20.
「ルイさん。」
「どうしたの?リュウ。」
第三部隊から一方的に通信を切断され面白くないと思っていたときに、会議室に入ってきたリュウに話しかけられた。
「俺は報告を聞いていませんから、確かなことを言えませんし、こんな事を言える立場でもありませんが……。」
珍しく、もじもじとした様子だ。
「まどろっこしいわよ。何を言いたいの?」
何となくいらだっていたこともあり、つい強い口調になっていしまう。
その私を見て、リュウは唇を噛むと意を決したように口を開いた。
「不明船の生存者をどうか保護するために俺にも出動を許可してください……!」
頭を強く床に打ち付け固まるリュウ。
「……。幾らあなたが戦災孤児らに興味があるからと言って、必ず無事に保護できる訳じゃない。ましてや今回は事情が特殊過ぎる。簡単に許可する事は出来ないわ。」
それに、と思いながらも口にはせずそっと横にしゃがみリュウの頭を撫でる。
今までも、不審船の回収作業にリュウを立ち会わせたことはなかった。
単に、まだ若いからという理由の他にも、この子がここに居る理由を考えれば妥当な判断だと私だけでなく本部からも評価されている。
もちろん、そんなことは彼に言えはしないが。
遠い昔に叩き込まれたのであろうお辞儀を、そのきれいに短く刈り込んだ黒髪を地面にこすりつけするお辞儀を一生懸命してまで直訴してきた覚悟は認めるが、情で片付けることの出来ない問題もある。
「なぜ、そうも躊躇うのですか!俺だってもう大人だ!」
打ち付けた頭を上げず、どなる声は地面とリュウの体の間で木霊した。
「リュウ、落ち着いて。これは特殊なの。」
頭を撫でる私の手をリュウは掴むと握りしめた。
その声は震えていて今にも泣きだしてしまいそうだった。
「大人に騙されて、信じることができるのは自分一人の状況で、そんな中年下の子供と一緒に朽ち行く宇宙船に取り残されたあの時の気持ちを、もうこれ以上、誰にも、誰にも味わせたくない。俺は、そのために……。」
「それは貴方の自己満足よ。何かできるかも、という考えだけで動くのは危ない。逆に命を奪いかねない。冷静になりなさい。」
「わかったような言い方ですね……。」
私を掴むリュウの手がより一層強く握られる。
「あなたの倍近く生きているからね。」
「でも!俺は!」
突然リュウは立ち上がると私をつき飛ばした。
「リュウ?」
「俺は、生存者を助けたい!あなたは正しいかもしれないが、俺の中ではこの気持ちが正しいんだ!自分を偽りたくない!」
強く言い放つとリュウは通信室から飛び出したしまった。
「若いっていいわね。」
あの熱さ、いつの間にか無くなっているな、と思わず苦笑してしまう。
反抗期の子供を見ているようで少し嬉しい。
*
『あのー、ルイさん?』
不意に聞こえたレイの声にハッとする。
切ったと思った回線がまだつながっていたようだった。
しかし、マイクの接続は切れていたようでこの喧騒は聞こえなかったようだ。
接続をし直し、話しかける。
「ごめんなさいね。通信は切れていたと思ったんだけど。」
『ロイが勝手にリジェクトしただけで、この回線自体は開きっぱなしですから。それより、リュウ君大丈夫ですか?なにやら思い詰めていた様子ですけど。』
映像はばっちり見られていたようだった。
「この不明船の生存者のことでかなり思い詰めていてね。」
自分と似た境遇だから放っておけないのだろう。
『リュウ君ならそうでしょうね。優しい人ですから。』
「でも、そういった気持ちだけじゃどうにもならないことがあるのよ。」
リュウの気持ちを尊重したい自分と、まだ早いと戒める自分がいる。
『僕が勝手なことを言える立場ではないのでしょうけど、そろそろ本当にリュウ君を信じてみてください。きっと彼は貴女が思っているよりも成長しているはずです。』
日本と聞いただけで取り乱したあなたが何を言う、と一瞬思ったがそうなのかもしれないと思いなおす。
「レイ、男の子って難しいのね。」
『フフッ。貴女にもそんな時期があったでしょう?』
「若造が生意気よ。」
お互い笑いあっていると、通話参加者にぱっと第三部隊のロゴが現れた。
『急にお年を召されたようですね、ルイおばあちゃん。』
「ロイ!」
『ずいぶん早いじゃないか。もう報告をしてくれるのか?』
『ああ。なんだか揉めていたみたいだが第一部隊、第二部隊それぞれ副隊長も呼んでくれ。』
*
モニターの向こうでは二人がちょっとためらいつつも連絡を入れている姿がうかがえた。
その姿にロイは首をひねり、ライに話しかける。
「レイとジューダスの相性はあんまりよくないと聞いているから、あの態度はわかるんだがルイはどうしたんだ?」
「あの二人は親子みたいなものですから、たまには喧嘩もするんじゃないですか。」
ライがもっともらしくうなずいている。
「そんなもんか。」
ライの後ろにはソニヤが緊張した面持ちで立っていた。
「まあ、向こうの副隊長らが集まるまでこの様子じゃ時間もかかるだろうし楽にしていなよ。」
「了解です、隊長。」
「だから、楽にって。」
あからさまに緊張されるとどうしたものか困ってしまう。
「ソニヤさん、とりあえずそこに掛けてください。」
キャスターのついた先時代的な椅子をライが示す。
「ありがとうございます。」
そしてちょこんと座る。
「ここでの会話は機密事項だからうっかり他の隊員に漏らすなよ。」
「隊長、それはソニヤさんに失礼ですよ。」
全く無礼な人なんだから、とブツブツ言いながらコンピューターの前にライが座る。
こいつはいつの間にか上着をきちんと着ている。
かなり重くて疲れるのに、よく着られるよ。
暫くの間、誰も声を発することなく時がただ過ぎていった。
その静寂を破ったのは第二部隊。
『第二部隊副隊長ジューダスです。』
うさん臭い男が恭しくお辞儀をする。
それと同調してライのアホ毛もぴょこぴょこと動いたように見えた。
犬のしっぽのようだが、どういう意思の表示なのだろうか。
それは後で聞くことにして、とりあえず挨拶をしておこう。
「ジューダス副隊長。忙しい中時間を取ってくれて感謝する。本作戦についての報告だが、隊長に万一のことを考え副隊長にも同席してもらう。」
『畏まりました。』
『ずいぶんと改まって話すのね、ロイ隊長?』
「たまにはいいだろ、こういうのも。」
「できれば、ずっとそうしてくれていた方が体裁よくて僕としては助かるんですけど。」
ライが何か言ったようだが、気にしたら負けだ。
『遅くなりました。第一部隊副隊長リュウ・ゾーラタです。』
「よし、リュウ君も待っていたぞ。今から、国籍不明船の偵察報告を行う。」
リュウがルイと少し距離を置いて腰かけるのを見届けると写真ファイルを送信する。
「今回偵察に行ったのは、第三部隊所属A級隊員副隊長ライ・ナビルグとB級隊員ソニヤだ。ライの方から報告をしてもらう。」
「先ほど偵察から戻りまして、申し訳ありませんが報告書は一切作成しておりません。皆さまその頭に叩き込んでくれればと思います。」
「すごい、これが隊長会議……。」
思わず、といった感じでソニヤの口から声が漏れた。
特に咎めはしなかったが本人は慌てて口を押え申し訳なさそうに下を向いていた。
「まず、はじめにこの船の国籍です。不明と申していましたが、日本国籍の船であると推定いたします。」
『はい。』
画面の向こうでレイが手を挙げている。
「ウェッター隊長どうぞ。」
『日本国籍とされる理由を教えてくれ。』
先ほどまでの動揺はどこへやら、涼しい顔をしている。
「コントロールセンターや資料室に到達する前に引き揚げの命令が出たため信頼できる情報は得られませんでした。船内の文字案内もすべて潰されていたため曖昧なところが多いです。」
船内の潰された文字パネルがスクリーン上に表示される。
他の船でも同じ画像が表示されているはずだ。
「しかし、食堂と思われる部屋で日本語のひらがなで記述された落書きを発見。また
生存者と接触し、彼女が日本語を話したことから日本国籍と推定します。」
『生存者!』
リュウが少し腰を浮かせたように見えた。
なるほど、ルイとの喧嘩の理由はそれか。
彼の生い立ちを知っていれば想像がつく。
「ゾーラタ副隊長どうぞ。」
意地悪なライのアホ毛が揺れ動く。
『失礼しました。続けてください。』
慌てて座りなおしたリュウが少し可愛く見える。まだまだ子供なのかもしれない。
「生存者の性別は女性。軽度の栄養失調のようですが、外見上健康に重篤な問題はなさそうでした。」
『質問~。』
「ソトニコワ隊長どうぞ。」
『生存者と接触といったけれど、具体的にどの程度の接触をしたの?それと、なぜ餓死していないのか理由がわかるようなら説明を、不明ならライ君の考察を聞きたいわ。』
黒い髪をかきあげた横でリュウがそわそわしているのが実に面白い。
あの強面の男がそわそわ……ふふっ。
「接触場所から説明します。コントロールセンターを目指したいたところ、栽培施設に迷い込みました。今でもそこは十分に稼働しているようで小川が流れ、小動物も何種か確認しています。生存者とはそこで接触しました。接触の程度についてですが、ヘルメットに装着していましたカメラからの映像をご確認ください。」
部屋の照明が少し絞られ映像が再生される。
それはライとソニヤが重力によってよろけるところから始まった。
「少し無駄がありますので飛ばしますね。」
途中俺の無線音声が入る。
なるほど、あの時こんな状況だったのか。
そして、ライの視界が一転する。
視界いっぱいに映る生存者の顔と遠くに見える半透明の天井。
『う、嘘だろ……。』
「ウェッター隊長?いかがされましたか。」
「ライ、止めろ。」
冷静さの仮面が再び外れたレイは呆然とその映像を見ている。
やっちまった。




