19.
「さてと、ルイたちとお喋りしないとかな。」
よっこいしょ、とつぶやきながらロイは立ち上がった。
ぽん、と肩に手を置かれる。
なんだ、と振り向くと神妙な面持ちのひげ面艦長が立っていた。
「隊長。あとは俺に任せてくれ。」
「艦長……そうだな、副隊長らを頼んだ。無事誘導してくれ。」
立派な顎髭に握手をする。
「おい、引っ張るなって。」
「ふふっ。じゃあよろしく。」
しかめっ面して髭を撫でる艦長を背に、コントロールセンターを出た。
無機質な廊下のいつもの会議室に入る。
『さーて、ロイ君。随分と私達を待たせたじゃない?さぞかしいい情報が入ったんでしょうね?』
入るや否や、ルイからの熱い歓迎を受ける。涙が出そうだ。
「もちろんだ、ルイお嬢様。ところで、レイは?」
通信中の文字がモニターに表示されてはいるがその姿は見えない。
ルイも気になっていたのか、からかわれたにもかかわらず、眉間にしわを寄せて真剣な表情になる。
『暫く戻ってきてないんじゃない?私もずっとここに居たわけじゃないからわかんないわ。』
「そうか。」
先に日本国籍船であったことを伝えたのがまずかったか……。
レイに悪いことをしたか、と悶々としているとのんきな声が聞こえた。
『ん?なんだ二人共揃っているのか。』
『ロイも今来たところよ。』
「おう、レイ。元気か?」
『……まあ寝不足ですけど、概ね元気です。』
一瞬悲しそうな顔を見せたがすぐに笑顔になる。
多少の無理はしょうがねえよな。
『で、ロイ。偵察で何を見つけたの?』
ルイが身を乗り出してくる。
「まだ、偵察に行ったライが帰ってきてないから、詳細な報告は出来ないが大きな発見が2つ。」
ちらりとレイの方を盗み見る。
何も言わず片目だけをこちらに向けている。
「一つ。あの船は日本国籍だということ。」
二人の反応を伺うために一呼吸間を置く。
『……そう。それだけでもわかれば凄いわ。』
ルイの視線が横にあるであろうレイのモニターに移ったのが確認できた。
「もう一つ。生存者がいる。」
ルイが何かを言ったようだが、レイからの大きな音で完全に遮られ聞き取れなかった。
見れば、手にしていたマグカップを落としていた。
『ちょっと!レイ大丈夫?』
『生存者……それは確かなのか?』
「ああ。ライと隊員が接触している。」
『保護は、救助はしたのか?』
「バカ言え。偵察機には必要最低限しか積んでねぇから、救助なんてしたら真空になった途端……パアーンだ。」
『そうだったな。すまん。感情的になりすぎた。』
『レイ。辛かったらジューダスに任せてこの件は降りてもいいのよ。』
取り乱したレイに提案するルイの目は、決して彼を能力不足と責めているのではなく心の底から体調を心配しているようだった。
『いいや、俺はやる。』
しかし、レイはルイの提案を一蹴した。
そんなこいつに特に言えることもない、と思い俺は何も言わなかった。
「んじゃ、俺からの報告はそんな感じなんで、あとはライが戻ってくるのを待ってくれ。」
『わかったわ。』
「ルイとレイと合流した後は、ルイの指示で動くが準備しておくものはあるか?」
『そうね……とりあえず不明船内部に危険物がないかを調査しなくてはいけないから、技術班を乗せられるような船とその工具やらを用意しておいて欲しいわ。第一部隊、第二部隊、第三部隊の三つの船があれば十分ね。』
「わかった。用意しておこう。」
『第二部隊も了解。』
『船内の安全が確認でき次第、解体のためにSPACE軍の工場へもっていくわ。それは本部に連絡して手配してもらうことにしよう。』
「解体しちゃうのかー。もったいない。」
『何言ってんの。いちいちとっていても邪魔になるだけでしょ。』
「言ってみただけだって。真に受けるなよ。」
『生存者はどうするんだ。』
『いつも通りよ。とりあえず本部で保護して、地球へ帰すわ。』
『そうか。』
携帯端末が青く光った。艦長からの通信だ。
開くと、ボイスメモではなく文面でライたちの帰還を知らせてくれていた。
会議中なのを気遣ってくれたのだろう。
そう言う細やかなところが好きなんだ。
「ライたちが帰ってきたみたいだ。ちょっと失礼。」
そう言って、回線を切った。
切る必要もないのだが、一人になる時間が欲しかった。
「レイのあの反応、あいつが日本国出身だったから事前に伝えてみたが、それ以上に何かありそうだな。」
先代の第三部隊隊長が脳裏をよぎる。
短く刈り込んだ白髪交じりの茶髪で、いかにも軍人らしい見た目をしていた。
「確か、あの隊長の養子になったんだっけ。」
自分と同じドイツ出身で、絵に描いたドイツ人みたいな人だった。
まじめで、仕事は丁寧。
「俺とは大違いだな。」
宇宙戦争後の紛争で彼は命を落とした。今になって何かを聞くことはできない。
「ライならなんか知ってんのか?」
かつて本部の人事にいたとかいう話を聞いたことがある。
「いや待てよ。あいつ今何歳だ?……知っているわけないな……。」
とめどなく独り言を言っていると背後に気配を感じた。
この部屋に入れる人物は限られているが、奴なら声をかけるだろう。
「そこにいるのは誰だ。」
一瞬の緊張。
しかし、それも背後の人物の含み笑いで一瞬にして消えた。
「珍しく、悩んでいるなと思って声かけるの遠慮したんですよ。」
そこにはぴょこぴょこと揺れるアホ毛が。
「ライ。」
「ただいま戻りました。」
「おかえり。無事で何より。」
横に並んだ長机の椅子に座るよう促す。
「ソニヤはどうした。」
「彼女なら一度自室に帰しました。だいぶ疲れているようだったので。」
そう言うライも疲れているようですぐに椅子に腰かけ、制服のチャックを全開にした。
「すみません。隊長。私も少し疲れたので上着だけ失礼します。」
下のシャツはネクタイまで締めていて関心してしまう。
俺は上阿木の下はただのTシャツだ。
「わかった。1時間後に報告を行うからこの会議室に来るように連絡してくれ。」
「はい。」
携帯端末を取り出し、ライはショートメッセージを作成している。
「で、隊長。何を悩んでいたんですか?」
制服の上着を脱いだライはそれをクッション代わりに抱えている。
「ん?いや、レイのことなんだけど……大した事じゃないから先に何を見つけたか報告をして……」
俺の言葉を遮るようにライが滔々と語りだした。
「ウェッター隊長は宇宙戦争の終戦間近のとき、当時第三部隊隊長だったゼファルダ氏に保護され、養子になりました。」
何を見るでもなく、ただまっすぐ俺を見据えている。
「それは俺も知っている。副隊長やっていたからな。」
同調しつつも、核心に触れる瞬間をそっと待ち受ける。
「そうでしたね。では、どちらから保護されたかもご存知ですよね。」
「ああ、海賊船だろ。」
一瞬ライの目が細められ、何やら思案顔になる。
居心地が悪くなったのか、手元の上着を畳みなおしだした。
「ライ?」
「……ゼファルダ氏は隠したんですね……。」
「ん?何か言ったか?」
「はい。ウェッター隊長は海賊船から保護されたのではありません。人体実験の試験場から保護されました。」
「は……?俺も乗り込んだんだぞ……?そんな筈……、そうか。」
そうか、レイを護るためにゼファルダ隊長はそんな嘘をついたのか。
「お分かりいただけたようですが、念のために言っておきます。表向きには海賊船からの保護と言うことになっています。両親が戦死して身寄りのない彼を憐れんだゼファルダ隊長は養子縁組を組んだわけです。」
「なるほどな。で、今回の不明船ももしかして人体実験の……?」
ライは宇宙服に内蔵されていた記録メモリの全てを目の前にジャラっと出してひとつひとつつまみ上げている。
「いいえ、違います。居住区もみかけましたし、宇宙都市、もしくはターミナルみたいなものだったと思います。しかし、問題は生存者です。」
目当てのメモリを見つけたのか、目の前に設置されているコンピュータの読み取り口にそれを差し込む。
「俺もお前の無線越しに女の声を聞いた。」
机に埋め込まれたタッチパネル式のモニターを操作して今度はファイルを探している。
「はい。生存者は女性で年齢は20歳前後でしょう。そして……。」
画像ファイルを次々と表示してゆくので、一緒に覗き込む。
「ウェッター隊長が保護されたときの実験情報に一致するものを見つけました。彼女は人体実験の被害者です。」
ピントの外れた写真のなかで一枚鮮明な写真が現れた。
「こいつ……!!!」
「隊長?この方をご存知ですか?」




