052 史上最速の作戦 (Side ベロア)
「オーケー!行ってくる。マリー、しんがりは頼んだぞ!」
「任せなさい!」
マリーさんとそんなやり取りをした直後、はじめがガリウスの元へと走り出した。
はじめは信じられない程の速さで加速していき、一度まばたきした間にもう米粒程度の大きさになっていた。事前に聞いてはいたが、とんでもない速さだ。
動体視力の良い俺でも、はじめの動きは速すぎて、もやがかかったようにしか見えなかった。
正直、最初音速を超えられると聞いた時は、はじめが冗談言っているとしか思えなかったもんだが。こりゃ凄い。どうやらはじめは、俺が思っているよりずっと優秀な冒険者のようだ。
そして数瞬たった後、はじめはガリウスの元へとたどり着き、やつの首を跳ね飛ばした。
ガリウスは無警戒だったようで(音を超える速さで奇襲したんだから当たり前だが)、何の抵抗もなく首を切られていた。
「やった!成功だ!」
俺が思わずそう声を出した瞬間、爆音と共に強い衝撃が体を走り抜けていった!慌てて耳を抑えるが、耳がつんざくように痛い、頭も痛い。俺のような獣人は耳が良いからなおさらだ。
数秒の間、耳を抑えて堪えていると、音と衝撃が収まった。
どうやら終わったらしい。
「今のは何だったんだ?」
兵士たちが攻撃魔法でも使ったんだろうか?
だが、さっきほどの音と衝撃がこんな遠方まで届く魔法なんて、俺は知らない。
そんな俺の疑問にマリーさんが答えてくれた。
「さっきの音は、はじめの走行速度が音速を超えた時に出る衝撃波ね。全力で走ると出ちゃうから気をつけてって忠告してたわ」
音速を超えて走るとそんな物が出るのか。
そして、それをマリーさんは事前に聞いていたと。どおりで最初から耳を抑えていたわけだ・・・いや、はじめよ。俺にも一言忠告しておいてほしかったぜ。
「じゃ、私ははじめの治療に向かうわ」
そう言って、横においてあったビックイーグルの剥製にまたがるマリーさん。
「はじめがいないから、投擲役をベロアに頼めるかしら?」
「おう!任してくれ」
もちろん快諾する。
俺はビックイーグルの剥製を持ち上げた。しかしあまりの軽さにバランスを崩しかけてしまった。
見た目は人一人分と魔物一匹だから相当重そうなのに(決してマリーさんが重そうというわけではない)、実際持つと子供一人分くらいの重さだ。マリーさんの特技らしいが、イリュージョンみたいだな。
「【清き水を放出せよ、ハイドロ】」
マリーさんがそう唱えると、手から勢い良く水が射出された。
そして持っているビックイーグルの剥製が、推進力を得て前へ向かおうとする。俺はその力に乗っかるようにして、少し走った後、手を話した。
すると俺の手を離れたビックイーグルの剥製が、綺麗に広場奥の山の方へと飛んでいった。
その光景はどこが幻想的で心奪われるものだった。
空を飛べるって良いな。俺もいつかは飛んでみたいもんだ。
「ベロア様、広場の騒動を収めませんと」
俺がそんな事を思っていると、メロアが耳元でそう助言をくれた。
そうだ!物思いに耽っている場合じゃない。
はじめが作戦通りガリウスの首をとってくれたんだ。俺も作戦を完遂させないとな。
「いくぞ!メロア。チャーリーはいざという時のために、俺達の後ろで戦闘準備をしておいてくれないか?」
「承知いたしました」
「オッケーや!」
力強い返事だ。
俺はメロアとチャーリーを連れて、広場の方へと走っていった。
十分ほどかけて広場に近づくと(これでも急いだほうである。これだけの距離を6秒で移動するはじめは、やはり異常だ)、そこには混乱し右往左往している兵士たちの姿があった。兵士たちの多くが、はじめの衝撃波に耳をやられたのか耳を押さえていたり、ショックで転んで怪我したのか足を押さえたりしている。
俺の耳に、そんな兵士たちの声が聞こえてきた。
「治癒術士の数が足りません!」
「先ほどの衝撃で兵士の半数が鼓膜を破り、同時に発生した竜巻によって怪我をしているものもいます!」
はじめの走りによって、五万人もの兵士の鼓膜が破られたようだ。
更に竜巻まで発生したと。
まったく無茶苦茶なやつである。
続けて、兵士と上官の会話が聞こえる。
「隊長!ガリウス様の死亡が確認されました」
「見りゃ分かるわ!それより・・指示系統はどうなっている?バリアス様は何処にいらっしゃるのだ?」
「それが昨日の夜からガリウス様が命じられた極秘任務についているらしく、未だ帰ってきておりません」
「くそっ!こんな時に」
どうやら、総司令官を失い、副総司令官も居ない状況に誰もが困惑しているようだ。普通、戦争前ってのはもっと殺気立っているものだが、突然のトラブルにそれどころじゃ無くなっている。
チャンスだ。メロアに聞いた話だと、一部の過激派を除く兵士たちの大半は、今回のクーデターを快く思っていないらしい。ここで説得できれば戦争は阻止できる。
俺は誰もいない演説台の上に乗り、マジックアイテムのマイクを手に取った。
【聞け兵士たちよ!】
俺の言葉に、広場にいる兵士たちの視線が演説台に集まった。
喧騒とした広場に、一瞬の静寂が訪れる。
ここが正念場だ。
【我はクルーガー王国第二十八代第三王子、ベロア・クルーガーだ!】
俺のその宣言を聞いた瞬間、静かだった広場が兵士たちの声で埋め尽くされた。
「ベロア様って、先代王子の?生きていらっしゃったのか」
「王族がまだ居たとは。殺さないと」
「だが、ガリウス様が居ないんだぞ。もうそんなことしなくても」
「それ以前に、あいつは本当にベロア様なのか?もっと体が細かったはず。別人に見えるが」
よし、話を聞いてくれているようだ。
【ガリウスはある冒険者の手で断罪された!バリウスは邪神の手先によって操られていたからだ!】
これははじめ達に聞いた話だ。
最初はそんなことがあるのかと少し疑ってしまったが、はじめ達の真剣な表情見るに本当のことらしい。
俺のこの宣言に、先ほどは黙っていた兵士たちまで喋り始めて、広場は興奮に包まれた。
「おい!本当かよ!確かに、2ヶ月ほど前からガリウス様の様子はおかしかったが」
「そうだ!クーデターを企むような人では無かったはず」
「いや、それは良く考えすぎだろう。何年も前から王家への不満を口にしていたし、平民の扱いはひどかったじゃないか」
「でも、クーデターを起こせるほど器のデカイ男じゃなかった」
兵士たちは口々に自分の意見を言って騒がしくしている。
良いぞ、議論が起これば皆の思考が正常な方向に向く。そうなれば、ラース王国と戦争しようなんてバカな考えは捨てるはずだ。
【これより、軍の指揮は我がとる!皆の者、武器を捨てて戦争の準備をやめよ!】
広場を見つめて、そう言い放った。
みんな応えてくれ!
俺の思いが通じたのか、兵士達の間で肯定的な意見が出始めた。
「本当にベロア様なのか?だとすればもう、戦争にいく必要は無いのか?」
「妻と子供の待つ家に帰れる!」
「元のクルーガー王国に戻れる!」
広場の前の方からは、そんな言葉が聞こえてくる。
願いが届いたか!?
「いや、あの人がベロア様だったとしても。もはや王族ではない!我々の軍が最高意思決定機関のはずだ!」
「ガリウス様を殺されたからと言って、素直に王座を明け渡すわけにはいかん!」
「そうだ!第一、あいつが元王族ベロアの名を語る、他国の間者かもしれない!」
だが、過激派のそんな声で、肯定的な意見はかき消されてしまった。
くそっ、あいつら。
「元王族ベロア様の名を語る者よ!!真偽を確認するために、まずは同行を願えるだろうか!」
そして、多数の勲章バッチを胸につけた男が、俺の方に近づいてそう言ってきた。
「一番隊隊長のカニエ様だ!」
「総司令も副総司令も不在となると、カニエ様が指揮を取られるのも納得か」
広場からはそんな声が聴こえる。
一番隊のカニエだと!?
まずい、こいつはメロアから聞いた過激派の要注意人物だ!
この男に同行すれば、殺されてしまう。戦争も止められない。
だが、武力で抵抗するには勝ち目がないし、俺が王族だと示す証拠もない、どうすれば!
ふとメロアの方を見ると、覚悟を決めた顔で剣を抜いていた。
いや、それはダメだ。
10万人もの兵士を相手に、制圧なんてできるはずが無い。
そんな事を考えている間に、カニエとその取り巻きが演説台へと接近してきた。
もう刺し違える覚悟で行くしか無いか?
そう思った瞬間、
【下がれカニエ!ガリウス様亡き今、指揮は私がとる】
突然俺の後ろから現れた男が、カニエに向かってそう宣言した。
バリアスだ。
顔色からして全回復はしていないまでも、何とかここまで歩いてきたようだ。
【まず、今回の戦争は中止だ!ガリウス様が邪神の手先に操られていた可能性がある以上、この戦争に利があるのか、考え直す必要がある!】
バリアスが、迫力のある声でそう言った
だが、カニエから反論が入る。
「しかし、バリアス様!そいつは元王族ベロア様を語る間者の可能性があります。そのような奴の言うことを信じるなど」
【だとしてもだ!疑惑がある以上、まずはそれを徹底的に洗う必要がある。それにとある事情で、私はこの方がベロア様本人であるという確証を持っている】
バリアスが言っているのは、恐らく戦闘中に見せたビルド・クルーガーのことだろう。
詳細は王族と総司令官しか知らないが、技自体は兵士や国民に広く知れ渡っているからな。
「しかし・・」
【まずは、先ほどの竜巻等で怪我をした兵の治療を優先する。鼓膜を破っていないものは、負傷者に手を貸し王宮の治療所へと案内しろ!後で治癒術士を派遣する。手が空いたものは兵糧や移動砲台等の物資を、倉庫に片付けろ!】
カニエはまだ何か反論しようとしていたが、バリアスが無視して言葉を続けると、兵士たちはそれに従って動き始めた。
「ふぅ、バリアス様が戻ってきてくれて助かったぜ」
「あのお方に任せておけば安心だな」
兵士たちからはそんな声が聞こえてくる。
どうやら、俺が見込んだ通りバリアスは相当人望があるようだな。
おかげで戦争が回避できそうだ。
「感謝するぞ、バリアス」
俺は心からの感謝をバリアスに伝えた。
王族と宣言してしまった以上、頭を下げることは出来ないが、気持ちが伝わるようバリアスの目を見てゆっくりと伝えた。
「いえ、私の方こそガリウス様の暴走を止めていただき感謝します」
すると、バリアスの方も俺に礼を言ってきた。
暴走と言ったということは、さてはガリウスの様子がおかしいことに気づいていたな?
「ガリウス様が心を乱しているということは、以前から気がついていました」
まさか邪神の手先に操られていたとは思いませんでしたが、とバリアス。
「しかし、戦争孤児であった私を救ってくれたガリウス様を止めることは、私には出来ませんでした」
なるほど、命の恩を受けてか。
義理堅いやつだ。
だが、そんな義理堅いやつだからこそ、兵士に信頼されているんだろうな。
「後の事はお前とメロアに任せた。俺はファンタジスタに帰る」
こいつなら、この国を任せてもいいだろう。
もうバリアスを縛るガリウスはいない。
俺よりもよっぽど上手く、クルーガー王国を導いてくれるはずだ。
元王族の俺がいないほうが、スムーズに事が進むだろうしな。
「ベロア様!私は王族に仕える身、ベロア様と共に参ります」
メロアがそんな言葉をくれた。
こいつもまた、義理堅いやつなんだよな。
「なら、ベルグの事を頼んだ。あいつは俺のかわいい弟だ。立派な王になれるようにお前が導いてやってくれ」
俺がそう言うと、メロアは少し迷ったようだが、目を閉じて俺の言葉を反芻した後で、
「はい!」
と、気合が入った声で答えてくれた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
そして時が少し経った、三日後の早朝。
俺はファンタジスタの門の前で、メロアと向かい合っていた。
今日は雲一つない快晴で、旅立ちの日にはもってこいだ。
ベルグの旅立ちに、チャーリーも見送りに来てくれた。
「メロア。ベルグの事を頼んだぞ」
俺はメロアの目を見てそう言った。
メロアはベルグのことを優しく抱いて、俺と向かい合っている。
「承知しました。しかし、ベロア様は本当にクルーガー王国へ戻らなくて良いのですか?今なら王として戻る事が出来ますが」
メロアはまだ諦めていなかったのか、俺にそんな事を言ってきた。
ファンタジスタに帰還して以来、ずっと王になってくださいと説得されていたのだ。
王に推してくれる事は嬉しいが、十年前に王としての教育を辞めてしまった俺には、務まらんだろう。
「俺に王は似合わねぇよ。この町で筋トレやりながら、喫茶店の店員してる方が性に合ってる」
「そうですか・・」
メロアは言葉の上では納得しているようだが、顔に不満が出ている。
どうしても俺を王にしたいらしいな。
「俺よりベルグの方が王に向いてるさ!この歳で色んな所に連れ回されたって、夜泣き一つしないんだから」
な?とベルグに向かって話しかける。
すると
「ダァ!」
ベルグは握りこぶしを掲げて、俺の言葉に答えてくれた。
おお。良い気合だ。
本当に将来有望だな。
「かしこまりました。しかし、ベルグ様の様子を見る意味でも、たまにはクルーガー王国までいらしてください」
「わかったよ。暇を見つけていくようにする」
「ありがとうございます。その際には、国を挙げて歓迎いたします」
いや怖えぇよ。
普通に対応してくれるだけで良いから。
俺達がそんな事を話していると、迎えの馬車がやってきた。
クルーガー王国の紋章が入った大きい馬車で、見ただけで金がかかっていることが分かる。
「じゃあ、メロア。またな」
「はい。クルーガー王国を訪問される日を、心からお待ちしております。チャーリー様もぜひいらして下さいね」
メロアはそう言って、俺達に深く礼をする。
そして、名残惜しそうにゆっくりと馬車に乗り込んで行った。
メロアが乗り込んだ馬車はファンタジスタの門を出て、クルーガー王国の方へと向かっていった。
ずっとその姿を見つめていたが、やがて豆粒ほどのサイズになって見えなくなってしまった。
「ついに行きよったな」
チャーリーがゆっくりとした口調で、俺にそう言ってきた。
こいつもベルグをかわいがっていたし、寂しいのかもしれないな。
「そうだな。まぁ、今生の別れでもないし、また会えるさ」
俺がそう言うと、チャーリーは「そうやな」と同意を示してくれた。
今日のチャーリーは妙に静かだ。
ベルグとの別れを寂しがっているのか、それともはじめ達がいないと気持ちが盛り上がらないのか、あるいは両方だろうか?
「はじめ達は、どこ行ったんだろう?」
俺はこの3日間、何回も口にした疑問を再び声に出した。
そう。
今回の作戦、これ以上無いほど成功したはずなんだが、何故かはじめとマリーさんが未だ戻ってこないのだ。
「俺が王族になろうとした時に、話がスムーズに行くように気を使ってくれたんだろうか?」
あの二人は、今の俺の雇用主だからな。
自分たちがいることで、俺が王族として国に帰りたいと言いづらくなるのではと、心配してくれたのかもしれねぇな。
「いや、あいつらはそんな気遣いせんやろ」
特にはじめはな、と付け加えるチャーリー。
「大方、山に入ったは良いものの、帰る方向が分からずに迷ってるんやろ。一週間たっても帰ってこんようやったら、探しに行こか。ま、あの二人の逃げ足の速さ考えたら、心配いらんやろうけどな」
チャーリーはあくびをしながらそんなことを言った。
「そうだな。そうするか!」
あの二人が揃えば無敵だもんな。
ガリウスを倒すくらいだ。
逆にあの二人を焦らせる様な脅威があるんなら、見てみたいぜ。
「よっしゃ、今日はベルグの旅立ちを祝って、祝杯でも上げよか」
「良いね!フェルやメニスにも声をかけてみるぜ!」
しんみりとした別れなんて、俺達には似合わない!
クルーガー王国の発展と、ベルグの旅立ちを祝って飲み明かそう!
俺達ははじめ行きつけの居酒屋で、朝から朝まで飲んで騒いでの大宴会をしたのであった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
とある山の中にて
「テンション上がってきたーーー!!!!!!!」
ここは、クルーガー王国にあるアルフ山。強力な魔物生息し、クルーガー王国の民を苦しめていることで有名な山である。
そんな山に奇妙な出来事が起きている。
3日もの間、謎の男の叫び声が響き渡っているのだ。
「待ちなさい、はじめ!!3日もレベルアップハイが続くなんて。あんたどれだけレベル上がったのよ!?」
「テンション上がってきたーーーーー!!!!!!!!!!!ゴブリンドーン!!!オークをクラーッシュ!!!うおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
クルーガー王国の調査報告書によると、戦争を中止した日からアルフ山付近で魔物が見られなくなったという。
この出来事を、素晴らしい判断をしたバリアス達に神が与えた祝福だと、クルーガー王国民が讃えた。これが、長い間クルーガー王国を統治したバリアス総司令官とベルグ王の後押しをしたと言われている。
これにて第一章終了です!
思っていたより長くかかってしまいました。ここまで読んでくださった方、ありがとうございます!
一章の評価や感想など頂けると凄くうれしいです。
第二章は次の土曜日から投稿します。




