091 王子とメイド
いよいよソラシド王子との対面です。
今、俺の目の前には真っ白な壁があり、ギラギラと光る太陽の日差しをこれでもかと言うほど跳ね返してきている。
この壁は数十m先まで続いており、この中にあるものを守ろうという強い意志が伝わってくるようだ。そして、この時代高価な白い塗料を惜しげもなく使われているのを見るに、中にいる人は相当な金持ちなのだろうということが推察できる。
・・・
というわけで、ここはラース王国の王城前である。
「帰りてぇ」
俺はそう呟いて王城を見上げる。
今日はこの城に住む王子様に、魔法を教えるためにやってきたのだ。
俺自身は魔法なんて全く使えないが、魔法を教えるためのポイントは習得してきた。
きっと大丈夫・・だと信じたい。
ちなみに、マリーとチャーリーは一足先にファンタジスタへと帰っていった。
二人で魔法の修業をするそうな。
出来ることならあっちに加わりたかったぜ。
なんで俺はこんな所にいるのか・・
「おう来たか。もうソラシドが中で待っているぞ」
俺がここへ来たことを後悔していると、城の中からシュタインが現れた。今日は暑さのせいか、長い銀髪を後ろでくくっており活発な印象を受ける。仕事がオフなせいか、いつものローブ姿ではなくシルク生地の作務衣の様な物を着ていて、ラフな感じだ。
とても国王と対等に話せるような大貴族には見えない。
まぁ王子の名前を呼ぶ捨てにする様子から、偉い人なんだという事実はひしひしと伝わってくるが。
「待っているって言われてもな・・そもそも、シュタインが教えたほうが手っ取り早いんじゃないか?」
シュタインもかなり魔法が出来るやつだったはずだ。
俺よりもずっと教師役に適していると思う。
「顔が怖いせいか、ソラシドがあまり懐いてくれなくてな」
そう言って哀しげな顔をするシュタイン。
たしかに、この威厳のある顔は五歳児にはとっつきにくいかもしれない。
「それに、今日は単純な家庭教師として招かれたというのもあるが、はじめが国に害を及ぼさないやつなのか見極めるという狙いもあるようだしな」
「え。そうなの?」
なにそれ怖い。
帰りたい。
「だからあまり変なことはするなよ?」
そう言って、念を押してくるシュタイン。
もちろん俺も変なことなんてするつもりはないが、一般人としては普通でも王族から見て変なこともありそうだしな。
難しいところだ。
「と、こうしている場合じゃないな。ついてこい。ソラシドが待っている」
シュタインはそう言うと、大きな歩幅で王城の中へと入っていった。
ぼーっとしていると置いていかれそうなので、俺は急いでその背中を追った。
城の中に入ると、色とりどりの花やキラキラと輝く噴水、そして名のある名工が掘ったのであろう彫刻の数々が出迎えてくれた。
これを見るだけで、ここの王族がとても潤っていることが分かる。
「は〜、やっぱ国王って金持ちだな」
俺の半開きになっている口から、そんな感想がこぼれ出る。
「当たり前だろう、この国のトップだぞ・・・まぁ他国と比べても、今この国は潤っているがな」
「そうなのか?」
なんでだろう?
俺が知らないだけで、実は資源大国だったりするんだろうか。
「我が国は、他国の勇者たちが手も足も出なかった最強の魔王を討伐することに成功したからな。つまりお前のおかげだな」
「ん?魔王の討伐に成功すると、なんで国が潤うんだ?」
魔王が隠した財宝でも見つかったのか?
俺がそんな疑問を口にすると、シュタインが呆れたように深く息を吐いて答えてくれた。
「いいか。あれだけ強い魔王を討伐できるという事は、それだけ強大な戦力を有しているということだ。まぁ、実際ははじめの曲芸じみた奇襲作戦のおかげだから、そこまでの戦力はないが」
うん、そうだな。
俺の戦い方だと、メチャクチャ強い一人を暗殺するのは簡単だが、一万の兵を倒せって言われても不可能だしな。
10人ほど倒した時点で返り討ちにされそうだ。
「だが、他国からは強く見えるわけだ。ということは、他国の王はこう考える【ラース王国と戦争になれば勝ち目はない】と」
ほう。
「そうなれば、貿易の関税や領有権などの交渉の際に、ラース王国は優位に立てるわけだ」
「なるほどね。そうやって国が儲かっているというわけか」
からくりは分かった。
でもあれだな。ここの国王も中々強かなことをするよな。
実際には存在しない戦力をちらつかせて、交渉事を有利に進めるとは。
「ということで、国王ははじめに非常に感謝している。だから王子の家庭教師を失敗したくらいでは何も言われない。リラックスしていけ」
シュタインはそう言って俺を励ますと、華麗な龍の装飾で彩られた扉の前で止まった。
明らかに他の扉よりも高級感がある。
この中に王子が居るということだろう。
「【コンコン】はじめを連れてきた。入るぞ」
俺が扉をまじまじと見ていると、せっかちなシュタインがその扉を開けて中へと入った。
まだ心の準備が出来てなかったんだが、仕方がない。
俺もシュタインに続いて部屋の中へ足を踏み入れた。
すると、そこには金髪碧眼の可愛らしい男の子が一人いて、その隣にはメイド服を着た女の人が立っていた。
おそらく、この男の子の方が王子のソラシド様だろう。顔が少し丸く、可愛らしい感じだ。とてもあの迫力ある国王の子供だとは思えない。
横にいるメイドは、王子の世話係だろう。年齢は15歳くらいだろうか?この国では珍しい艶のある黒髪をショートボブにまとめている。中々の美人さんだ。目が切れ長なせいか、少し怖い印象も受けるが。
「はじめ様、ようこそ僕の部屋へ。僕はソラシド・ラースです。今日はよろしくお願いします」
王子は俺と目が合うと、敬語で挨拶をしてきてくれた。
なるほど。五歳児と聞いていたから、生意気な小僧(そして権力を盾にやりたい放題)だと思って警戒していたが、素直ないい子じゃないか。
表情からも優しい人柄が伝わってくるようだ。
警戒して損したぜ。
「どうも、冒険者のはじめだ。今日はよろしくな」
となれば俺がやることは一つだ。
タメ口で話して立場をはっきりさせる。これである。
せっかく王子が敬語を使って、俺を教師として立ててくれているんだ。ここは乗っかっておこう。
大丈夫かなと思って王子の顔を伺ってみるが、にこやかな表情で軽く頭を下げて返してくれた。
良かった、セーフだったようだ。
シュタインも特におかしいと思っていないようで、うなずきながら見守っている。
・・・横にいるメイドが、俺を射殺さんとばかりに睨みつけているのが若干気になるが。
「私はソラシド王子の身の回りのお世話を担当している、モニカです。よろしくお願いいたします」
先程の視線とは裏腹に、丁寧な挨拶をしながら俺に手を差し出してくれたメイドのモニカさん。
なんだ。
誠実で優しそうな人じゃないか。
さっきの殺し屋のような視線は俺の勘違いだったか。
「そうか、よろしくな!」
俺はその手を取って、挨拶を返した。
よし、今日はいい雰囲気で授業ができそうだな。
「(あまり調子乗ってると潰しますよ)」
「何を!?」
握手をして近づいてきたメイドが、俺に物騒な耳打ちをしてきた。
このメイド、めっちゃキレてるじゃん!
「はじめ、突然どうした?」
しかし、メイドの耳打ちは俺にしか聞こえていなかったらしく、シュタインが不思議そうに声をかけてきた。
くっ、絶妙な声量で警告してきたな。
「いや、なんでもない。さぁ授業を始めよう」
こうなると、もう無かったことにするしかない。
メイドをこれ以上キレさせないように、丁寧に授業を進行するとしよう。
「さて、俺は今日オフだから。これで失礼する」
俺が授業を始めた途端、シュタインがそう言って部屋から出ていった。
え!?シュタインいてくれないの?
俺と王子と物騒なメイドの3人になるの、凄い不安なんだけど。
「今日は何をするんですか?」
そうやって俺が驚いていると、王子が丁寧な言葉遣いで質問をしてきた。
うん、生徒が敬語でこちらを立ててくれると授業が進めやすいな。
・・・だがしかし、あのメイドの言葉が気になる。
ここは王子にもタメ口になってもらった方が良いだろう。俺の精神衛生的にも。
「今日は教師として来てはいるが、タメ口で話してもらって構わないぞ。フランクに授業を進めていきたいからな」
「いいの!?やった!僕、敬語使うの苦手だから助かった!」
俺の提案に、嬉しそうに乗ってきたソラシド王子。心なしか声も大きくなっている気がする。
うん、いいね。
やっぱり子供は元気が一番だ。
モニカさんの方を見ると、先程より視線が柔らかくなっている気がする。
よし、正解だったようだ。
「それじゃ、まずは今の実力について聞こう。ソラシド王子はどのくらい魔法が使えるんだ?」
「生活魔法はだいたい使えるよ!下級魔法はまだファイヤーくらいしか使えないけど」
なるほど。
・・・つまり、既に俺より魔法が使えるってことだな。
予想はしていたが。
「そうか。ってことは、体内魔力はまだ上手く制御出来ていない感じかな?」
確かマリーが、中級以上はある程度魔力が制御できないと使えないって言っていたしな。
おそらく当たっているだろう。
というか、当たっていてくれ!
じゃないと、俺が教えることがなくなってしまう。
「うん!ファイヤーを出すときに、手の周りにもやもやが集まるのは感じとれるんだけど、制御は出来ないよ」
良かった。
魔力制御はまだ未熟なようだ。
「それなら今日は、魔力制御をうまくなる方法について教えよう。まずは、心臓の辺りに手を当てて、【サーキュレイト】って唱えてみて。この魔法は体内魔力を循環させる無属性魔法だから、体の中を魔力が駆け巡る感覚がするはずよ」
俺はマリーから聞いた説明を復唱した。
一語一句そのまま真似したせいで、少し口調がオネエっぽくなってしまったが、ご愛嬌だ。
「分かった!【サーキュレイト!】」
ソラシド王子がそう唱えた瞬間、王子の体の周りに薄緑の靄が出現しグルグルと回り始めた。
王子の魔力が循環しているのだろう。
どうやら正しく詠唱できたみたいだな。
「オーケー。今ソラシド王子の体の中には魔力が巡っているはずだ。体の中がいつもとは違う感じはしないかい?」
「うーん、何か体の中がもぞもぞする気がする」
「それだ!!」
知らんけど。
俺はこの魔法使えないし。
「これが魔力の流れなの?」
「ああ、これを完璧に操れるようになれば、魔法がすごく上達するはずだぞ」
知らんけど。
俺は魔力の制御全く出来ないし。
だが自信満々に言ってれば、ごまかせるはずだ。
「へー、流石先生。父さんが言っていた通り、魔法に精通してるんだね」
「ああ、そうだぞ」
違うけど。
でも、国王の中ではそういう設定になっているはずだ。
・・・あんまり無駄話していると、建前と本音で頭の中がごちゃごちゃになりそうだな。
ここはさっさと授業を進めてしまおう。
「魔力の循環は出来たようだから、次はそれを操作するぞ。【アクセレレイト】や【ディセラレイト】と唱えてみてくれ」
「わかった!【アクセレレイト!】・・・・【ディセラレイト!】」
ソラシド王子がそう唱えると、体の周りにある薄緑の靄が強く光ったり弱く光ったりしている。
なるほど、ちゃんと魔法が発動すればこうなるのか。
「今、ソラシド王子の体の中に循環する魔力が、加速したり減速したりしているはずだ」
「そう言われると、もぞもぞする部位が緩急つけて動いている気がするよ」
「それだよ!!」
知らんけど。
(以下略
というわけで、俺は王子に魔力を制御する方法を教えることが出来た。
これで目的は達成できたようなもんだが、まだ三十分程度しか経っていない。
流石にもう少し授業すべきだろうな。
「よし。制御の基本はこの魔法を使って、魔力を加減速させる感覚を体に覚え込ませることだ。そうすれば、魔法を効率よく制御出来るようになる。たとえば、ファイヤーアローみたいな放出系の魔法を使う場合は、射出速度をコントロール出来るようになるはずだ」
「なるほど、この魔力の制御が強力な魔法を使うための訓練になるんだね?」
「ああ!」
らしいぞ!
「今日はこの魔力制御を徹底的に練習しよう。魔力が少なくなるまで、【アクセレレイト】と【ディセラレイト】で魔力を操作していてくれ」
「はい!!」
俺が教えられるのはここまでだ。
というわけで、後は自主練にして俺は見守るというスタイルを取ることにした。
こうすれば、俺は後ろで王子の練習を見ながら、時折うなずいたりしてればいいだけだからな。
これでほぼ、ミッションコンプリートである。
「お疲れ様です、はじめ様。お飲み物をお持ちしました」
俺が王子を見守りつつ一息ついていると、メイドのモニカさんがそう言って後ろから声を掛けてくれた。
「ありがとう」
気が利くメイドさんだな。
そう思って、飲み物を取ろうと振り返ると、そこには手ぶらのモニカさんと紅茶が入ったティーカップを持った別のメイドさんが立っていた。
「・・・どうも」
俺はその新しいメイドさんからカップを受け取る。
すると、その人はペコリとお辞儀をして部屋から出ていった。
あれかな。
王族ともなると、飲み物出す専用のメイドとか居るんだろうか?
「どうしました?」
俺が疑問に思っているのに気づいたのか、モニカさんが声をかけてきた。
「いや。この屋敷には飲み物を出す専用のメイドでも居るのかと思って」
俺が疑問を口にすると、モニカさんが冷静な顔つきで答えてくれた。
「いえ。そんなメイドはいませんよ。基本、それぞれの王子や姫につくメイドが、全ての世話をしております」
「ほう・・・」
つまりどういうことだってばよ?
なんでモニカさんが飲み物を淹れてくれなかったんだろう?
俺みたいな奴の飲み物なんて淹れてたまるか!という意思表示だろうか。
「なんでモニカさんが飲み物を淹れなかったんだ?」
聞いてみた。
「私、箸より重いもの持ったこと無いので」
「メイドなのに!?」
まじかよ!
どこのご令嬢だ?
そもそもメイドが物持てないって、問題ありすぎるだろう。
「冗談に決まってるじゃないですか。はじめ様は冗談も通じないのですか?」
そう言うと、切れ長の目でこちらを見つめてくるモニカさん。
はっはーん。なるほど、そう来たか。
「いや、まて。俺は冗談通じる方だぞ。王国一、冗談通じると言っても過言じゃない」
王子の前だからと気を遣っていたが、冗談とフリに乗っかることにかけては負けるわけにはいかないぜ。
俺とメイドの冗談バトル、開幕だ!!
「ほう、言いますね・・・では、モニカ!冗談いきます!」
「よっしゃこい!」
どんな冗談にも乗ってやるぜ!!
「ウィルマ・ラース国王がまたメイドに手を出していました。流石国王、メイドの純血をちラース、ちラース」
「ブラック!!!」
待て待て!
「流石にその冗談はまずいだろ!」
とんでもないメイドだな!
どこに国王をネタにする奴がいるんだよ!!
「え〜、冗談が通じない男ですね」
「・・・というのは嘘だ。いやー、面白いジョークじゃないか」
危ねぇ!
あまりのブラックジョークに驚いて、危うく乗っかりそこねるところだったぜ。
「ですよね。じゃ、はじめさんも良いやつお願いします」
「OK、はじめ!冗談いきます!」
「どうぞ」
「国王ウィルマ・ラースの頭に落ちた白い液体。上を見るとカラースの大群、これに国王怒り散ラース」
「え!?お父さんがどうかしたの?」
俺の冗談にずいぶんと可愛い声が反応してきた。
そちらを向くと、そこには不思議そうな顔で俺を見つめるソラシド王子がいた。
・・・ヤバイ!!!
「違う違う!今のは、ほんの冗談で
いや、冗談でもまずいな!!
俺の顔と脇からは大量の汗が吹き出てきた。
何か!
何か良い言い訳はないか!?
「っていうわけじゃなく・・・俺の知り合いにウルマ・チラースって男が居てな。そいつについて話してたんだよ。国王様の話じゃないよ」
「なーんだ、そうだったんだ!」
そう言って、ニカっと笑う王子。
良かった。
俺のとっさの言い訳に納得してくれたみたいだ。
「(フフ)」
横を見ると、メイドのモニカが声を押し殺して笑っていた。
あのメイド、許すまじ!
「魔力がもう少なくなってきたんだけど、どうすればいいの?」
俺がモニカへの復讐を心に誓っていると、ソラシド王子がそう告げてきた。
ほう。もう魔力が尽きたのか。
「じゃあ、魔力が回復するまで少し休憩にしよう。詠唱で喉も乾いただろうし」
「わかった!」
ソラシドはそう言うと、部屋の隅あるソファの方へ走っていって腰をかけた。
するとそれに合わせるように、モニカがソラシドへ紅茶を渡していた。
・・・あいつ。
普通に紅茶持てるじゃねぇか。
「はじめ様も飲み物飲まれますか?」
ティーポットを掲げながら、平然とした顔でそう聞いてくるモニカ。
ちなみに、先ほどもらったティーカップの中には何も入っていない。
モニカの冗談に付き合っている間に、こぼしてしまったのだ。
「ああ。貰えるか?」
俺はそう言ってティーカップをモニカに手渡した。
「承知いたしました」
モニカはそう言ってカップを受け取ると、慣れた手付きで紅茶を淹れ始めた。
うーむ。
こうして見てると、普段の言動や行動はまともなんだよな。
何きっかけで冗談を言い始めるかわからないから、むしろ常にふざけてる奴よりも怖い気もするが。
「お待たせいたしました」
俺がそんなことを考えていると、モニカが声をかけてきた。
どうやら淹れ終わったらしい。
「ああ、ありがとう」
俺は探るようにモニカの表情を見ながら、差し出されたものを受け取った。
しかし、感覚がおかしい。
むにむにしている。
慌てて俺の右手が掴んでいる物をみると、そこには剥き身のサバがあった。
「剥き身のサバ!?」
どういうことだよ!!
驚いた俺は剥き身のサバを床に叩きつけた。
【ビチッ】
下からは生っぽい音が聞こえてくる。
右手を臭う。
生臭い!
間違いない。
生の剥き身のサバだ。
「冗談です」
「どういう冗談だよ!!」
レベル高すぎるだろ!
「おやおや、冗談が通じない男ですね」
そう言って、こちらをすまし顔で見てくるモニカ。
凄いな!
この状況ですまし顔て。
「・・いや、冗談通じるぞ。通じる、うん。なんだぁ冗談か〜」
「そうですよ。ウフフ」
「アハハ」
そう言って、お互いに笑い合う俺とモニカ。
表面上は仲が良さそうである。
表面上は。
「もう良いや。自分の飲み物は自分で作る」
モニカに頼むのはもうやめよう。
これ以上冗談に付き合っていたら、ツッコミ疲れで死にそうだ。こんなにツッコミばかりやったのは初めてだぜ。
ボケる隙が微塵もねぇ。
「そうですか・・ちなみに何を飲まれるんですか?」
もう冗談はやめたのか、普通の事を聞いてくるモニカ。
「これだ。【ウォーターボール】」
俺がそう唱えると、右手に直径10cm程度の水球が現れる。
それをティーカップに移して飲むことにした。
・・うん、やはり俺のウォーターボールは美味いな。
思わずニヤけるほどだぜ。
「なにやら美味しそうですね。それ、私にもいただけますか?」
そう言って、俺が持っているものより少し安っぽいティーカップを差し出してくるモニカ。おそらく自前のティーカップなのだろう。
普通にこれを飲んでみたいようだ。
「わかった。【ウォーターボール】」
俺はウォーターボールを唱えて、モニカの持つティーカップの中に落としてやった。
「ありがとうございます」
お礼を言って水を受け取ったモニカは、コクコクと勢いよく飲み始めた。
そしてそのまま、カップにある水を飲み干した。
「美味しいですね、これ」
どうやら、気に入ってくれたようである。
「ああ。俺の自慢の一品だ」
店でお金が取れるレベルだぜ!
・・まぁ実際にメニューに載せてお金取っているしな。
「ええ、素晴らしい魔味です」
「・・・マミ?」
誰だそれ?
またお得意の冗談か?
「魔味とは、味覚の種類の一つです。常識ですよ?」
なんで知らないんですか?と、首を可愛くかしげながら聞いてくるモニカ。
え。まじで常識なのか?
俺が驚いていると、モニカがドヤ顔で解説を始めた。
「味覚の種類として定義されているのは9種類。甘味、酸味、塩味、苦味、うま味、渋味
うん、ここまでは聞いたことあるぞ。
中学校の家庭科あたりで習った気がする。
「脂身味、刺激味
この辺りは初耳だが、言わんとしている事はわかる。
脂っぽさとか、舌を刺激する感じね。
「魔味」
「マミ!?」
やっぱりこれだけは全然ピンと来ない!
何だよマミって。
「魔味は魔力の味と書きます。舌先から感じる魔力っぽさの度合いをあらわす味覚です」
「魔味か」
「まじです」
「マジで?」
「魔味です」
ふーむ、魔力っぽさね。
・・分からんな。
異世界人には備わっていない感覚なんだろうか?
「魔味が濃いものは僕も好きだよ!」
紅茶を飲み終わったのか、ソファから立ち上がったソラシド王子が会話に入ってきた。
「じゃあ、ソラシド王子も飲んでみるか?」
そう言って俺が右手を差し出そうとすると、
「いえ駄目です。王子が口にするのは、メイドが用意したものだけです」
モニカが食い気味に止めてきた。
なるほど、王族ともなると毒殺対策とか色々あるんだろうな。
「それじゃ、休めただろうし再開するか!」
これ以上雑談していると、色んな意味で疲れそうだ。
というわけで授業を進めることにした。
ソラシド王子も元気そうな顔しているし、大丈夫だろう。
授業終了まであと二時間。
こっからは真面目に授業をやるぞ!




