しみにしているよ」




