2.
やっと起き上がった隊長はまず、コントロールセンターに向かう。
この船のことを誰よりもわかっている艦長に朝の挨拶をしに行くためだ。
ついでに、本部から送付されてきた書類などを受け取るだろう。
僕はとにかく、他の部隊の隊長を手持無沙汰で待たせるわけにはいかないので先に通信が繋がっているテレビ会議室へ向かう。
扉の左側に薄く十字線が描かれており、そこに腕時計状の携帯端末をかざす。
この携帯端末が鍵の代わりになる。階級が上になるほど、開けられる扉は増え、また個人を指定して開錠の権利を持たせることもできる。
今の僕はA級隊員。S級の次で上から二番目だ。所属するこの第三部隊の船の扉なら殆ど開錠することができる。
携帯端末をかざして一呼吸置くとドアが開く。
空気が抜けるような音がしてスライドしたドアは僕が一歩中に入ると同じ音を立ててすぐに閉じた。
そこには誰もおらず、大きなスクリーンがひとつ設置されているだけだ。
「おはようございます。第三部隊副隊長ライ・ナビルクです。只今本隊隊長ロイ・ゼラルが参りますので少々お待ちください。」
スクリーンに映し出された二人の人物に話しかける。
先時代的に思われるかもしれないが、現役で使われているテレビ会議システムだ。
『いつもいつもありがとねー。アイツ起こすの大変でしょ。』
頬杖をついてニコニコと話すのは第一部隊隊長のルイ・ソトニコワだ。
地毛は金髪らしいが何故か綺麗に黒に染めた髪をポニーテールにしている。大柄な女性で怒らせたら怖いと以前隊長が言っていた。
『この間面白い目覚ましを見つけたんだ。今度ロイにプレゼントしようか。』
長い前髪が顔の半分を隠し、いまいち感情の読めない、しかし今は笑っているとわかるこの人は第二部隊隊長レイ・ウェッターである。隊長とはとても仲が良い。
「これ以上目覚ましが増えたところで、隊長がセットするとも思えませんのでご厚意だけ頂戴致します。そのうち、隊長起こす係の募集でもしてみようかと思っていますよ。」
自分の隊長も個性的だが、この人達を見るとそうでもないのかもしれないと錯覚することか時たまある。
『まあ、会議のメンバーが私達だからいいものの、本部の人達と会うときは一体どうするんだか。』
苦笑するルイさんの後ろにちらりと黒い短髪の男が映った。
『ルイさん、本部から何やら資料が送られてきました。これからの会議に必要なものと思いますので、お持ちしました。』
「リュウ君!」
『こんにちは、ライさん。今日もゼラル隊長待ちなんですね。』
一見しただけでは強面で威圧感のある切れ長の目が憐れむように細められる。
彼は第一部隊副隊長のリュウ・ゾーラタだ。
お互い子供の頃からの知り合いである。
「先ほど起こしたので、そろそろ来る頃だと思うんですけどね…ちょっと様子を見てきます。」
会議室から出ようとしたとき、血相を変え部屋に入ってきた隊長と正面衝突した。
ライは5メートル程宙を浮いたが隊長は微動だにしない、というよりも焦りからかぶつかったこと自体に気づいていないかのようだった。
「これはなんだ!!!」
開口一番、に怒鳴りつける。
『今さっき本部から届いた指示書の事かしら?』
隊長とルイさんは互いに同じ紙面に目を落としていた。
『指示書?うちには来てないんだが…。』
レイ隊長が気まずそうに口を開く。
『先ほど緊急連絡が入り本部から資料が送られてきました。機密事項ですのでこちらから転送する事はできませんが、一度通信係に確認してみては如何でしょう。』
リュウ君の淡々とした声のみが聞こえる。
「おう!リュウ君いたのか!姿が見えないから驚いたよ。」
指示書とされる資料から目を離さず隊長が言う。
そりゃ見てないんだから気づかないでしょうね。
『副隊長に見てきてもらおう。おい、ジューダ……』
レイさんが副隊長のジューダスを呼んでいたが、マイクの音量を絞ったようで聞こえる声は微かなものになった。
「で、まずこの臨時会議だが。」
隊長が口を開く。
「この指示書にもある、一昨日見付かった国籍不明船の事でいいな?」
『ええ、そうよ。製造元もわかっていないこの船について調べて回収しろってことみたい。』
不審な宇宙船の回収は宇宙警察SPACE軍の日常の業務だ。宇宙戦争で大量に破棄されたそれらが今も無秩序に漂っている。
しかし、いつもは一つの部隊だけで回収作業は行う。複数の部隊が協力することなどまずない。
いつもと違う雰囲気に首をひねった。
『いつも通り戦時中のものみたい。最後の寄港は確かな情報が残っていないから何もわからないわ。でも、戦後にどこかに寄っていれば流石に履歴は残るはずね。』
戦時中、となると新しくても十年前になる。
「少なくとも十年の間、どこの港にも寄らず漂っていたのか……中はえらいことになっていそうだな……。」
隊長の歪めた顔に思わず死体の山を思い浮かべるが、どうもあり得ない光景に思えた。
『ウェッター隊長、どうやら太陽風の影響で通信に障害があったようですが、今しがた受信できました。』
ターバンを巻き表情が陰になっているゆったりとした服の男が資料の束をレイ隊長に渡した。第二部隊副隊長のジューダスだ。
『ありがとう、ジューダス。』
「さて、準備が整ったところで会議を始めよう。」
まず、ルイさんが口をひらいた。
『この国籍不明船について本部隊は宇宙戦争の遺産とみなし、清掃を予定しているわ。』
「その名誉ある掃除当番っていうのは」
『ええ。私達、第一部隊、第二部隊、第三部隊よ。』
『複数部隊で取り掛かるほど重要な事なのか?』
レイさんが僕も疑問に思ったことを口にする。
「それが面白くねぇんだが……特殊な事情があるってことか。」
ぜラル隊長はそう吐き捨てた。
『その詳しい事情は通達されていないからわからないわ。ただ、戦闘部隊である我々が招集されているということは、そういうことよね。』
宇宙警察SPACE軍は本部隊と十三の部隊から成る巨大ないわゆる自警団だ。
前身となるNON-BORDER-SPACE軍が世界各国からの信頼を得たために今も警察の真似事をして宇宙の平和を監視している。
その中でも、特に紛争などが起きたとき真っ先に前線に送り込まれるのが、第一から第三部隊である。あとは、数字が大きくなるにつれ前線からは離れることになる。
「……。」
『本部から送られてきたこの情報を元に、我々だけで作戦を組んでいいのかな?細かい指示はないみたいだけど。』
隊長が持つ指示書を覗きこむと確かに指示書という割には具体的な指示は無い。現場で判断しろと言うことだろうか。
『そうね。気味が悪いからなるべく早く偵察・報告をしたいわね。』
『不明船の現在地はどこ?』
レイさんの後ろでジューダスがぼんやりと話を聞いているのが目に入った。
あれ?
一瞬右腕が光らなかったか?
携帯端末の光だとしても、彼は右利きだから左腕につけるだろうし……。
しかし、僕のほかに気づいた人はいないようだったのですぐに忘れることにした。
『金星の方ね……もっと細かい位置情報がわかればいいんだけれど、無理そう。ただ漂っているみたいだから探すのはそんなに大変ではないわ。』
スペースデブリと呼ばれる宇宙ゴミと同じだ。
動力を持たずただ漂っているのであれば大体の場所さえわかればなんとかなる。
『今一番近い所に居るのはどこかしら。』
ルイさんの質問に間髪入れず隊長が答える。
「ウチだ。」
『じゃあ、第三部隊は偵察をお願い。第一部隊もすぐに向かうわ。リュウ、艦長に伝えて。』
『はい。』
返事と共にリュウ君はスクリーンから姿を消した。
『第二部隊も急ごう。』
レイさんもそういうと席を立って会議室を出て行った。
「ライ、コントロールセンターに伝えろ。」
「わかりました。」
僕も与えられた仕事をしなくては。