107 宇宙への道
「なるほど・・つまり、このロケットで宇宙に行くのは不可能ということか?」
俺の説明を聞き終えたシルビア王子は、ゆっくりと確認するようにそう聞いてきた。
「はい。ある程度の高さまでは行けるかもしれませんが、敵の本拠地がある高度4万kmまでは遠く及ばないでしょう」
行けても大気圏よりかなり内側だろう。
それまでの間に加速して慣性飛行で辿り着くという手も一瞬考えたが、宇宙空間で軌道の修正が出来ないとなるとシビアな計算が必要になる。タイミングが数秒ずれただけで、狙いは大外れしてしまうだろう。そんなロケットには乗りたくない。
「そうか。となると、敵の本拠地を襲うのは無理か・・・」
シルビア王子は、ため息をついて空を見上げた。
非常に残念そうにしているので心苦しいが、ここで止めておかないと俺がロケットに乗る羽目になるからな。
そんなマイルドな自殺みたいなことはしたくない。
「申し訳ありません、シルビア王子。宇宙には空気がないことをすっかり失念しておりました」
そう言って王子に頭を下げるキャペルニクス。
彼は俺の説明を聞いて、宇宙には空気がないことを思い出したらしい。
そんな大事なこと忘れるなよ!と、厳しく追求したいところではあるが、彼の本職は天文学だ。専門分野外の人が一人でロケットを作り上げた苦労を考えると、攻めることも出来ないか。
「いや、よい。キャペルニクスは一人でよくここまで頑張ってくれた。その努力は余が一番知っている」
「王子・・・」
王子と目を潤ませたキャペルニクスが見つめ合っている。
なにやら感動的なシーンになりつつあるが、危うくアレに乗せられそうになった俺は冷めた目で見てしまうな。
・・しばらく放っておこう。
「しかし、これで打つ手が無くなったな。他に宇宙へ行く手立てはないだろうか?」
少しの間、お互いの苦労を称え合っていた二人だったが、落ち着いたようだ。
そして、打つ手がなくなったことを再認識したらしい王子が、俺達に向かってそう尋ねてきた。
宇宙へ行く方法ねぇ。
「あるにはあります」
俺にはある考えが浮かんでいたので、王子に向かってそう返事をした。
気は進まないが。
「何!それは真か!?」
俺の言葉を聞いて、キラキラした目をこちらに向けてくる王子。
「ええ、まぁ。ただ、宇宙空間にも魔素が満ちている事が条件になります」
俺のその言葉を聞いて、チャーリーが閃いたようだ。
そして、不安そうな顔つきでこちらを見ている・・うん、不安になる気持ちはわかる。というか俺が一番不安だ。
「数百年前に現れた魔王が、メテオクラッシュという流星を大地に落とす魔法を使ったとの記録が残っておる。おそらくではあるが、宇宙にも魔素はあるはずじゃ」
俺の質問にはキャペルニクスが答えてくれた。
流星を落とす魔法って凄いな。やっぱ魔王は規格外だ。
だが、おかげで宇宙でも魔法が使えることが分かったな。
うん、分かった。
分かったな。
分かってしまったのか・・・
「急に黙ってどうしたのだ?」
何も言わない俺を不審に思ったのか、王子がそう尋ねてきた。
あー、気乗りしないが言うしかないか。
早いとこ敵の本拠地を潰しておかないと、エクスによる被害が拡大してしまうもんな。
「すいません、宇宙へ行く方法について深く検討していました」
「なるほど。して、その方法とはどんなものだ?」
王子が追求してきた。俺が焦らしているとでも思ったのか、少し語気が荒い。
よし、もう退路は絶たれた。
もう進むしかねえな。
「まず、これを見てください」
俺は左手にはめられた竜王の指輪を王子に見せた。
「ん、この指輪。どこかで見たな・・・あ!ひょっとしてこれは、シュタインが作成した竜王の指輪ではないか?」
流石は王子。この指輪の存在を知っていたらしい。
となれば話は早いな。
「そのとおりです。ご存知の通り、この指輪をつけると空を歩くことが出来ます。これを使って宇宙に行きます」
そう、作戦は単純。
俺が竜王の指輪を使って敵の本拠地まで走っていき攻撃する。これだけだ。
「だが、敵の本拠地は毎秒8kmもの速さで移動しているのじゃぞ?どうやって追いつくつもりじゃ?」
俺の作戦の穴に気がついたのか、キャペルニクスがそんな指摘をしてきた。
「それに関しては問題ない。方法は秘密だが、俺は超高速で走ることができる。毎秒8km程度なら余裕だ」
俺は靴の事は隠しつつ、キャペルニクスの質問に答えた。
今の俺なら、空気抵抗がなければ毎秒8km程度余裕で出せるはずだ。前が見えないから空絶のマントは使えないが、宇宙に空気はない。大丈夫だろう。
あとは、これを信じてもらえるかどうかだが。
「うーむ。はじめ殿が魔王を倒すほどの実力者だというのはシュタインから聞いているが、毎秒8kmで走れるというのは・・」
王子はそう言うと、腕を組んで首をかしげた。
うん。やっぱ信じては貰えないか。
「シルビア王子。おそらく、はじめ様の言っていることは真実です。私は魔王討伐の瞬間を見届けましたが、目で追えぬほどの速さで魔王の首が飛んでいました。私の動体視力を上回る速さとなれば、それくらいの速度が出せていたとしても不思議ではありません」
俺がどうやって王子に信じてもらおうかと頭を巡らせていると、思わぬ人物から援護が入った。
イカれメイド改め密偵部隊隊長のモニカである。
まさか魔王の討伐の瞬間を目撃していたとは。
「ほう。モニカの動体視力を上回るとなると、確かに信憑性はあるな」
王子はモニカのことをよほど信頼しているのか、彼女の説明で納得していた。
「だが、他には問題はあるだろう。宇宙空間には空気がないと言っていたが、呼吸はどうするのだ?」
俺の作戦の新たな穴に気づいたらしい、シルビア王子がそんな質問をしてきた。
流石は王子、頭がいい。魔法を学ぶために留学するだけの事はある。
そう、宇宙へ行くにあたって一番の問題は呼吸である。
人間離れした速度で走れるとは言え、俺も所詮人間。
呼吸をしないと生きていけない。
そして今のところ、呼吸を止めるくらいしか方法が思いつかない。俺が気乗りしなかった原因はこれだ。
「そこなんですよね。どうしましょう?」
俺が正直にぶっちゃけると、王子・キャペルニクス・モニカ・チャーリー・マリー、5人全員がズッコケた。
・・仲いいな君ら。
「そこノープランやったんかい!!」
不安が的中したと言わんばかりの表情で、チャーリーがつっこんできた。
「最悪、息止めるしかねえかと思ってたんだが」
「息を止めるのは不可能じゃろう。敵の本拠地は高度4万km。この惑星と敵の本拠地が最接近したときに、秒速8kmで移動したとしても、往復2時間以上かかってしまうのじゃぞ?」
キャペルニクスが具体的な数値を上げて、俺の無茶を指摘してきた。
ほう、往復2時間もかかるのか。
・・・無理だな。
2分でもギリギリかなとか思うところなのに、2時間って。
桁が違う。
「魔法で何とかならないかな?」
息を止めるのをスッパリと諦めた俺は、魔法の専門家であるチャーリーとマリーにアイデアを募ってみた。
「うーん、思いつかんなぁ。周りに空気を纏わせても、はじめが全力で走れば吹き飛ばされるやろうし」
チャーリーが色々と考えてくれているが、思いつかないようだ。
やっぱり、そんな都合の良い魔法はないか。
「あ、大魔法でなら出来そうなのがあるわね」
お、マリーがなにか閃いたようだ。
ところで、
「大魔法って何だ?」
普通の魔法とどこが違うんだろう?
文字通り大きさだけってことは無さそうだし。
「大魔法って言うのは、複数人で詠唱共鳴を利用して発動する魔法のことね。詠唱に時間が掛かるし、発動してから効果が出るまでにも時間が掛かるから戦闘には使えないんだけど、その分効果が大きいものが多いの」
マリーが補足説明を入れてくれた。
なるほど、そんな魔法の分類があったのか。
俺が納得して頷いていると、俺以外の皆は既に知っていたようで、マリーに視線を集めて次の言葉を待っていた。
俺としては詠唱共鳴が何なのかが気になるとこだが、話の腰をおることになりそうだ。続きを聞こう。
「防御結界の一種で、ポリゴンシールドっていうものなんだけど」
知ってる?と、チャーリーやキャペルニクスの方を向いて問いかけるマリー。
「ポリゴン・・あ!思い出した!確か、属性なしの上級魔法でそんなのがあったな」
どうやらチャーリーは思い当たるものがあるらしい。
「ああ、アレならば確かに可能かも知れん。結構な大きさがあるから、2時間程度ならば呼吸も持つじゃろう」
キャペルニクスも知っていたようで、手をポンと打って納得した様子である。
王子やモニカさんも頷いている。
どうやら、知らないのは俺だけのようだ。
「それはどんな魔法なんだ?」
このまま話を進められても困るので、聞いておこう。
シールドって名前からして、防御系の魔法かな?
「ポリゴンシールドは、結界魔法に属される魔法の一つね。対象物を取り囲む六面体の結界で、通過する物質を制限できるから空気を通さないようにできるはずよ。構築に時間が掛かるから、魔物の討伐には使えなくてここ最近は使う人が居なくなったけど」
なるほど。
そんな魔法があったのか。
確かに、その魔法なら新鮮な空気に囲まれたまま、宇宙へ行くことができそうだ。
「その魔法、ここにいる皆は使えるのか?」
マリーは口ぶりからして使えそうだが、一応全員に聞いておこう。
「私は使えるわね」
「使えるで」
「わしもじゃ」
「余も使える」
「私も使えます」
まじか。
まさか俺以外の全員が使えるとは。
魔法のスペシャリストだらけじゃないか。頼りになるな。
・・・頼りにはなるんだが、ドヤ顔でこちらを見てるモニカが腹立つな。
「5人おれば、3m四方くらいの結界は構築できそうじゃ。それなら・・4時間くらい呼吸できるじゃろう」
キャペルニクスがざっと計算してくれたようだ。
4時間呼吸が持てば、まぁ安心か?
いや、やっぱりちょっと怖いな。
緊張で息が早くなるかもしれないし。走ると息も上がるだろう。
「余裕を持って結界をでかくしたいんだが、この避難所には他に魔法を使えるやつは居ないのか?」
俺がそう聞くと、キャペルニクスが沈んだ表情になった。
「申し訳ないが、この避難所で上級魔法が使えるのはわしとシルビア王子だけじゃ。わしら以外の力ある魔法使いはみな、戦に駆り出されてエクスに殺されてしまったからの。年齢と外交上の理由で、わしとシルビア王子は戦に参加せんかったが」
・・なるほど。
悪いことを聞いてしまったな。
「だが安心してくれ。先程の4時間という数字は、運動した成人男性の呼吸量から計算しておる。空気が足りなくなることは無いはずじゃ」
「そうか。なら大丈夫だ」
ここはキャペルニクスの計算を信じることにしよう。
いざとなれば、走行速度を上げればいいしな。
「あ、そう言えば結界はどうやって壊せば良いのかしら?」
マリーが突然そんなことを言い始めた。
なにかに引っかかる事があるようだ。
壊すって、普通に魔法を解除すればよいのでは?
「そうだった!ポリゴンシールドは一度効果を指定して結界を構築してしまうと、2日ほどはその効果が解けぬままじゃ」
「え!そうなの?」
まずいじゃん!
敵の本拠地を破壊して宇宙から帰還しても、徐々に酸素がなくなって死んでしまう。
そんな間抜けな死に方は嫌だぞ。
「結界を壊す方法って無いのか?」
俺は慌ててキャペルニクスに質問した。
「閉じ込め用に開発されたものじゃから強度がかなり高い。それに、通過する物質を空気以外に制限した場合それらの干渉を受けなくなるからな。結界にダメージを与えるのが自体難しいんじゃ」
「そういうことか」
つまり、空気を使って攻撃するしかないってことになるな。
「私ウィンドディザスターが使えるんやけど、それでも破壊できへんかな?」
そういえば、チャーリーは最強の風魔法覚えたんだったな。
特級魔法だ。流石に壊せるんじゃないか?
「ウィンドディザスターを使えるのか!?それは凄い!凄いが・・」
キャペルニクスはチャーリーの言葉に驚きはしたものの、すぐに声が沈んでいった。
特級魔法でも無理なのか。
「あの結界は斬撃などには強いからな。厳しいかもしれん。結界の性質的に、火の特級魔法が使えれば壊せると思うんじゃが」
そう言うと、キャペルニクスはちらりとチャーリーを見た。
が、当然チャーリーは首を横に振っている。
そりゃそうだ。ウィンドディザスターだって、こないだ覚えたばっかりだもんな。
火の特級魔法なんて覚える暇はないだろう。
ん?火か。
そうか、火ならなんとかなるかも知れん。
「具体的に、どの程度の高温になれば壊れるんだ?」
「8000℃くらいで壊れたはずじゃ。まあ温度だけじゃなく、相当な熱量も必要になるが」
なるほど。
それなら、
「じゃあ、空力加熱で何とかなるんじゃないか?」
俺は思いついたアイデアをキャペルニクスに伝えた。
「そうか!?それなら、行けるかもしれん!少し待っておれ、計算してみる!」
キャペルニクスはそう言うと、机に直接数式を書きなぐり始めた。
・・なんかデジャブ感があると思ったら、シュタインに似てるんだな。
まぁ学者同士、性格や行動も似ているものなのかもしれない。
「空力加熱ってなんなん?」
俺とキャペルニクスの話についていけなかったのか、チャーリーがそんな質問をしてきた。
王子やマリー、モニカも気になるみたいでこちらを見ている。
よし。キャペルニクスの計算にもまだ時間が掛かるし、ここは丁寧に説明しておくか。
科学教室inルーラ、開幕だ!
「空力加熱ってのは、空気の圧縮と摩擦で熱が生じる現象で・・」
俺はキャペルニクスが計算し終わるまでの時間を使って、空力加熱の概念を皆に説明することにした。