110 緊急事態と大気圏再突入
「うぉ!!」
急に視界を奪われた俺は、たまらず叫び声を上げた。
そして、顔の前でガードポジションを作って来るべき衝撃に備える。
・・・
衝撃が来ない。
恐る恐る目を開けると、そこには真っ暗闇が広がっていた。
どうやら、助かったようだ。
そうか。
よく考えたら、シールドがあるから炎は中まで入ってこられないのか。
何をあんなに焦っていたのか。
少し恥ずかしい気持ちになる。
【どうした?はじめ殿、大丈夫か!?】
腰につけたツインペアから、キャペルニクスの焦った声が聞こえてくる。
【いや、大丈夫だ。無事に敵の本拠地を破壊できた。一瞬、本拠地の大爆発に巻き込まれたかと焦ったが、シールドのおかげで無事だったし】
ポリゴンシールドが丈夫で助かった。
まぁ、宇宙空間で酸素もないから実際はそこまでの威力は無かったのかもしれないが。
【そうか、であればよかった。はじめ殿のおかげで、この大陸の平和も守られた。あとは残るエクス達を、ヌォォォ!!!】
【え、おいどうした!?】
会話の途中で、キャペルニクスが悲鳴をあげた。
その直後に、ツインペアから爆発音が響き渡る。
相当な音量だ。
悪い想像が頭をめぐり、額から冷や汗が出てくる。
【大丈夫か!?応答してくれ!!】
その後も呼びかけるが、応答がない。
どうなってるんだ?
このタイミング、偶然とは思えない。
本拠地が破壊されると、何かトラップが発動するようになっていたんだろうか。
【だ、大丈夫じゃ。揺れは収まりつつある】
と、俺があれこれと考えている間に、キャペルニクスから応答があった。
【良かった。そっちの状況はどうなっている?マリーとチャーリーは無事か?】
俺は慌てて現地の状況を確認した。
【全員無事じゃ。ただ、少しまずいことになった】
【まずいこと?】
なんだ?
【たった今、5体のエクスが徒党を組んでイブに攻め込んできた!しかも何故か我々の避難場所がバレているらしく、時計台に向けて炎を放ってきおった】
【5体も!?】
たしかにまずいな。
王子達に聞いた話だと、ルーラ聖国の総力で当たっても10体のエクスを打ち倒すことができなかったはずだ。
いま避難所に残っている戦力を考えると、ほぼ絶望的だ。
【現在、避難所にいる戦力を集結して迎え撃っているが・・正直、撃ち倒すことは難しいじゃろう】
【総力って、マリーとチャーリーもか?】
【申し訳ないが、そうじゃ。と言うより、マリー殿・チャーリー殿・王子・モニカ殿の四人が主戦力となっておる。先日の戦いのせいでここに戦闘が出来るものは殆ど残っておらん。かろうじて中級魔法が使えるものが数人おるから、援護に向かわせてはおるが・・】
【・・・まずいな】
想像以上に悪い状況のようだ。
エクスは上級魔法を物ともしないほど守りが堅いと言っていた。つまり、ダメージを与えようとすると、チャーリーの特級魔法に頼るしかないという事だ。
1体なら何とかなったかもしれないが、5体となると討伐は不可能だろう。
どうする?
どうすればいい?
アイデアが浮かばない。
俺が右往左往していると、ツインペアからキャペルニクスの声が聞こえてきた。
【全員が生き残る可能性が高い案としては、はじめ殿に早めに戻ってきてもらってエクスを倒してもらうことじゃな。もう奴らの本拠地は破壊したわけじゃし、大気圏に再突入する直前を除けばそこまで繊細な速度コントロールもいらんじゃろう。かといって、速度を出しすぎると減速できなくなるから、こちらの指示通りの速度で走ってくれ】
【分かった】
現状それしかないな。
俺は暗闇の中で青く光る方を向き、足を回して加速を開始した。
逸る気持ちを抑えつつも、ぐんぐんと加速していく。
【オーケーじゃ、こちらではじめ殿の速度を補足できた。今でおおよそ秒速4キロ出ておる。もう5倍程度は出していいじゃろう】
5倍というと秒速30キロか。
未知の領域だな。
【分かった】
キャペルニクスに返事を返して、指示通り加速していく。
空気抵抗がないせいか、加速するのはたやすい。
もっと速度が出せそうな気もするが、減速できなくなると不味い。
キャペルニクスの指示通りの速度で移動する。
【そちらの状況はどうなっている?】
さっきから、ツインペアからは爆発音が止めどなく聞こえている。
その音が不安を掻き立ててくる。
二人とも、頼むから無事で居てくれよ。
【すまん、この望遠鏡管理室からは外の様子がわからんのじゃ。戦闘音が続いているから、まだエクスを抑えられていると思うのじゃが】
【そうか・・】
キャペルニクスもわからないのか。
こいつはこいつで、俺の指示で精一杯らしい。
【あと3分ほどで大気圏に再突入する。3分の間に速度を今の1/10程度に落としてくれ。あと、方向を右に5度修正じゃ】
【了解】
今俺にできることは、キャペルニクスの指示通り走って、可能な限り早く帰還することだけだ。
それまでは、神に無事を祈ることしか出来ない。
俺はキャペルニクスの細かい指示を聞きながら、少しずつ速度を落としていった。
少しずつ、青い惑星が大きく見えてきた。
着陸の時は近い。
【もうすぐ、大気圏に再突入する。次第にポリゴンシールドが赤熱してきて、最終的に壊れるはずじゃ。壊れた瞬間から全力で減速をして着陸に備えてれ!】
【分かった!】
キャペルニクスに言葉を返した時には、既に俺の視界は青い海と白い雲で覆われていた。
数秒ほどのラグがあったが、ポリゴンシールドが細かく振動し赤く染まっていく。
再突入が始まったようだ。
【ポリゴンシールドが破壊される前に減速してはならんぞ。今のスピードを維持するのじゃ!】
【分かってるよ!】
めちゃくちゃ怖いけどな!
地表が刻一刻と迫っているのが分かるのに、足を止めるわけには行かない。
命がかかったチキンレースだ。
ビビりながらも足を回していると、突然ポリゴンシールドの振動が大きくなった。
そして、
【バリィ!】
凄まじい雷鳴音とともに、シールドが砕け散った。
「(おぉぉぉ!!)」
俺は思わず声をあげながら、一気に足の回転を落として減速していく。
ただし、普通の走りとは違ってほとんど地面に垂直方向に走っている。
できれば方向を変えたいが、そんな余裕はない。
ひたすら足に力を入れて減速していく。
「おぉぉ!」
地面が迫って来た。
もう、雲の層も超えたので辺りの景色が明瞭に見える。
速度が出ているせいでぼやけているが、斜め左方向にイブの街があるのが分かる。
そして俺が向かう方向は、湖でもあるのか青く染まって見える。
キャペルニクスが着陸地に水場を選んでくれたようだ。
まだ減速しきれていないし、ありがたい。
全力で減速しながらも、湖に突っ込む覚悟を固めた。
そして、
【バシィッ!】
俺は湖の表面に全身を強く打ち付けた。