044 クルーガー王国のクーデター
俺達は、黒ローブを連れてベロアの部屋に帰ってきた。(黒ローブはベロアが担いで運んだ)
ベッドの上に寝かせているが、未だに意識を取り戻していない。
強くタックルしすぎたか?
「それで、この黒ローブの女は誰なんや?ベロアの口ぶりからして、知り合いのようやったけど」
俺も疑問に思っていたことを、チャーリーが聞いてくれた。
「こいつはクルーガーで王家の護衛をしていたメロアという者だ。俺も会うのは十年ぶりくらいだな」
ほう、王家の護衛してる人だったか。
王族とかじゃなくて少しホッとしたぜ。
「なんで王家の護衛人なんかと知り合いなんだ?」
色々と推察は出来るが、出来たらベロアの口から直接聞きたい。
「実はな・・・
何かを語ろうとするベロアだったが、珍しく言いよどんでいて、中々次の言葉が出てこない。
どう言おうか、何を言おうかと考えているらしく、部屋の中を歩き回っている。
そしてついには考えるのをやめたのか、ヒンズースクワットを始めた。
おい!早く言え!
「はよ言わんかい!」
俺の気持ちを代弁するように、チャーリーのツッコミが入った。
スクワットでベロアの頭が下に来た時に頭を叩いたので、もぐらたたきみたいで見ていて面白い。
どうでもいい情報だが。
「実は、俺は獣人国クルーガーの王子なんだ」
「「は!?」」
クルーガーの王子!?
ベロアが?
嘘だろ?
俺は王子をバイトでこき使っていたのか?
いやそれより、
「王子なのになんでファンタジスタで暮らしてるんだ?」
王子といえば王宮で色んな事を勉強する必要があるはずである。
しかも基本的に王宮の外には出れないと聞いたことがある。
間違ってもファンタジスタの町を半裸で闊歩したり、喫茶店でバイトするなんて許されるはずがないのだ。
「その辺りは色々と事情があってな」
それからベロアは、自分の半生を俺達に語ってくれた。
ベロアはクルーガーの王様と側室だった母親の間に生まれた子らしい。ただベロアのお母さんは体が弱い人で、出産の時に体力を使い果たして亡くなってしまったそうだ。
父親は母のない側室の子だから邪険にしたのかというと、そうではない。ちゃんと世話係のメイドさんと教育係の教師をつけて、王宮で何不自由なく生活させてもらっていたようだ(ベロアが病弱だったと言うのと、王としての仕事が忙しかったのもあって父親には2,3回しか会ったことがないそうだが)。
ベロアは病気で寝込んでいることが多くあったものの、メイドさん達と遊んだり、護衛達に話し相手になってもらったりと幸せに暮らしていたようだ。
そんな生活が変化したのは、ベロアが9歳になった時。正妻にベラスという男の子が生まれたのだ。
それまでは、クルーガー王家の王子はベロアしか居なかったらしく、王様が50過ぎと高齢なこともあって、このままベロアが王になるのではと言われていたらしい。が、正妻が男の子を産んだことでその流れが変わった。正妻の子ベラスを王様にしようという意見と、正妻の子はまだ幼すぎるからベロアを王にという意見で王国の中で派閥ができてしまったそうだ。そして、ベラス派の連中からベロアは嫌がらせを受けるようになったというのだ。
その現状を不憫に思った王様が、ベロアを王宮から遠ざけるために隣国の町ファンタジスタへと身を隠すように一計を案じたのだ。ベロアのために買った家と、教育係の教師、世話役のメイドと共に。
「なるほど、そんな事情があったのか」
この歳で持ち家を持っていたりと、不思議な所があるなとは思っていたが、まさかこんな秘密を抱えていたとは。
「はじめ達には正直に話そうと思った事もあったんだが、王族だと知って気を使われるのが嫌でな、言えなかった」
なるほどね。
「そうだったか・・・じゃあ安心していいぞ!ベロアが例え王族であっても、俺は全く気を使わないからな!こき使ってやるぞ!!」
というか王族に対する言葉遣いなんか分からんし!
そう宣言した俺を見て、ベロアは口を半開きにして放心した後
「ハッハッハ!!はじめらしいな!流石は俺が認めた男だ!」
と、膝をバシバシ叩きながら大爆笑しながら言った。
俺の失礼な物言いに対しても、この言動。やはりベロアはベロアだな。
王族でも関係無いぜ。
思わず俺もつられて爆笑してしまった。
「ちなみに、その世話役と教師役の人たちは何処におるんや?」
俺とベロアがひとしきり笑いあった後、気になったのかチャーリーがそんな質問をした。
「ああ、あいつらは二年ほど前に結婚してクルーガーへ帰っていった。その頃にはもう俺の病弱も治っていたしな。二人とも結婚後もここに残るって言い張っていたんだが、新婚のジャマをするのも悪いし、ちょっと一人暮らししてみたいって欲があったからな」
「そして一人の引きこもりが誕生したわけか」
「そういうことだ。いやー、引きこもるのが快適すぎてな。好きな時に寝て、食い、筋トレをする。気がついたら二年経っちまってたぜ」
ハッハッハと、笑いながら言うベロア。
いや、二年って相当な年月だぞ。
ベロアが楽しかったんなら、まあ良いんだけど。
っと、話してたら喉乾いてきたな。
俺は収納袋からコップを取り出し、ウォーターボールの水を入れた。
「ちょっと休憩しようぜ」
「せやな」
「お、美味い水じゃねぇか。ありがてぇ」
俺達三人は、ドートルウォーターで喉を潤した。
ふぅ、ベロアの半生は波乱万丈だったな。
映画の中の話みたいで、聞いてるだけで興奮してしまったぜ。
「しかしアレやなー、王様ももうちょっとベロアのために戦ってくれても良かったのにな。やっぱベニスを王にって言う、正妻派の意見が強すぎたんやろか?」
「そうではありません」
と、チャーリーの言葉に、若い女の声で否定が入った。
声のする方を見ると、護衛人のメロアが体を起こしていた。
「メロア?もう大丈夫なのか?」
ベロアが優しい声でそう言った。
「はい。お心遣いありがとうございます。ベロア様」
そう言って、胸に手を当て頭を下げるメロア。
礼儀正しいな。
もしくは王族にはこういう態度をとるのが普通なのか?
「それより、そうではないってどういうことや?」
チャーリーは先ほどの否定の言葉が気になったのか、メロアさんにそう質問していた。
「王様は、ベロア様が王になると、激務で体を壊してしまうのでは無いかと心配なさったのです。王の仕事は外交から、飢饉対策などの内政までその仕事量は膨大です。体力のある王ですら、かなり参っているようでしたから」
なるほど。
たしかに、親からすると心配になるな。
こんな激務を体の弱い子供に押し付けて良いのだろうかと。
「そういうことか」
チャーリーも納得したようだ。
ベロアはある程度は予想していたのか、そこまで表情に変化はない。
ただ心なしか、口がにやけている様に見える。
「それで、メロアさんは何で窓の外からこっち見てたんだ?多分あの赤ちゃんと関係があるんだよな?」
話が色んなところへ飛び火したので忘れそうになるが、元々は不審者としてメロアさんを捕まえたのだ。
俺はストレートに聞いてみた。
「ベルグ様がご安全にしているか、見守っておりました」
「ベルグ様ってあの赤ちゃんか?」
「はい。ベルグ様は昨年、王と正妻の間に生まれた王子でございます」
「「王子!?」」
思わずでかい声を出してしまう俺とチャーリー。
ベロアも声には出していないが、目を見開いていて相当驚いているようだった。
「何で王子様がこんな所に?」
しかも正妻との子だ。
ベニスに何かあれば、王になる可能性だってあるだろう。
そんな貴重な子供がいったいなぜ。
「実は先日、クルーガー王国ではクーデターが発生し、王族はベルグ様を除いて皆殺しにされたのです」
皆殺し!?
確かにクーデターがあったとゴリア達が言ってはいたが、そんな物騒なことになっていたのか!
「クーデターがあった時、ベルグ様は私達護衛とともに病院にいたため助かりました。しかしこのまま国内に居ては殺されると思い、こちらまで逃げてきたのです。国外に出る際に私以外の護衛は殺されてしまいましたが、何とかベルグ様を連れてくることが出来たのです」
そんな事があったのか。
クーデターがそんなに物騒なことだとは思いもしなかった。
俺が平和ボケしすぎなのか?
その後、メロアさんから詳しい話を聞いたところ、軍部のトップである総司令官が領地拡大を唱えて過激派の支持を集め、クーデターを引き起こしたらしい。
しかし総司令官は本来慎重な人で、クーデターを起こすような人では無かったという。1ヶ月ほど前の嵐が起きた日を境に、人格がまるで変わってしまったらしい。
不審に思った俺が、その日に何か異変は無かったか聞くと、嵐を起こした雲が紫色で不気味だったと言っていた。
これは、ひょっとして第二の試練が始まっていたのか。
「それで、何でベルグをベロアに託したんや?」
考え込む俺をよそに、チャーリーは平然とした様子で、そう聞いていた。
神様だからか、メンタルが強い。
「恥ずかしながら、頼れるところが他になく・・・また、私の顔はもうバレてますので、ベロア様とともにいると危険度が増すと考えて、部屋の前に置くという失礼な手段を取らざるをえませんでした」
「なるほど」
そう言う事情だったのか。
「どうかベルグ様をこのまま匿っていただけないでしょうか。クーデターの首謀者はベロア様の事を知りません、今ここが一番安全な場所なのです」
床に頭を付けて、そうお願いするメロア。
それに対してベロアは
「もちろん構わん。ただでさえ可愛かった赤ん坊が、弟だと分かって余計に可愛く思えてきた。クーデターを起こすような奴らに殺させはせん」
と即答した。
腕を組んで、真面目にそう言い放つベロアは、いつになく真剣で、王様と言われても信じてしまうくらいの貫禄と迫力があった。
正直、ベロアのことを見直した。
「ありがとう御座います!」
そう言って頭を上げたメロアさんは、何かを覚悟したような目つきをしていた。
何の覚悟だ?別にこれしきでベロアが罰を与えるなんて考えられないが。
「で、メロア。そんな真剣な顔をして、これからお前は何をするつもりなんだ?」
と、ベロアが低い声で言い放った。
どうやらベロアには察しがついているらしい。
メロアさんはベロアをみつめたまま、
「私はこれから、総司令官を討ちに行こうと思います。総司令官は一ヶ月後、この国に戦争をしかける気です。しかし国力が違う、勝ち目はありません。王国が滅ぶことになれば、亡くなった仲間と王家の方に顔向けできません」
と、強い言葉で言い放った。
そんな決意をしていたのか。
俺達より若い、この子が。
「王家の仇討ちを、お前だけにやらせるわけにはいかんな」
腕を組み、そう言い放つベロア。
「しかしベロア様!私以外の護衛はみな敵の手にかかってしまい
「俺が行く」
ベロアはメロアさんの言葉を遮ってそう言った。
「ベロア様を危険な目に合わせる訳には行きません!!私一人でいきます!」
ベロアの言葉に一瞬固まったメロアさんだったが、直ぐに我に返ってそう主張した。
「メロア一人で勝算はあるのか?」
しかし、ベロアにそう問われて言葉に詰まってしまう。
「俺なら勝算がある。王宮には王家の血族のみに伝わる隠し通路が作られている。そこから侵入すれば総司令官を闇討ちできるはずだ」
と、腕を組んだまま言い放ったベロア。
「しかし、総司令官は非常に強いです。Sランクモンスターを一対一で倒すほどの強さなのです。訓練を受けていないベロア様では勝ち目はありません!私が隠し通路から行きます!」
「ダメだ。隠し通路は王家の血をかざさなければ開かない。しかもメロアも護衛の専門家ではあるが、戦闘の専門家ではなかろう。戦闘なら俺と大差ないはずだ」
「しかし・・」
お互いが責任を感じるあまり、二人共譲らない。
「はじめ。申し訳ないがそう言うことだから、ベルグの世話を頼めないだろうか?」
「ベロア様!」
ベロアはもう完全に一人で行く気になっているようだ。
だがな。
「ダメだ」
「何!?」
俺の目を見て、信じられないという顔をするベロア。
「俺も連れて行け。戦闘なら冒険者の俺に任せろ」
「なっ、いやそんな訳にはいかん!これはクルーガー王家の問題だ!」
「そうです!他国の方を巻き込む訳にはいきません」
俺の言葉を、二人が一斉に否定してくる。
だがな、
「俺はベロアの雇い主だ。従業員の安全を守る義務がある」
「それとこれとは話が別だ!関係ない!」
「別ではない!・・それに、俺は総司令官を変えたやつを恐らく知っている。そいつは俺達の敵だ」
俺はベロアの目を見て強く言い放った。
俺達は目を合わしたまま、場が硬直する。
束の間の静寂が訪れた。
「諦めたほうがええで。こうなったはじめはもう止まらへんからな」
静寂を壊したのはチャーリーだ。
事情を知っているからか、そんなフォローを入れてくれた。
「ベロア様。ベロア様が行くと決めた以上、味方は多い方がいいと思います」
ベロアの決意が変わらないと悟ったメロアさんも、こちら側についたようだ。
多分メロアさんはベロアの安全が一番大事なんだろう。
ベロアはまだ迷っているようだ。
自分一人で行きたい気持ちはある。
しかし、総司令官を倒すには自分ひとりでは難しい。
目をつむり腕を組み、数分ほどそのままの体勢で固まった。
そして。
「・・・・すまない、はじめ。協力をお願いできるだろうか」
「もちろんだ!」
ベロアは俺達との共闘を選んでくれた。
この瞬間、ここにクルーガー王国救済チームが結成された!




