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駿足の冒険者  作者: はるあき
3章 周回速度の冒険者
119/123

115 チャーリーの追憶14


「なっ!」


 思わず声が漏れ出る。

 でも、それもしょうがないはずや。

 だって、眼の前で4体のエクスが合体し始めたんやから。


 それは1体のエクスが銀色の光を放出したところから始まった。その光に誘われる虫のように、残る3体のエクスが飲み込まれていき、光が消えたときには元のエクスの倍ほどの背丈がある化物が誕生していた。

 色も黒く濁ったものに変わっている。

 そして何より、内包する魔力量が桁違いなほどに上がっていた。流石に魔王ほどではないけど、隊長格に匹敵するくらいの力を感じる。


 あれはまずい。

 絶対に勝てない。

 このままでは、時計台が破壊されてしまう。

 はじめが死んでしまう。

 そして私も殺されてしまう。


 私は反射的にタイムリープをしようとした。

 でもおかしい。

 いつまで経っても体が光らない。

 そればかりか、身体中が震えて魔力も禄に練れなくなってしまった。


 私は自分自身を抱きしめて体の震えを何とか抑えた。

 再びタイムリープをしようとしたけれど一向に体は光らず、代わりに胸が張り裂けるように痛む。

 そして、気がついた。

 私が本心からタイムリープを願うことが出来ていないことに。



 その取っ掛かりに気づいてからは早かった。

 なぜタイムリープが出来ないか、明確にわかる。実感できる。

 あぁ、私は怖いんだ。

 次のループではじめに会えないことが。

 その可能性があることが怖いんだ。


 はじめは、このループでだけ突然現れた。

 その前の数十回に及ぶループでは、出会うどころか噂を聞いたことすらなかった。


 今回のループと同じ行動を取れば、再び出会えるのかもしれない。

 でも、出会えないかもしれない。その可能性があることが怖くて仕方がなかった。


 それに、このループではじめと出会う前に自分が何をやっていたか、明確に思い出すことが出来ない。

 当然だ。あの時の私は、失意の果てに自暴自棄になって、死ぬつもりだったのだから。


 もしはじめに出会えなければ、魔王を倒すことなんて出来ない。

 また希望のない永遠のループに戻ってしまう。

 それは何よりも恐ろしいことだった。


「ははっ。まさかこんな穴があるなんて思わへんかったわ」


 震える声で、私は自嘲する。


 タイムリープができると知った時、心の底では少しの嬉しさ・優越感を感じていた。

 高位の神しか使えない時を操る神技を行使できることに。

 神として、高みに登った気になっていた。


 しかしどうだ。

 実際は自分の力では何も解決できず、はじめと別れてしまうのが怖くてタイムリープできなくなってしまっている。


 一度使えるようになった神技を使えなくなった神など聞いたことがない。いや、もうそんな存在は神と呼べないだろう。

 私は人間になってしまったのだ。


 いつからだろう?

 思い当たるフシはいくつもある。

 人間としての生活が長すぎたのかもしれない。人間に恋をした時点で、もう私は神ではなくなったのかもしれない。

 でも、不思議と不快感はなかった。


 はじめやマリーと一緒の存在なれた事が、素直に嬉しかった。


 いつの間にか、胸の痛みが消えていた。

 しかし、早くなった胸の鼓動は収まらない。


 私は顔を上げて、エクスがいた方を見た。


「KISYAAA!!」


 黒い化物が雄叫びを上げている。

 自分の存在を誇示するように、誰かに訴えるように。


 雄叫びとともに黒いエクスが黒炎を吐いた。

 街の半分が城壁ごと吹き飛ぶ。

 白いエクスの攻撃とは比べ物にならないほどの威力や。黒炎が当たった部分は全て灰になった。燃えるというよりも、消滅させられたように見える。

 あれが時計台に当たれば、私は死ぬ。

 そして何より、望遠鏡が壊され、はじめが帰還できなくなる。

 それだけは避けなければならない。


「はじめの事を頼んだで」


 私は意識を失っているマリーに、そう声をかけた。


 あの黒いエクスを倒すには、私の全てを出し尽くす必要がある。

 生き残れる確率は低い。


 そうなった時、はじめを支える人が必要や。

 最後の試練に挑む時。

 そして、試験が終わった後の人生を支える人が。


 マリーになら、はじめのことを支えることができる。

 その能力も、気持ちもある。

 それに、マリーは私に夢を見させてくれた。

 全てが終わった後、三人で一緒に暮らすという夢を。

 私はマリーのことも好きや。

 こんなところで死なすわけにはいかない。


「待ってろ化物。お前の好きにはさせへんからな」


 私は一人で戦うことを決意し、階段を下っていった。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 落ちるようにして階段を走り、時計台の下へと降り立った。

 正面を見ると、黒いエクスが城壁のあった位置まで来ていた。さっきの黒炎でこっちが全滅したと思っているのか、悠々と歩いてきている。


 これはチャンスやな。

 私は黒エクスに見つからないように、かろうじて残っている建物に隠れながら接近した。


 近づいてみると、その巨大さに圧倒される。

 普通のエクスでさえめちゃくちゃデカかったのに、黒エクスは更に大きい。見上げても顔が殆ど見えない。


 でも、やるしかあらへんな。

 こっちに気がついてないようやし、奇襲するなら今しかない。


「グランドホール!」


 黒エクスの足元に大穴を出現させる。

 これだけデカブツやと、足元なんて見えへんやろ。


「ヌォ!」


 黒エクスは大穴に足を取られ、うめき声をあげながら転倒していった。

 白いエクスよりも人間に近い喋り方や。ひょっとしたら、王子達が言っていた自我のあるエクスってのはこいつなのかもしれへんな。

 まぁ今は関係あらへん。

 こいつを倒すのが先や。


「ウィンドディザスター!!」


 白エクスを倒したときと同様に、黒エクスの頭に魔法を浴びせる。幾重にも折り重なった風の刃が、黒エクスに殺到した。


「ヴォォォォォ!!」


 黒エクスが悲鳴を上げる。

 どうやら、黒エクスにも特級魔法なら通用するようやな。そのまま魔力を注ぎ続ける。


「あ゛ぁぁぁ!・・・ラァ!」


 攻撃を受け続けていた黒エクスだったが、痛みに慣れたのか横薙ぎに腕を振って攻撃をしてきた。

 あかん!当たったら即死や!


「グランドホール!」


 私は地面に穴を掘ってその中に入り、攻撃を回避した。

 その隙に黒エクスが立ち上がる。


「クソが!」


 黒エクスが私のいる穴ごと踏み潰そうとしてきた。

 足裏が頭上へと迫る。


「ウィンドディザスター!!」


 その足裏に向けて、特級魔法を撃つ。

 すると、バランスを崩したらしい。盛大な音を立てて黒エクスが後ろ向きに倒れた。土埃が舞い、視界が悪くなる。


 その間に最初に掘った穴へと移りつつ、ハイポーションを飲んでMPを補給する。

 追撃を加えたいところやったけど、もう殆どMPが無いからしゃあない。


「痛ってぇな!このチビが!!」


 起き上がったエクスは、私がさっきまで居た穴に向かって拳を振り下ろした。

 こいつ、直情型の性格しとるようやな。

 扱いやすくて助かるわ。


「ウィンドディザスター!」


 無防備になった頭の側面を特級魔法で攻撃した。

 風の刃が黒エクスを襲う。


「ヴァァァ!」


 黒エクスが再びバランスを崩して倒れる。

 さてはこいつ、まだ大きくなった体の制御がうまくいってないな?


 倒れたエクスの頭に向けて、風の刃を当て続けた。

 数秒ほど当て続けると、黒い皮膜が剥がれ飛んで白色の頭が出てきた。どうやら、元の白エクスが黒い装甲で覆われているらしい。


「ヴヴッヴウゥゥ!_ガァ!!」


 しばらく悲鳴をあげていた黒エクスだったが、突然下に向かって黒炎を吐き出した。


「ウィンドシールド!」


 あれを喰らえばひとたまりもない。

 慌ててシールドを張りつつ、建物の影に隠れる。


「クソが!」


 黒エクスは立ち上がると、時計台の方を向いて魔力を貯め始めた。

 まずい!


「ガァ!!」

「ウィンドディザスター!」


 時計台に向けて放たれた黒炎に、下から特級魔法をぶつける。

 軌道がそれて、黒炎は街の外へと向かった。

 助かったか!?


「そこだっ!」


 しまった、油断した!

 黒エクスの足が眼前へと迫る。

 後ろに飛んでかわそうとしたけど、左手にかすってしまった。


「いぁ!」


 左手に激痛が走った。

 見ると、肘より下が無くなっている。


 慌ててハイポーションをかけて止血する。

 部位欠損を直す暇はない。

 このまま何とか戦闘を続けないと。


「ウィンドディザスター!」


 特級魔法を黒エクスに向けて放つ。

 しかし、後ろに飛んであっさりと回避されてしまった。


 黒エクスが再び時計台を向く。


「ガァ!!」

「ウィンドディザスター!」


 再度放たれた黒炎を風の刃で狙撃した。

 風に押されて黒炎が流されていく。

 あのコースなら時計台には当たらんはずや。


「ハッ!」


 と、今度は黒エクスの拳が落ちてくる。

 まずい!

 全力で横っ飛びして回避したけど、間に合わず両足が巻き込まれた。


「くっ!」


 激痛が私の体を襲った。膝より下の感覚がなくなる。

 だが痛がっている暇はない。次の攻撃が来る。


 私はハイポーションをかけて止血した後、ウィンドアローを横向きに撃って黒エクスから距離を取る。


 そしてMP回復用のポーションを飲む。

 しかし、魔力は回復しない。

 ポーションを体が受け付けていないのが分かる。

 もう、自分の魔力では魔法は使えない。


 上から黒エクスの笑い声が降ってくる。


「クハハッ!ざまぁねえな!お前は強い、魔法の威力も強いし、戦術も老獪で優れている。このバリーとて、一対一なら負けたかもしれんなぁ。だが、時計台にいる仲間が枷になる!仲間を守ろうと行動が単純になる!悔しいだろう?恨めしいだろう?仲間を持つからそんなことになるんだ!絶望しながら死んでいけ!」


 黒エクスが歩いてこっちに近づきながら、勝手なことを喚き始めた。

 悔しい?恨めしい?絶望?


「はっ!魔王を倒せずに何回もループしたあの時に比べれば、こんな状況屁でもないわ!それに、お前は知らんのやな。愛する人を守れる喜びを」


 一人、絶望しながら死のうと決めたあの日。

 あの時に比べれば、はじめとマリーを守って死ねる、今がなんと幸福なことか。

 私はもう満足だ。


「はっ!そんな気持ち分かるかよ!お望み通り死ねっ!」


 今までの数倍もの大きさの黒炎が、こちらへ向かってくる。

 これが最後だ。


 収納袋から取り出した3本の魔力回復用ポーションと胃の中のポーションから魔力を取り出す。

 それを体に循環させる。


「ウィンドディザスター!!!」


 そして、特級魔法に乗せて放った。

 右の手のひらから、極大の風の刃が幾重にも折り重なって放出された。


 身体が熱い。体内の繊維が焼ききれているのが分かる。ぶちぶちと、何かが切れる音も聞こえ始めた。

 それでも、ポーションから魔力を取り出し、魔法を放ち続ける。


 次第に痛みも感じなくなった。

 痛みと入れ替わるように、なぜか寒気を感じるようになり、体の感覚がどこか他人のもののように遠くなる。


 魔力がなくなり、風の刃が消えた。

 眼の前には、バラバラになった黒い皮膜と、白いエクスの胴体が4つ転がっている。

 どうやら、黒エクスを倒すことが出来たようや。

 これでもう、時計台が壊されることはない。

 はじめも、無事に帰ってくる事ができる。


「良かった」


 ほっと息を吐く。


 体を起こそうとしたが、反応がない。

 かろうじて動く眼を下に向けて自分の体を見ると、両足と左手がない。右手もズタズタで、大量の血が流れ続けている。

 

 酷い眠気が襲ってきた。


「少しだけ休もうか」


 私は瞳を閉じて、深い眠りについた。


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