085 ラース王国での騒動
大陸南部にあるラース王国。
周辺にはガラパゴス共和国とルーラ聖国、ルードリッヒ王国があり、ガラパゴス共和国とルードリッヒ王国とは貿易も盛んで友好的だが、ルーラ聖国とは宗教上の問題で関係が悪い。
数十年前に戦争が戦争をして以来、ルーラ聖国とは数年に一回のペースで小競り合いが続いている。
そんなラース王国だが、今回ばかりはルーラ聖国と手を組む必要があった。
理由は簡単、魔王が現れたせいである。
前回魔王が現れてから数百年、もうその存在も忘れかけていた時、教会の予言により魔王復活が発表された。
それを裏付けるように、前回魔王が居城としていたアシュラ遺跡に魔物の大群が集まっているとの情報が入ってきた。そしてつい先日、魔王軍一番隊隊長ラルフ・キリング・ルドルフを名乗る魔物が突然王都に現れ、宣戦布告をしてきた。
鑑定士が調べたラルフ・キリング・ルドルフのステータスは圧倒的で、ラース王国だけでは対処できないことがすぐにわかった。自国の兵力だけでは、魔王の討伐はもちろんラルフ・キリング・ルドルフ一体にすら敵わないだろう。
そこでラース王国の国王・ウィルマ・ラースは周辺国に共闘を持ちかけた。人類存亡の危機だと、民衆には伝えなかったラルフ・キリング・ルドルフのステータスを開示して。
周辺国はラース王国の願いに直ぐに応えた。魔王軍は人類共通の敵だと、そして共闘しないと敵うような敵ではないと言うことを理解したのだ。
敵対していたルーラ聖国ですら、共闘に参加する意思を示した。
その証拠として、各国からはその最高戦力である勇者が送られてきた。カイ・プザイ・イータ、どの勇者もラース王国の勇者ルシファーに負けず劣らずの猛者たちだった。一人ひとりでは魔王にラルフ・キリング・ルドルフにも敵わないだろうが、4人で力を合わせればひょっとしたら対抗できるかもしれない。そんな希望を抱かせるほどの強さだった。
そんな時、ラース王国の国王ウィルマの耳に王都の近くで単身のラルフ・キリング・ルドルフが目撃されたとの情報が入った。
これは好機だ。
ウィルマはそう思った。
「ルシファーに命ずる、カイ・プザイ・イータと共にラルフ・キリング・ルドルフに奇襲をかけよ」
「はっ!」
国王の命令の元、四人の勇者がラルフ・キリング・ルドルフの討伐に向かった。
四人で力を合わせれば勝てるだろう。
ルシファーはラース王国の歴史上最高能力を持つ勇者だ、カイも群を抜いたパワーを持っているし、プザイの魔法は一般の魔術師100人以上の魔力を持つ、イータの素早さも一級品だ。
あの4人が共闘すれば、なんとかなるだろう。国王はそう思っていた。
しかし、翌日国王の耳に入った情報は、想定外のものだった。ルシファー、カイ、プザイはラルフ・キリング・ルドルフに返り討ちにされ、全治一ヶ月以上の重体であるというのだ。しかも、イータはラルフ・キリング・ルドルフの攻撃を受け、亡くなったという。
「どうすれば良いというのだ・・」
国王のつぶやきが、悲壮なオーラが立ちこめる王宮にこだました。
そんな絶望の淵にいた国王の耳に思わぬ朗報が入ってきた。
なんと、王都の外でラルフ・キリング・ルドルフの遺体が発見されたのだ。それも巨大な首を一太刀で切り倒しており、ラルフ・キリング・ルドルフよりもかなり実力が上の者が討伐したということが分かった。
国王は歓喜した。
その討伐者が他国のSランク冒険者なのか、もしくは勇者なのか見当もつかない。だがラルフ・キリング・ルドルフを圧倒できるほどの実力を持つ者なら、魔王にだって対抗できるかもしれぬ。その者を筆頭にアシュラ遺跡に攻め込むのだ。もう作戦はそれしか無い。そう思った。
しかし、肝心の討伐者が1日経っても2日経っても姿を現さなかった。
国王は焦った。
宣戦布告のとおりなら、今にも魔王軍が責めてきてもおかしくない。
国王は焦りのあまり、執務室を歩き回っていた。ラルフ・キリング・ルドルフを討伐した者は諦めて、今ある戦力で迎撃すべきだろうか?だが、ラルフ・キリング・ルドルフよりも強力な魔王に、一般の兵が勝てるとは思えない。魔王一人に王都が破壊されてしまっても何の不思議もない。
「どうすればよいのだ」
国王は悩んだ。
だが、こうして悩んでいる間にも魔王軍がせめてくるかもしれない。まずは最低限の迎撃体制を整えねば。
そう判断した国王は、各国合わせて総勢20万の兵を城壁内外に配備した。
魔王を討伐ならないまでも、配下の魔物からはこれで守れるはず。魔王が攻めてきた時は・・・ラルフ・キリング・ルドルフを討伐した者が再び現れて倒してくれるかもしれない。そう願うしか無い。
国王は半ばやけくそになりながらも、魔王軍を迎撃する体制を整えた。
しかしその日、結局魔王軍は現れなかった。
そして次の日も、その次の日も魔王が現れることはなかった。
「どういうことだ?」
まさかラルフ・キリング・ルドルフを倒されたことで、魔王軍が瓦解したのか?
いや、だが魔王はまだ存命のはず。
ラルフ・キリング・ルドルフを倒したこちらのことを警戒しているだけか?
そうやって想像を膨らませている国王のもとに、アシュラ遺跡に放っていた密偵から吉報が届いた。
「報告致します。アシュラ遺跡に集まっていた魔物の群れが散開し始めています。また、遺跡の中心部には首を切断された5m級の魔人の遺体があり、どうやら魔王だったものだと思われます」
「なんだと!?それは真か?」
真実なら、これ程嬉しいことはない。
もう危機は去ったのだ。
あとは王都の守りを固めて、散開した魔物を討伐するだけでいい。
「はい。3人以上の密偵から同様の報告が入っております。恐らく真実かと」
「そうか!よくぞ知らせてくれた!」
国王は直ぐに兵に指示を出し、魔王軍を迎え撃つ体勢から魔物を討伐する陣形へと変更を命じた。
そして、2日ほどかけて王都へ襲来した魔物を討伐した。
といっても、王都方面へ来たのはアシュラ遺跡に集まっていた魔物の1割程度だったので、簡単に撃退することが出来たが。
「しかし、ラルフ・キリング・ルドルフと魔王を討伐したのは一体誰なのだ?時期から言って同一人物だとは思うが」
元魔王軍の魔物を無事撃退した王であったが、今度は違う問題に頭を悩ませる事になった。魔王を倒すほどの実力者だ、味方であればいいが敵に回すととんでもないことになる。
執務室で頭を悩ましていると、コンコンと扉がノックされた。
国王のいる部屋に向かって声をかけずにノックをするものはただ一人。王立研究所の所長シュタインだけだ。
「シュタインか。入れ!」
「失礼致します」
そう言ってシュタインが入室してきた。心なしか、いつもより顔色が良い。シュタインも魔王が討伐できるのか憂いていたし、嬉しいのだろうか。
「ウィルマよ、もう知っているかもしれないが魔王の件は片付けた。計算結果の検証に夢中で、報告が遅れてしまったが・・」
「何?ということは、魔王を倒したのはシュタインだったのか?」
意外だ、という顔をして驚く国王ウィルマ。
それもそのはず、シュタインは研究者としては一流だが、魔力の量がそれほど多くないため戦闘力は低いという評価だったのだ。
「倒したのは私では無いが、まあ倒すのに協力したと言ったところだな」
「なに?それでは、一体誰が魔王を倒したのだ?」
ウィルマが当然の疑問を口にした。
しかしシュタインは何やら言いづらそうに視線を空中でウロウロとさせている。口止めされているのだろうか?
「余が言えと命じているのだ。まさか言えないということは無いよな?」
そう言って、眼力を込めてシュタインを見つめる国王。
その眼力に、暫く迷ったような様子を見せたシュタイン。しかし、ため息を一度吐くと観念したように口を開いた。




