002ファンタジスタの宿屋
あれからエドウィンに別れを告げて、ブルーオーシャンへ向かっている。既に夕方になっており、辺りはうす暗い。
しかし、エドウィンが詳しい地図を書いてくれたので、初めての町でも迷わずに宿に迎えている。やはりあいつは良い奴だな。
せっかくなので、町並みを見ながら歩いている。このファンタジスタという町は、一言で言うと活気のある下町のような雰囲気だ。そこら中を子供が走り回っているし、道路に面した魚屋や肉屋から威勢のよい言葉が聞こえてくる。
「安いよ安いよー!今ならあの高級魚のエレファントシャークが銀貨5枚だよ!」
「オーク肉のセールやってるよー!ブロックで普通のオークが銀貨1枚!オークジェネラルは銀貨10枚だよ!」
まあ売ってる魚や肉の名前が、日本の下町じゃありえないものばかりではあるが・・・魔物って食べられるんだな。
魚屋や肉屋以外にも、いろんな店がある。特に多いのが、武器屋や防具屋・素材屋なんかだ。エドウィンが冒険者の町って言っていたし、需要が高いんだろう。
面白い店だと、魔法書店や剣術道場なんかがある。こういう店を見ると、剣と魔法のファンタジーワールドに来たことを実感するな。
そんな感じで、フラフラと歩いていると、数分ほどで目的の宿に到着した。ブルーオーシャンと書いてある青い看板を掲げている。外装はきれいで清潔感があって好感が持てるな。
入ってみるか。
「いらっしゃいませ!」
宿の中に入ると、可愛い声が迎えてくれた。しかし、声がした受付台の方を見ても誰もいない。幻聴?
あたりを見回してみると、右には二階への階段があり左側は飲食店になっていた。どうやら宿泊者はここでご飯が食べられるようだ。
「うんしょ、よっ」
宿屋の中を眺めている間に、受付台から女の子が顔を出した。歳はおそらく8-10歳くらいの幼い子どもだ。茶色い髪をボブカットにしていて、赤いエプロンをつけている。童話の赤ずきんちゃんみたいな見た目をしている、めちゃくちゃかわいいな。養子にしたいくらいだ。
「はじめまして。ブルーオーシャン受付のルリです。おきゃくさまは泊まるかたですか?おしょくじですか?」
可愛い声で、そう聞いてきた。いやほんとかわいいな。可愛すぎて語彙力がなくなってきた気がする。この世界の宿屋の受付はみんなこんなに可愛い子どもなのか?
「はじめまして。俺は、はじめ。エドウィンさんの紹介で、泊まろうと思ってきたんだが、」
そう言うと、ルリちゃんは手を口に当てて驚いた。かわいい
「エドウィンさんのご紹介ですか!珍しいですね。それなら、一泊銀貨2枚で泊まれます。食事は朝と夜を両方つけると銀貨1枚です。」
なるほど。朝晩の食事で銀貨1枚ってことは、銀貨1枚あたり1000-2000円って考えていれば良いのかな?エドウィン割がどれだけ効いているのか分からないので、正確には知らんけど。
手持ちで銀貨10枚あるし、とりあえず二泊分とっちゃうか。
「じゃあ二泊で。ご飯は朝と夜2日ともつけといてね」
そう言いながら、銀貨を六枚手渡す。
「はい。わかりました!お風呂は夜10時までならいつでも入浴可能です。タオルがいる場合は銅貨一枚です!」
「うん、わかった。食事はいつ食べれるのかな?」
「朝は七時以降、夜の五時以降ならいつでも食べられるよ!いま六時だから夜ご飯はすぐにでも大丈夫です!」
5時以降ならいつでも良いというのはありがたいな。
やはり冒険者は生活が不規則な人が多いんだろうか。
「じゃあ、夜ご飯は1時間後にお願いするよ」
「うん、わかりました!鍵はこれね、二階の突きあたりのお部屋です!」
そう言って、ルリちゃんから鍵を受け取る。おお、鍵の形が宝箱の鍵みたいなやつだ。ファンタジーっぽくて楽しいけど、これ針金とかで簡単に開けられそうで怖い。
鍵を受け取った俺は、二階に上がって部屋に入った。室内は8畳くらいだろうか。ベッドと机が置いてあるシンプルな部屋だ。清潔にしてあり、ホコリも無いから過ごしやすそうで良いね。机の上にはメモ用紙みたいなもの(かなりざらついているし茶色い)数枚と鉛筆が置いてあるし、ちょっと原始的なビジネスホテルみたいだな。なんとなくこういう世界は紙が貴重品のイメージがあったけど、そうでもないんだろうか?
よし、ちょうど良い空き時間も出来たし、今までに得た情報とこれからすべきことをリストアップしてまとめておくか。この世界、少しミスしたらすぐに死んでしまいそうだし、できることはやっておくべきだろう。
・・・・・
思ったより時間がかかったが、なんとかまとめることが出来た。
分かったこと
・この世界はゲームのような世界で、魔物もいれば魔法もある
・ステータスカードと収納袋は神様(?)の言った通りちゃんともらえた
・ステータスカードで確認した俺の能力値はめちゃくちゃ弱い
・来ている服もレアアイテムとして、持って来ることが出来た。しかし、靴以外は大した効果はなかった
・靴に関しては、何故か神の靴になっていた。(見た目はただの瞬◯)
・この靴を履いていると、俊敏性が100倍になる。
・しかも、走っている間疲れにくくなる(地球での俺だったら、全力疾走したら1分しないうちにへばっていたはずだ)
・この靴は冒険者として生きていくにしても、他の仕事をするにしても非常に役に立ちそうだ。
するべきこと(優先度高い順)
・門に行ってエドウィンから狼の売却金額を受け取る
・冒険者ギルドに行って、冒険者の登録をする
・弱い魔物を倒してレベルを上げる。
・この世界のことをもっと詳しく調べる
・信頼できる仲間を作る
・この世界に転生した他の地球人は居ないのかを調べる
こんな感じかな。分かったことに関しては、やはり瞬◯が神の靴になっていたことが一番インパクト大きいな。貧弱な俺がこの世界で生きていく生命線になりそうだ。絶対に手放さないようにしよう。
これからすべき事では、せっかくだからやはり他の地球に住んでた人を探したいところだ。最も、こんな危険な世界に転生する人って、そんなに数は居ない気がするし、居てもすぐ死んでいる気はする。
俺も神の靴が無かったら間違いなくあの狼に食われていた。
「はじめさーん、ご飯できましたよ」
俺が考えをまとめていると、ルリちゃんの声が聞こえてきた。
「わかった!今行く!」
そう言って、下に降りるとテーブルに食事の準備がしてあった。
今日のメニューはオーク肉のシチューだった。付け合せのパンは固くてパサパサしていたので食べづらかったが、シチューは絶品で特にとろとろになるまで煮込まれたオーク肉が最高にうまかった。この世界に住む上で食事が合うかが一番心配だったけど、これなら楽しく暮らしていけそうだ。
腹が減っていたこともあって、十分ほどで食べ終わってしまった。
「最近、魔の森で高レベルの魔物が出すぎじゃないですか?」
「ああ。あの森は本来ゴブリンなんかのF~Dランクの魔物しか出ないはずなんだがな」
声のした方を見ると、血で汚れたマントを羽織っている魔術師のような男と、袖のない服を着た筋骨隆々のヒゲオヤジが居た。会話の内容から察するに二人は冒険者で、ヒゲオヤジのほうが先輩なのかな?
有用な情報を聞けるかもしれないので、聞かせてもらうことにしよう。
「俺達は良いとしても、FやEランクの奴らが不安だな。Dランク程度の魔物なら、逃げに徹すれば大丈夫だがCランクの魔物ともなると、逃げることすら出来ないぞ」
そう言って、ビールのような物をあおるヒゲオヤジ。
「そうですよね。今日なんかビックマウスウルフが出たらしいですよ。」
「何!ほんとか!?あいつ頭は悪いが、Cランクの中でもかなり強いやつだぞ」
そう言って、ヒゲオヤジはビールを飲む。
「ええ。さっきギルドにクエスト終了の報告に行ったときに、エドウィンがビックマウスウルフを売りに来ていました」
「ん?あいつビックマウスウルフを倒せるほど強かったか?」
そう言って、煮豆のようなものをつまんだ後ビールを飲むヒゲオヤジ。それにしても、このヒゲオヤジ凄い勢いでビール飲んでるな、すごい酒豪だ。ドワーフかなんかか?
「いや、エドウィンは代理で売りに来ただけらしいですよ。なんでも魔の森の方からビックマウスウルフに追われた奴が走って来たらしく、慌てて門を閉めたらウルフが門に激突したんだと言っていました」
「やっぱあの魔物は頭悪いな!」
「ええ」
ビールがなくなったらしく、ヒゲオヤジが追加の注文を頼んでいる。このヒゲオヤジと魔術師(仮)、下のランクの心配してたのを見るに良い奴らみたいだし、話しかけて知り合いになるも悪くないな。
「でも、ビックマウスウルフから走って逃げられる奴がいるとは驚いたな。そのくらいの俊敏性持ってるとすると、Bランクはありそうだが。そんな奴この町にいたか?」
「それは僕も気になっていました。エドウィンも初めて見た顔だったと言っていたし、他の町の冒険者かもしれないですね」
「その駿足で格好良い冒険者に興味があるのか?」
俺は意を決して話しかけてみた。
「いや、格好良いとは誰も言っていないが・・・というか誰だあんた?」
ヒゲダルマが怪訝そうな顔つきでこっちを見てきた。
「はじめまして、俺の名前ははじめ。さっき話に出てた、ビックマウスウルフから逃げてた奴だ」
「おお、お前だったのか!どんな奴なのか気になってたところだ!」
そう言って、ヒゲダルマは隣の椅子を叩いた。座れと言っているのだろう。ここは素直に従っておこう。
俺が席に座ると、ヒゲオヤジも自己紹介してきた。
「俺の名前はゴリア、種族はドワーフだ。そんで、こっちは冒険者仲間のガウディだ。ちなみに二人ともBランクの冒険者だ。よろしく!」
そう言って、ゴリアとガウディが手を差し出してくれたので、握手した。ガウディは日本人と変わらない体つきだが、ゴリアはめっちゃ手がデカイ。俺の倍くらいある。
「ちなみに、どうしてビックマウスウルフに追いかけられていたのか、聞いても良いかい?」
ガウディが興味津津で聞いてきた。
「魔の森の向こう側にある田舎町で暮らしていたんだが、冒険者になりたくてな。冒険者になるならファンタジスタだろってことでこの町に向かってたんだが、その途中であの狼に出会ってしまってな・・・勝てそうになかったから逃げてきたんだ。」
俺はこういった時のために考えた設定を言うことにした。
異世界から来たことは、この世界に慣れるまでは言わないでおこう。
「そうだったのか。それは、不運だったな。普段あの森にはそんな強い魔物は出ないんだが」
「まあ良い経験だったと考えることにするよ。幸い怪我もなく逃げ切れたし」
「それが凄いよな。ビックマウスウルフはかなり素早いから、まだ冒険者にもなってない奴だと、到底逃げ切れないはずなんだがな」
そう言って、探るような目でゴリアが俺を見てきた。
「まあ逃げ足には自身があるからな。俺の逃げ足の速さは村一番だったし、お前なら魔王からでも逃げられると村長のお済みつきを貰ったこともあるんぜ!」
おれはドヤ顔でそんな大嘘を言った。
「いや、それ誇れることじゃねえし!・・・まあいいや。俊敏性だけが異常に高いやつって事にしとこう!」
「その認識であってると思うぞ」
なにせ神の靴の補正が無いとゴミみたいなステータスだからな。Lv1だし。
「ちなみにゴリア達のレベルとかステータスはどれくらいなんだ?実は冒険者には憧れていたが、田舎すぎて情報がほとんど無くてな。どんなランクにどの位の強さの人がいるかとか、全く知らないんだ」
「田舎だと確かに情報無いかもな。いいぜ、教えてやろう。俺はLv45だ!武器は斧で、魔法はほとんど使えないな。能力値とかスキルなんかは冒険者同士では教えないのが礼儀だから、聞かないほうが良いぜ」
なるほど。冒険者同士にもマナーが色々とあるらしい。こういうことは覚えておかないとな。
「私はLv40です。魔術師で火魔法と治癒魔法が得意ですね。ゴリアさんが前衛で私が後衛でやってます。もう一人シーフでCランクのリザって子がいるんですが、今は里帰り中なので来週までは居ないですね」
なるほど、三人チームだったのか。魔術師に戦士にシーフ。バランスが良いチームだな。
「ちなみに、チームを組む場合は同じランクじゃなくても組めるのか?」
気になったので聞いてみた。
「教えてやっても良いんだが、その辺のルールは冒険者登録したときに嫌でも聞かされるからな。近いうちに登録するんなら、そのときに取っておいた方が眠くならなくて良いと思うぜ」
「ちなみにこの人は初回の説明の時に眠って、ギルド長にしばかれてましたからね」
「うるせぇ!」
そう言って、ゴリアがガウディの頭を叩く。
なるほど。
どうせ明日には登録に行くし、その時で良いか。
「なるほどな。じゃあ・・・」
そこから先は、終始飲みながら雑談をした。ゴリアが一流の冒険者になるための心構えを教えてくれたり、ガウディが魔法の素晴らしさを力説したりと、異世界チックでなかなか楽しい飲み会になった。
日付を跨いだあたりで、食事処が閉店になったので二人と別れて部屋のベッドにダイブした。風呂にも入って無ければ、明日の予定も決めれてないが、とりあえず寝よう!
そんな自堕落なことを思っていると、やはり初めての異世界で疲れていたのか、一瞬で意識が落ちていった。