108 この星は青かった
「出来たぞ!」
その言葉とともに、キャペルニクスはペンを紙の上に叩きつけた。そこには複雑な数式や、ここを出発してエクスの本拠地を経由し帰還するまでの軌道などが詳細に書かれている。
そして、これを書き上げたキャペルニクスの表情は達成感で満ち溢れていた。
計算を初めて2時間も経っていない。こんなに早く計算を終わらせるとは、凄いやつである。
・・・しかし、なんかこの光景もデジャブ感があるな。
魔王への奇襲ルートをシュタインが立てたときも、こんなんだったような気がする。
「よくやった、キャペルニクス。して、空力加熱とやらでポリゴンシールドは破壊できそうなのか?」
俺がいらないことを考えてるうちに、シルビア王子がそんな質問をした。
「ええ、条件はつきますが可能です」
シルビア王子の質問に、キャペルニクス自信ありげに答えた。
良かった。これでシールドが破壊できない問題は解決できそうだな。
ほっとしたぜ。
だが、条件つきってのが気になるな。
「どんな条件なんだ?」
聞いてみた。
「必要な条件は、可能な限り正確な軌道と速度で帰還するということじゃな。大気圏に再突入する際の角度が浅かったり速度が遅いと必要な温度は得られず、逆に深すぎたり速度が速すぎるとはじめ殿が燃え尽きてしまう」
・・角度が深いと燃え尽きるってのは怖いな。
しかも、速度が遅かったり軌道が浅くても、シールドを壊せずに地上で窒息死しちまう。
薄氷の上を歩く様な作戦だな。
「つまり俺がこの星に帰還する時、突入する角度や速度を確認しながら、気を遣って走る必要があるってことだな?」
もしそうなら、今のうちに正確な軌道を覚えておかねば。
「いや、その必要はない。というか走っているはじめ殿が調整するのは不可能じゃ。周りに基準がないから、自分の走行速度を把握できないし、角度にしたって小数点以下の精度が求められるからの。走っている人間には調整できんよ」
「じゃあ、どうすれば良いんだ?」
「儂が地上から指示を出す。この避難所にある魔道具を搭載した望遠鏡を使ことで、はじめ殿の速度や位置・姿勢を正確に観測できるからの。はじめ殿からみてどちらの方向に何回足を回せばよいかを教えることができる」
なるほど。
地上にいるキャペルニクスの指示通り動けば良いわけか。
なんか本格的に人間ロケット見たくなってきたな。
管制官の指示に従って動くとか。
ロケットの発射と同じように考えるとすると、あと気になるのは・・発射時刻ぐらいか?
たしか、人工衛星の補給用ロケットとかは限られた地球に最接近するときに着船できるように、発射時刻が厳密に決められていたはず。
今回の作戦も限られた時間内(俺の呼吸が続く時間)に人工衛星的なもの(エクスの本拠地)に到着する必要があるんだ。同じように時間管理は重要だろう。
「エクスの本拠地に向かうには、何時に宇宙へ飛び立てば良いんだ?」
という事でキャペルニクスに聞いてみた。
「そうじゃ、時間も重要じゃった。今の敵本拠地の位置から言って・・・30分後がベストじゃな」
「急な話だな!?」
そんなに時間ねぇのかよ!
まだ心の準備出来てないんだけど。
「すまないのじゃが、このタイミングを逃すと次の機会は10日後になってしまうからの。その間に新たなエクスが送られてしまうかもしれん」
そう言って、申し訳無さそうな顔でこちらをみるキャペルニクス。
うーん、まぁ確かに10日後になるのは厳しいか。エクスの被害を防ぐには、早いほうが良い。
だが、流石に30分後は急すぎる気がしているのも確かだ。
「私は10日間くらいじっくり準備したほうが良いと思うんだけど」
マリーはいきなりの作戦に不安があるのか、反対意見を言ってくれた。
気遣うような目でこちらを見ているし、どうやら俺の体を心配してくれているようだ。
「迷うところやな。もう少し作戦の穴が無いか検討したほうがいい気もするけど、エクスの被害が大きくなってもあかんし」
チャーリーは万全を期して行きたいという気持ちとエクスの被害を防ぎたいという気持ちの間で揺れているようだ。
「余は被害を防ぐためにも速く行くべきだと思うが、最終的に動くのははじめ殿だからな。はじめ殿の意見を尊重する」
シルビア王子がそう言うと、みんなの視線が俺の方に集まった。俺の一存で決まってしまいそうな雰囲気だ。
俺としては、慎重派と急戦派で議論してから決めたいところだったが、王子に言われてはしょうがない。オレ一人で決めるしかないな。
正直、今の気持ちとしては、すぐに向かう方に傾いてきている。
エクスの被害を防ぐためというのもあるが、あまり時間をかけると宇宙への恐怖心が増していってしまいそうだしな。
時間もないし。
ここで決めるしか無いな!
「30分後に向かうことにしよう」
俺は5人に向けてそう宣言した。
「承知した!それでは、早速じゃが時計台の上に向かってくれ。今から27分後にそこから出発する。儂も望遠鏡の設定を終えたらすぐに向かう」
キャペルニクスはそう言うと、避難所に通じる穴の方へ走り出した。
どうやら、望遠鏡は違う場所にあるらしい。
「それでは、私達は上に向かいましょう」
次いで、モニカは俺たちに向かってそう言うと、避難所の方へと足を向けた。
モニカが時計台の上まで案内してくれるようだ。
「案内を任せたぞ」
シルビア王子はそう言うと、モニカの後ろをついていく。
「俺たちも行くか」
そう言ってシルビア王子の後ろをついていこうとすると、上着の袖を後ろに引っ張られる感覚がした。
振り返ると、マリーが浮かない顔つきでこちらを見ている。
「やっぱり、10日後まで待ってからでも良いんじゃない?何か嫌な予感がするのよね・・」
マリーは不安そうな瞳で俺を見つめながら、つぶやくようにそう言った。
俺はマリーを心配にさせてしまったことに、少し申し訳ない気持ちになって
「なに、大丈夫だ。今のところ作戦に不備はないしな。気楽な気持ちで待っていてくれ」
大きな声でそう答えた。
いつまでも心配されるような男で居ちゃダメだしな。ここらで自信を持って任務をこなして、信頼される様になっておきたい。そんな気持ちが声に乗っかったせいで、いつもより大きな声になってしまった。
「分かった。はじめがそう言うなら・・・でも、気をつけてね?」
「おう!任せとけ!」
マリーの言葉に、俺は胸をドンと叩いて明るく応えた。マリーとその後ろで不安げにこちらを見ているチャーリーを安心させようととった行動だったが、普段しない動きだったからか、二人共より一層不安そうな表情になってしまった。
・・・いかん、ミスったな。
まぁ信頼は行動で得ることにしよう。
要は宇宙まで走ってナイフを振るうだけだ。
いつも通りやればいい。
俺はそんな事を考えながら、シルビア王子の後を追いかけた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ここは時計台の屋上。
上には満点の星空がある。街の明かりが無いせいか、見たことも無いほど強くキラキラと輝いている。なんとも幻想的な風景だ。
そんな風景のもとで、俺はクラウチングスタートの姿勢をとっている。
そして、そんな俺をチャーリー・マリー・キャペルニクス・シルビア王子・モニカの5人が囲んでいる。
ポリゴンシールドをかけるためだ。
「準備は良いか?」
キャペルニクスが俺に最終確認をとってきた。
どうやら、リフトオフの時間が来たようだ。
言われずとも、準備は万端だぜ。
「ああ!オーケーだ!」
俺はサムズアップで応えた。
すると、俺の周りにいる5人がブツブツと詠唱をはじめた。
詠唱を始めて10秒ほど経っただろうか、俺の周りを囲む5人の体がピカピカと点滅を始めた。
チャーリーが一番早い周期で点滅しており、モニカが最も遅い。5人とも異なるタイミングで光を放っている。
しかし、徐々にその周期がチャーリーの点滅に合わさっていき、20秒ほどすると、5人全員の点滅の周期が一致し、規則正しく光を放つようになった。
そして、その光は徐々に大きくなっていく。
その眩しさに、俺が思わず目を閉じた瞬間、
「「「「「ポリゴンシールド!」」」」」
5人の詠唱が聞こえ、俺の体が暖かな光で包まれた。
その光は俺の体に染み入るように入ってきたが、数秒ほどすると消えて無くなった。
眩しさが消えたので目を開けると、俺の体を囲むように半透明の六面体が現れていた。
どうやらこれがポリゴンシールドという結界のようだ。だが、思っていたよりも小さいな。1辺が俺の身長分くらいしかない。
「成功したのか?」
不安になった俺は、キャペルニクスに向かって尋ねた。
しかし、キャペルニクスは首を傾げている。そして、パクパクと動かして何かを言った・・が、何も聞こえてこない。
どういうことだ?
って、あぁそうか。
ポリゴンシールドで空気を遮断しているから、音が聞こえないのか。
音って空気の振動で伝わるもんな。
俺は腰にぶら下げていたツインペアを起動して、それに向かって声を出した。
「成功したのか?」
そう聞くと、キャペルニクスが慌てた様子で手に持っていたツインペアを口に当てて話し始めた。
「ああ、どうやら成功のようじゃ。声が聞こえないから驚いたが、よく考えると当然のことじゃったな。むしろ成功の証と言って良いじゃろう」
「良かった、成功していたか」
なら、後は行くだけだな。
「はじめ、頑張ってね!」
「サクッとエクスの本拠地ぶち壊してきぃや!」
マリーとチャーリーがキャペルニクスの持つツインペアに口を近づけ、そんなエールを送ってくれた。
よしっ、気合入った!
「ありがとう、行ってくるぜ!!」
俺はそう言って、大空へと向かって駆け出した。
向かうは4万km先のエクスの本拠地。
そこを目指して一直線だ!
俺は竜王の指輪の効果で空中を踏みしめながら、どんどんと加速していった。
大気圏を抜けるくらいまでは、ある程度適当に走っていいらしいので、ぐんぐんと加速していく。
そうやって、走り続けること数十秒。
どんどんと地面が離れていく。
そして、大きなイブの街が砂の粒ほどの大きさになった。
そのあたりから、向かい受ける抵抗がぐんと減っていくのを感じた。
どうやら、大気圏が近いようだ。
そのまま数十秒ほど走り続けていると、更に空気抵抗は減っていき、ついには全く抵抗が無くなった。
大気圏を抜けたらしい。
「ついに宇宙に来たか」
そう言って、俺は達成感から後ろを振り返った。
すると目の前には、サファイヤの様に青く輝く、美しい惑星が存在していた。