15.
「おにいちゃん!おにいちゃん!」
遠くから呼ぶ声が聞こえる。
「わたし、おにいちゃんのおめめすき!」
こんなに気持ち悪いのに?
「そんなことないよ!あかくて、透き通っていて、とってもきれいだから好き!」
そんなことを言ってくれるのはお前だけだよ。
「おにいちゃん!たすけて!」
おにいちゃんは助けられない。
「嫌だ!おにいちゃんの!おにいちゃんのはだめっ!!!!」
おにいちゃんの何がダメなんだ?
「た、すけて。」
待ってて、今お父さんを呼んでくるから。
「お父さんはもういないの。」
じゃあ、お母さんを!
「お母さんもいない。」
「あかりっ!!!!!」
自分の声で目が覚めた。
夢を見ていたようだ。昔の記憶の夢を。
ふと、横を見やると灰皿の上の緑の棒は燃え尽きていた。
線香という名前だったと思う。
「なんで今更こんな夢を……?」
灰皿の中の燃えカスを水道で流し、元の場所へ戻す。
写真の中の少女がこちらを見て微笑んでいる。目が合うと気まずくなり写真立てを机に伏せた。
「さて、どれくらい第三部隊に近付いたかな。」
壁に掛けていた作業着に腕を通しコントロールセンターに向かった。
「隊長、お疲れ様です。」
コントロールセンターでは三人の隊員と艦長が作業していた。
「あとどれくらいで着きそう?」
先ほどと微塵も変わらない姿勢で座る艦長に話しかける。
「うーん、あと8時間くらいかな。」
「わかった。ありがとう。」
そのまま彼女の横に立つ。
「そういやジューダスはどこに行ったんだ?」
「あいつなら、祈祷室だと思うよ。」
「そうか、ありがとう。」
日に何度も祈りを捧げる彼の為に祈祷室を作ったのだが、活用してくれているようでよかった。
邪魔にならないよう、部屋から出てきたら呼び出そうと思った時だった。
「呼びましたか、隊長。」
「うわぁ?!ジューダス!びっくりした……。」
突然背後から声をかけられ、驚きのあまり飛び上がってしまった。
俺を覗きこむ彼の眼は何を考えているのかわからなく、自然と緊張から背筋が伸びてしまう。そして、この世界に僕と彼しかいないかのように、他の音が全く聞こえなくなる。
「お祈りの時間じゃなかったの?」
「もう済みました。何か用ですか。」
相変わらず表情の変化を読み取ることは出来ない。若干苛立っているような気もするがそうでないような気もする。
「小回りの利く二人乗り小型船の整備と、武器庫の確認を5時間以内にしておいてくれないか。」
「わかりました。」
ターバン風の帽子をかぶり直しジューダスは颯爽とコントロールセンターを出て行った。
「ふぅ……。」
ジューダスが出ていってから、息を吹き返したかのように周りの音が戻ってきた。
何故か、彼の前では油断出来ないのだ。いつも、隙を狙われている気がする。
「隊長、第三部隊から通話です。」
隊員が振り返りこちらに伝える。
「僕の携帯端末で受け取るよ。ありがとう。」
コントロールセンターの大きなモニターに映すこともできるのだが、その必要もないし腕に巻いた携帯端末を操作して応答する。
しかし、この通話開始のマークはずいぶんといびつな形をしているな。
「はい。第二部隊隊長ウェッターです。」
『よう、レイ。』
「会議用の回線は開いたままにしてあるはずだけど、個人通話で何の用だ?」
不信感マックスである。
『さっき、不明船について、ライたちから報告があった。』
「続報で?」
『そうだ。こちらも、時間がなくて急いでいるから、報告内容は限られている。だが、とても重要な発見をしたんだ。』
「なぜその発見を会議用の通信で報告しないんだ?」
『まあ、落ち着けって。』
ロイが言葉を止めると、ぱりぱりと乾いた音が聞こえる。きっと好物の煮干しを食べているのだろう。
その様子から察するに、落ち着かなくてはいけないのはロイ自身だとうかがえる。
『後でルイと本部隊には報告するけど、まずお前に知らせておこうと思って。』
「僕に知らされたところで……どうしろと。」
一体彼が何を伝えたいのかわからない。まどろっこしいその言い方は奴らしくなかった。
『ところで、今お前ひとりか?』
「いや、コントロールセンターにいる。」
聴かれてはまずい話なのだろう。仕方なく、自室へ行くことにした。
『どこか人のいないところで聞いてほしい。』
「今移動中だ。」
『さっすが~。』
おちょくった物言いをした後、暫くはロイの租借音がかすかに聞こえるだけになった。
携帯端末をかざして扉を開ける。
「自分の部屋に来た。続きを聞かせてくれ。」
背後で扉が閉まる音がした。
数秒の間をおいてロイが話し始める。
『心の準備だけしておいてくれよ。』
はやく。
『あの船に日本人が乗船していた。』
ロイから告げられた内容は俺の何かを強く揺さぶったが、一体それが何であるのかはわからない。
「……。俺には関係のないこと。」
驚いたような口調でロイが再び俺をからかう。
『おっ?もっと取り乱すかと思ったけど、そうでもないんだ。』
「それだけの用だったら切るよ。」
付き合いきれない。
ロイの返事を待たずに終話ボタンを押す。
悪趣味な奴だ。
俺と日本はもう関係ない。養父の彼に助けられてから俺はドイツ国籍の人間だ。




