9.
自分で問いかけたことが、自分に返ってくるのはごく当然だ。
それなのに、僕はその答えを彼女に伝えるのをためらってしまっている。
隣に座るソニヤさんのことを詳しく知っているわけではない。
同じ部隊に所属する仲間、さらには自分の部下だということくらいだ。
この、宇宙警察に志願する者には様々な事情があることが多い。
彼女がどのような環境で育ったのかわからないが、自分の考えが正しいのであれば任務を躊躇するかもしれない。
そう考えると嘘をつくよりはだんまりを決め込んだほうがよさそうだった。
国籍が不明の不審船が見つかることはそんなに珍しいことではない。しかし、今回は少し様子が違う。
最後に寄港してから10年以上が経過してもなお動いている。報告書や第一部隊隊長のルイさんの話ではただ漂っているだけとのことだが、どうも違う気がする。
もし、この不明船がずっと動いているのなら……
船内に人がいる。
それも生きている。
*
レイはコントロールセンターで艦長に対峙していた。
休憩から戻ってきた艦長と入れ替わりで、先ほどまでいた隊員は休憩をしに行った。
「今回の作戦が、第一部隊と第三部隊と合同なのは承知した。」
黒い肌に光る眼にいつも圧倒される。
「何か不満がありますか。」
立派なアフロヘアの彼女はレイよりもかなり歳が上で、隊長として就任したときから彼のことを副隊長以上に支えていた。
「艦長であるアタシが作戦に関する機密文書を読むことができないのは仕方ないんだけど、ちょっと変じゃないか?」
「変?」
そう話しながらも、刻々と変わるモニターの情報から目を離さない。
「偵察結果も待たずに三部隊合同の作戦にする理由がわからない。」
「十年以上寄港記録が無いからなんじゃ……。」
直感というものなんだろう。上手く言えないといった表情で彼女は首を振った。
「そうじゃなくて……。本部を疑うわけじゃないけど、何か知ってんじゃないかな。」
「知っていたところで、俺たちに伝えない理由は何だ。」
若造、と言われたような気がしてつい語気が荒くなる。
「それは知らんがな。」
間の抜けた回答に気が抜ける。
「俺にそれを言う分には構わないが、無意味に隊員に言って不信感を持たせるなよ。」
隊長となって日が浅い分、面倒ごとはなるべく起こしたくない。
その気持ちを知っているからか、艦長はまじめな表情で頷いた。
「もちろんだ。」
大まかな作戦を隊員に周知させる必要がある。艦長のそばから離れ、放送用マイクの前に立った。
「レイ。」
艦長に呼ばれる。
「今のアタシの話、ジューダスには絶対言うなよ。」
なぜ、ジューダスの名が出てくるのだろうか。
からかわれたのかと思い振り返ってその顔を見ると、今までにないくらい真剣な表情だった。
「なぜ。」
ジューダスは皆から距離を置かれがちな人間だ。俺はそれが気に食わなかった。
皆仲よく、というのは難しくても誰かをのけ者にしたり、悪口を言うようなことは許せない。
だからこそ、この艦長の発言にはむっとした。
日頃こんなことを言う人ではないのに。
「レイが理由なく人をはぶいたりするのを嫌っているのは承知の上で言う。あいつにだけは言うな。」
理由を言わない艦長にもう一度問う。
「理由は。」
言いにくそうに目をそらす。
「見たんだよ。あいつが知らない端末で誰かに連絡をしていたのを。アレはスパイだ。」
*
レイはコントロールセンターを背にし、自室に向かっていた。
ジューダスがスパイ?
到底信じられなかった。
所属する前に本部の人事が徹底的に身元を調べているはず。
そう信じているから、多国籍ながらも問題が起きない。
レイの歩く廊下はひどく殺風景だった。
花が飾ってあり、無機質さを打ち消そうとしている。その花も無機物なのだが。
扉に近付くとロックがひとりでに解除され、ひらいた。
自動で電気を点けることもできるのだが、その機能は使っていない。
暗闇の中でも自分の部屋くらい動ける。
一直線にベッド横のサイドテーブルに向う。
「?」
少し感覚がズレてしまったのか、引き出しを開けようとした手は空を切った。左に移すと今度は手は引き出しを捉えた。
真っ白なロウソクとマッチを取り出す。
これを使いたいためだけに、この部屋は防火・耐熱仕様である。
シュッとマッチをすると一気に部屋が明るくなった。暗闇に慣れた目には充分だ。
左手でロウソクを持ち火を移す。ロウソク台にそれを刺す。
ふっと息を吹きかけ、マッチの火を消した。
暫くそのままジッとロウソクの炎を見つめる。
ゆらゆらと揺れる炎。自分の呼吸に合わせて揺らめく。
まるで、炎と自分が一体となったような気がした。
その炎に少女の写真が照らし出される。
「あかり……」
同じ引き出しから緑色の細い枝のようなものを取り出し、先端を炎に近付けた。
緑の枝は炎をあげる事なくジリジリと先端から灰になり始めた。
その枝をタバコを受けたことの無い灰皿に置く。
「ふぅ……。」
ため息をつくと携帯端末を操作し、部屋の電気をつけた。
「わけわかんねえ……。」




