27.
「何が起きたんだ。」
ジューダスはスピードを上げてレイが消えた先に向かっていた。
緊急用の無線に連絡を入れる。この回線ならば第一部隊や第二部隊も聞こえるだろう。
「第二部隊各隊員に告ぐ。ウェッター隊長が目の前で消えた。通信も途切れた。俺は後を追う。機体番号20までの奴らは俺についてこい。それ以降は本来の目標を探せ。以上。」
通信終了後、二十機が自分についてくるのが確認でき満足げに鼻を鳴らした。
「生存者が妹、ましてやあの人体実験の被験者となると何が起きるかわかったもんじゃねーな。」
緊急用の無線からまた連絡が入った。この回線は強制的に切ることができないのが難点である。
『こちら第一部隊隊長。ジューダス、いったい何が起きたの。』
「わかりません。」
精度は落ちるが広範囲を探知できるレーダーに切り替えても、ついてくる第二部隊の機体しか映らなかった。
『予定を変更するわ。第一部隊と第三部隊はすぐに第二部隊に合流し援護しなさい。』
『こちら第三部隊隊長。レイの位置情報が消えたのはこちらも確認できた。もしかしたら、目的の不明船に近づき通信がブロックされた可能性もある。すぐに向かおう。』
「協力感謝します。」
ふと、ジューダスは視界の隅で光るものが目に入った。右腕の携帯通信端末だ。
タイミング悪いな、と内心毒づく。
第二部隊用の通信とは別び用意したイヤホンを右耳に装着する。
いつもの奴からの通信だ。
緊急用の回線が開いている今、誰に聞かれるかわからないので声を出して応答することはできないの。端末のマイク部分を数回タップし意思を伝えると満足したようであれこれと聞いてくることはなかった。
直後、大きな音でアラートが聞こえる。
『目標接近。目標接近。減速せよ。減速せよ。』
目まぐるしく変わる状況に躊躇わず逆噴射で機速を落とす。
「一体なんだ……。」
サーチライトを点灯するとそこに見えたのは隊長の乗る戦闘機とそれを覆うようにそびえたつ巨大な宇宙船だった。
「こちらジューダス。目標の不明船とウェッター隊長の戦闘機を発見しました。」
開いたままの回線から何やら指示が聞こえてくるが、右耳と左耳から違う情報を取り入れることはできず一方的に意思を伝える。。
「第一部隊と第三部隊の皆様、こちらの位置は把握できていますね?お待ちしていますよ。」
*
「案外早く見つかったんだな。」
『そうですね。』
偵察機の中でヘルメット越しにソニヤとロイは目を合わせる。
直前の緊急通信を受け一足先にライが飛び立った。
「んじゃ、踏ん張ってくれよ。」
ブレーキから足を離して離陸区画まで向かうとすぐに発進許可が下りアクセルを目一杯踏む。
急な加速を受け、横に座るソニヤさんの首が吹っ飛んだように見えた。
「ライが言っていたのはこのことか。」
偵察から帰ってきて湿布を探していたライに話を聞いたところ、ソニヤさんの首が……とだけ言っていたのを思い出した。
「おい、ソニヤ。大丈夫か。」
『ええ、大丈夫です。ちょっと慣れていないだけなので。』
「大丈夫ならよかった。」
レーダーで確認できるライの機体はずっと先のほうにあった。
「まだまだ加速するから、しっかり首抑えておけ。」
最大の推進力が得られているようで、尻の下に振動を感じた。
『隊長?!あなたアホですか?!そんなスピード出せる機体じゃないですよ、それ!!』
戦闘機よりも早く飛ぶ偵察機に驚いた様子のライが怒鳴りつける。
「平気だろ。」
それでも、やはり距離はなかなか縮まらず追いついた時には目の前に大きな宇宙船を望んでいた。
『こちら第二部隊副隊長。早い到着を感謝しますが、二人乗り偵察機でそのスピードは危険だと存じます。』
まるで、ライみたいなことを言う、と不満に思いながら少し視線をずらすと壁に張り付くように停止しているレイの機体とその少し手前にいるジューダスの機体が見つかった。
「そんな事より、状況はどうだ。」
『依然ウェッター隊長とは連絡が取れません。この距離なのに一切の通信ができません。』
「そうか。」
『我々第二部隊が外を監視していますから、あなた方は早いとこ突入してください。』
「ここは戦場じゃない。仲間を見捨てる理由はない。」
『え、ちょっと隊長?』
さっきから驚いてばかりのライはこの出撃で数年寿命が縮んだんじゃないかな。
減速していた機体を一気に加速させる。
『うっ……。』
横でソニヤさんの苦しそうな声が聞こえた。
「急減速まで5,4,3……。」
今度は不意打ちにならないようにカウントをし、レイの機体の真横に自分の偵察機を付けた。
偏光フィルムが入っているレンズを機体に備え付けられた道具箱から取り出す。
それを自分の機体の窓ガラスに押し当てレイの様子を伺う。
「あいつ……何してんだ。」
レイは意識を失っている様子でもなく、ただ茫然と目の前の宇宙船を見つめていた。
*
この中に妹がいる。そう考えるとなんだかそわそわとした。
この宇宙船が本当に日本人のいた実験施設なら、かつての俺もここにいたのだろうか。
古い記憶を呼び起こすが全く見覚えがなかった。
「みつけた。」
ふいに、そんな声が聞こえた気がした。
また、夢を見ているのだろうか。
「お兄ちゃん。」
やっぱ夢だ。昔の記憶が今と混ざってしまっている。
「帰ってきたんだね。会いたかった。」
過去の自分に近づきすぎたんだ。
「お兄ちゃん?なんで何にも言ってくれないの?」
俺は誰だ。
「私のことわからないの?」
俺は!
「俺は宇宙警察スペース軍第二部隊隊長レイ・ウェッターだ!」
「私は、天候燈ーーーーーーー……。」
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『レイ!聞こえるか!』
緊急用の無線回線からロイの声が聞こえた。
慌てて応答する。気を失っていたと知られたらかなりダサい。
「ロイ!不明船を発見したぞ!」
『それは知っている。右を見ろ。』
その声に従って右を向くと偵察機が真横に停まっているのに気づいた。
「もしかして。」
全てみられていたのか、と恥ずかしくなる。
『もしかしなくてもそうだ。お前を見失ったとジューダスから報告があったから急いで探しに来た。機体の損傷はあるか?』
レーダーからすべての機体が消えたあの瞬間のことを思いだした。
まさか、ジューダスに助けられるとは。
「特に異常は認められない。多分、妹に呼ばれたんだ。」
『妹……例の。』
『レイ!通信が回復したのね、無事そうで良かったわ。』
第一部隊が回線に入ってきた。
「ご心配おかけしました。俺はもう大丈夫だ。」
『んじゃ、これからは予定通り突入するぞ。』
ジューダスに礼を言っておかねばとレーダーを見るとその機体はどんどんと遠ざかっていた。
「ジューダ……。」
『こちら第一部隊。全員到着したわよ。』
ルイに遮られた。
『よし、ライ。緊急用ハッチまで案内してくれ。』
『わかりました。皆さん、ついてきてください。』
後ろを振り返ると、小型の戦闘機の他人員輸送機も見えた。きっとあれが第一部隊だろう。
胸騒ぎを抑えて声を張り上げる。
「第二部隊!他から万が一攻撃があった場合に備えろ!」
そう指示を出すと瞬時に散り散りになる部下に満足し、自分は報告のあった宇宙船上部の栽培区画を目指してコバンザメのようにその外壁にくっつきながら飛行を開始した。




