100 ルーラ聖国崩壊
ドートル喫茶の営業を終えた俺達は、すぐに王都に向けて出発した。俺は走って、マリーとチャーリーは空を飛んで。
俺の上にいるマリー達は、新幹線並みの速度で飛行している。マリーがハイドロキャノンを覚えてくれたおかげで、チームとしての移動速度が大幅に上がったな。
「見えた!早よ着陸するで!」
ファンタジスタを出て3時間ほど経った時、上からチャーリーの叫び声が聞こえてきた。
前方を確認すると、豆粒ほどのサイズではあるが王都の姿が確認できた。どうやらもう着いたようだ。やっぱ、以前と比べてかなりスピードアップできているな。観光しながらとはいえ、前に来た時は2日かかった距離なのに。
俺がそんなことを考えていると、マリーとチャーリーが空から降りてきた。
スピードが早くなったので着陸にかかる距離が長くなっていたが、王都まであと数百m程度の場所で無事着陸することができた。
「あかん、めっちゃ怖かったわ。もうこんな速度で飛びとうない」
「スリルがあって楽しかった!次はもっとスピード出したいわね」
降りるなり、対象的なことを言う二人。
表情も綺麗に別れており、チャーリーは顔を青くして調子が悪そうだが、マリーは顔を紅潮させて目を輝かせている。
まるで、ジェットコースター好きの娘とそれに付き合わせられたお父さんと言った感じだ。
「二人ともお疲れ様」
俺は二人(特にチャーリー)に労いの言葉をかけた。
「なんとか日が暮れるまでに到着できて良かったわね」
満足げな表情を浮かべながら、そんな言葉を漏らすマリー。辺りを見渡すと、さっきまで見えていた夕焼けもなくなっている。少し時間が経てば、すぐに暗くなってしまうだろう。
本当に間に合って良かったぜ。
暗くなったら空を飛べないし、野宿する羽目になっていたからな。
「日が暮れる前に門の中入ろか。門限があるかも知れへんし」
両手で頬をパチンと叩いて気合を入れてから、そう叫んだチャーリー。
チャーリーの指摘は最もだな。
これで王都に入れなかったら、ここまで急いで来た意味がない。
「そうだな」
というわけで、俺たち三人は門に向けて歩き出した。
そのまま数分ほど歩いたところで、門の前までやってくることができた。門はまだ閉じて居ないし門番がいるところを見ると、まだ門限にはなっていないようだ。
だが、門の前で何か揉めている連中がいるな。
馬に乗って門から出ようとする男を、必死で門番が止めているといった感じだ。
男は何やら焦っているが、魔法使い風のローブを被っているため、その表情は伺えない。何してるんだ、あれ?
「ええい、離さんか!通信魔導具が使えない以上、直接言いに行くしか無いだろうが!」
そう言いながら、門番を振りほどこうとする男。
「もう暗部が向かっております!それが不発でも、明日の朝には騎士団が行きますので!自ら向かわれたいのであれば、明日の朝までお待ち下さい」
男の乗る馬につかまって、行く手を阻む門番達。
門番の言葉遣いから推測するに、どうやら男の方はかなり立場が上の人らしい。
「明日までなど待っていられるか!今この瞬間に王子が死ぬかもしれないんだぞ!」
王子が死ぬ!?
物騒な話だな。俺たちが王都のギルドから呼ばれたことと、なにか関係があるのか?
男はかなり焦っているのか、門番を突き飛ばして走り出そうとしている。
その衝撃で被っていたフードが取れ、顔が露わに・・・って、
「シュタインじゃねえか」
フードの中からは、見慣れたエルフ顔のイケメンが出てきた。
見たこともない程険しい顔をしているが、間違いない。シュタインだ。
「この声は・・もしや、はじめか!?」
俺の声に気がついたシュタインが、門番と押し合うのを止めてこちらを向いた。
そして俺の顔を確認すると、馬を降りてこちらに走ってきた。
「王都のギルドへ頼んだ伝言が、届いておったのか!?」
俺の前まで来ると、少しだけ表情を崩してそう聞いてくるシュタイン。
もちろん、俺は伝言など受け取っていない。俺に連絡があったという事くらいしか知らない。
シュタインの態度から察するに、王都のギルドを通じて連絡しようとしていたのはこいつだったようだ。
「いや、伝言は受け取っていない。途中で通話が切れてしまったらしくてな。それで嫌な予感がしたから、急いでこっちへ来たってわけだ」
俺は話がこじれないように、正確に情報を伝えた。
「そうだったか。良くやったはじめ!お前の勘は大したものだ」
そう言って俺の背中をバシバシと叩いてくるシュタイン。興奮しているのが伝わってくるが、それと同時に焦燥感のようなものも伝わってくる。
表情も未だに険しく、何か不味いことが起きたんだろうという事が伺える。
「それでシュタイン。お前があそこまで焦るとは珍しいな。一体何が起きたんだ?」
俺がそう聞くと、シュタインは辺りを見渡し後、
「ここで話すのはまずいな。こっちへ来てくれ」
そう言って、俺達を門の中へと案内した。
だが、
「お待ち下さい、シュタイン様!」
門番から静止の声が上がった。
「こいつらが本当に、ルシファー様と並び立つ冒険者なのですか?私にはそうは思えません、偽物ではないでしょうか?」
そう言って、少し震えた声でシュタインに意見したのは、門番の中でも一際若い金髪のお兄さんだった。
この門番、勇敢な人だな。こんなにも厳しい表情のシュタインに向かって意見を言うとは。
「どうしてそう思う?」
苛立っているのか、半ば怒鳴るように門番に質問したシュタイン。
「シュ、シュタイン様が王都のギルドへ伝言を頼んだのは夕方です。それを聞いてファンタジスタから来たなら、今ここに居るはずがありません。どう考えても時系列が合いません」
なるほど、どうやら俺達が来るのが速すぎたせいで、いらない誤解を生んでしまったらしい。
ここは弁明しとかないと。
「それが出来るやつだからこそ呼んだんだ!何も知らない奴は下がっていろ!!」
俺がどうやって説明しようかと考えていると、シュタインが一喝して場を収めてくれた。
・・いや、収まってねぇな。
シュタインが声を荒げるのが珍しいのか、門番達はざわついているし、怒鳴られた若い門番は泣きそうな顔になっている。
「はじめ達、こっちだ。早く来てくれ」
そんな状況を少しも気にしていないのか、俺たちの案内を続けるシュタイン。
この状況、放っておいて良いんだろうか?
「行くか」
「そうやな」
だが、俺達に出来ることなんて無い。
門番を気の毒に思いつつ、シュタインの後ろについて王都の中へと入っていった。
久々に入った王都は、多くの人々で賑わっていた。もう日が暮れかけていることもあり市場こそ閉まっているものの、居酒屋や食堂の前に灯った松明が爛々と輝いており、その中からは笑い声が漏れている。
そんな賑やかな通りの中を、雰囲気に合わない険しい顔で歩いていくシュタイン。
何らかの事件が起きたが、まだ市民にまではその事が伝わっていないといったところだろうか。
「こっちだ。着いてきてくれ」
と、街の観察をしていると、シュタインがとある宿屋へと入っていった。
看板には【木漏れ日の休憩所】とかいてあり、外観は少し高級な宿といった感じだ。
てっきり、王城まで行くのかと思っていたが、宿屋で話をするのか?
「Fの関係だ。201号室を頼む」
「かしこまりました」
シュタインが発した暗号のような言葉に反応して、宿の主人が鍵を渡している。
Fの関係とはなんだろう?
「二階だ。来てくれ」
鍵を受け取ったシュタインは、淀みのない動きで階段から二階へと上がっていった。質問する暇すら無いほど、スムーズな動きだ。
俺たちは後を追った。
二階には幾つか部屋があったが、シュタインは突き当りの扉を開けて入っていった。続いて部屋に入ると、そこには宿の雰囲気には似つかわしくない程高級感のある円卓と椅子がおいてあった。
「かけてくれ」
シュタインは一番手前の席に座ると、俺達に着席を促した。
なんとなく上座である一番奥の席に座るのを躊躇した俺は、その席の一つ隣に座った。チャーリーも俺と同じ考えだったのか、その席を空けて座る。一番奥の席を挟んで俺とチャーリーが席についた感じだ。
そして、俺とチャーリーの間の席には、マリーが堂々と座った。
・・・こっちの世界には、上座なんて概念は無いんだろう。きっとそうだ。
「さて、まずは王都まで来てくれてありがとう。感謝する」
俺たちが席につくなり、シュタインが頭を下げて礼を言ってきた。
まだ何もしていないのに、礼を言われるのは不思議な感じだ。
「顔を上げてくれ、シュタイン。お礼を言われる事はしてないぜ。いきなりそう言われると、何か大変なことでも頼まれるのかと勘ぐってしまうじゃないか」
「勘がいいな」
俺の言葉に反応して、そう言葉を返してくるシュタイン。
やはり、何かお願いごとがあったのか。それもさっきの門での一幕から考えると、王子の命がかかるほど重要な願い事が。
「そうだ。はじめ達には、ルーラ聖国にいるシルビア王子の救出を依頼したい」
「救出?ルーラ聖国と揉めたのか?それとも、あっちで犯罪にでも巻き込まれたか」
王子を他国から救出しなければならない事情なんて、俺にはそれくらいしか想像できない。
でもまぁ、おおよそ当たってるんじゃないかな。
と、そう思って質問した。
しかし、シュタインから帰ってきたのは予想外の答えだった。
「ルーラ聖国は・・ルーラ聖国は崩壊した」