33.
こんなにもすぐそばで、この人を見ることになるとは思わなかった。
私は今、第一部隊のルイ・ソトニコワ隊長の横で息を殺していた。
「あの子が、レイの妹……。」
耳元でささやかれ、背中がぞわっとする。
「似て……いませんね。」
遠くからだといまいちわからないが、何となく似ている気はしなかった。
『二卵性双生児だからね。一卵性に比べたら似ていないさ。』
無線からウェッター隊長が答える。
「よし、行きましょう。」
突然身を隠していたところからソトニコワ隊長が立ち上がった。
「え、ちょっと!」
女の子は驚いた様子でこちらを見て固まっている。
「こんにちは。」
ソトニコワ隊長が優しく語りかける。
「私たちは、あなたを救出しに来たの。」
慌ててそれを通訳する。
「お兄さんも待っているわ。来ない?」
お兄さん、の言葉を聞いたとたん女の子は厳しい顔つきになった。
「あなたたちが、わたしのお兄ちゃんを取っていったの?」
「ソニヤさん。なんだか、彼女怒っていない?」
「怒っていますね。」
私たちは顔を見合わせた。
「さっきもお兄ちゃんを取り戻そうとしたのに、邪魔された。お兄ちゃん、今もすぐそこにいるんでしょ。わたし、わかるよ。」
小柄であるのに、その眼光はとても鋭く思わずたじろいでしまう。
「一緒に、お兄さんに会いに行こうか。お兄さんはあなたよりずいぶん先に同じように救助されたの。」
ソトニコワ隊長は負けじといっぽ前に出た。
「……。わかった。」
「あら、案外素直なのね。」
女の子はこくんと頷くと私の手を取った。
「さっき来てくれた。中国のお兄さんはわたしとお喋りしてくれた。いい人だと思う、お兄さんは歌を歌ってご飯をくれた。あなたは言葉を伝えてくれた。ごめんなさい。あまりうまく言えないけれど、信じていいと思うの。お兄ちゃんに会えるなら騙されても構わないけど。」
ソトニコワ隊長がポカンとした顔でこちらを見ている。
「どうやら、彼女一緒に来てくれるみたいです。あと、ゾーラタ副隊長とも会ったみたいです。」
「リュウと接触していたのね。詳しく話を聞きましょう。」
その前に、とソトニコワ隊長はゼラル隊長とナビルグ副隊長に報告を入れた
『無事、救助できたか。』
『よかったです。』
二人の安堵感がこちらまで伝わってきた。
「ところで、あなた名前は?」
じっと女の子は私を見る。
ああ、翻訳しないといけないんだった。
「なまえは?」
「天候燈。お姉さん達は?」
「こちらの方は、ルイ・ソトニコワ隊長。私はソニヤよ。よろしくね。」
「よろしく!」
やっと彼女の笑顔を見ることができた。
「あなたのお兄さんのことを話す前に、ひとつ聞きたいのだけれどいいかしら。」
「うん。いいよ。」
「あなたさっき、中国人と会ったと言っていたけど彼がどこに行ったかわかる?」
ソトニコワ隊長はゾーラタ副隊長が心配で仕方ないといった表情、ではなかった。
無表情だ。
「あのお兄さんなら、多分私のお家。ヘルメットを取りに来ると思うから。」
そういうと燈ちゃんはすたすたと藪の中へ歩いて行ってしまった。
「ソトニコワ隊長。追いかけましょう。」
「ええ。」
久しぶりに地球と同じだけの重力を受けているから、少し歩くだけで身体が重い。
一生懸命燈ちゃんについてゆく私の後ろでソトニコワ隊長はゼラル隊長らに連絡を取っていた。
「ロイ。私たちの位置はわかるな?天候燈を保護したが、リュウが居るところに案内してくれるらしい。合流してくれ。」
『正確な位置までわかんねえけど、なるべく近づく。』
『隊長、こっちの方です。』
それっきり、私たちの間で会話はなかった。
「ここが私のお家。」
うっそうとした森の中でもひときわ大きな木を指差して言った。
「ツリーハウスね。素敵じゃない。」
こんな大木がどうやって根を張っているのか不思議に思う。
「こっち。」
ツリーハウスと言いつつも、上れるような足掛かりは一つもない。
どうやって中に入るのかと、少しワクワクしながら燈ちゃんの様子を見守っていると
、彼女は足元の根を一本おもむろに引っ張った。
すると目の前の幹にしか見えなかったモノがぱっくりと口を開け、その内部へと入る扉となった。
「すごいでしょ。大人が作ったんだけどね。」
ちょっと得意げの燈ちゃん。
そうか、人工物だからこんな巨木も置いておけるのかと感心した。触った質感も本物の木にそっくりなのだ。
「あのお兄さん多分一番上にいるよ。外から上ったんだと思う。」
木の中全体が居住空間になっていた。
壁に沿うようにらせん階段が上のほうまで続いている。
「私が上までいこう。ソニヤさん。そこで待っていて。」
そう言うや否やソトニコワ隊長は階段を駆け上がった。
「あのお姉さんすごいね。」
「きっと、ゾーラタ副隊長のことが我が子のように大切なんだと思う。」
「ぞーら…?」
「燈ちゃんが会ったっていうお兄さんの事だよ。」
不思議そうに顔を見るが、やがて興味を失ったように置いてある椅子に腰かけた。
「ソニヤさん、だよね。座って。」
立ちんぼだった私に着席を促す。
「さっきはありがとう。ごはんとかくれて。久しぶりに人間を見たから本当に驚いちゃって。
燈ちゃんの視線の先を追いかけると、偵察の時ナビルグ副隊長が置いて言ったリュックサックが壁に掛けられていた。
「でも、それとこれとは別。」
ユルユルと首を振るとまっすぐにこちらを見据える。
「お兄ちゃんを、返して。」




