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小野寺麻里奈は全校男子の敵である  作者: 田丸 彬禰
番外編 A Dream Goes On Forever Ⅰ
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Dreamtime 3 太陽が沈まぬ場所

 あの夏から約九か月が過ぎた四月の甲子園球場。


 前年の夏、北高野球部初の甲子園出場という夢の前に立ちふさがった千葉県高校野球界の名門京葉大学付属高校の新三年生エース五良隼人は夏の大会に続き超満員の観客が見つめる選抜高校野球大会決勝のマウンドに立っていた。


 だが……。


「くそっ」


 五良ははらわたが煮えくり返るような思いをしながら自問自答していた。


 ……ハッキリ言って今日の俺は絶好調だ。


 ……しかも、優勝した昨年の夏よりも俺もチームも数段レベルアップしている。それは、ここまでの戦いから明らかだ。


 ……だが、これは一体どういうことだ。


 そう心の中で叫び、ふり返る。


 目に入ってくるのはすべての塁に相手チームの選手が立っている光景だ。


「そして、あれは何だ。どうしてこうなる」


 五良はセンター後方の大きなスコアボードを見やって今度は声に出してそう叫んだ。


 そこには、「3」という数字が浮かび上がっていた。


 ……しかも、まだノーアウト。


 ……確かに、まだ一回の表。十分にひっくり返せる。だが、それもこれもこれ以上点を取られないということが条件だ。なにしろ相手投手はあいつだ。いくら俺たちでもあいつから五点を取るのは難しい。だから、これ以上は絶対に点を取られるわけにはいかない。


 ……もし、俺がここで大量失点をすれば……。


 ……過去二回と同じ結果になる。


 ……そう。また屈辱の惨敗。そして、俺たちは半年間に同じチームに三度惨敗したことになる。


 ……俺たちはそれほど弱いということなのか?


 ……いや、弱ければ甲子園に来ることも、ましてこうして決勝まで勝ち上がれるはずがない。


 ……ということは、相手が強いということなのか?


 ……認めたくはない。認めたくはないが……。


 ……これが現実なのだ。


 ……ということは、俺たちはまた……。




「結城先生、五良君の顔が青ざめてきました」


「そうだろうな。県大会の決勝、関東大会の決勝と続けて俺たち相手に惨めな負けを喫したのだ。ひと冬しっかり練習してチーム力が上がり、こちらの戦力を分析して準備万端気を引き締めて臨んでも一回表からこれでは、忘れたつもりでいたあの悪夢を思い出しても仕方がないだろう。俺だったらとっくにマウンドで漏らしている」


「まあ、五良君は気持ちの強い子ですから、そのようなことはないと思いますが」


「……確かにやつはかろうじて持ちこたえているようだが、他のやつらも同じとは限らないだろう。現に……」


「この回だけでエラーふたつ。あきらかに始まる前から委縮しています」


「スタンドに掲げられた例の特大海賊旗に恐れをなしたのか。だとしても一回の表だというのにもう戦意喪失とは情けない。諦めの悪い今のうちの選手では絶対にありえないことだ。だが……」


「そのとおりです。それでも、まだ一回。何があるかわかりません。絶対に手を抜くべきではありません」


「そういうことだ。たとえ相手が死に体になろうが遠慮はしない。試合終了までやるべきことを徹底的にやる。俺たちはあの夏にそう学んだ。ところで、あの海賊旗には三つの意味がある。内田先生は知っているかな」


「負けないために骨になるまで努力をする。そして試合が始まれば骨になるまで戦う。あの旗の考案者である結城先生に聞かされていたのは確かこのふたつでしたが、それ以外にも意味があったとは初耳です。その三つめの意味とは?」


「骨になる覚悟で戦わなければおまえたちは俺たちには絶対に勝てない」


「なるほど……それはいいですね。確かにそのとおりです」


「戦う意思もないくせにグラウンドの土を踏むやつらにかける情けなど俺は持ち合わせていない。孤軍奮闘しているところを悪いがそろそろ五良のやつに引導を渡してやることにする」


「そうですね。これ以上晒しものとすると精神に異常を来たし彼の今後の野球人生に影響が出そうですから。何と言ってもこれは高校野球。生徒の明るい未来を摘み取るわけにはいきません。まして、私たちは彼にとっては赤の他人ですから」


「内田先生も随分口が悪くなったものだ。それどころか、心にもないことを平気で口にしている。小心者で良心の塊である俺にはとてもできない悪魔の所業だ」


「いえいえ、これもすべて結城先生のご指導の賜物です。さて、私たちにとってここはあくまで通過点。このような場所で立ち止まる時間はありません。やるのであればさっさとカタをつけましょう」


「そうだな。おまえたち、そろそろ五良唯一の弱点であるけん制球を投げさせるためにアレを始めろ。孝治、指揮をとれ」


「はい」


「これで、五良君が暴投でもすれば、チームも、そして五良君本人も完全崩壊ですね」


「そういうことだ」




 ……始まって早々で悪いが、この試合は俺たちの勝ちだ。


 ……いや、せっかく大量に準備していた俺の小細工をろくに披露しないうちに勝利が手に入るのだからこの試合も楽勝といえるだろう。


 ……おまえたちの敗因はいろいろあるが、一番はもっとも警戒しなければいけない選手をいまだにノーマークにしていることだ。


 ……森孝治。こいつの超絶リードがなければ、諏訪野の豪速球も緻密な制球力もこれほど活きることはなかったのだ。それだけではない。このチームの攻撃力が短期間にこれほど向上したのも相手チームの配球も完璧に読み切るこいつの存在が大きい。そう。世間では諏訪野の球を取っているだけと思われているこいつこそがこのチームのすべてなのだ。


 ……それがわからんやつらなど俺たちの敵ではない。




 そして……。


「終わりました。全国大会の決勝とは思えぬほどの楽勝でした。選手たち、特に泣きながら試合を続けた相手の五良君たちにはたいへん申しわけないのですが、地方大会の予選なら五回でコールドゲームになる大差というのはあまりにも緊張感もなく優勝の喜びもあまりありませんでした」


「それは本当に贅沢な悩みだな。内田先生」


「そうですね。本当にそのとおりです」


「だが、ここで気を緩めてはいけない。なにしろ俺たちにはこれからやらねばならない大きな仕事が残っているのだから」


「それは夏の大会ということですか?」


「それもある。だが、今からおこなうのはそれよりももっと大事なことだ」


「はて?それは何でしょうか?」


「小野寺麻里奈だ。昨年の夏に俺たちを散々こき下ろしてくれたやつが子分どもと一緒にスタンドにいる。やつにこれ見よがしに優勝旗を見せつける。俺だけでなく内田先生や選手たちにとってもこれはやらなければならない大事なことだろう」


「まったくです。我々がここまで来られたのは彼女のおかげなのですから」




 ……小野寺麻里奈。これで借りは半分返した。


 ……だが、まだ終わっていない。


 ……夏も楽しみにしていろ。




「勝ったな」


「勝ちました。意外にあっさりと。ところで、まりんさん。今回特別に用意してもらったかち割り氷はいかがでしたか?」


「思っていたよりも普通だった。しかも冷たい。これはやはり夏の食べ物だな」


「その割には初日から今日まで毎日喜んでカリカリしていたように思えたのですが」


「うっ。そ、それよりも、あの特大の髑髏旗はすごかったな」


「そうですね。迫力がありました。旗を寄贈してくれた会社には感謝です」


「どうせその会社というのはヒロリンの知り合いだろうが。ところで、あれは違反じゃないのかという問い合わせが多数あったらしいけど、本当に大丈夫だったの?」


「調べてみたところ昔はあれだけの大旗をスタンドで掲げることは禁止されていたらしいのですが、最近規則が変わり事前に申請して試合中でなければ掲げてもOKということになったようです。ですから、今はまったく問題ありません。それに相手チームを除く皆さんもあの旗が掲げられると毎回大歓声をあげて大いに盛り上がっていたわけですから、良いことだらけではないでしょうか」


「まあ、それならいいけど。ん?……一応聞くけど、その規則変更はいつおこなわれたものなの?」 


「なんと北高が最初に海賊旗を掲げた県大会直前である去年の秋です。変更がなければせっかくつくった旗も披露できなかったわけですから偶然とは実に恐ろしいものです」

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