一 願いを叶える女神様
夢。
寝ても覚めても見続ける地獄、死に方を決められてしまう呪い、無限に走れる釣竿の先のニンジン。
あるいは、
光り輝ける飴玉、甘く蕩ける宝石、身も焦がすような熱い恋。
見事届けば極楽浄土、けれど届くまでは狂気の苦しみ。そして囚われる牢獄。
夢は、辿り着くべき未来か、はたまた儚く萎れる青い花か。
今日の晩ご飯は何か
コトリ、と放り投げるようにして、わざと音をたてて筆を置く。そして、ぐじゃぐじゃと紙を丸めてぽーい。
「はー、やめやめ。それっぽいこと書こうと思ったんだけどなー。分かったのは、人の夢と書いて儚い、だなんて漢字を考えた人はいい趣味してるってことだけね。拍手しちゃう」
パチ、パチ、パチ、と小さく響く。と、扉が
ガチャ
「お呼びですか?」
「いや、なんでもない、ちょっと筆が乗っただけだ」
サッサと手を振り追い払って、一人にしてもらう。
バタン
部屋の外で待機して、何かあったらすぐ駆けつけてくれるのは嬉しいんだけど、少し気が回りすぎるんだよね。
「それはさておき、さてさて、かく言う私も儚い人のその一人。いや、一柱かな?なわけですが。私の願い、ひいてはみんなの願いを叶えてもらえそうな逸材は、どこかに居ないものかなー」
「そうして今日も暇にあかして、同志探しを続けるのであった……なんてね」
お、これはいいかも。保留、メモメモ。
自伝なんて恥ずかしいけど、任せたら何書かれるか分かったもんじゃないしなぁ。
「おや」
天文学者も白目を剥いて倒れるような数の異世界の中で、ただの気まぐれで厳正な審査の結果選ばれた世界の、さらにたまたま選ばれた素晴らしい豪運の者が。
「……ふ〜ん、いいじゃない」
気がついた。ここはどこだろう。
大部屋よりも広い部屋に机と椅子が並んで、前と後ろの壁一面には、緑の板が設置されている。そのうちの一つに着いている。
あぁ、学校かコレ。
周りの席には、真っ黒なマネキンのような人影が着いている。と、
ジャリンッ
巨大な刃が、角の床から突き出してきた。そして
ジャリジャリジャリ
ぐるぐると教室の周りを、中心に向かって渦を描きながら、机や椅子なんかもまとめてどんどん削っていく。
「ええっ!ナニナニナニ!」
ガタッと立ち上がって逃げ出す
が、いつの間にか座っていたマネキンのような人影たちに取り囲まれている。
「うぇえ!どいてどいて!」
と、そこでやっと気付いた。この人影みんな、こちらに背を向けて立っている。だれもこっちを気にもかけていない。
そうしているうちにも、ぐるぐるぐるぐる、刃は近づいてきた。
ジャリジャリッ
一番端にいた人影から、ドス黒い液体が吹きあがる。その隣も、そのまた隣も。二週目に入ってまた削られる。三週目、四週目、ぐるぐるぐるぐる。
「やばいやばいヤバいヤバいヤバイ!!」
ジリジリと、凶刃は迫ってくる。
ブシャーッと、ついに目の前の奴が削られて噴水になる。
ああ、あああ、
「嫌だァああ!!!」
目が覚めると、そこには知ってる天井があった。
ふぅ、ふぅ、ふぅ。はー、喉が渇いた。
「あ、起きたね」
病床の僕の横には、リンゴ片手に微笑む女の子が。さっきの夢はこの音のせいか。
「ちょっと待ってねー、もうすぐできるからねー」
「ありがとう、メイ。ちょうど、喉乾いてたんだ」
寝落ちてしまってスクリーンセーバーが起動したノーパソを閉じる。
彼女はメイ、雲龍命。僕の幼なじみ。小さい時から僕をずっと助けてくれる、とってもいい子だ。しかも、見た目もすごく可愛いから、学校でもモテモテなんだろう。
「今は何してたの?プログラミングの勉強?」
「うん。お母さんが、新しい本を買ってきてくれたんだ。そっちは最近どう?学校はどんな感じ?」
「そーだねー、みんな楽しい子ばっかりだよ」
そう言ってメイは笑うが、少し笑顔が引きつっている。こんな生活をしているせいか、普通より人の表情に敏感になっている気がする。お見舞いに来てくれる人は、だいたい微妙な顔をするから。きっと優しいメイのことだから、僕が行けてないのに学校のことを楽しく喋っていいのか、と気を使ってくれているんだろう。
「そうなんだ。よかったよ、メイが楽しそうで」
「うん……」
しばらくの沈黙。シャリシャリとリンゴの皮を剥く音だけが、個室に。
その音に、さっきの夢を思い出した。
「学校、行けるのかな。もしかして、このまま…」
ふと、そんなことが口をついて出てしまった。すぐに、やめておけば良かったと思ったが、一度出た言葉は取り消せない。
ザクッと、さっきまで表面を撫でていたナイフが、深く切り込んでしまっていた。俯いて、押し黙るメイ。
「なんで、どうしてそんなこと、言うの」
必死に抑え込む怒りを感じ取りながら、どう誤魔化すか考える。
「ずっと、頑張ってきたじゃん」
「…うん」
「確かに、治りにくい病気だけど、治らない病気じゃないって。おじさんもおばさんも、一番いい病院をって、日本中探し回ってくれて」
「……うん」
「辛い治療にも、いっぱい、耐えてきたじゃん」
「………うん」
「高校には、一日しか来てないけど、中学からの友達は、みっちゃんも、ゆうくんも、さきちゃんも、他のみんな全員が、会えるのを楽しみにしてるんだよ」
「…………ホントに?」
「え?」
なんとか取り繕うことを考えていたはずが、あらぬ方向に進み始めた。一度勢いづいた流れは止められず、どんどん言葉が溢れてくる。
「ホントに、みんな、そう、思ってるの」
「もちろ」
「じゃあ!……じゃあなんで、最近みんな来てくれないの」
「そ、それは、その、み、みんな、色々と」
ああ、そうか。
「倒れてすぐは、ほぼ毎日誰かが来てくれて、それで二週間くらいたったら、少し減って週一で、でも今度はみんな揃って来てくれた」
なんで、あんなこと言っちゃったのか。
「その後も、バラバラでも隔週くらいで来てくれてた」
僕は、寂しかったんだ。
「でももう、誰も!誰も来てくれない!」
みんなに、無くてもいいと思われてるんじゃないか、
「メイだけだ。会いに来てくれるのは。毎日毎日、たった十分でも、メイは来てくれる。じゃあ、ほかの子は?」
居なくても変わらないと思われてるんじゃないか、
「来てくれないんだよ、もう。きっと、僕無しで楽しくやってるんだろう。新しい友達だってできて、部活だってあって」
メイは、何も言わない。
「なら、今更行ったって、誰が迎えてくれるんだ。きっと、顔だって覚えられていない。グループも完成しているし、クラスも固まってきてるんだ。勉強だって、ついていけるか」
何も言わない。
「メイだって、思ってるんじゃないの、無理してるんじゃないの」
「そんなことは
「でも、見るからに調子悪そうだよ。宿題とかいっぱい出てるんじゃないの、僕は行ってないから分かんないけど。ここに来ることに時間割いて、大変なんじゃないの」
「そんな、こと」
「そうだよ。今更、行ったって、………今更、治ったって、僕は、」
僕は、
「どうせみんなの、なんでもないんだ!」
「なんで、僕なの。なんで、みっちゃんじゃないの、ゆうくんじゃないの、さきちゃんじゃないの。メイじゃ、ないの。僕なの」
言い終わって、また後悔した。メイから、悲しみの露が湧き出していた。
「そう、かもね」
ポロ、ポロ、と。一つ、また一つ。白い制服に丸い跡が。
「ゴメンね、そうだよね、無責任なこと、言っちゃったね。ゴメンね、代わってあげられなくて。ゴメンね、気持ち、考えてあげられなくて、ほんと、ゴメン」
「あ、や、ち、ちが」
ガタッ
「ゴメンね、ゴメン。辛い思い、させてたんだね。気付いてあげられなかった」
「嫌、待って、違うの」
「……帰るね」
ダッ
メイは部屋から駆け出してしまった。
「め、メイ!待って!違うの!行かないで!お願い!メイ!メイ!!」
担当の先生に、激しい運動は厳禁だと言われていたのも忘れて、夢中でメイを追いかける。
ドアを勢いよく開けて、廊下に飛び出す。突き当たりに見えたメイ。ずっと車椅子だったからか、自力で走ることに警告音を発している足を、無理やり黙らせて追いかける。ここで、別れたくない。別れてはいけない。そう、思ったから。
息もたえだえに、なんとかメイを、霞む視界におさめ続ける。
「メイ!待って、メイ!お願い!行かないで!」
しかし、僕の全力疾走虚しく無慈悲に距離は開いていく。断末魔じみた体中の痛みを追いやり、それこそ死ぬ気で走った。
そうして、なんとかロビーまで食らいついて走ってきたが
「メイ!メ…」
ガクンッ
不意に、視界が下がった。目線が低くなっていく。浮遊感を感じた。と思うと
ドサッ
倒れ込んだ。
肺と喉が熱い。息ができずに、思わず咳き込む。胸が誰かに押さえつけられているように苦しい。手足を動かそうとしても、ただ震えるばかりで、全く力が入らない。
「大丈夫ですかー、分かりますかー。佐藤さん、村山先生に連絡して」
ロビーだったこともあって、すぐに看護師さんが来てくれた。
「メ…イ」
絞り出した声は、しかし届くことは無かった。
ピッピッピッ
心電計の音で目が覚めた。
息をするのが辛くて、起きずに寝ておけばよかったと思ったけれど
「…もう……、ざんね…。……打ちようが……」
「…そん……!…な…かな……ですか!」
「………、…………が、かく…しておいて…」
話し声がする。
目を開けようとしたが、瞼が縫い付けられたように開かない。それでもなんとかこじ開ける。
いつもの天井じゃない。
声のする方をなんとか探る。
「あ。メ、イ」
いつものように、ただお話するだけなのに、それだけで頭がガンガンするし、心臓だとか肺だとかが跳ね回る。
「あ!」
酸素マスクをしてくぐもった声なのに、すぐに気づいてくれた。
「ゴメンね、ゴメンね…」
僕のそばに駆け寄って、メイは謝り続ける。声がすごく遠くから聞こえる、視界はボヤけて顔もよく見えない。今手を握っているこれはメイだろうか、とも思ったけれど、でも、握ってくれた手は、いつも通り暖かくて、優しくて、そこに確かにメイは居ると感じる。
「謝ら、ないで」
しっかりと、その手を握り返す。そうしないと、こちらの声が届かないような気がして。
「でも、私のせいで。歩くのも最低限って言われてたのに、走らせたから」
メイの声は震えている。見せてくれたメイの気持ちに、僕も答えなくてはいけない。喉は焼けるようだし、肺はズタズタに切り裂かれるみたいだ。でも
「謝る、のは、僕の、方、だよ」
「…え?」
「酷いこと、言っ、ちゃっ、たね。お父さん、も、お母、さん、も、先生、も、メイ、も、僕、も、みんな、みんな、頑張って、きた、もんね。弱気、な、こと、言っ、ちゃって、ごめん、なさい。ちょっと、寂し、かった、んだ、友達、来て、くれなくて。ホントは、メイが、いるから、寂しく、ないのに、ね」
途切れ途切に紡ぐその声は、まるで命を消費しているようで、一言出すたびに、何かが抜けていく気がする。
「うん、いいの、分かってくれたなら。私も、ゴメンね。いきなり、飛び出しちゃったりなんかして」
ポロポロと転がるのをそのままに、無理やり笑顔を浮かべるメイ。でもその無理やりな笑顔は、さっきのとは違って引きつっていない、メイが笑いたいから出た笑顔だった。
「ちょっと、運が悪かったのよ」
急にメイが呟いた。
「え?」
「なんで、みっちゃんとか、ゆうくんとか、私とかじゃなかったのかなって」
「うん」
優しくまっすぐ目を見て、ゆっくり喋る僕の話を、待ってくれる。
「ちょっと、運が悪かったのよ」
「……………そうかもね。それなら、また、いいこと、あるよね。悪い、ことの、後は、いいことが、ある、って、言うでしょ?」
「うん…………きっと、そうだよ」
微笑んでくれたメイを見て、ホッとした。
「僕、また、頑張る、よ。約束、する。でも、また、迷いそう、になっちゃう、かも、しれない。その、時は、僕を、助けて、くれる?メイ」
「うん、もちろんだよ。一緒に頑張ろうね。約束」
「ありが、とう。でも、なんだか、今日は、すごく、眠いや。久し、ぶりに、走った、から、かな。へへへ」
精一杯笑って見せようとしたけれど、あまりにも弱々しい笑い声しか出せない。
「そっか…………じゃあ、ちょっと、寝る?」
「……うん」
瞼が降りてくる。
「おやすみ、メイ。起き、たら、リンゴ、が、食べ、たい、な」
「わかった。皮、剥いておくね。それじゃ…………おやすみ。」
ピッ、ピッ、ピッ、ピーーーー
「うわーん、いい子だねー、メイちゃん!」
「え、なに?!」
知らない女の子の泣き声が、突然耳元で大音量。おかげで永い眠りから目が覚めた。
「えっと、どちら様で?というかここは?」
1m先も見えない真っ暗な中、僕とその女の子にだけ、どこからか降ってくるスポットライトが当たっている。寝転がっていた僕の隣に、ずっと座っていたみたいだ。
女の子と言っても見た目は同い年か少し上くらい。膝辺りまで伸びた煌めくような金髪は、先の方で大きな赤いリボンでまとめられている。ゴスロリ風の黒に赤い淵のフリルの、フリフリのドレスに身を包んでいる。
僕の質問に、
「落ち着いて聞いて」
さっきまで泣きじゃくっていたのに、女の子は急に真面目な顔になった。
「言い難いんだけど…あなたは…その…亡くなりました!」
「はい」
「あ、あれ?!薄くない?反応薄くない??死んだんだよ?!あなた!」
本当に予想外だったのか、せっかく作った真面目な顔を崩してしまっている。
「いや、そう言われても。もうあの時には自分が死ぬことくらい分かってましたし」
「ええー、そんなー。せっかく顔まで作ったのにー」
いかにもガッカリという表情で肩を落とされると、なんだかこっちが悪いことをしたような気がしてくるからやめて欲しい。してないよね?
「はぁ、まあいいよ。じゃあ次は自己紹介かな。私の名前は…あー、モネリヤ・コマテイオ。うん、親しみを込めて、モネ様と呼んでね。私は、わかりやすく言うと神様、になるのかな?まそんな感じ。あなたの住む世界とは少し違う世界の、なんだけどね。違うって言っても、科学より魔法学の方が発達しているだけさ」
「えぇ、魔法……はぁ、モネ様ですか。では、そんなモネ様が、ただの人間の僕に一体何の御用でしょうか」
生前はそんなに悪いことした記憶はないんだけどな、神様に罰与えられるほど。
「そう、では早速本題に入ろうか。私の趣味は、異世界を覗き見ること。ある日、いつもの通りテキトーに選んだ異世界を見ていたら、とても美しい男子と女子2人の友情劇を発見。すっかり気に入っちゃって、ずっと陰ながら応援していたのね」
「それ、もしかして僕とメイのことです?」
「そうそう。毎日毎日、時間が出来たらその二人を見ていたんだよね。ところが今日、二人は喧嘩別れしてしまって、しかも片方は危篤!」
あー、はい、そうですね
「やっと目を覚まし、ゆっくり語らう」
うん、まあ
「そして、仲直りも出来て、さあこれからまた頑張ろうという所で、ついに事切れてしまう!」
言い方はあれだが、あらかた間違っていない。
「残された女子は、」
うん?
「静かに眠る男子のその寝顔を見つめながら、無造作に放り出された手にそっと自らの手を重ねる。少し力を入れるてみたけれど、もうその手は握り返されることはない」
???
「そんな事実にじわじわと心が追いついていく。そうしてようやく、悲しみが目から溢れ、彼女は白いシーツに顔を埋めた。そして、」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「なんだよぉ、せっかくノってきたのに」
水を差されて頬を膨らませるモネ様だけど、こんなの恥ずかしくて聞いていられない。
「いやいや、なんでそんなドラマ仕立てにするんですか!やめてください!そんな描写より、さっさと話を進めましょう」
「ちぇっ、しょうがない、わかったよ」
本当に、心底不本意そうにそう言って、しぶしぶ話を戻す。
「えー、そんなわけで死んでしまったあなたですが、私が生き返らせてあげましょう」
「…………え?!嘘??!!」
モネ様の言葉を理解するのに、たっぷり五秒かかった。
「嘘じゃないよー。しかも、少し時間を戻して、死ぬ直前のあの危篤状態で眠った後に帰らせてあげよう。そして、その後奇跡的に回復したということにしてあげる」
「す、すごい!ぜ、是非お願いし…」
「ただし!条件がある。楽して手に入る命なんて、どこにもないからね」
「御託はいいですから、早く教えてください。その、条件とやらを」
思わず前のめりになってしまっている。どんな無理難題を吹っかけられるのか。
「はいはい焦んないの。では、発表します」
ゴクリ
「私の世界に移動して、そこで猛威を振るっている魔王を倒すのだ!」
「分かりました」
「早っ!決断早っ!」
すぐに頷いた。
「生き返れるなら、メイの所に戻れるなら、魔王だろうが、なんだろうが、例え神でも、この手にかけることに躊躇いはないです」
そうだ、僕は帰らなくてはいけない。もう迷わないと約束したんだから。
「……神、ね。よし、じゃあすぐにでも行ってもらいましょう!、と言いたいところだけど」
「なんですか?まだ何かあるんですか?早く行きましょうよ!」
「だから焦んないの。出立にあたって、何か一つ特典をあげよう。時を操る能力だとか、魔法を全部使えるだとか、死んでも蘇れるだとか、なんでも、一つだけあげよう」
「へぇー、すごい!何にしようかなぁ」
時間操作とか無双でしょ!魔法全部とか最強でしょ!蘇れるとか無敵でしょ!それにあんなのとかこんなのとか!夢が広がリング!!……あ、そうだ
「じゃあ、向こうの言語がすっかり分かるようにしてください、読み書き両方で」
「あぁ、その辺は私の方でやっておくよ。でないと話が進まないからね」
「うーん、じゃあ、身体能力の向上はどうでしょう」
「そんなの元々そのつもりだよ、当たり前でしょ。ずっと病院で引きこもってたようなの、いきなり放り出せるか。超強い一般人くらいのものをやろうじゃないの」
「それじゃー……。ところで、何も言わなかったら僕は、魔法使えないんですか?」
「いや、使えるには使える。そもそもそちらの人間だって、もともと魔法を使えるんだ。知らないだけで」
「ええ!でも、魔法学が科学の代わりに発達した世界なんですよね」
「でもこっちの世界にだって重力はあるし、物理法則はあるよ。知らないだけなの、お互いに。それに特殊相対性理論とか聞いたら、あなた達だって言うでしょ、『そんな魔法みたいな』って」
「はぁ、なるほど、まぁ 、そんなものですかね」
「とにかく、向こうでちゃんと勉強すれば、あなたも魔法が使えるってこと」
「おお、それは。それだと、うーん」
全然思い付かないな、いっそのこと時間操作とか……
『ちょっと、運が悪かったのよ』
………………
「どうするのー、サクッと」
「じゃあ」
「お、いいよいいよ」
「少し、少しでいいので、運を良くしてください」
「……よーし、わかった。それでいいの?今ならもう一回考え直せるけど」
「いいえ、それでお願いします」
モネ様はしばらくじっとこちらを見つめると、満足そうに微笑んで、一度大きく頷いた。
「それじゃ、そろそろ送るけど、なにか言っておくことはない?要望でも遺言でもいい」
「遺言て……強いて言うなら、『ありがとうございました』ですかね」
「………………………」
モネ様が黙り込んでしまった。
「あのー」
「じゃ、送るぞ!もういいかい?」
「え、あ、はい」
「まあ、何かあったら呼んでくれたらいいから」
ゆっくり深呼吸したモネ様は、僕の頭に手を置くと
「―――――」
何か言い出した。と思ったらいきなり視界が白んできた。
「――!」
だんだんと白んできた視界が、モネ様かわ唱え終わると、ついに真っ白になってしまって何も見えなくなった。同時に意識が薄くなっていく。
「ゆけ!十文字優我!」
モネ様の声が頭の中にこだまする。
「…………頑張ってね〜」