23.
「ソニヤ、お疲れ。今回ここで話し合ったこと、と言っても大半がレイの身の上話だったが、それも含めて一切の情報は他言してはならないからな。」
「Ja Sir.」
「Ich glaube an dich, Sogna.」
かしこまって敬礼するソニヤにライが苦笑する。
「ゆっくり休んでください、と言いたいところですが他の部隊と合流後またあの船に戻ることになるでしょう。しばらくの間休んでいてください。」
「心遣いありがとうございます。お言葉に甘えて自室に戻ります。」
そういうと、ソニヤは通信室から出て行った。
「さて、ライ君。」
扉が閉まるのを見届けてから口を開く。
「はい、なんでしょう。」
ただならぬ空気を察したのか、先ほどまでの人の好さそうな笑みは消えている。
「あの男、いったい何者だ。」
「第二部隊副隊長ジューダスですね。」
ターバン風の帽子をかぶった表情のない男が脳裏に浮かぶ。
「ウェッター氏と不仲ということに以前疑問を抱き、人事ファイルを見たことがあります。」
ちらりとこちらの顔色を窺うライ。
「ん……?ああ、規約違反だな、そりゃ。」
「上層部に告発しないのであれば続きをお話ししますよ。」
「何を心配しているんだ。こんなにも優秀な部下を告発なんてできるわけがないだろ。」
不安そうなアホ毛をつまんでやる。
「やめてください!禿げるかもしれないじゃないですか!」
思いのほか強く拒絶されたが、禿げるって……。
「若いのに、そんな心配しているのか~。もしかして親族はみんな禿げとか?」
あからさまにむっとした表情になる。
「違いますよ。言葉の綾です。」
「で、話してくれ。あまり時間がないのはわかっているはずだ。」
「はい。と言っても、大した話ではないのですが。」
ライの話すことには、ジューダスについて不信感を抱いたため、経歴を調べることにしたらしい。しかし、一切の経歴がシークレットとされていて、自分の権限では閲覧できなかった。そこで、宇宙警察SPACE軍入籍以前の経歴も検索したが、名前はおろか生年月日や出生地、両親の名前までもが見つからなかったそうだ。
「見つからない、というのは私の探し方に問題があった可能性があるので大して疑問に思うことはありません。ですが、入籍から現在までの経歴が一切合切シークレットにされていることはとても怪しいと思います。」
「今までそういった経歴が隠されていた隊員というのはいるのか?」
「……。」
いってもいいものかと突然思案顔になる。
「……いないことはありません。が、その場合でも私が閲覧権限を持っていないことはまずありませんでした。」
いったいこいつは、まだ若いのにいったいどれだけの責任を負っているのだろう。
「念のため、本部隊に問い合わせました。」
「優秀すぎない?」
「ありがとうございます。問い合わせた結果、連絡がきたのですが……。」
そういうと、携帯端末を取り出し何やら操作し始めた。
「何かの役に立つと思って録音・録画しておきました。」
携帯端末上に平面のホログラムが浮き上がる。
『やあ!ライ君。元気にしていたかい?』
「これは、本部隊技術班の……ユウ・ナビルグ……。」
『兄さんたちは忙しいとかで、僕からの連絡になっちゃってごめんねー。本当はジョンとかが連絡したほうがいいんだろうけど。』
「ユウ・ナビルグは私の叔父です。」
「叔父さん!?ああ、そういやお前ナビルグ……なるほど、その一族だったな。」
この宇宙警察SPACE軍の前身の組織、SPACE軍を作り上げたのがカルキ・ナビルグという男だった。地球である程度の富を築いていたカルキ・ナビルグは一族の人間をすべて動員させ世界各国の有志連中とともに正規軍と戦っていた。のちに、中立の立場として宇宙警察の名を与えられるまでは。
現在は、その息子であるジョン・ナビルグという男がトップ、即ち本部部隊隊長となっており、そのほかにも一族の人間が多く在籍している。
すっかり忘れていたが、この好青年ライもそんなナビルグの一員なのだ。
「続きを再生してもいいですかね。」
「すまん、頼む。」
「はい。」
『で、第二部隊副隊長ジューダス君のことだよね。』
ホログラムの中でユウ・ナビルグのアホ毛が揺れる。
『機密事項だ。だが、俺たちは奴の全てを把握しているから気にするな。』
録画とわかっていても、突然の迫力に思わず背筋が伸びる。
『だってジョンが伝えてくれってさ。』
「なかなか凄みのある人でしょう。」
苦笑しつつも心なしかライの姿勢もよくなっている。
「お、おう。」
「ジューダスに関して上層部が隠し事をしているのは明らかですが、彼の存在がスペース軍の不利益にはならないものと私は判断しますね。」
「つまり……?」
「このまま、何にも気づかなかったことにして今まで通り過ごすのです。」
「だけど、危険因子って可能性もあるんじゃないか。」
「それはありません。もしそうであれば叔父らが彼のことを把握してまま放置しているはずがありませんから。ただ、隊長。あなたがジョン・ナビルグから命を狙われているのでなければ。」
ユウ・ナビルグと似た凄みに一瞬息が詰まる。
「冗談です。」




