34.
「ライ!あのでっかい木じゃねぇか?」
隊長が走りながら指をさす。
「可能性はありますが、木にソトニコワ隊長何の用があるんですかね。」
左腕の携帯端末をみると、確実にソトニコワ隊長とソニヤさんに近づいていることが分かった。
「鳥か?あれ。」
急に隊長が立ち止まる。
「ちょっと、危ない!」
後ろを走っていたから思わずぶつかってしまう。
「木のてっぺんにずいぶん大きな白い鳥が……あっ!」
隊長の驚いた顔はレアだと思い僕も目を凝らす。
白い大きな鳥がもぞもぞと動いているように見えたが、あれは
「リュウ君!!!」
間違いなく白い隊服に身を包んだリュウ君だ。
「なんでアイツあんなところにいるんだ?木登りの趣味なんてあったか?」
「何かあったんでしょう。隊長とは違って、考えなしに行動する子じゃありませんから。」
今度は全速力で走る。
リュウ君が落ちてしまうんじゃないかと思ったからだ。
「待てライ!」
隊長の制止の声と共に転んだ。
木の根だ。
「焦らなくて大丈夫だから。ルイの姿も見えた。俺たちは落ち着いて行こう、な。」
あまりの痛さに悶絶していると、隊長が手を差し伸べてくれた。
「えっ。」
「優しい隊長だから、転んだ部下を起こすのは当然だろ。」
一体何を企んでいるのかわからない。
「その代り、寝坊三回見逃してくれよ。」
「ふざけないでください。」
目の前の手を無視して自力で立ち上がる。
「さあ、行きましょう。」
今度は慎重に歩を進めた。
しかし、よく見ると木の根があちらこちらで出ている。
ということは本物の木なのだろうか。
根は地中深くまで伸びるから宇宙船内で育てるのには適さない。
ましてや今目指しているあの大木なんか不可能だ。
しかも、この船は最新の船ではなく製造年月日も不明なオンボロ宇宙船だ。
不思議なことばかりの船だ。
再び、巨木を見やるが葉に隠れてリュウ君の姿も、隊長が見たというソトニコワ隊長の姿も見えなかった。
「こちら第三部隊隊長。見失っていた第一部隊副隊長を見つけた。すぐに合流する。」
『こちら第二部隊隊長。了解。』
ハンズフリーの状態になっている隊長の無線機からレイさんの感情の無い声が聞こえた。
妹さんを心配しているのだろうか。
「心配すんなって。もうちょっとで妹に会わせてやるから。」
『頼んだぞ。』
それ以降、レイさんが何か言うことはなかった。
巨木まで十メートルくらいの距離に来た時だった。
どこからともなく話し声が聞こえた。
「隊長。話し声が聞こえませんか?」
「いや、聞こえない。お前の耳は良いからお前が聞こえてんなら聞こえているんだろう。」
全面的に信頼してくれているのは嬉しいが、もう少し疑ってくれてもいいのではないかと思う。
「ソニヤさんのようですが、なにを話しているのかはちょっとわかりませんね。」
「音源に向かおう。合流できるはずだ。」
「はい。」
やはり、声は巨木から聞こえているようで不思議と吸い寄せられているような感覚になった。
「コッチです。」
その木の周りだけ花が咲き乱れ、蝶なんかも飛んでいた。
「すごいな、こりゃ。」
隊長がそう口にするのもうなずける。まさに楽園といった容貌であった。
「声がするのはこの中です。」
その幹にそっと手を触れる。
宇宙服のグローブ越しにはその感触までは伝わらなかった。
とても太い幹、というよりはもはや建造物のように見える。
「ライ。さすがに植物ってことはねえだろ。どっかに入口があるはずだ。」
隊長もやはりこの巨木には違和感を覚えるようだった。
「やっぱり、人工物ですよね。私は時計回りに様子を見ますから、隊長は反時計回りにお願いします。」
「わかった。」
そういうと、僕たちはお互いに背を向けて幹の周りを歩き始めた。
「ライ君。こういうのってホラー映画だと一周しても相手と出会えないんだよね。」
「怖がらせようとしたってそうはいきませんよ。」
いくら巨木とはいえ、あっという間に半周してしまう。
「あれ?隊長?」
そこにいるはずの隊長が居ない。
ゆっくり歩いているのかと思ったが暫く待っても現れない。
「隊長!遊んでいる場合じゃないでしょ!出てきてください!」
声を荒げるが、返事はない。
「どこ行っちゃったんですか?」
もう半周を歩いていると不意に右腕をつかまれた。
「!!」
「驚いた?」
そこは幹が扉のように開いており隊長が嬉しそうな顔でニヤニヤと立ていた。
「たいちょ~、たいちょ~って子猫みたいに鳴いちゃって怖かったんでしょ~?」
「何を言っているんですか。またサボったのかと思っただけですよ。」
鬱陶しい隊長の手を振りほどくと、そこが家のようになっていることに気が付いた。
「ナビルグ副隊長!」
「ソニヤさん!」
ダイニングテーブルのようなところにソニヤさんの姿が見えた。
「無事で何よりだ。で、そこに居るのが……。」
「天候燈さんです。」
女の子は名前を呼ばれたことに気づいたようで表情を強張らせた。
「ルイとリュウが木登りしているのを見たが、あいつら何をしているんだ?」
「ここへは、燈ちゃんが連れてきてくれたんですが、ゾーラタ副隊長は入口がわからなかったようで木を登っていたためソトニコワ隊長が呼びに行ったといったところです。」
『ロイ!燈に会ったのか?無事か?』
さっきまで黙っていたレイさんが、火がついたように話し始めた。
『燈!聞こえるか!そこに居るんだろ!』
ハンズフリーの状態だから当然女の子にも聞こえているはずだが、
「お兄ちゃん、かもしれないけど偽物かもしれない。」
その目は再会の喜びとは程遠い冷たさを湛えていた。
『そんな……。俺は、レイだよ。お前の兄だよ。』
言葉はわからないがレイさんはひどく落ち込んでいるようだった。
「ここに来て。本物を見たら信じる。」
何を言っているのかわからず、隊長のほうを見ると熱心に携帯端末を覗きこんでいた。
「なにしているんですか。」
そう声をかけると、そのまま端末の画面に文字となって表れる。
「同時翻訳だ。こちらの言っていることは伝えられねえが向こうの言っていることは解る。」
そういやそんなソフトウェアがあったな、と思い出すが日常使うことがないのでインストールしていなかった。
仕方がないので隊長の画面を一緒に覗きこむ。
「何だお前、インストールしてないのか。」
得意げな顔をして隊長は少しかがんで見やすいようにしてくれた。
「ありがとうございます。」
「おう。」
そうやってやり取りしている間にも、画面を文字が流れてゆく。
「今わたしがいる屋上庭園にはすぐ横づけできる特別な入口があるの。本物のお兄ちゃんなら入れるから待っているわ。」
『無茶を言うな!俺だって今すぐ会いたいが仕事中だ。持ち場を離れられるか。』
「隊長、どうするんですか。」
「この作戦の総責任者はルイだから、あいつの判断を仰ぎたいところだがそれどころじゃなさそうだしな。」
隊長も困ったような顔をしている。
『燈がそこにいる人たちについて行ったら必ず会えるから!』
「信じない!」
さて困ったぞと顔を見合わせる。
レイさんがいなくなれば外にいる第二部隊の統率をとるのはあのジューダスということになる。もし、彼が僕の思うような人物であれば問題ないのだが危険人物
である可能性も排除しきれていない。
『ウェッター隊長行ってください。』
タイミングよくジューダスの声が聞こえた。
『何を勝手なこと言っているんだ、ジューダス。』
「ジューダス。お前は責任者じゃねえだろ。」
『いいから行ってください。信じろと言っても難しいでしょうけど。』
うーんと悩むような声が聞こえる。
『ナビルグ副隊長聞こえてます?』
「え、私?」
話の流れでこちらに声をかけられるとは思ってもいなかったので驚く。
『そうそう。俺の事、まだ誰だかわかんない?』
この言葉を聞いて固まる。
「ライ、知り合いなのか?」
やはり、この男は僕の思った通りの人間なのか。そうであれば、ここにいる人たちの中では一番責任能力が高いことになる。
「わかりました。ジューダスさん。あなたを信じますしあなたに従います。」
「ライ、何言ってんだお前。」
『ライ君?!』
「ナビルグ副隊長?」
三人が不思議そうな声を上げる。
「ごめんなさい。私の口から説明はできませんが彼を信じて大丈夫です。」
「……。」
じっと隊長がこちらを見ているのがわかった。
「レイ。降りてこい。」
『ロイ、お前まで!』
「俺はジューダスを信用していないが、ライを信用しているんだ。」
「隊長……。」
そこまで信頼してくれると素直に嬉しい。
「あなたたちが何を言っているのかわからないけど、お兄ちゃん、来るの?来ないの?」
『わ、わかった行くよ!』
「赤いランプが点滅している場所があるでしょ。そこのハッチを開けたから入ってきて。」
本来、ハッチやランプの制御はコントロールセンターからではないとできないはずだが、女の子は何かに触れた様子もなくそう告げた。
その時だ。
「ロイ!ライ!何をしているんだ!レイ!ダメだ来るな!!!!」
頭上から大きな声が響いた。
「ルイ。」
リュウ君の首根っこを掴んだ状態で階段の手摺から身を乗り出している。
「ただでさえ、お前が近づくと不可解な現象が起きているんだ!これ以上近づいたら何が起きるわからないわ!!」
無線越しにこの声を聴いたら耳鳴りがしそうだ。
「わかっているの?!レイ!返事をしなさい!」
『船内に侵入した。』
ルイさんの焦りとは裏腹に、落ち着いた様子のレイさんの声が無線から聞こえた。
『燈、どうしたらいい。』
「ガイドに沿って進んで。本物なら通ることができる。」




