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駿足の冒険者  作者: はるあき
2章 魔速の冒険者
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077 チャーリーの追憶6


「また、この部屋か」


 今回もタイムリープには成功したらしい。

 私はいつもの宿の一室へと戻ってきていた。


 フラフラと机の方へと近づくと、そこには変わらずリカからの手紙があった。


【神さまどうか、この世界を救って下さい。私を助けてとは言いません、私はあの日、みんなと一緒に死ぬべきだったんですから。しかし、限界まで頑張った私たちが達成できなかった願いは、どうか叶えてくれないでしょうか】


 神さまか。

 ごめんな。

 笑いを失ってしまった私なんて、もう爆笑神社の神様で居る資格がないんや。

 それに、この疲れ果てた心では、リカの願い事を叶えることが出来ない。


 思い返してみれば、ループを繰り返すにつれ、私の心は徐々におかしくなっていた。目の前で人が殺されても、戦争で数万人が死んでも何の感想も抱かなくなっていた。戦争を止める方法を模索すれば、何回かのループで数万人物人の命を救えたかもしれないのに。私はそれをしなかった。

 ただ壊れたロボットのように、試練を攻略することに取り憑かれていた。

 もう人としても神さまとしても駄目になってもうた。

 そんな私に何が出来る?


「もう、諦めてもええかな」


 私はポツリと、そう呟いてしまった。


【いいんだよ。もう十分に頑張ったよ】


 幻聴でも聞こえるようになったか。

 私の頭のなかに、そんなリカの声が聞こえた気がした。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 私はそのループでは、何の目標もなく、無気力で過ごしていた。

 爆笑神社の神さまとしての挟持を、生きる意味を失って、今すぐにでも死んでしまいたかった。

 しかし、いままでのループで身についた習慣は消えてくれず、惰性で魔法学校の試験を受け、惰性でそのまま通い続けていた。


 学校での講義に出ている以外は、毎日宿に引きこもり続けた。ほとんど何も食べず、眠れず。眠れたとしても、最初のループで私を刺した獣人の子に再び殺される悪夢に魘された。色んな人が私を責める夢も見た。お前のせいで何万人が死んだ、何で助けてくれなかったのかと。私の夢に出てくる人の顔はいつも悲しげで、笑ってる人なんて一人もいなかった。もちろん私も含めて。


 そんな日々を過ごしているうちに、三年の時がたった。

 いつもなら、試練の攻略に向けて装備を整えたり、魔法を勉強して強くなろうとしていたが、とてもそんな気分に離れなかった。

 魔法の実力は入学時からろくに成長しておらず、中級魔法しか使えなかった。生活費を稼ぐために、たまに魔物を倒して露店で売ってはいたが、私のレベルは今までのループとは比べ物にならないくらい低かった。レベルが低いせいで、魔物も満足に討伐できず、この間もビックマウスウルフの群れを討伐した時、一匹逃してしまうほどやった。


 もう私は試練を攻略する気をなくしていた。おそらく、試練の攻略に失敗し、タイムリープもしなければ、私は死んで体の所有権はリカに返るんではないかと。そんな根拠のない事を考えていた。

 そう、私は死んでしまいたかったんや。


 そんな時やった。

 魔法学校を揺るがす、あの事件が起こったのは。


「それでは第200回特級魔術講座を終了する」


 その日、私はいつも通り講義に出ていた。

 特級魔術講座なんて、中級魔法しか使えない私に意味がない。でも、いままでのループの癖が抜けず、足を運び続けていた。

 もちろん、そんな私を生徒達はバカにしていた。「なんであんなに弱い魔法しか使えないやつが、この講義にいるんだ」、「下級生に混ざって下級魔法からやり直せ」と。今までのループのように、尊敬の眼差しで見てくる生徒なんて一人もいなかった。


 そんな、実りのない講義が終了した時。

 生徒たちの間から、いつもの噂話が聞こえてきた。


「ラース王国の勇者が、今この町に来ているらしいぜ!」


「すげぇ!勇者が来てるのか。見てみたい!」


「仲間に入れてもらえねえかな?」


「バカ!勇者のパーティはエリート揃いだぞ。最低でも上級、いや特級魔法でも使えない限り、相手にされないかもしれない」


「まじか・・・俺にはとうてい無理だ」


 町に勇者が来たというセンセーショナルなニュースに、生徒たちは色めき立っていた。

 いつもの私なら、冒険者ギルド横の武器屋に行って勇者のパーティに入れてもらう所やった。けど今の私の実力では、とてもじゃないが受け入れてもらえるとは思えない。

 それに私は試練を攻略することを、もう諦めていた。

 だから、私は武器屋には行かず、宿に帰ろうとした。

 その時、


「おい、ビッグニュースだ!下級生の講義で、とんでもない威力を持つポイズンの詠唱方法が発見されたらしいぞ!」


「マジか!それって教本の詠唱を超えるやつなのか?」


「ああ!パリス教授によると、上級魔法のイリーガルポイズンの威力を超えているらしい」


「上級魔法!?大発見じゃないか!」


 一人の生徒が教室へ走ってきて、そんなニュースを持ってきた。詠唱の歴史を覆すレベルのそのニュースに、生徒たちはみな心奪われていた。さっきまでの勇者来訪のニュースが霞んでしまうほどに。


 しかし、私はこのニュースに大きな違和感を感じていた。


「新しい詠唱やと?」


 そう、こんな事件なんて今までのループでは起こっていない。

 どういうことや?

 なぜ今回のループだけ、こんな妙な事件が起きてるんや?


「生徒達よ!見学したいものはついて来るがいい!」


「行きます!」


「俺も俺も」


 私が混乱している間に、教室に来たパリス教授に連れられて、20人ほどの生徒がグラウンドへと走っていった。


 そんな生徒達の後ろ姿を見た時。

 何故か私は、無性について行きたくなってしまった。

 無気力で、試練の攻略を諦め、勇者に会いに行く気もなくしていた私が、何故こんな気持ちになったのか分からない。

 でも、そんなよく分からない衝動に突き動かされて、私はグラウンドへと走った。


 グラウンドに到着すると、そこには20人ほどの下級生たちと、その前に立って講義をしている二人の講師がいた。

 一人はエルフの女で、金色の髪を肩まで伸ばしている、モデルのように綺麗な女だ。

 もう一人は人間の男で、彫りが浅く可愛らしい見た目をしている。見た目では随分年下に見えるが、不思議と落ち着いた雰囲気を持っている男だ。


「はじめ殿ぉぉ、おまたせした!みなを連れてきたぞ!」


 パリスは到着するなり、講師の男に向かってそんな声をかけた。

 どうやら、あの男ははじめという名前らしい。


「いや、別に待って無いですけど」


 パリスの言葉に、めんどくさそうな反応を返す男。


「何を言う!詠唱一つで下級魔法が上級魔法に匹敵する威力になるなど、前代未聞なのじゃぞ!」


 どうやら、この男が新しい詠唱を編み出したらしい。パリスがこんなに人を褒めるなんて珍しいな。そんなに凄い詠唱なんやろうか?


「皆のもの!この方が先ほど言った詠唱を考案した、冒険者のはじめ殿じゃ。みなもぜひ一度、あの魔法を見て欲しい。はじめ殿、もう一度お願いします」


 パリスは、私達の方へ体を向けて、大きな声でそう言った。

 どうやら今からこの男が実演してくれるらしい。


「はい。と言っても俺は火魔法使えないから・・・マリー頼んだ!」


「オッケー」


 そう言って、エルフの女にバトンタッチする男。

 いや、お前がやるんと違うんかい!


 と、私は思わず心のなかでツッコミを入れてしまっていた。

 まさか、失意のどん底にいる私が、ツッコミを入れたくなってしまう時が来るなんて、思いもしなかった。

 私はこの時、目の前の男に大きく心を揺さぶられていた。長いループに心を壊され、笑いなんてとうの昔に忘れてしまった私から、こんな感情を引き出すなんて。


 でも、心のなかでツッコんだだけで、声を出すまでは回復していなかったし、私は笑ってもいなかった。

 当たり前や、数十年に及ぶ長いループで壊された心、忘れたお笑いのスキル。こんな些細な事で、復活するわけがない。


 私は無表情で、魔法を繰り出そうとしているエルフの女を見つめた。


「いきます!【言いたいことも言えないこんな世の中じゃ・・ポイ○ン!】」


 その瞬間、エルフの女の詠唱に合わせて、黒い毒液が大量に放たれて、10個ある水晶を飲み込んだ。そして毒液を受けた水晶が、上級魔法を受けたときのように強く光り輝いた。

 パリスが驚くのも頷ける。

 そんな魔法が放たれた。


 ・・いや、ちょい待てや。


 そんな事より、この詠唱・・・


 これ、完全に


 これ、


「反○やんけ!!」


 と、無意識のうちに、私の口からそんな言葉が出てきた。

 そう言った瞬間、私の胸につっかえていたものが、一気に取り払われたような気がした。繰り返すループで疲弊し、笑いなんて忘れてしまった私の口からとっさに出たその言葉。

 私はまだ、人を笑わせることが出来るのかもしれない、爆笑神社の神さまに戻れるかもしれない。その可能性。その欠片が、見えたような気がした。

 まだ、自分で面白いことなんて考えられないし、どうすれば周りの人が笑顔になるかなんて思い出せない。

 でも、こいつらと共に居れば、無意識にツッコミが出てしまうような無茶苦茶なこいつらと一緒にいられれば、私は笑いを取り戻すことが出来るかもしれない。そんな予感がした。


「反○やんけ!!」


 私は十数年ぶりに出来たそのツッコミを、噛みしめるように繰り返した。


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