021 喫茶店を始めよう(5)
トンネルを抜けると、そこは絶景の国でした。
キラキラと日の光を反射しながら流れる川に、赤い葉の木で色づいた小山。
小山から吹き下ろす風は、ほのかに甘い匂いを運んでくる。
どこかに果物でも成っているんだろうか?
匂いの元を探して、小山を登ってみることにした。すると、2・3分ほど山を登ったところに、少し開けた場所があった。
そこには、山を埋め尽くす赤い葉の木よりも、少しだけ背の低い木が階段状に広がっていた。
木にはルビーのように綺麗で真っ赤な実がなっている。
夜にホタルが光っている時のように、赤い実が陽の光を反射してキラキラ光っている。
素晴らしい光景だ。
そして、その木の側にはやたら興奮しているヤギが3頭
・・・・ヤギ?
「メェェェェ!」
「メェェェェー!!」
「みゃぁぁぁぁぁ!!!」
うおっ!めっちゃテンション上がってる!
メグさんの言っていたハイテンションなヤギはこいつらか。
「「「めぇぇぇぇぇ!」」」
俺が急な光景の変化に追いつけずにいると、ヤギ3頭が俺を目がけて走ってきた。
「まじか!ヤバッ」
俺は全力で逃げることにした。
腕を必死に振ってどんどん加速してゆく。
そして、数秒ほど走って後ろを振り返ってみると、もうヤギは来ていなかった。
・・・まあ考えてみれば只のヤギだもんな。あまりのハイテンションにビビってしまったが、ヤギってそんな危険な生き物じゃなかったな。逃げる必要もなかったかもしれん。
なんか恥ずかしくなってきたな。
戻ろう。
再び開けたところに戻ってくると、既にヤギは何処かへ行っており赤い実がなる木があるだけだった。
「よしっ、今のうちに採集してしまおう」
おそらく状況証拠から考えて、コレがコーヒーの木で間違いないだろう。
赤い小さい実で、隣には興奮するヤギ。
役満である。
俺は黙々と赤い実を取っては収納袋に入れていった。
・・・
「よし、大漁大漁!」
30分ほど採集を続けると、収納袋にパンパンになるくらい沢山の実を取ることが出来た。
コレだけあれば、数百杯はコーヒーが淹れられるだろう。開店の準備としては十分だ。
「さて、戻ろう」
もっとキリマウンテンの内側を探検したいという思いもあるが、マリーを外で待たせているし、あまり遅くなるのも悪い。
ということで、俺は山を下ってトンネルがある位置まで戻ってきた。
俺が戻ると、ちょうど間欠泉のタイミングだったらしく、トンネルからお湯が吹き出ていた。
まあこの厄介だったトンネルも帰りは楽だから、それほど気張らずに帰ることができそうだな。
「俺の方が速いし」
威力が凄いとは言え、スピードでいえば時速数十km程度である。
ジョギングでも勝てるわ!
間欠泉が終わったタイミングで、ジョギング(時速100km位)をしながらトンネルに突入して出口を目指した。
そして数分後、俺は無事トンネルの外まで戻ってくることが出来た。
出口横にある木には、マリーが目を閉じてもたれかかっている。
「ただいま!」
俺がそう声をかけると、マリーが体を震わせて目を開けた。
どうやら寝ていたらしい。
「おかえり!まさか本当に成功するとは思わなかったわ・・・中はどうだった?」
マリーが少しテンション高めにそう聞いてきた。顔を見てみると、少し赤みがかっている。寝ていたのを見られたのが恥ずかしかったのか?
「ああ!絶景だったぞ。木は赤く色づいていて綺麗だし、川も澄んでいて素晴らしかった。」
「へー。そう言われると行ってみたくなるわね」
まあ私には無理そうだけど、とマリー。
「二人で行く方法はまた追々考えることにしよう。それより、中を探検していたらコーヒーぽい赤い実があったんだ!これで、喫茶店のメニューにコーヒーを加えることが出来るぞ!」
早く実を取り出して・焙煎して・砕いてコーヒーを淹れねば。
久しぶりにコーヒーが飲めるかと思うと、テンション上がってきたぜ。
「そうなんだ!じゃあ、直ぐに戻って淹れてみましょう!」
「そうだな!」
ということで、俺達はファンタジスタに帰ることにした。
これで理想の喫茶店をオープンできそうだぜ!
・・・
「あ、はじめさん、マリーさん。いいところに」
俺達がファンタジスタに帰ると、門の近くにいたリリーさんが声をかけてきた。
「こんにちはリリーさん。どうしたんですか?」
今は何も依頼は受けていなかったはずだが。
「実は、今さっきギルドの喫茶店の従業員募集張り紙を見て、応募したいと言っている人が来てまして」
お、そうなのか。
これで上手くいけば従業員不足の問題も解消できそうだ。
「そうなんですか。人が足りてないんで嬉しいです。ちなみにその人はどちらに?」
「今はギルドの飲食スペースでお昼ごはんを食べています。食べ終わったらドートル喫茶まで行くように伝えておきましょうか?」
「ありがとうございます。お願いします」
さすがリリーさん。気が利く人だ。
「ちなみにどんな人だったの?」
マリーは早速応募者が気になっているみたいだ。
「線の細い男の人で、真面目そうな人でしたよ」
「へー。真面目な人なら言うことないわね」
俺も同意。
真面目なのは良いことだ。
なにせ、今まで採用した従業員はクセが強すぎる人たちばっかりだったからな。
ツッコミ役がほしい所だったんだ。
それから俺達は、リリーさんに別れを告げて喫茶ドートルまで帰ってきた。なんかこの黄色い文字の看板を見ると落ち着くようになってしまったな。もはや、ここが俺達の家みたいだ。(実際はこの喫茶店には居住スペースが無いので、俺達はまだブルーオーシャンに住んでいる)
「「ただいまー」」
ふう、色々あって疲れたぜ。
とりあえず、採集したコーヒーの実を取り出さないとな。
ここから種を取り出すはずなんだけど、どうやってやるんだろう?それ用の機械とかなさそうだし、手で一つ一つやるしか無いのかな。
「はじめ!採ってきたコーヒー?だっけ。どんなやつか見せてよ」
そう言えばまだ見せてなかったな。
「おう。コレがそうだ」
俺は収納袋から一掴み分のコーヒーの実を取り出して、カウンターへ置いた。
「へー!キレイな実ね!宝石みたいだわ」
マリーが目を輝かせてコーヒーの実を触っている。
こういうところを見ると、マリーも女子力が高いよな。
「そうだろう。だがコレは綺麗なだけじゃなくて、味も相当美味しくてな。まずはコレを [コンコンッ] 」
俺がコーヒーのうんちくを語ろうとした所で、喫茶店の扉がノックされた。
どうやらリリーさんが言っていた応募者が到着したようだ。タイミング悪いな。
「はーい。少し待っていてください」
俺達は一旦コーヒーの実をカウンターの隅に寄せて、面接を実施することにした。
「お待たせしました」
応募者の人を出迎えるために、俺は喫茶店の扉を開けた。
するとそこには、リリーさんが言った通り線の細い男の人が居た。髪は黒髪で少し長めにしており、目が青い。顔が整っていてエルフみたいだ。(耳は尖ってないので人間だとは思うけど)
服装も布製の長ズボンと長袖のシャツ(っぽい縫製の服)を着ているので、金持ちの家にいる執事みたいだ。
「はじめまして。私の名前はメニスと言います。応募のチラシを見て興味を持ってきました」
おお、丁寧な言葉を話す人だな。
これなら接客も問題なさそうだ。フェルは滑舌、ベロアは見た目が接客業向きじゃないからな。
助かるぜ。
「はじめまして。私は店長のはじめです。そしてこちらが副店長のマリーです」
どうぞよろしく、と三人で頭を下げあった。
「それではこちらへどうぞ」
「はい。失礼します」
俺がメニスさんを席まで案内すると、キビキビと腕を振って着いてきた。
本当にまじめな人なんだな。俺がこんなに堅い歩き方したのって、卒業式くらいだぞ。
まあ、真面目過ぎる分には問題ないが。
三人共席についたので、面接を始めることにした。
ちなみに席の配置はフェルを面接したときと同じで、俺とマリーの向かいにメニスが座る感じだ。
「それではまず、年齢と今までの経歴を教えてください」
「はい。年齢は22歳です。16歳の時に王都銀行に勤め始めて、去年まで働いていました」
おお、銀行マンだったのか。道理で見た目からインテリっぽさが漂っているわけだ。
「なるほど。ちなみに銀行を何故退職されたのかお聞きしても良いですか?」
「はい。銀行ではかなり忙しい日々を送っていたのですが、昨年体調を崩してしまって、退職しました」
あー、銀行の仕事ってかなり体力要るって言うもんな。
まあ日本の銀行と同じかは分からんけど。
「そうだったんですね・・ちなみに、銀行ではどんなことをしていたんですか?」
日本の銀行との違いが気になったので、聞いてみることにした。
「・・・・・・・・・・」
なんか黙ってしまったぞ。
そんなに人に言えないことをしていたんだろうか?もしくは守秘義務が強い仕事かな?だったら悪いことを聞いたかもしれない。
「すいません、質問を変えます。この喫茶店の従業員に応募した理由はなんですか?」
「はい。応募理由は2つあります。一つは週1・2日という勤務形態が今の私に適していたということです。そしてもう一つは、喫茶ドートルの人々を笑顔にするという理念に共感したからです」
・・・この喫茶店に企業理念なんてあったかな?
まあいいや、ドートル爺さんがどっかの書類に書いたのかもしれん。
「なるほど。ちなみに接客業の経験とかってありますか?」
真面目そうな人柄は分かったことだし、後は接客業の経験があれば問題ないだろう。
少し態度が堅すぎる気もするが、そこは追々取れていくだろうし。
「・・・・・・・・・・」
また黙ってしまった。
今度は原因が分からんぞ。接客業の経験があるかどうかなんて、直ぐに応答えられる気がするんだが。
・・・少しこのまま待ってみるか。
メニスさんが答えてくれるまで、こちらからは何も言わず待つことにした。
そして数分後、俺達はまだ無言のまま向かい合って座っていた。
不思議な時間だなコレ。
「あの、16歳までは何をなさっていたんですか?」
沈黙に耐えかねたのか、マリーが再び質問した。
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
だが、やはり沈黙が返ってきた。
うーむ、どうすれば良いんだこれ。
「(ねぇ、はじめ。私何かまずいこと聞いちゃったかしら?)」
「(いや、普通のことしか聞いていないと思うが)」
答えてくれる質問と、黙る質問の違いが分からない。
「えーと。今のところお伺いした内容が、年齢と経歴と
「はい。年齢は22歳です。16歳の時に王都銀行に勤め始めて、去年まで働いていました」
俺が喋っている途中で、食い気味にそう答えてきた。
ん!?デジャブか?
最初に聞いたことと同じことを言われた気がするぞ。
「それは、もう知っています。あと応募理由も伺ったので
「はい。応募理由は2つあります。一つは週1・2日という勤務形態が今の私に適していたということです。そしてもう一つは、喫茶ドートルの人々を笑顔にするという理念に共感したからです」
・・・また同じ様な答えが返ってきた。90年代に開発されたAIか!
今時S◯RIだってもう少し良い受け答えしてくれるぞ!
「年齢
「はい。年齢は22歳です。16歳の時に王都銀行に勤め始めて、去年まで働いていました」
「それもう聞いたよ!」
ついにこらえきれずに、ツッコんでしまった。
どういうこと!?
「申し訳ございません!」
俺がツッコんだのを怒ったと捉えたのか、メニスさんが頭を深く下げて誤ってきた。
しかも、頭を下げたまま動こうとしない。
まずい!そんなにきつく言ったつもりは無かったんだが。
「いえ、怒っては無いので大丈夫ですよ。フランクな面接なのでそんなに緊張しないでください。そうだ!紅茶でも飲みますか?」
なんだかかわいそうになってきた。
俺はマリーに頼んで紅茶を淹れてもらった。
「どうぞ」
2分程でマリーが紅茶を淹れて持ってきてくれた。(この間、メニスさんは机に突っ伏したままである)
「ありがとう。メニスさんもどうぞ飲んでください」
俺がそう言うと、メニスさんが顔を上げた。号泣して、端正な顔がクシャクシャになっている。
「ありがどうございばず」
メニスさんは泣きながらマリーと俺にお礼を言って、紅茶を受け取った。
それからメニスさんが落ち着くまでの間、三人で紅茶をちびちびと飲んでいた。
実に不思議な時間である。
数分ほど紅茶を飲んで落ち着いたのか、メニスさんが話し出してくれた。
「すいませんでした。実は私、以前働いていた銀行で徹底したマニュアル教育を受けまして、そのせいで緊張するとマニュアルどおりの動きしかできなくなってしまったんです。なので、図書館にあった面接対策マニュアルに書いてなかった質問には、答えることができませんでした」
「そうだったんですね」
なるほど。そういう事情だったのか。
マニュアル教育が異世界にもあるとは驚きだったが、まあ紙と文字の文明ががあるから、あってもおかしくはない・・のか?
「そんな自分が嫌になって、銀行を止めて他の所で働こうとしたんですが、マニュアル通り動いていたクセが抜けなくて、直ぐにクビになってしまうんです」
現代日本とかならともかく、この世界でマニュアル通りにしか動けないと、働き口は少なそうだな。
でも俺はマニュアル人間って嫌いじゃないんだよな。
マニュアルどおり動く人は、マニュアルがしっかりとしていれば指示する人の理想の動きをしてくれる。しかも一度マニュアルを作っておけば、何回も言って聞かせる必要もないし。
要するに、マニュアルを上手く与えてやれば、活躍してもらえる気がするのだ。
「事情は分かりました。そういう事であれば、うちで働いてみましょう!出来るだけマニュアルを見れば対処できるようにしますよ」
俺はメニスさんを雇うことにした。
隣にいるマリーは、マジかお前って目で見てきているが、問題ない。要は指示の仕方を気をつければよいのだ。
「ほんとですか!ありがとうございます!!精一杯頑張ります!」
メニスさんはそう言って、凄く嬉しそうな顔をしてはしゃいでいた。
こんな素敵な表情が出来るんだ、緊張さえ取れていけば大丈夫だろう。
という事で、喫茶ドートルに更に新しい仲間が加わった。
かなり大きな不安はあるが、大活躍してくれるに違いない!




