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エピソード ゼロ Ⅰ

 3月中旬のある晴れた日。


 千葉県の田舎でおこなわれたこの中学校の卒業式もつつがなく終了し、この日最後の儀式となる卒業生と在校生の別れのあいさつがあちらこちらで交わされていた。


 部活動や委員会の先輩後輩という関係上やむを得ずおこなわれている形ばかりのものが多かったのだが、もちろんそうでないものもたくさんある。


 そのなかでも女子生徒だけで構成された特別大きく、そして華やかな輪の中心に長身の美しい顔立ちをしたその少女がいた。


「まりんさん、ご卒業おめでとうございます。それから卒業生代表としてのスピーチ最高でした」


「本当によかったです。ウットリしました」


「……そうだった?」


「明日からまりんさんと会えなくなると思うと寂しくなります」


「私も」


「私も」


「大げさだよ。それに、そう言っていても、どうせみんな私のことなんか三日もすれば忘れちゃうでしょう。……まあ、私もそれの方がいいのだけど」


「そのようなことはないです」


「そうです。忘れることなどありません」


「私は一生まりんさんを忘れないことを約束します」


「それは私だって」


「私は決めました。来年絶対に北高を受験します」


「私も」


「私も」


「そうなの?でも、北高は結構偏差値高いよ。ちゃんと勉強しないと合格できないと思うよ」




 ……もっとも、私のすぐ近くには受験勉強を一切しないで北高に合格した変人もいるけどね。




 そこから少し離れた場所から全校生徒の約半数が集まるいつ解かれるかもわからないその賑やかなハドルを遠くから苦々しく眺める集団があった。


「……くそっ。小野寺麻里奈。最後まで……本当に最後まで僕を不機嫌にさせてくれる」


「まさか中学最後の日にまでこんな光景を見せるとは。まったく忌々しい女だ」


「だいたい今日の卒業式はおかしいだろう。生徒会長だった片山ではなく学校行事になにひとつ貢献しなかったあのクソ生意気な女が卒業生代表としてスピーチをおこなうというのはどういうことなのだ」


「まったくだ。あのヘボ校長は何を考えているのかさっぱりわからない」


 ちなみに、この中学校では卒業生代表として答辞を述べるのは生徒会長の任に当たっていた者というのが慣例となっており、その慣例どおりであれば今年の卒業式ではこの集団の中心人物で秋までその役に就いていた片山恭がその大役を担うはずであり、実際に当初はそのように決まっていた。


 それが卒業式の式次第発表一週間前になって校長を強い意向により突如取り消しとなり、彼に代わって卒業生代表としてその役をおこなうことになったのが小野寺麻里奈だった。


 もちろん、この学校のPTA会長で名誉欲と自己顕示欲の塊という遺伝子を恭にもたらした彼の父親はその決定に対して猛烈な抗議をおこなったのだが、「これがその理由です」と語った校長から最近送られてきたという数枚の写真とそれに添えられた短いメッセージを見せられた後は表だって抗議はしなくなった。


 いや、できなかった。


「……小野寺麻里奈。卒業生代表の大任が欲しいばかりに、あのようなこざかしい策を用いやがって」


「片山は今回の大どんでん返しの原因について何か知っているのか?」


「い、いや。それ以外に考えられないだけで何も知らない」


「そうか。まあ、そうだろうな。あのずる賢い女狐なら常人が考えつかないようなことをやるだろう」


「どのような媚びを、いや、あいつなら校長に体を売ったかもしれない」


「普段男は嫌いとか言いながら、裏ではロリコンの変態校長に体を売る。小野寺麻里奈ならやっていそうだ」


「まったくだ。なにしろ小野寺麻里奈は人格破綻者だが、顔だけはいいし、子分のチビメガネほどではないが、いやらしい体もしているからロリコン校長がコロリとなったのもうなずける。片山もそう思うだろう?」


「……」


「片山?」


「あ、ああ。そうだな」


 彼は言わなかった。


 いや、言えなかった。


 たとえ仲間であっても。


 彼が中学一年の春に上級生たちを金で雇って何をしていたのかを。


 そして、それに麻里奈がどのように関わっていたのかについても。


 彼は意図的に話題を変えた。


「それにしても、ここに集まるのは相変わらず男ばかりだな。最後くらい女子に囲まれたかった」


 それは彼の率直な気持ちだったのだが、彼が口にしたそれは仲間にとって今一番触れられたくないものだった。


「片山よ、それは言うな。というか、それだけは言うな」


「まったくだ」


「それに、それはすなわち俺たちの青春の一部を台無しにしたあの忌々しい小野寺麻里奈に対する敗北を認めることになる」


「ああ、そうだったな。悪かった」


 もちろん恭にとってもそれは同じであり、仲間の気持ちを痛いほどわかる彼は素直に謝罪をする。


「……忘れられないくらいの嫌な思い出になりそうだ」


「まったくだ。しばらく忘れられそうにないな」


 恭を中心としたこの集団は名を「麻里奈教被害者の会」といい、「邪教をまき散らす小野寺麻里奈は全校男子の敵である。暗黒邪神小野寺麻里奈を打ち滅ぼして、全校男子のアイドル松本まみ、そして囚われているすべての女子の魂を魔の手から救い出し、清く正しい光に満ちた世界を取り戻そう」というスローガンを掲げ、この学校の女子生徒の心を独占している邪神小野寺麻里奈を打倒するためこれまで活動を続けてきた。


 今日、創始者でリーダーである片山恭をはじめ中心メンバーの卒業とともに会は解散することになっていたのだが、その目的が達成されたのかどうかは彼らの目の前で繰り広げられている忌々しい光景を見ればあきらかであろう。


……このままでは終わらせない。いつか必ずあの女に辱めてやる。どんな手段を使ってでも。

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