104 化物の情報
テントの中は、寝袋が3つとちゃぶ台が置いてあるだけの殺風景なものだった。
まぁ避難場所だしな。こうして寝袋とテントがあるだけ良い方なのかもしれない。
「適当に座ってくれ」
シルビア王子はちゃぶ台の向こう側へ座ると、俺たちにそう声をかけてきた。
王族の前に座るのは礼儀的にどうなんだと思ったが、立つと頭が天井につきそうだ。
「了解した」
言葉に甘えて座ることにした。
俺は王子と向かい合う位置に座り、両隣にはチャーリーとマリーが座った。
モニカは王子の横に座っている。
「まずは認識の共通化を図りたい」
俺たちが座るなり、シルビア王子がそんな事を言ってきた。
認識の共通化ね。
どこか学者っぽい言い方だな。
魔法を学ぶために留学しているだけはある。シュタインとも気が合いそうだ。
「余がシュタインから聞いた話では、はじめは勇者ルシファーを超える戦力を有しているらしいが、これは本当か?」
いきなり王子がとんでもない事を聞いてきた。
「・・状況次第ではそうかもしれません」
ルシファーについてはステータスでしか見たことがないからな。断言はできない。
奇襲有りなら100%勝てる自信はあるが、正々堂々と勝負と言われるとどうなるか分からん。
「そうか!・・となると、」
王子はそれ以降、ブツブツと独り言を言いながら考えに没頭し始めた。
えーっと、これはどうすれば良いんだ?
モニカの方を見ると、手のひらをこちらに押し出すように向けている。
待てということか?
しょうがないので、そのまま待つことにする。
誰も話さない無言の時間が過ぎていく。
不思議な空間ができてるな。
そのまま数分ほど無言の時間に耐えただろうか。王子が独り言をやめて膝に手を打った。
どうやら、考えがまとまったらしい。
「はじめ達には【エクス】の討伐を頼みたい」
王子が俺の目を真っ直ぐに見つめて、そんなお願いをしてきた。
いや、【エクス】ってなんだ?
「すいません、【エクス】とは何でしょう?」
素直に聞いてみることにした。
「おお、そうか。まずはそこから説明する必要があるな」
王子はそう言うと、この国・この街で何が起きたのかを教えてくれた。
まず、この国に異変が起こったのは3週間前。
西にある大都市のガルディアが白い化物に襲撃されたことから始まった。この例の白い化物のことをこの国では【エクス】と呼んでいるらしい。
このエクスは、カルディアの外周に突如現れた。
身の丈が5m以上ある人型の化物で、硬い体は剣を弾き返し、手から出る青い炎は建物から人まで全てを焼き尽くしたとか。
街に襲来した10体のエクスにより、数万人が住んでいたガルディアは壊滅的な被害を受けた。騎士団が到着したときには既にエクスは撤退していており、ガルディアの街は今のイブのように、ボロボロになっていたらしい。
「その化物が現れた時、紫の雲が現れたとかって噂はなかったですか?」
被害規模のデカさから言って、ほぼ第四の試練で間違いないと思う。
しかし、確信が欲しかったので聞いてみることにした。
「なんだ、どこかで聞いてきたのか?はじめの言うとおりだ。エクスが街に現れる前、街の上空には紫の巨大な雲が漂っていたらしい」
やはりか。
ということは、三週間も前に試練は始まっていたってことになる。
完全に見逃していた。
この初動の遅れは痛い。
「それでこのエクスだが、」
俺が試練の始まりに気がつけなかったことを軽く後悔していると、王子が説明を続けた。
エクス襲来を受けたルーラ聖国は、直ぐにその正体を探ろうとしたらしい。
しかし、エクスを実際に目撃した住人は殆ど生き残って居なかったため、情報はあまり集まらなかった。分かったのは2つ、エクスには上級魔法程度では傷一つ入らないほど強力な化物だという事、そして何処から来たのか何処へ帰っていったのか不明であるという事だった。
この時、ルーラ聖国内では2つの意見で割れていたらしい。
一つは他国に助けを求めるべきだと言う意見。そしてもう一つが、自国の力だけで対抗すべきだという意見だ。
俺はどう考えても助けを求めるべきなのではと思ったが、他国が開発した魔導兵器である可能性を捨てきれなかったため、結局は自国の力を結集してエクスに立ち向かう事になったらしい。
そして2週間後、ついに首都イブにエクスが襲来した。
ルーラ聖国は、全戦力を投入して首都の防衛に当たった。しかし、3日間に及ぶ激戦の末、討伐できたエクスは7体。
残り3体は討伐できなかったという。
そして、その残りの3体にイブの街を破壊されたらしい。
「エクスはひたすらこっちを攻撃してきた感じやったんか?」
チャーリーはエクスの戦闘時の様子が気になったようだ。
「そうだ。基本的には機械のようにこちらを攻撃してきた」
「基本的には?」
王子の言い方が気になった。
変な動きもあったってことか?
気になって聴き直すと、王子は顔をしかめながらエクスについて追加情報を語り始めた。
「一体だけ、自我を持ったやつが居たらしい。その男は、放火魔バリーを名乗っていたらしい」
「「「放火魔バリー?」」」
って誰だ?
この世界では有名人なのかと思ってマリーとチャーリーの方を見たが、2人とも眉をひそめて首を振ってきた。
どうやら、有名なやつではないらしい。
放火魔っていうくらいだから、犯罪者なんだろうけど。
「数年前にルーラ聖国で放火を繰り返した犯罪者だ。数百人の犠牲者を出し、その罪で処刑された男だ」
数百名って・・・。
えげつない人数だな。
元の世界で犯罪者を探しても、それだけ殺したやつはそういないだろう。
「そいつが国王と会話しているのを見ていたという人に聞いたんだが、どうやらバリーは邪神に蘇らせて貰ったらしい」
「邪神か」
いよいよ出てきたな。
邪神が与えている試練とは言え、今までは影も形も出てきてなかったのに。試練の終わりが近づいて、焦ってきたんだろうか。
邪神が直接手を出してきたら勝ち目はなさそうだけど、今までの傾向から言ってそれはないだろう。
ん?
そう言えば、なんで邪神は直接人間を攻撃してこないんだろう?
「(なぁチャーリー。邪神は何で直接攻撃してこないんだ?強いはずだろ?)」
蛇の道は蛇ってことで、チャーリーに聞いてみた。
「(神は霊体やからな、基本この世の事には直接は関与できんようになってるんや。ただ、試練って形なら魔物や人間を介して影響を与えることができる。やから邪神は魔物や人を操って、試練と称して攻撃してきてるんやろな)」
「(なるほど)」
さすがチャーリー。
今までモヤモヤしてたことがハッキリしたぜ。
もっと早くに聞いておけばよかった。
あれ?でも待てよ
「(チャーリーは俺達に大きな影響を与えていると思うんだけど?)」
神様のはずなのに。
「(依代、つまり魂の抜けた生命体があれば、その中に入ることで影響を与えることができるんや)」
なるほど、そう言うことか。
チャーリーが今入ってる体も、本来はリカちゃんの物だもんな。チャーリーと過ごす時間が長すぎて、その印象が薄いけど。
「(邪神が誰かの体に入って攻撃して来るってことは無いのか?)」
気になったので聞いてみる。
「(私を見れば分かるように、例え神様でも依代に入るとその依代の持つ能力しか発揮できへんからな。魔物や魔王を操れるだけの力を持つ邪神が、わざわざ人間の中に入るってのは考えられへんと思うわ)」
「(なるほど)」
そりゃそうか。
人間になるとかなり弱体化しそうだもんな。
こっちとしては、その方が助かるんだが。
「もう良いだろうか?」
と、声がする方を見ると、王子がまぶたをヒクヒクとさせながら俺達の方を見ていた。
まずい、少し怒ってらっしゃるな。
王子を放置して長いことひそひそ話に興じたのは、失礼だったかも知れん。
「「すいません」」
素直に謝る俺とチャーリー。
「まぁ良い。そちらのチーム内で話し合うこともあるだろう」
俺達の謝罪を受けて、すんなりと許してくれたシルビア王子。
どうやら器が大きい男のようだ。
「ここからが本題だ。このエクスだが、どうやら徐々に数を増やしているらしくてな、既にこの首都イブ近郊で5体が確認されている」
ほう、5体か。
ルーラ聖国が7体討伐して残り3体になっていたはずだから、2体増えているな。
ペースとしてはそんなに遅くはないが、これからも増え続けるとすると厄介なことこの上ないな。
「あんな化物が増え続けては、ルーラ聖国だけの問題では済まない。我らラース王国を含む全世界の国が危険に晒されるだろう。そこで、あの化物の生産拠点を叩きたい」
「生産拠点が分かるのですか?」
確かエクスは飛んできたって言ってたよな。
どうやって突き止めたんだろう?
「その事に関連して、はじめ達に紹介したい人がいる。ついてまいれ」
俺の質問にそう返したシルビア王子は、こちらを一瞥してテントの外へと出ていった。
「了解」
俺は返事をして王子の後を追った。
しばらく週一更新になりそうです。