16.
「嫌われたかな。」
コントロールセンターの扉の外で通話の終わった携帯端末を見つめる。
レイには悪趣味だとか思われていそうだ。
「まあ、ああは言っても内心動転しまくりだろ。」
うんうん、とうなずいていると廊下の向こうから設備班の隊員が駆け寄ってきた。
「隊長、通話中でしたので直接参りました。第三部隊所属の小型船はすべて準備完了しました。機動班はすでに乗り込んでいて、合図があればすぐに出撃できます。
「ありがとー。でも、もうちょっと待っててくれ。」
「はい。それと、武器類ですが本当に何も持っていかなくていいのでしょうか。」
「うん、うちの隊員を救出するだけだからね。いらないよ。」
「……わかりました。」
不服そうな顔をした隊員にお駄賃として煮干しを与える。
さて、ライ君はいったい今何をしているのだろうか。
繋がらない無線の向こうに思いを馳せていても仕方がない。
俺は俺でやれることを十分に行っておこう。
*
「この船が日本国のものだと思った根拠は何ですか?」
時間がないと分かっていても、好奇心には逆らえない。その推理を聞きたいと思った。
隣にいるソニヤさんは身長が刻まれたという傷をなぞっている。
『名前です。アルファベットを用いて書かれたものも混在していたのでわかりにくいですが、傷の横に名前があります。』
「確かに、文字が刻まれていますね。」
『読めるものが数人分あります。タムラチカ、クワシマジョン、オオキカズヤ、テンコウアニ、テンコウイモウト……双子ですかね。姓が同じで、身長も大体同じですので。』
どこかで聞いたことのある名前だ。かつて、本部隊にいたころ、人事ファイルを整理していた時に見かけたのかもしれないが、そんな膨大な量の人の名前は到底覚えられない。
「はい。」
思わず、生返事になってしまった私に、ソニヤさんは遠慮がちに声をかけてくれた。
『まだ読めますが、続けますか?』
「画像で記録をとっていますから大丈夫です。時間もないので、戻ってからお願いします。」
僕たちには時間がない。
「リビングの捜索はこんなものでいいでしょう。コントロールセンターと資料室を探しましょう。」
『はい、わかりました。』
再び、ソニヤさんを引っ張りながら廊下を進んでいく。
しかし、このフロアも部屋名の書かれた表札など一切無かった。
「コントロールセンターを目指すのが早そうですね。」
どの船にも、コントロールセンターは存在し、航行の様子などのデータがそこにすべて集約される。
必ず、何か情報が残っているはずだ。
『副隊長、ここから上への階段はすべてロックされていますね。』
金属製の扉は取っ手がなく、専用のキーをかざさないことには開かないようだ。
「エレベーターを使いましょう。」
『えっ、エレベーターにもロックがかかっていますよ。』
「ですから、エレベーターの縦穴を使うのです。」
何を言っているのかソニヤさんにはわからなかったのだろう。首をひねっている彼女を連れて先ほど通過したエレベーターの前に戻る。
そこで、工具類を格納しているポケットを開けバールを取り出した。
「ここに来た時に、一番下の階にエレベーターが止まっていることを確認しましたから、大丈夫なはずです。」
両開きの扉の間に、バールの先端をねじ込みガスの噴射の勢いで力をかける。
しばらくは抵抗を感じていたが、5㎝ほどの隙間ができると今度は一気に扉が開いた。
『なんだか、不気味ですね。』
「帰りますか?」
実戦経験の浅い隊員をこれ以上危険にさらすのも気が引けるので、引き返すのも一つの手だと思う。
『いいえ、行きます。』
しかし、ソニヤさんは強い口調でそういうと更に強く頷いた。反動で体が後ろに下がっている。
「わかりました。ついてきてくださいね。」
そんなソニヤさんを引っ張ってエレベーターの竪穴の中に入る。
無重力とは便利で、上下左右の感覚を瞬時に入れ替えることができる。
上の階を目指す前に手にしていたバールを扉の間につっかえ棒のようにしておく。万一扉が閉じて閉じ込められるのを防止するためだ。
しっかりとバールが嵌ったことを確認してから、最上階を目指す。
不思議なことに、すべてのフロアのエレベーターの扉は開いていた。
『副隊長、もし扉が開いていなかったら、どうするつもりだったんですか。』
「爆弾というのはコンパクトで持ち運びに便利ですよね。」
『運よく扉が開いていてよかったです。』
最上階に二人は降り立った。
『不思議ですね。急に酸素濃度が上がりました。ヘルメットを脱いでも呼吸できそうですね。』
ヘルメット内部のモニターには、宇宙服の外部についているセンサーからの情報が表示されている。空気を構成する要素がどんどんと地球のそれに近くなっているのがライにも確認できた。
「未確認のウィルスがいるかもしれませんから、宇宙服は脱がないでくださいね。」
今にもヘルメットをとりそうなソニヤさんを制し、重そうな鉄の扉に手をかけた。
その瞬間、遠くから唸るような音が聞こえた。
『なんでしょうか。』
「モーター音のように聞こえます。でも、いったいどこから……。」
この船内にいるかもしれない人間が我々の侵入に気付いたのだろう。
あれだけ荒々しく扉をこじ開けていれば嫌でも気づく。
「何者かが攻撃を仕掛けてくる可能性があります。携帯した武器は常に使えるよう、手にしていてください。」
再び、鉄の扉に手をかけた時だった。
ゴンという重い音と共に浮遊していた体が床にたたきつけられた。
「なるほど。さっきの音は重力発生装置のものだったんですね。」
『感心している場合ですか、副隊長。』
突然の荷重で床につぶれた自分とは違い、ソニヤさんはその足でしっかりと立ってこちらに手を伸ばしていた。
「……お見苦しいところをお見せしました。」
『おあいこです。』
全身の筋肉を使って立ち上がると今度こそ、鉄の扉を開けた。
重いその扉は、蝶番がさび付いて全開まで開けることができなかった。
「ここは……。」
『すごい……。』
思わず感嘆の声が漏れる。
目の前には豊かな緑あふれる庭園が広がっていた。




