40.
件の不明船から撤退した後、僕たちは第一部隊の会議室に召集された。
「何の用だ、ルイ。」
隊長は眠いというのを前面に押し出し不機嫌そうな顔をしている。
「レイが予定になかった行動をとったことに関してよ。」
「いいじゃないか、何の問題もなかったんだから。」
ポケットからパウチに入った煮干しを取り出す隊長。
「ルイ、それは申し訳なかった。」
そう謝罪するレイさんの背中にはぴったりと燈さんがくついている。
いくら別室で待っているよう説得しても離れなかったそうだ。
「リュウもライを放置して先走った事は問題なのよ、わかってる?」
腰に手を当てるルイさんの足元でリュウ君はおとなしく正座をしていた。
「この作戦は、本部隊から指示されたものだったのは覚えているわね。どう報告すればいいのかしら。」
一気に老け込んだ表情のルイさん。うちの隊長とは違って、きちんと一人で仕事をこなしているからまったくもって頭が上がらない。
「んなん、テキトーに書いたってわかりゃしねーだろ。」
「バカなの?世の中誠実さが大切なんだから。」
思わずルイさんの言葉に激しくうなずく。
「で、ライ君。」
その動きで思い出したかのように話しかけられる。
「第二部隊副隊長のジューダスを信用しろって話だったけど、あれはいったいどういう根拠があっての話だったのかしら。確かに、何も問題は起きなかったけれどこうして召集されてもアイツは来ないじゃない。」
そう言われて会議室の中を見回す。
演台の横に立っているルイさんとその足元で正座しているリュウ君。一列目の座席には僕と隊長が座っていて、その後ろにレイさんと燈さんが立っている。
ジューダスは、いない。
何をやっているんだ、せっかく僕がかっこいいこと言って信頼させようとしたのにとは思わないまでも少し怒りが湧き出る。
「き、きっと、ジューダスさんにも用事があるんですよ、うん。」
「ライ君。あなたも、ロイみたいなことを言うようになったのね。」
いつもは助け船を出してくれる隊長はニヤニヤと僕のほうを見て笑っている。
そんなに、人が怒られている姿を見て嬉しいですか、そうですか。
「お前、突然ジューダスさんなんて呼ぶようになったけどどうしたんだ?」
ニヤニヤ顔のまま隊長がたずねる。
これは、もう事情が分かって悦に入っているのかもしくは激しい勘違いをしているかのどちらかだ。
隊長の発言を受け、ルイさんが僕の胸倉をつかみあげる。
「まさかライ君洗脳!?」
ここにも勘違いしている人がいた。
「違いますって、ルイさん。私からは説明できないのですが、本部に行けば……。」
「今すぐ十三部隊を呼んでセラピーを受けさせないと!リュウ!出動要請して!」
僕よりも背の高いルイさんに持ち上げられてしまうと抵抗する術がない。
「た、隊長!笑ってないで助けてください!ルイさんも落ち着いて!」
指示されたリュウ君は慌てたように会議室を飛び出す。
直後、すごい音が聞こえた。
「ジ、ジューダス……。」
リュウ君の声にみんなの視線が入口のほうへ向く。
「いたた……。すみません、遅れてしまって。」
そう言いながら入ってきたジューダスは腰をさすっていた。どうやら、飛び出したリュウ君と鉢合わせて転んだようだ。
そういえば最近、僕も似たようなことをした気がする。
「すごい勢いでゾーラタ副隊長が飛び出してきたから、何事かと思ったんですがお取込み中でしたか。」
まっすぐ僕のほうを見ている。
ルイさんに吊るされたままの僕はその視線の意味に気づき、慌てて身をよじる。
「ルイさん!降ろしてください!」
「あ、うん。」
茫然とした様子で、雑に手を離されるから座っていた椅子に強かにお尻を打ち付けた。
「ジューダス、お前……。」
レイさんは何かいろいろと言いたげだったが、ひとこと「ありがとう。」と言っただけだった。
「ソトニコワ隊長に大変な心労おかけしたこと、申し訳なく思っております。」
「え、はい。」
僕を解放したときの姿勢のまま固まるルイさん。
「ウェッター隊長にも多大なるご迷惑おかけいたしました。」
「いや、意味がわからない。」
レイさんの手は落ち着きなく燈さんの髪の毛をいじっている。
「ずいぶんと雰囲気変わったんじゃねえの、ジューダスさん?」
隊長は座ったまままだニヤニヤとしている。この人は一体何がそんなに面白いのだろう。
「ナビルグ副隊長。いや、ライ君……。会いたかった。」
「へ?」
今回の作戦前にもあっているし、何も今回初めて会ったわけではないのにいったい何を言い出すのだろう。
「今、皆さんが疑問に思っていること全て説明しますから、一度席についてもらえますか?」
立ったままだったルイさんも、飛び出していったリュウ君も燈さんを引きはがしたレイさんも、引きはがされた燈さんも皆席に座る。
先ほどまで、ルイさんが寄りかかっていた演台の前にジューダスが立った。
「ライ。俺の事わからないか?」
じっと見つめ合うジューダスと僕。
「お前にそんな気があったとは知らなかった。」
勘違いした隊長が囁くが無視をする。
「申し訳ありませんが、第二部隊副隊長のジューダスということ以外確かなことは知りません。」
そう。知っているのはたったこれだけ。だが、確信はなくとも彼を見るたび落ち着きなく揺れるアホ毛から推測できることはある。
「確信はありませんが、あなたはナビルグ家の人ですか。」
「えっ。」
後ろでレイさんが息をのむ音が聞こえる。
「さすがライ!気づくの遅いなって俺、ずっとそわそわしていたんだから。」
急に満面の笑みになったジューダスは巻いていたターバンを器用に外し始めた。
「ライ君、知っていたの?」
隣に座っているルイさんに肩を掴まれ激しくゆすられる。
「おい、ルイ。首取れちまうぞ。」
それを逆隣りに座った隊長が止めてくれた。
「改めて自己紹介させていただきます。本部隊通信部部長のジューダス・ナビルグと申します。ライの従兄弟違い、従叔父にあたります。」
ターバンを外した頭の上では、僕と同じアホ毛がぴょこぴょこと踊っていた。
「なんで、第二部隊の副隊長を兼任していたのかと不思議に思うでしょう。」
右腕の携帯端末をなにやら操作する。あれは、本部で支給されるモデルだ。
「一概に、本部隊長ジョンの命令なのですがどうやら皆さんの活動を近くから評価したかったようです。」
「そんなこと言っているが、お前副隊長を何年務めていた?ずいぶんと長い間評価していたんだな?」
さっきまでの楽しそうな表情は一変、退屈そうに煮干しを咥える隊長。
独特なにおいが充満する。
「信頼を得ようとしたのですよ。まあ、私自身あんまり演技が上手くないので逆に疑われてばかりでしたが。」
ポリポリと頭をかくと、ジューダスは携帯端末からビデオメッセージを白い壁に投影した。
「本部隊長、ジョンから皆様に向けてです。」
『巨大不明船の回収ご苦労であった。』
壁に移る中年の男性は僕らと同じアホ毛を携えている。
『ジューダスからの説明では足りないところもあろう。私から説明する。』
言葉を理解していない燈さんは同時通訳ソフトで一生懸命文字を追っていたが、それでも話について行けないようで上の空だ。しかし、それ以外の人は皆食い入るようにそれを見つめる。
『そろそろ、人事異動をしようと思っていたのだ。しかし、相性というものは大切で、不用意にかき混ぜたりはしたくない。特に責任を持つAランク以上の隊員となればなおさらだ。そこで、監視されていることを気づかれないよう本部の人間を送り込み様子を調査したのだ。』
ジョン・ナビルグは僕の従伯父にあたる人物だ。決して身内だからと言ってひいきしたりするような人ではない。とても厳格な人だと認識している。
『ルイ。まずお前だ。お前は、少々リュウに対し過保護なところがあったな。だがリュウはその状況を自ら打破しようとした。』
二人は気まずそうに目を背けている。
『次にレイ。ジューダスが怪しいせいで要らん心配をかけた。申し訳ない。しかし、私情に揺れながらも任務を全うする精神力は称賛に値する。』
口を開けて何かを言おうとするレイさんだが、言葉は出てこなかった。
『で、ロイ。まずは小魚を口から出せ。』
ビデオメッセージのはずだが、まるでこちらが見えているような物言いだ。
「見えてねえくせに。」
そういうと、隊長はおもむろに煮干しを噛み砕いた。
『君のことだから、私がどういっても小魚を貪り食う姿が目に浮かぶよ。グミばかり食べていた前任のロバートのようだ。』
この隊長は所かまわずどこでもカルシウムを補給しているのかと怒りに震えていたら、横から煮干しを差し出される。
「イライラはカルシウム不足。」
『君に関しては、早起きしろ。まじめに仕事しろ。の二点だな。副隊長との信頼関係も良好に築けていて好ましい。』
「めっちゃ俺褒められてんじゃん。」
『最後にライ。まず、本部の人事データベースに不正にアクセスしたことは目を瞑ってやろう。』
ばれていたのか。
『自分の考えを常に誰かが察してくれるという甘えがある。お前が上に立った時のことも考えて行動するように。』
僕が上に立つなんてことあるわけないのに、と反抗期の子供よろしく顔をしかめる。
『忘れるところだった。天候燈さん。あなたの今後について一度お話がしたい。レイに本部まで連れてきてもらいなさい。』
同時翻訳の文字を追いかけていた燈さんはレイさんに何か問いかけているが、答えるレイさんは首を横に振るだけだった。
『正式な辞表は後日面談を行った後掲示する。とにかく今は休んでくれ。以上。』
ブツッと画像が切れた。
「そういうわけです。皆さんずいぶんとご迷惑おかけしました。責任の半分いや、八割は兄貴にあるとしても、謝りきれないです。」
頭を下げるジューダスさんにふと疑問を持つ。
兄貴……?
ということは、この人はジョンの弟ということになるのだろうか。
「あの、ジューダスさん。」
「なんだい、ライ。気軽にユダと呼んでくれて構わないよ。」
どちらにせよ、気軽に呼べる名前ではない。
「ジョンさんは私の父の従兄にあたる方ですが、兄弟はおひとり弟のベルさんだけだったと記憶しています。あなたは一体……?」
「ああ、そのことね。ジョンとベルとは腹違いの兄弟だ。」
「知らなかった……。」
「俺も大きくなるまで知らなかったよ。ハイデス・ナビルグが父親だったなんて。」
苦笑するユダの目には苦労がうかがえた。
「他に何か質問はありますか。」
「何でいつもレイと仲悪そうだったの?」
ルイさんがまだ信じられないといった顔で見ている。
「それは、私の演技が下手だっただけです。仲良かった従兄弟の息子が近くにいるっていうのに、なかなか会えないし、クールキャラで行けって言われたけど、俺もともとそんなキャラでもないし、とにかくどうしていいのかわからなかったんだ。」
「わかったような、わからないような。」
「ん。」
煮干しと呼ぶにはいささか大きい魚を咥えて隊長が手を挙げる。
「ゼラル隊長どうぞ。」
「ロイで構わない。辞表が出るまでまだ時間がかかりそうだったがジューダス、お前はもう本部に帰るのか?だとしたら、辞表が出るまでの間、第二部隊の副隊長はどうなる。」
「俺としては、ジューダス……さん、にまだ居て欲しいんだけど。」
レイさんがうかがうように言う。
それにはユダも驚いたようだ。
「二人とも楽にユダと呼んでください。ウェッター隊長居てもいいんですか?」
「もちろんだ、ユダ。」
ずっと立っていたユダは、椅子に座るレイさんにがばっと抱きついた。
「え、ちょっと?!」
「お兄ちゃんはわたしのもの。」
動揺するレイさんと、怖い顔をしている燈さん。
「なら、暫くはここにいます。私、こう見えても第二部隊が好きなんですよ。」
「お前の親族は変なのしかいねえのか?」
隊長に聞かれるが、否定もできないのでほほ笑んでごまかすことにした。
「ひとまず解散でいいわね。報告書に関しては……。」
ちらりとルイさんがユダのほうを見る。
部隊長よりも本部の通信部部長の方が若干地位が上になる。
それに気が付いたのか、ユダはレイさんから離れ優しく笑った。
「そう、報告書に関しては私が全て作成して本部に送ります。きちんと、全部見させてもらいましたから。」
「じゃあ、よろしく頼むわ。あれ、めんどくさいんだよな。」
「ロイ、君の所はいつもライが報告書を書いているみたいだね。たまには書くかい?」
目は笑っていない。
「結構だ。」
「ふふっ。冗談です。」
皆が席から立ち上がる。
「じゃあ今日はお開きね。明日十時にミーティングをしましょう。」




