117 荒れる世界と最後の試練
「おい、はじめ様。お食事を持ってきてあげましたよ」
モニカが無茶苦茶な敬語を話しながら、テントの中に入ってきた。
その手には黒パンとスープを載せたお盆を持っている。
食事を持ってきてくれたらしい。
あれから2週間、俺はテントの中に引きこもり続けていた。
今なら優秀なニートになれそうだ。
「相変わらず死にそうな顔をしていますね。目は死んだ魚のように濁っていますし、口も死んだ魚のように開いて、顔の色に至っては死んだ魚の色ですよ!・・・・・・・ツッコミもなしですか」
モニカが呆れた顔で話しかけてくる。
元気づけてくれているんだろうということは分かるが、今はそれに付き合う元気はない。
目の前にお盆に載った飯がやってきた。
そして、その隣に一枚の紙が差し出される。
名前:デスアルペト
種族:邪神(依代)
職業:−
LV:9999
HP:99999/99999
MP:99999/99999
STR:99999 [備考:筋力値]
VIT:99999 [備考:物理防御力]
AGI:99999 [備考:俊敏性]
INT:99999 [備考:魔法攻撃力]
MND:99999 [備考:魔法防御力]
所持スキル:光学感知[備考:広域の光を用いて周囲を監視する]、魔眼[備考:魔眼所持者よりレベルが低いものに死を与える]
所持魔法:火魔法(生活・下級・中級・上級・特級・神級)、土魔法(生活・下級・中級・上級・特級・神級)、風魔法(生活・下級・中級・上級・特級・神級)、水魔法(生活・下級・中級・上級・特級・神級)
・・・なんだこりゃ?バグか?
明らかに値が桁落ちしている。
「つい先日、大陸の南にあるアイリス島へ出現した化物の情報です。国宝級魔道具の”アルタの鑑定紙”でステータスを測ったんですが・・・正直、故障としか思えませんでした。まぁこいつの攻撃でルードリッヒ王国全土が焼け野原になったので、今は信じていますけど」
ため息をつくモニカ。
「もう各国とも諦めムードで、国王まで神に祈り始める始末です。この大陸はもうだめですね」
「そうか」
どうやら、最後の試練が始まったらしい。
邪神ねぇ。
・・・・
ゆっくりと時間をかけて、黒パンとスープを食べた。
地面に転がっている空絶のマントを羽織り、竜王の指輪を嵌める。
「これ、シュタイン様からです。昨日届きました」
だらだらと着替えていると、モニカが何かを差し出してきていた。
見るとそこには、アイリス島の位置が記された地図と、やたら豪華な装飾の剣があった。
さすがシュタイン、気が利くな。
剣を腰に刺し、地図を受け取って場所を確認する。
アイリス島はこの国の南の海に浮かぶ島らしい。陸地から島までは数百キロといったところか。
魔力を感じるのが苦手な俺でも、南の方から強力な魔力放射を感じることができる。たぶんあれが邪神なんだろう。これだけ強力な位置情報があれば迷うこともないな。
「ご飯ありがとな。美味かったぜ」
モニカにお礼を言ってから、テントを出る。
「ご武運を祈っています」
テントを離れようとしていると、後ろからモニカの真摯な声が聞こえてきた。
モニカの真面目な敬語なんて、初めて聞いた気がする。
それが出来るなら最初からやれよと言いたいが・・・まぁいいか。
最後にサプライズを用意してくれたのかもしれん。モニカ曰く俺は親友らしいからな。
ゆっくりと歩いて避難所を後にした。
そのまま階段を登っていき、数分ほどで時計台の屋上に出た。
もう日も落ちかけていて、少し肌寒い。
太陽が沈みかけており、西の地平線には真っ赤な夕焼け空が見える。
そして東の方にも・・・なぜか真っ赤な夕焼け空があるな。
何だこれ?
「あっちはガラパゴス共和国がある方ね」
俺が東の空をじっと見ていると、後ろから回答がきた。
振り返ると、少しやつれた様子のマリーが居た。髪はボサボサだし、顔色は悪い。ただ、瞳だけは活力を取り戻していている。
「ってことは、今はガラパゴス共和国が標的にされてるのか?」
「そうみたいね。ルードリッヒ王国、ガラパゴス共和国ときているからそろそろこっちに来るかもね」
俺たちはお互いの調子を確かめるように、軽く言葉をかわしあった。
国が一つ消えようかという状況にしては、かなり脳天気な感じの会話になってしまっているが。
「全く。邪神だかなんだか知らないけれど、困るわよね。どうせ焼け野原にするんだったら、魔物が大量にいるワルサ山とかにして欲しいわ」
「全くだな。おかげでこっちも奇襲をかけずにはいられないもんな」
再びマリーと軽く会話のキャッチボールをしていると、東から強い風が吹いてきた。
その風は何故か温い。
ひょっとしてガラパゴス共和国が焼かれているからだろうか?
だとすれば、とんでもない火力だ。
東の空を見つめながらそんな益体のないことを考えていると、マリーが隣にやってきて覗くようにして俺の顔を見てきた。
その表情はいつになく真剣だ。
「やっぱり行くのね?」
じっと俺の目を見て聞いてきた。
やっぱり、ね。
「まぁ行くしかないだろうな。あんな危険な相手、以前の俺だったら逃げてたところだけど・・・チャーリーの目標だったからな、試練を最後まで攻略するのは」
「そうよね。チャーリーが追い求め続けたモノだもんね」
「ああ」
あいつの思いを継げるのは、もう俺たちしかいないからな。
試練を最後までやり遂げて、世界を救ってやれるのなんて。
「あー、しかし柄にも無い事してるよな。世界を救うんだぜ?どこのヒーローだよ!」
「ふふっ、本当にそうよね。はじめが自分の身を危険にさらして世界を救おうとするなんて、思っても見なかったわよ」
マリーがからかうように声をかけてきた。
「ふはは、そうだろう。俺は自己保身にかけては右に出る者がいないと自負してるからな!今までの戦いも、安全マージン取ってやってたし」
「そうよねー、はじめは何だかんだ言って最後は逃げちゃうんじゃないかと思っていたんだけど」
そう言うと、マリーが俺に軽く体を当ててきた。
なかなかに酷い評価だな、合ってるけど。
実際、チャーリーが居なければ、とっとと別の大陸にでも逃げてただろうし。
そんな事を考えていると、マリーが再び口を開いた。
「でも、私もそうなのよねー。チャーリーが居なければ、逃げるか隠れるかしていたと思うわ」
どうやら、マリーも同じ気持ちだったようだ。
やっぱそうだよな。
「チャーリーが居なければ、だろ?」
「ふふっ、そうね。あんなに素直でひたむきで、あんなに可愛い女の子、他に居ないもの。あの子の遺志を無視するなんて出来ないわ」
「ああ、そのとおりだ。あいつは、誰よりも素直でひたむきな、ただの人間だった。神様なんかじゃない、地に足をつけ世界を救うために全力を出し尽くした、あいつは世界で誰よりも尊敬出来る人間だった」
俺があいつと同じ状況になったとしたら、絶対に途中で逃げ出していただろう。それほどに過酷な状況だった。
それでも、あいつはこの世界を守るため、リカちゃんの願いをかなえるために、そして最後は俺を守るために己の身を犠牲にして・・・
「ねぇはじめ」
マリーが俺の前に移動してきて、俺の眼をじっと見てきた。
「あなた、チャーリーの事好きだったでしょ?」
微笑みながら、俺にそう聞いてきた。
全く、マリーにはかなわない。
「うん。そのとおりだ」
「やっぱり・・・で、私のことも好きだったでしょ?」
マリーは先ほど同じ調子で、そんな事を聞いてきた。
答えは決まっている。
「そのとおりだ。ふたりとも好きだった」
「ふふっ、酷いやつね」
「本当にな」
そう言うと、お互いに笑い合った。
こんな感じで、もっと素直に自分の気持ちを伝えられていれば、俺たちは違う関係を築けていたのかもしれないな。
・・でも、後悔はしない。
三人で過ごしたこの数ヶ月の時間は、人生で一番楽しかったと、充実していたと胸を張れるから。
なんとなく会話が途切れて、そのまま二人で東の空を見つめた。
もう東の空の色は青黒くなっている。
西の空はまだ赤いけど。
「さあ、それじゃあ邪神を倒しにいきましょう。考えがあるんでしょう?」
マリーがいつもより少し高い声で、そう聞いてきた。
もう察しがついているみたいだ。
「ああ、策はある。最後の作戦会議だ」