051 史上最速の作戦
「いよいよ作戦も大詰めだな」
あれから一時間ほど歩いて移動した俺達は、ついに式典会場に到着した。
今は会場近くの茂みの中に隠れているところだ。ここは、演説台を挟んで、兵士が集まる広場と逆側に位置している。台までの距離は4km弱。
ガリウスが台に登って演説をはじめたら、すぐに奇襲できるいい場所だ。ここからガリウスまでは、6秒ほどで到達できる。
式典会場なので、警備が厳重なのかと思いきや、そうでもなかった。
10万人以上の兵士が集結するから、警備員なんていらないだろって考えなのかもしれない。
「そうだな・・・あと三十分ほどで式典が始まるはずだ、気を抜かずに行こう」
ベロアはそう言って広場の方を覗き見ていた。釣られて俺も見る。
既に100人程度の兵士が広場に集まっていて、綺麗に整列していた。
体格のいい獣人の兵士が100人もいると、それだけでものすごい威圧感がある。これからこの1000倍以上の兵士が集まるというのが信じられない。
「お、他の小隊も集まり始めたな」
ベロアの視線の先には、100人程度兵士の集団がいた。
どうやら100人で1小隊らしい。
全然小さくない。こんなにいるなら大隊と言ってくれよ。
「これ、俺が奇襲に成功したとして、その後どうするんだ?」
俺は今更ながら、計画の甘さに気がついた。
ガリウスの首をはねた所で、こんなに大勢の兵を治めることが出来るのか?暴動が起こりそうだ。
あと、俺は間違いなく殺されそう。
「後のことついては考えがあるから安心してくれ。ただ、はじめは念のため・・・逃げてくれ」
そう言って、サムズ・アップしながら俺の方を見るベロア。
「いや、逃げろって簡単に言うけどさ」
10万人を相手取った鬼ごっこなんてしたことない。狂気の沙汰だぞ。
「音速を超えたはじめなら余裕で逃げ切れるだろう?」
・・一理ある。
「まあな。ただ、ガリウスの首をはねる時に、大怪我すると思うんだよな」
オークジェネラルを切りつけた時ですら、手がしびれるほどの衝撃を受けたんだ。
鉄壁の防御力を誇るガリウスを切りつけたら、俺の腕はどうなるか分からん。
一応、金貨10枚はたいて最上級のポーションは買ったが、腕がボロボロの状態で治療できるだろうか?
「それについては私に任せておいて!はじめが逃げた先まで、空を飛んで追っかけるわ」
そう言って胸を張るマリー。
マリーがいるなら心強いな。
空から探してくれるなら、俺がいくら早くても見失うこともないだろうし。それに、マリーの飛行速度もかなり速いしな。
「ありがとう、頼んだぜ!」
治療はマリーに任せよう。
「お、話してる間にだいぶ集まりよったで」
チャーリーの言葉に反応して再び広場を見ると、そこには既に数万人もの兵士たちが集まっていた。
戦争には10万人が動員されると事前に聞いてはいたものの、実際に目の当たりにするととんでもない迫力だ。
見ているだけで圧倒される。
「ガリウスも到着したようです」
俺達が兵士たちを見て圧倒されていると、メロアさんが演説台横の仮設テントを指差してそう言った。
見ると、仮設テントの中には鎧を身に着けた獣人の男(?)がいた。
が、遠すぎてよく見えない。顔の判別なんて無理だ。
メロアさんはよく見えるな。
「ほう、あれがガリウスか」
「悪そうな顔してるわね」
ベロアとマリーがそんな感想を述べる。
二人とも顔まで見えてるのかよ。視力ありすぎだろ。
不安になった俺はチャーリーの方を見た。チャーリーは目を凝らしてテントの方を見ていたが、顔は見えなかったのか首をかしげている。
良かった。仲間がいた。
「いまにでも奇襲できそうね」
マリーがそんな意見を言う。
たしかに、護衛も二人横につけているだけだし、今行っても成功しそうに見える。
「いや、やめておこう。ガリウスが着ている鎧は、王家に代々伝わる秘宝だ。どんな効果を秘めているかは聞いてないが・・・鎧を脱いで登壇する、演説の時に仕掛けたほうが確実だ」
しかし、ベロアのそんな意見で今から奇襲する案は却下された。
王家に伝わる秘宝はとんでもない効果ありそうで怖いしな。
やめておこう。
それから五分ほど待つと、準備が整ったのか先ほどまで聞こえていたガヤガヤとした音が消えた。
10万人ほどいる兵士はみな綺麗に整列して、一言も発していない。怖いくらいに静かだ。
まずいな。
兵士達の威圧感と、嫌な静寂で緊張してきた。
俺の奇襲が失敗したら、これだけの人数が戦争を始めてしまう。
戦争が始まれば、両国の兵士に加えて民間人にも被害が出る。この数倍の人が命を落とすだろう。その事実が俺の両肩に重くのしかかる。
元の世界に居た時も今も、俺はなんとなくで生きてきた人間だ。こういう時の緊張の抑え方なんて知らない。
そんな事を考えていると、やがて手が震えてくる。
くそっ、この手でガリウスの首をはねないと、成功させないといけないのに。
「はじめ、もうちょい力抜けや」
と、チャーリーが笑顔で俺の手を握ってきた。
その全く震えていない温かい手に握られていると、俺の手の震えも自然と収まってきた。
本当に、本当にこいつはプレッシャーに強いな。
今は、それがとてもありがたい。
「そうよはじめ。今までの任務と同じような気持ちで行きましょ」
マリーもそう言って、俺を励ましてくれた。ありがたい。
そう思ってマリーの方を見ると、マリーも緊張しているらしく、その手はメチャクチャ震えている。下手したら俺より震えが酷い。
・・・なんか、自分より緊張している人を見たせいか、緊張が収まってきたな。
「そうだ。失敗してもなんとかなるさ」
ベロアも俺の緊張をほぐそうとしてくれるらしい。
だが、ベロアも緊張しているのかその表情は堅い。
ベロアの言葉にコクコクと頷くメロアさんも、動きが固く操り人形みたいな不自然さがある。
うん、そうだよな。
こんな場面だ。誰だって緊張するさ。
そう思うと、少し気が楽になる。
「ありがとう、震えが収まった」
俺は皆にお礼を言って、最後にチャーリーの手をギュッと握って感謝を伝え、その手を離した。
「せやったら良かったわ。大舞台でこそ気楽にいくのがコツやで」
チャーリーの助言をありがたくいただく。
流石は神様だ、少女とは思えないほどの説得力がある。
「始まるみたいだぞ!」
ベロアの声に応じて広場の方を見る。
仮設テントにいたガリウスが、鎧を脱いだ状態で演説台へゆっくりと移動していた。
兵士たちは、膝をついた体勢でひれ伏している。
チャンスは一瞬。ガリウスが壇上に上がって、演説を始めたら直ぐに奇襲だ。
【良く集まった!我が兵よ!】
魔法で大きくしたガリウスの声がこちらまで聞こえてきた。
どうやら演説をはじめたらしい。
「今や!」
チャーリーが合図してくれた。
「オーケー!行ってくる。マリー、しんがりは頼んだぞ!」
「任せなさい!」
俺はマリーのその言葉を聞くと、ガリウスの元へと一気に走り出した!
この一ヶ月の修行で培った新走法でグングンと加速していく。アドレナリンが出ているのか、やけに物事がスローに感じる。
ストライドを大きく、足の回転数は速く。
俺の速度はギュンギュンと上昇していく。
もう俺の動体視力では、横の風景は視認できない。
2秒少したっただろうか。俺の足から衝撃波が出始める。
その音は大きい、爆音だ。
しかし問題ない。
この衝撃波がガリウスに到達する前に、追い越すことが出来る!
4秒ほど立っただろうか。
ついに超音速に達した俺の体からは、とめどなく衝撃波が出ている。
衝撃波が俺の体を目一杯押すせいで、全身の骨がきしむように痛い。
もうガリウスは近い。
俺はアマダント製のナイフを取り出して、右手で横向きに構える。
そして6秒程たった時、ガリウスを俺の目前に捉えた!
ついに来た!
俺はナイフを横向きに構えたまま、ガリウスの首に照準を合わし、体の真横をかすめるように走り抜けた。
その時!右手に経験したことのない程の衝撃が走った!
バキバキと手の骨が折れていく音がする。
その衝撃は体全体に伝わり、肋骨付近からもバキバキと言う音が聞こえる。
痛い!
全身をハンマーで殴られ続けているかのような痛み。痛みで死んでしまいそうだ。
だがここで止まる訳にはいかない。兵士たちに間違いなく殺されてしまうだろう。
俺は痛みで気絶しないように必死で意識を保ちながら、ひれ伏している兵士たちの横を走り抜け、広場奥の山へと消えていった。
・・・・・・・・・・・・・・・
「痛ってーーー!!!」
数十秒ほど走った山の中。
俺は座って、息を整えようとしていた。
しかし、出るのは悲鳴ばかりで全然息が整わない。
当たり前か、右腕と肋骨の骨が折れている。
「くっ、これポーションで元に戻るよな?」
あまりの痛みに、俺は不安になった。
明らかに通常の骨折ではない。骨がバラバラになっている気がする。
ポーションが怪我を治す理屈は分からないが、これは厳しいんじゃないか?
怪我の事を考えていると、気持ちがネガティブになる。
そして気持ちが落ち込んだまま、何とか息を整えると、次は強烈な倦怠感が襲ってきた。
思わず意識を手放しそうになる。
いや、ここで寝ちゃダメだ。
せめてマリーが来るまでは耐えないと。
マリー頼む!速く来てくれ!
「はじめ!良かった。見つかった」
すると、俺の願いが届いたのかマリーが空から現れた。
「こっちだ!」
手の触れない俺は、マリーに声で応えた。
すると、マリーはハイドロの水量を上手く調節して、俺が座り込んでいる位置に着陸した。
「ガリウスはどうなった?」
俺は一番気になっていたことを聞いた。
「成功よ!ガリウスの首は飛んで、あいつは死んだわ」
「そうか、成功したか」
俺は任務の成功に、少しホッとしてしまう。
すると緊張が解けたその瞬間、今までよりも断然強い痛みが襲ってきた。
「いっっ!マリー、治療を頼む」
「分かったわ!」
マリーは多くは話さず、素早く最上級ポーションを俺の体にかけてくれた。
すると、体の中からメキメキという音が聞こえ始めた。
その音に応えるように、痛みが消えていく。
どうやら、今回の骨折はポーションで治るようだ。
さすがは最上級。とんでもない威力だ。
数秒待つと痛みが完全に消えた。
すると、抗えない程の倦怠感が襲ってくる。
「悪い、寝ちまいそうだ」
「いいわよ。私が見張っておくから寝ちゃいなさい」
マリーはそう言うと、俺の手を掴んで眠りを促してくれる。
ありがとう。
俺は心の中でマリーにお礼を言って、倦怠感に身を任せ意識を手放した。
次話は今日中に投稿します。




