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駿足の冒険者  作者: はるあき
2章 魔速の冒険者
72/123

069 国立中央研究所


 魔王が復活したことを知った翌日、俺とマリーはチャーリーに連れられて国立中央研究所に来ていた。白く巨大な建物で、その風貌はパルテノン神殿のようだ。何本もの柱が建物を囲むように立っており、その柱の一つ一つが光り輝いている。結界か何かが張られているのだろう。

 チャーリー曰く、ここは大昔に転生者が設立した、魔術から物理に至るまであらゆる事象を研究している所で、国中の情報が全て集まっているらしい。そんな所になんのコネもない俺達が入れるのか?と不思議に思ったが、チャーリーが衛兵に謎の紙を見せると、直ぐに通してくれた。チャーリーによると、ファンタジスタ魔法学校の生徒の特権らしい。生徒の特権、すさまじいな。


 今は、衛兵さんに案内されて研究所内を歩いているところだ。

 研究所の中は、思ったより清潔で開放感のある場所だった。中央に吹き抜けがあり、その周りをぐるりと囲むように廊下がある。そして廊下にはいくつもの窓付きの扉があって、各部屋に入れるようになっている。

 俺は興味本位で、通りすがりに部屋の中を除いてみると、人間の死体の様なものが液体の中に入って保管されていた。

 え?


「すいません、この部屋は何の部屋ですか?」


 俺は思わず守衛さんに質問した。


「ああ、アレは所長が最近取り組んでいる、人体錬成の研究室だ。肉体の製作は上手く行ったが、魂の製作が出来ず難航しているらしい・・・言っておくが、これはきちんと論文も出している研究だから、怪しいものじゃないぞ?」


「わ、分かってますよ」


 俺はそう言いながら、心の底からホッとしていた。

 てっきり人間の死体とか生きた人間を使って研究してるのかと思ったぜ。焦った。


 それから数分ほど、衛兵さんの後について廊下を歩いていると、今まであった扉の中でもひときわ大きい扉の前で停止した。扉には中央研究所長室と書いてある。

 え?いきなり所長と面会するの?


【コンコン】


 衛兵さんが扉をノックした。


「入れ」


 中から、若々しい男の声が聞こえてくる。


「はっ、失礼致します!」


 衛兵は、直立不動でそう言うと、扉を両手で丁寧に開いた。

 そして視線で、俺達に部屋へ入るように促す。


「失礼します」


 チャーリーがそう言って入室したので、俺とマリーも続けて部屋の中へと足を踏み入れた。すると、衛兵が扉を閉めた。どうやら途中退出は出来ないらしい。

 部屋の中には、長い銀髪をたなびかせた綺麗な人が居た。耳が尖っているから、おそらくエルフだろう。銀のフレームの眼鏡をかけており、知性的な雰囲気のある人だ。見た目は中性的なので性別がわからないが、先ほどの声質から判断するに、おそらく男だろう。


「君達か、私に面会を申込んだのは・・・まさかその年でパリスに認められるとはな


 そう言って、こちらを興味深そうに見つめるエルフ。

 パリス?・・魔法学校の教師のおっさんだよな。あの人そんなに知名度ある人だったのか。


「はじめまして。私はここの所長をしているシュタインだ。今日はどういった用事かな?」


「魔王について、知ってる情報を教えてもらえんやろうか?」


 俺がどう反応しようかと考えていると、チャーリーが率直な質問を投げかけた。


「魔王についてか・・・いいだろう、パリスの秘蔵っ子よ。ここには全ての情報が集まっている。言えない情報もあるが、好きなだけ聞くと良い」


 パリスって呼び捨てにするということは、シュタインは見た目よりずっと歳が上なのかもしれない。


「だが、まずはパリスの手紙にあった、新しいポイズンの詠唱を教えてもらえないだろうか?既存の俺が考えた詠唱より強いものがあるなど、にわかには信じがたいのだ」


 なんと、今あるポイズンの詠唱はシュタインが考えていたのか。こいつ、本当に何歳なんだ?数百年生きていてもおかしくないな。

 俺がシュタインの発言に衝撃を受けていると、チャーリーが俺の脇腹をつついてきた。あ、そうか。ポイズンの詠唱は俺が説明しないといかんのか。


「新しい詠唱は俺が考えました」


 俺がそう言うと、シュタインがその威圧感のある目をこちらに向けてきた。


「ほう、人族の貴様がか。名はなんという?」


「はじめと言います」


 俺がそう名乗ると、シュタインは目をつむって記憶を探っているような仕草をとった。


「論文では見たことがない名前だな。まぁいい。さっそくはじめが考えた詠唱を教えてくれ」


「はい、俺が考えた詠唱は【言いたいことも言えないこんな世の中じゃ、ポイズン】です」


 俺は魔力が足りないので、詠唱しても魔法は発動しないはず。という事で、ハキハキとした声でシュタインに伝えてやった。


「珍しい言葉の並びだな」


 そう言いながら、シュタインは金色の紙に俺が言った詠唱を書き写し始めた。

 そして、最後まで書ききった時、シュタインは水を浴びせられた様な驚愕の表情をした。


「威力値500だと!?俺の考えた詠唱は120だったはず。こんなにも威力の差が出るとは」


 どうやらあの紙は詠唱の威力を測定できるものだったようだ。それにしても、普通の詠唱の4倍も威力があったのか。

 流石は大ヒットした名曲だぜ。


「この詠唱の規則性が分からん・・・はじめ、この詠唱をどうやって思い付いたか教えてもらっていいだろうか?」


 シュタインは紙に書いてある詠唱をじっと見つめながら、俺に質問してきた。


「このフレーズは、自分の故郷で人気のある歌の一部なんです。多くの人の心を動かしたものなら、魔法も強くなるかと思いまして」


 ホントはノリで言ってみただけなのだが、それでシュタインが納得するとは思えない。

 俺はもっともらしい理由をでっち上げた。


「なるほど、歌の一部か・・・考えたことのない着眼点だったな。確かに、多くの人々に歌われるものなら、事象に対する干渉力という意味では強いのかもしれん」


 そう言って、紙を持ったままフリーズして何かを考え始めるシュタイン。どうやら根っからの研究者みたいだな。

 俺が居た大学の教授も、ふとした時にこんな状態で考え込むことが多かった。


「考え込んでるとこ悪いけど、魔王についての情報を教えてくれへんか?」


 固まったまま動かないシュタインに痺れを切らしたチャーリーが、大きな声でそう話しかけた。


「おお、すまんな。いいぞ。なんでも聞いてくれ。こんな大発見を教えてもらったお返しだ。可能な限り情報を開示しよう」


 よしっ、言質は取れた。

 シュタインは詠唱についての思わぬ情報に興奮しているのか、出会ったときよりも言葉が柔らかくなっている。

 今ならなんでも聞けそうだ。


「まずは魔王の出現についてやな。街では3日前に神殿からお告げがあったと聞いたんやけど、それ以前は何の予兆も無かったん?」


 まず、チャーリーが魔王が現れた日付について質問した。


「正式に国が認めたのはその日だ。しかし、一ヶ月前くらいからアシュラ遺跡で強力な魔物が集まっているという報告はあがっていた。私はその集まった魔物の種類や集まるスピード、そして過去に魔王が現れた時の文献などから、魔王の発生を予測していた」


 まぁ私の予想ではあと一ヶ月後に現れると踏んでいたのだが、とシュタイン。


「せやったら、国軍はもう戦闘準備できてるってわけやな?」


「ああそうだ。国軍は既に諜報部隊を派遣して、魔王が王都に攻め込んで来る日も掴んでいる。明日の朝だ」


 明日の朝!?

 思っていたより動きが早い。クルーガー王国の時は、紫の雲が出てから一ヶ月以上あったのに。

 魔王ってのはせっかちな奴らしい。


「それで、国軍はどうやって魔王軍を討伐する予定なんや?」


 チャーリーが核心に踏み込んだ質問をした。

 しかし、最高ランクの軍事機密になるはずだ。果たして教えてくれるだろうか。


「魔王は情報戦などせんからな、教えてやろう。まず、魔王以外の魔物たちは、王国軍が対応する予定だ。そして、その混乱をついて、勇者たちが魔王を討伐する予定になっている」


 魔王を倒せば、集まった魔物たちは各地へ散るはずだからな、とシュタイン。


「勇者ってのはラース王国のルシファーか?」


 この国の勇者はルシファーっていうのか。

 知らんかった。


「そうだ。それに加えて、ガラパゴス共和国とルーラ聖国、ルードリッヒ王国の勇者も討伐に行く予定になっている。今回は総力戦になるからな。臨時協定を結び、手を組むことにしたわけだ」


 おお!4つの国の勇者が力を合わせるのか!

 勇者と言えば魔王の天敵だし、こりゃ俺達が出張るまでもなく終わるかね。


「集まった勇者4人で、魔王に勝てる見込みはあるんか?」


 チャーリーが冷静な声でそう聞いた。

 いや、勇者だぞ勇者。

 勝てるだろう。


「ほとんど無い。奇跡でも起きない限り不可能だろうな」


「「え!?」」


 予想外の返答に、俺とマリーは思わず声を漏らしてしまった。勇者が四人いても勝てないって、魔王はどんな化物なんだよ。


「諜報部隊によれば、此度の魔王は過去最強だ。国軍最強の鑑定士が取得したステータスを見ても、人間に敵う相手ではない」


 そう言って、シュタインは紙に書かれた魔王のステータスを見せてくれた。


名前:ラプラス

種族:魔人

職業:−

LV:242

HP:2420/2420

MP:2420/2420

STR:7900 [備考:筋力値]

VIT:2430 [備考:物理防御力]

AGI:2300 [備考:俊敏性]

INT:7600 [備考:魔法攻撃力]

MND:10680 [備考:魔法防御力]

所持スキル:絶対感知、覇王

所持魔法:無限結界、火魔法(生活・下級・中級・上級・特級・神級)、土魔法(生活・下級・中級・上級・特級・神級)、風魔法(生活・下級・中級・上級・特級・神級)、水魔法(生活・下級・中級・上級・特級・神級)



 バケモンじゃねえか!

 レベル242ってなんだよ。ずっと上限100だと思っていたのに、まさか上があったとは。

 それにステータスもめちゃくちゃ高い。魔法防御力に至っては五桁に達している、上級魔法程度では傷一つつかないだろう。

 そして、四代魔法全てで神級が使えるって、もはやチートだろこいつ。ガリウスも持ってた絶対感知まであるし・・ん?


「この覇王ってやつは何だ?」


 ガリウスが持っていた天衣無縫とかと同じ系統だろうか?


「これは、戦闘時の筋力値・物理防御力・俊敏性が6割増しになるスキルだ。あと、全ての状態異常にレジストできる」


 6割増しか・・。って事は筋力値とか魔法攻撃力も軒並み五桁オーバーになるんだよな。ヤバイな。

 そして、状態異常も効かないか。

 今回もポイズン作戦は使えそうにないな。と言うか、状態異常系はもう今後の敵には通用しないと思ったほうが良さそうだ。


「この無限結界って魔法は何なの?」


 マリーは魔法のほうが気になったのか、シュタインにそう質問した。


「これは魔王が常時展開している魔法で、半径20km以内にいる魔族・魔物以外の生物のステータスを半減させる結界だ。また、この結界内の物体の動きは、瞬時に魔王に認識される。奇襲や闇討ちといった作戦が取れない原因となっている魔法だな」


 魔王も奇襲防止の術を持っていたか。

 しかも、魔法で感知しているということは、超音速で接近しても気づかれてしまうだろう。

 八方塞がりだな。


「まずいな、超音速で奇襲しても無駄かもしれん」


 思わず、弱音を漏らしてしまった。


「そうやな。魔法で瞬時に感知されたら、奇襲のかけようがあらへん」


 チャーリーも珍しく厳しい表情をしている。

 これまで豊富な知識とアイデアで俺達を導いてくれたチャーリーにも、魔王の討伐は難題のようだ。


「いや、そもそも超音速で奇襲するなど不可能だろう」


 シュタインが何か言っているが、スルーだ。


「ちなみに、4人の勇者ってのはどれくらい強いんだ?」


 勇者たちが陽動に使えれば、その間に奇襲するのも不可能ではないかもしれない。


「ふむ、勇者の情報は本来国家機密だが・・あれだけ素晴らしい詠唱を教えてもらったしな。特別に見せてやろう」


 どうやら、俺のもたらした詠唱はよほど価値のあるものだったらしい。

 シュタインは引き出しから勇者のステータスが書いてある紙を取り出し、俺達に見せてくれた。


名前:ルシファー

種族:人間

職業:ラース王国勇者

LV:85

HP:850/850

MP:850/850

STR:1520 [備考:筋力値]

VIT:1110 [備考:物理防御力]

AGI:880 [備考:俊敏性]

INT:1800 [備考:魔法攻撃力]

MND:1480 [備考:魔法防御力]

所持スキル:蛮勇、ギリス神の加護

所持魔法:火魔法(生活・下級・中級・上級・特級)、風魔法(生活・下級・中級)


名前:カイ

種族:ドワーフ

職業:ガラパゴス共和国勇者

LV:81

HP:810/810

MP:810/810

STR:2320 [備考:筋力値]

VIT:1610 [備考:物理防御力]

AGI:1100 [備考:俊敏性]

INT:900 [備考:魔法攻撃力]

MND:1080 [備考:魔法防御力]

所持スキル:鉄壁、ギリス神の加護

所持魔法:火魔法(生活・下級・中級)、土魔法(生活・下級・中級・上級)


名前:プザイ

種族:エルフ

職業:ルードリッヒ王国勇者

LV:88

HP:880/880

MP:880/880

STR:920 [備考:筋力値]

VIT:710 [備考:物理防御力]

AGI:880 [備考:俊敏性]

INT:2200 [備考:魔法攻撃力]

MND:1780 [備考:魔法防御力]

所持スキル:魔術師の頂、ギリス神の加護

所持魔法:火魔法(生活・下級・中級・上級・特級)、土魔法(生活・下級・中級・上級・特級)、風魔法(生活・下級・中級・上級)、水魔法(生活・下級・中級・上級)


名前:イータ

種族:人間

職業:ルーラ聖国勇者

LV:91

HP:910/910

MP:910/910

STR:1020 [備考:筋力値]

VIT:990 [備考:物理防御力]

AGI:2090 [備考:俊敏性]

INT:600 [備考:魔法攻撃力]

MND:1280 [備考:魔法防御力]

所持スキル:速さの頂、ギリス神の加護

所持魔法:火魔法(生活・下級・中級)、土魔法(生活・下級)、風魔法(生活・下級・中級)、水魔法(生活・下級・中級)


 なるほど。バランス型にパワー特化型、魔法特化型に俊敏性特化型ってところか。ステータスだけで言うと、ガリウスとだったら何とか戦えそうな感じだ。

 だが、魔王には到底かなわないだろう。覇王による6割増し効果を考えると、殆どの勇者がタブルスコア以上で負けている。


「俺が到底かなわないと言った理由がわかるだろう?おそらく、魔王の攻撃を一発でも食らえば、どの勇者も死んでしまう」


 たしかに、シュタインの言うとおりだ。

 勇者が魔王に勝つのは不可能だろう。

 それどころか、陽動にだってなるか怪しい。


 横にいるマリーも、いい案が出ないようでうつむいて考え込んでいる。

 チャーリーも勇者のステータスが書かれた紙を見ながら、死にそうな目で呆然と立ち尽くしている。


 しかたがない。

 勇者が頼りにならないなら。

 俺達で何とかするしか無い。


「もはやあの作戦を使うしか無いようだな」


 俺は覚悟を決めて、宣言した。


「なんや?その作戦っちゅうのは?」


 チャーリーが俺に目を向けて聞いてきた。

 その瞳には活力が戻っている。


「簡単だ!結界が俺を感知するスピードを超えて、俺が奇襲を仕掛ければいいのさ!」


 作戦は単純だ!

 前に音の速さを超えたのと同じように、今度は魔力で感知するスピードを超えれば良いんだ。

 これで、魔王に奇襲を仕掛けて、首を刈り取ることが出来る!

 俺は自信を持ってそう言い放った。


「いや、魔法で瞬時に検知されるって言うてるやろ。不可能や。超える超えへんの話やないねん」


 チャーリーが、がっくりと肩を落としながらツッコんできた。


「正確に言えば魔力伝播速度、いわゆる魔速を超えれば良いわけだから、不可能ではないがな。まぁどの道、そんな早く動くことなど出来ないから結論は変わらんが」


 条件の設定に厳格な性格なようだ。シュタインからそんな補足が入った。


 やはりか!

 思っていた通り、魔法にも伝播速度があるみたいだ。光にだって速さがあるくらいだ。魔力に速さが無いはずがないからな。


「やはり伝播速度があったか。どれくらいの速度なんだ?」


 俺はシュタインに超えるべき目標を確認した。


「俺の研究設備での実験式になるが、秒速500mほどだな」


 音速の1.5倍程度か。

 とんでもない速さだ。

 だが、超えられない速さじゃないな。


「なら、その速度を超えて魔王に奇襲をかけよう」


 もはやゴールは見えた。

 あとは、それを実行するだけだ。


「ああ・・そうやな!はじめは本当に、想像を超えてくるアイデアを出しよるな」


 チャーリーが俺を褒めつつ賛同してくれた。


「そうね。はじめの速さに賭けるしかないわね」


 期待してるわよ、と俺の背中を軽く叩いてくる。

 マリーも賛成してくれたみたいだ。


「さっきから何の話をしてるんだ?魔速を超えるなど、無理に決まってるだろう」


 シュタインは俺の速さを知らないので、俺達をそう諭してきた。

 さて、シュタインに俺の靴の秘密を話すべきか。

 迷う所だな。話して協力を得られれば、役に立つアドバイスをたくさんもらえそうだが、国の上層部に伝われば面倒なことになる気がする。


「(どうしよう?俺の靴のこと、伝えるべきかな?)」


 困ったときは相談だ。

 俺は小声でマリーとチャーリーに聞いてみた。


「(私は伝えた方が良いと思う。シュタインさん、賢い人だし。協力が得られれば心強いわ)」


「(私もそう思う。シュタインは色んな情報持ってるし、頭脳も王国随一やからな。作戦に巻き込んで色々考えてもらったほうがええやろ)」


 二人は伝えた方がいいという意見のようだ。たしかに、協力を得られれば心強い。

 まぁ後々面倒になっても、逃げればいい話か。

 よし。


「実は、



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