059 港町オーシャナ
全部で19匹もいたエレファント・カニスターを討伐した俺達は、カニスターの裏側(胸)にある魔石を回収していた。カニスターというくせに小さなクリスタル型の魔石だ。Dランクの弱い魔物だからか、くすんだ緑色をしており、あまりキレイではない。
だが、これを5つ持って帰るだけでDランクに昇格できるからな。丁寧にやらないと。
「思ったより弱かったな。ファイアーアローで一撃やったやん」
魔石を剥ぎ取りながら、チャーリーがそんな感想を言った。
「そうだな・・でも、相性もあるのかもしれん。俺のナイフだと傷一つ付けられなかったし」
恐らく炎系の魔法に極端に弱かったんだろう。
何せカニだしな。
「それもそうやな。マリーがおってくれて良かったで」
「流石はマリーだぜ」
「えへへ。そんなに褒めないでよ~」
今日の功労者であるマリーを二人して褒めると、恥ずかしかったのか、顔を下に向けてそう言った。
でも言葉尻からも紅潮している顔からも、嬉しさが溢れ出ている。相変わらず褒められるのに弱いようだ。
そんな会話をしながら魔石の剥ぎ取りをしていると、数分ほどで全ての魔石を剥ぎ取る事ができた。
計19個。大量である。
「さて、魔石は収納袋に入れておくとして、こいつらをどうするかね?」
そう言って俺はカニスターの赤い甲羅を叩いた。
少量なら食べてしまおうと思っていたが、小象ほどの大きさのカニが19体である。流石に三人で食べ切れる量ではない。
「せやったら、港町のオーシャナに行かへん?」
「オーシャナ?」
ってどこだ?
俺はこの世界の地理については無知もいいとこだからな。
マリーなら知っているのかと思ってみてみたが、首を傾げている。どうやら知らないようだ。
「オーシャナはここから2,30分歩いたところにある港町や。色んな海の魔物や魚が売られてるらしいで」
ほう、港町か。面白そうだな。
それに海の魔物が売られているってことは、
「なるほど。そこでカニスターを売りさばこうって訳か」
「そういうことや!」
意図が通じたのが嬉しかったのか、チャーリーは俺とマリーを両手で指差して、声を弾ませながらそう言った。
意図したわけでは無いんだろうが、いわゆるゲッツの体勢になっている。この動き、幼女がやると可愛いな。
「良いわね。お金も手に入るし、港町の観光もできるし!」
マリーもチャーリーの意見に賛成のようだ。
まぁマリーはお金好きだし、喜ぶのは予想していたが、
「珍しいな、マリーが観光したいなんて」
そう、マリーが観光しようなんて言ったのは初めてなのだ。
ファンタジスタの周りにも小さな村や町があったが、今までは観光しようなんて言ったことがなかった。
それに、ファンタジスタで買い物した時の様子を見るに、そこまでのショッピング好きには見えなかったが。
「私、個性的な町で観光とか買い物するのは好きなのよ。ファンタジスタの周りにはありふれた町村しか無かったから」
なるほど。
個性的な町限定で好きなのか。
「港町なんて今まで行ったこと無いし、とっても楽しみねだわ」
そう言って、顔を輝かせるマリー。よほど気合が入っているのか、顔の前で握りこぶしを作っていて、遠足前のこどものような様子である。
俺も観光には大賛成だ。
せっかくの異世界の港町、こんなワクワクイベントを見逃せるはずがない。
ただ、一つ問題がある。
それは
「カニスターはどうやって運ぶんだ?」
そう、カニスターの運搬である。
小象程の大きさのカニが19匹だ。総重量は数百キロになるだろうか。とてもじゃないが一度には運べないぞ。
「問題はそこやな。仮に500キロあるカニスター達を、マリーのスキルで軽くしたとして・・・何キロくらいになるやろか?」
カニスターをどうにか一気に運ぼうとしているらしい、チャーリーの皮算用が始まった。マリーのユニークスキルを持ってしても、流石に数百キロの物を持てるまで軽くするのは無理だろう。
「30キロくらいに出来ると思うわ」
「えっ!そんなに軽くなるの!?」
凄くね?
前に人間2人分がやっとだって言っていた気がするが。
「最近Levelが上がったからスキルも強化されたのよ。持ち運べるくらいまでは軽く出来るはずよ」
「そうだったのか。マリーもめっちゃ成長してるんだな」
ガリウスを倒したことで、俺一人かなり成長した気になっていたが、成長したのは俺だけじゃなかったようだ。
「せや!そんなに軽く出来るなら、空飛んでいけるんやないか?私も風魔法のウインドで補助するし」
「チャーリーが補助してくれるなら、いけそうね!」
マリーとチャーリーはそう言うと、ハイタッチをした。
そして二人して、カニスターをロープでくくって一纏めにし始めた。
いや、まあ飛んで運べるのは嬉しいことではあるんだが。
「はじめ、ビックイーグルの剥製・・イグちゃんを出してくれるかしら?」
飛び立つ準備をしようとしているのか、マリーがそんなことを言ってきた。いや、テンション上がって剥製にあだ名付けちゃってるとこ悪いんだが、
「ウインドなんて魔法があるなら、俺も剥製に乗って空飛べたんじゃないか?」
そう。マリーの魔力では限界だからと、俺は空を飛ぶのを諦めたのだ。
チャーリーが補助出来るなら、俺も夢の空中飛行が出来たはずだ。そう思った俺は、俺はイグちゃんを収納袋から出しながら、チャーリーを問いつめた。
「よしっ!これで準備完了やな!」
だがチャーリーは俺の発言をスルーして、そんな事を言っている。しかしよく見ると、チャーリーの額からは、たらりと汗がたれていた。・・・こいつ、絶対ウインドが使えること忘れてたな。
まあ今回から乗れるなら良いか。
そう思って、荷造りを見守っていると、チャーリーとマリーの二人がイグちゃんに跨ってとぼうとしていた。
え、俺は?
「悪いなはじめ。このイグちゃんは2人乗りなんだ」
「いや、2人プラス19匹も乗ってるじゃねえか!あと1人くらい絶対乗せれるだろ!」
思わず俺がツッコんでいると、チャーリーがそのスキを付いてウインドを唱えて、飛んでいってしまった。
マリーもチャーリーのノリに流されたのか、ハイドロでイグちゃんを加速させ始めた。
「次は絶対に乗ってやるからな!」
飛んでしまったものはしょうがない。
俺は空に向けて次回の約束を取り付け(一方的)、二人の後を追って港町オーシャナへと向かった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
「ここが港町オーシャナか」
数分後、俺達は港町オーシャナの中にある道を歩いていた。
町並みはファンタジスタと違って、あまり整備されていない。雑多な家の集合体って感じの町だ。しかし、それぞれの家の屋根や外壁がカラフルに塗られていて、遠目から見るとある種のアート作品のようにも見える。面白い街だな。
あとはファンタジスタよりも獣人の割合が多い。道行く人達を見てみると、人間と獣人が半々くらいだろうか。港町ってことは漁師がたくさんいるんだろうし、力が強い獣人が集まりがちになるのかね?
ちなみにエレファント・カニスターは、俺とマリーの二人で持っている。マリーのスキルで30キロくらいになっているので、見た目ほど重くはない。
しかし、道行く人々には俺達が相当な力持ちに見えているみたいだ。冒険者らしき人たちが尊敬の目を向けてきているし、小さな子供もまるでヒーローを見るかのようなキラキラした視線をくれている。
ふふ、尊敬されるのも悪くないな。
・・トリックがバレたら一気に人気無くなりそうだけど。
「この先に市場があるみたいやな」
手ぶらで身軽なチャーリーが、俺達の案内担当だ。
カニスターの塊が大きすぎて、案内無しで歩いていると色んな所にぶつかって危ないからな。
「そうか。あとどれくらいで着きそうだ?」
カニスターを持っているのがだんだん辛くなってきた俺は、チャーリーに到着時間を聞いた。
もう既に腕がプルプルしてきている。
あと10分も持たないぞこれ。
「入口にあったマップからすると、あと5分くらいやと思うんやけど・・・あ、あそこや!」
そう言ってチャーリーが指差す方を見ると、オーシャナ市場と大きく書かれた門があった。その門の横には大量のテントが並んでおり、中が見えないようになっている。テントが集まって市場になっているらしい。
ちなみに、門は木製の手作り感あふれる物だが、高さがかなりあって威圧感がある。
・・・このカニスターの塊、あの門通れるかな?
あの門、高さはあるが幅が2メートルくらいしか無い。
カニスターは丸く固めてしまったので、かなり横幅がある。ぱっと見通れなさそうだが、
「おい兄ちゃん達!大型魔物の搬入口はこっちだ!」
俺が門の狭さにひよって歩く速度を落としていると、門の横からそんな声が聞こえた。
声のした方を見ると、体長が2メートルはあろうかという獣人の大男が、手招きをして俺達を呼んでいる。
「何か私ら、業者と間違われてへん?」
あの言い方からしてそうっぽいが、
「どうせこの門からだと入れないし、ここは乗っかっておこうぜ」
カニスターをバラすのも面倒だしな。
俺達は獣人のおっさんがいる方へと歩いていった。
「また大量の獲物だな!兄ちゃん達は、どこの組合の漁師だ?」
俺達がおっさんに近づくと、おっさんは長い髭の隙間から白い歯を覗かせながら、そんな質問をしてきた。
「いや、俺達は冒険者だ。うまいこと討伐出来たんで、売りに来たんだが」
「あー、冒険者の直売りか。それならあそこの青い門から市場入って、懇意にしてる組合に売っちまいな。初心者ならイタタコ組合がオススメだぜ。高く買ってくれる」
そう言うと、おっさんは奥の方にある青い門を指差した。
おっさんの指の先を見ると、そこにはさっきの門より遥かに大きい門があった。
あそこが大型搬入口か。
「おっさん、ありがとう!」
「おおきに!」
「ありがとうございます!」
俺達がお礼をいうと、おっさんは手を上げて応えてくれた。
そして最初の門の方へと歩いていった。どうやら通りすがりに助けてくれたようだ。
「そんじゃ、おっさんオススメのイタタコ組合に行くか」
「そうね。他に情報もないし」
あのおっさんはいい人っぽいしな。
という事で、俺達はイタタコ組合を目指すことにした。
おっさんに教えてもらった青い門をくぐると、そこは想像の何倍も広い市場だった。東京ドームくらいあるんじゃないか?
ファンタジスタにも市場はあるが、恐らくここの10分の1もないだろう。
取り扱っている商品も幅広く、見たこともない程カラフルな魚や、象くらいデカイマグロ、小さいドラゴンのような見た目をした魔物などが売られている。
「たった今あがったばかり!あの高級魚のエレファントマグロが銀貨10枚だよ!」
「ファンシー・イカのセールやってるよー!ゲソだけで銀貨1枚!まるまる一匹だと銀貨3枚だよ!」
「シーサードラゴンが入ったぞ!!早い者勝ちで金貨5枚!いま逃したら数カ月先まで入らないかもよ!」
周りからは、そんなおっさん達の声が聞こえてくる。おっさんたちはみな、頭に鉢巻を巻いて、たくましい体つきをしている。
それぞれのテントに組合の名前が書かれているのを見るに、漁師が直接売っているようだ。
「凄い活気やな」
「見ているだけで圧倒されるわね」
マリーとチャーリーの二人は、相当驚いているようだ。魚や魔物を売り買いするおっさんたちの様子を、ぼーっと見つめている。
「早いとこイタタコ組合探そうぜ」
二人に付き合ってあげたいところではあるが、俺は手の疲れが大きくてそれどころじゃない。あと2分も持たんぞ。
「そうね、私も手がチョット疲れてきたし」
どうやら、マリーはまだ少ししか疲れていないようだ。
男として謎の敗北感があるな・・・STRで負けてるからしょうがないんだが。
「お、言うてたらすぐそこにイタタコ組合って書いてある看板あるで」
チャーリーの言葉にうつむいていた顔を上げると、数m先にその看板はあった。
良かった。思ったより近い。
俺達が看板に近づくと、猫耳をつけた可愛らしいお姉さんが受付をしていた。猫人族だと思うが、フェルと比べるとかなり背が高く、170cmはありそうだ。
「こんにちは!冒険者の方でしょうか?」
お姉さんは俺達を見ると、ハキハキした声で話しかけてくれた。どうやら猫人族全員が滑舌悪いわけではないらしい。
「そうです。エレファント・カニスターがたくさんとれたので、売りに来たんですが」
そう言って、俺とマリーはエレファント・カニスターの塊を地面におろした。
「すごい量ですね!これだけのエレファント・カニスターを運べるなんて、お兄さん達、力持ちなんですね!」
「ふっふっふ、それほどでもないですよ(真実)」
「全部で何匹いるんですか?」
「19匹ですね」
ちなみにこのうち18匹を売る予定だ。
三人の食べる量を考えたら、一匹いれば十分だからな。
「19匹ですか!たくさんいますね。それなら・・・全部で銀貨60枚でどうでしょう?」
銀貨60枚か。
Dランクモンスターであることを考えたら、わりといい値段なように思えるが・・・
相場が分からないのでチャーリーとマリーの方を見たが、二人も分からないらしく、手をスッと差し出して「どうぞ」って感じのジェスチャーをしてきた。
俺に丸投げかよ。
「その金額でオーケーです。ただ、1匹は自分たちで食べる用に欲しいんですが」
「承知しました!それでは、1匹分のカニスターの身とカニスターオイルをお渡ししますね。解体料金はサービスしますので」
お、解体料なしで一匹分くれるのか。
こりゃ買取の金額、安めに言われたかな?
・・まあいいや、素直に好意でサービスしてくれたと受け取っておこう。
「ありがとうございます!ちなみに、エレファント・カニスターはどうやって食べるのがオススメなんですか?」
話しやすいお姉さんだし、気になっていたことを聞いてみた。
「カニスターの身は焼いて塩をかけて食べるのが一般的ですね。でも、私個人の意見を言いますと、お店でフリットにして貰って食べるのが好きです。カリッとして美味しいんですよ~」
なるほど、フリットか。
アッサリとした蟹の身を食べるのに、油であげるフリットは相性良さそうだな。
「ちなみにお店はブルジロード食堂ってお店がおすすめです。食材の持ち込みOKですし、調理している様子をみせてくれるので、食欲が湧いてより美味しく食べられますよっ!」
「それは良いですね」
ライブクッキングってやつだな。
市場を知り尽くしている(多分)お姉さんのオススメだし、そこで調理してもらうかね。
チャーリーとマリーの方を見ると、二人共強く頷いている。よっぽどカニスターのフリットが食べたいらしい。
「それでは、こちらがカニスターの身とオイル一匹分と、銀貨60枚になります。ブルジロード食堂は、このテントの前の道を進むと突き当りにありますので」
お姉さんはそう言って、銀貨が入った革袋と、カニスターの身が入ったズタ袋、そしてオイルが入った瓶を渡してくれた。
なかなか手際のいい人だな。
「ありがとうございます。行ってみます!」
「サンキュー姉さん!」
「ありがとうございました!」
さっきの話を聞いて、食欲はもう最高潮だ。
俺達はお姉さんにお礼を言って、ブルジロード食堂への道を競い合うようにして進んでいった。
次話は今日中に投稿予定です。




