099 予兆
それは、ドートル喫茶でコーヒーを淹れていた時だった。
「はじめ様。リリーさんがお呼びしているのですが、いかが致しましょう?」
メニスが厨房へとやってきて、そう言付けてきた。
こんな時間にリリーさんからの呼び出しとは珍しいな。今は既に夕方の4時。もうじき店も閉まる時間だ。
「オッケー。これ淹れ終わったら行くから、カウンターで少し待ってもらってくれ」
「かしこまりました」
気になるが、とりあえずこの一杯を淹れてから会いに行くことにした。
コーヒードリップは途中で止められないからな。
しかし、何の用事だろう?ひょっとして、Cランク昇格試験のお誘いとかか?それとも・・いや、深く考えるのはよしておこう。
俺は色んな可能性を考えながらも、手先は乱さず丁寧にお湯を落としていった。
「よしっ!」
完璧に淹れ終わった。
あとはミルクと砂糖を淹れて・・できた。
カフェオレの完成だ。
「フェル!三番テーブルよろしく!」
「了解でしゅ!」
俺がいつものように配膳台にカフェオレを乗せると、フェルが元気よく運んでくれた。
さて、俺はリリーさんのところへ行くか。
革でできたエプロンを外して、カウンターの方へと向かった。
するとそこには、サクサクとタッキーを頬張っているリリーさんがいた。両手でタッキーもってるから、リスみたいで可愛らしい。なんか緊張感が薄れた気はするが。
「こんばんは、リリーさん。今日はどうしたんです?」
俺は近くにいたメニスに紅茶を2杯頼んだ後、リリーさんにそう話しかけた。
「あ、はじめさん!こんばんは!」
リリーさんはそう言ってから口の中に残っていたタッキーをゴクリと飲み込んで、
「いきなり訪問しちゃってすいません。実はさっき、通信魔導具に王都の冒険者ギルドから連絡があって、はじめさんに繋いでくれ言ってきたんですよ」
「王都の冒険者ギルドから?」
なんでだ?
そもそも、俺達は王都では冒険者ギルドに行ってないし、心当たりが全然ないんだが。
「はい。用件を聞こうとしたんですが、話の途中で通信が切れちゃったんですよ。なので、はじめさんに何か心当たりとか無いかなと思いまして」
「なるほど・・・うーん、心当たりは全然ないですね。そもそも王都のギルドに知り合い居ないですし」
王都全体で言っても、ほとんど知り合いいないからな。
ラッセルとシュタイン、あとは王や王子くらいのもんだ。
「そうなんですか?困りましたね・・向こうは焦っている様子だったので、急ぎの用だと思うのですが」
「焦っていた?」
何か嫌な感じがするな。
ひょっとして、王都で何かあったんだろうか?それも、通信が出来なくなるくらいの何かが。
・・まずいな、胸騒ぎがしてきた。
次の試練が始まったのか?
「ありがとう、リリーさん。とりあえず、マリーとチャーリーにも心当たりがないか聞いてみるよ」
恐らく無いとは思うが、一応な。
「分かりました。また、王都のギルドから連絡があったらお知らせしますね。今は王都以外のギルドにも通信できないようなので、無いとは思いますけど」
「王都以外のギルドにもですか?」
そんなに大規模な通信障害が発生しているとは。
太陽嵐でも吹き荒れているのか?いやでも、こちらの通信は魔法を使ったものだからな。電気的な障害が関係するとは思えない。
ほんと何なんだ?
「ええ、そうなんですよ。私もはじめてのことなので驚いちゃって」
どうやら、この世界でも通信障害は稀なことのようだ。
「何か新しい情報が出たらお知らせしますね!それじゃ、私仕事抜け出してきているので、これで失礼します」
「ああ、引き止めちゃってすいません。じゃあまた」
お仕事中だったのか。悪いことしたな。
俺はリリーさんに手を振って別れを告げた。
さて、まずはチャーリーとマリーに話してみるか。
「王都のギルドからの呼び出しか。怪しいやないか」
と、突然後ろからそんな声が聞こえてきた。
「聞いてたのか?」
振り向くと、そこには指を唇に当てて思案しているチャーリーが居た。
どうやら、チャーリーは配膳などをこなしながら、しっかりと俺たちの話を聞いていたらしい。
「断片的にやけどな。それより、このタイミングでの王都からの呼び出しに大規模な通信障害。試練が関係してるとしか思えへんな」
やはりそうか。
チャーリーも俺と同じことを考えていたようだ。
「そうだよな。となれば、速攻で行くしかねぇな」
何が起きているのかは全く分からないが、ここで行かないという選択肢はない。
「せやな、今日中に出発したほうがええやろな。一瞬の遅れが致命傷になるかもしれへんし」
よし、そうと決まれば行動開始だ。
となると、
「マリーに伝えてくるぜ!」
俺はマリーに現在の状況と出発することを伝えるため、厨房の中へと戻っていった。