098 不自然な平穏
修行した日から2週間が経った。
あれから俺たちは、のんびりとした日々を過ごしていた。てっきり、すぐに次の試練が始まるものだと思っていたが、全く何も起きていない。
紫色の雲の噂もなければ、魔物が大量に発生したという報告もない。もちろん他の国との戦争の話など皆無で、ラース王国は至って平和である。
「なんか拍子抜けするな」
3年前、佐々木さん達が対応した最初の試練である魔物の大量発生が始まった。そしてその3年後、第二の試練であるクルーガー王国との戦争危機が発生した。そこから2~3週間後には、第三の試練である魔王襲来があった。そう、徐々に試練が発生する間隔が短くなっていたのだ。
てっきり、次の第四の試練は魔王を討伐から1~2週間後くらいになるんじゃないかと内心身構えていのたが、肩透かしを食らった気分だ。
「規則性が分からへんな。そろそろ始めると思ったんやけど」
そう言って、眉間にシワを寄せて険しい顔をつくるチャーリー(見た目が幼女なので、険しさよりも可愛らしさが勝っているが)。
「でも、平和ならそれはそれで良いんじゃない?ひょっとしたら、次の試練は3年後かもしれないわよ」
マリーは割と楽観的な見立てをしているようだ。紅茶を淹れながら、そんな事を言っている。
あ。ちなみに、ここはドートル喫茶で、今は営業後に紅茶を飲みながら雑談しているところだ。
「うーん。それでええんかなぁ?もう3週間経ってもうてるし・・試練は始まってるけど、私達がそれを見逃してる可能性は無いやろか?」
チャーリーは慎重な性格だからか、この状況を楽観視していないようだ。
見逃してしまっている可能性か・・
でもなぁ、
「今までどんどん試練の規模が大きくなってるだろ?第一の試練はファンタジスタの危機、第二の試練はラース王国の危機、そして第三の試練はラース王国を含む周辺国の危機だ。そうなると、次はこの大陸全土の存亡が脅かされる規模の危機になるはずだ。流石にそんな大きな出来事があれば、俺たちの耳に入ると思うけどな」
俺たちが営む喫茶店には、一日で数百人のお客さんが訪れる。そのおかげで、情報は大量に手に入る。他国の情勢や街の小さな出来事に至るまで。
大陸を脅かす程大きな事件があれば、見逃すことは無いと思うんだよな。
「うーん、まぁそうか。神経質になりすぎてるんやろか?」
そう言って、紅茶にチャポチャポと角砂糖を淹れていくチャーリー。
可愛らしい見た目とは裏腹に、少しアンニュイな雰囲気を漂わしている。
・・・あれだな。俺は砂糖はいれない派なんだが、眼の前でこんなテンポよく入れられると、俺も砂糖を入れたくなってくるな。
そう思って、俺は砂糖の入った壺に手を伸ばす。
しかし、チャーリー側の机の端にあるので、ギリギリ手が届かない。チャーリーも考えに没頭してこちらには気がついていないようだ。
立ち上がって取るか?いや、面倒だな。
俺は限界まで手を伸ばして、砂糖を取ろうと頑張った。
すると、
「あっ!」
まずい!壺が机から落ちた!
あの壺はドートル爺さんに貰った、そこそこ高いやつだったはず。
なんとしてもキャッチせねば!
俺は手にした紅茶を投げうって、落下する壺目掛けてダイブした!
そして、壺が床に衝突する直前、
「よっしゃぁ!」
俺は、ギリギリで壺をキャッチすることに成功した!
やったぜ!
「ナイスキャッチ!」
「やるやん!」
見ていた二人からも賞賛の声が届いた。
俺は思わずドヤ顔になる。そして、
「ま、俺にかかればこんなも【ビチャ】【ガッ】
自慢しようとしたその瞬間、上から紅茶が降ってきた。
そして、ほぼノータイムでカップも落ちてくる。
・・・
ここに、ドヤ顔で壺を持ち、頭にカップを被った紅茶滴る謎男が生まれた。
「ふふっ、ん」
「くっん」
それを見たマリーとチャーリーは、悪いと思ったのか一瞬笑いをこらえた。
がしかし、
「アハハハハハ!」
「フハハハハハ!あかん、めっちゃおもろい!」
ついには堪えきれなくなったらしい、二人して大爆笑し始めた。
マリーはお腹を抱えて目に涙が浮かぶほど笑っており、チャーリーは俺を指差して机をバンバン叩きながらの大爆笑だ。
ふ、
「ハハハハハハッ!!」
俺も何か知らんが滅茶苦茶面白くなってきて、釣られて大爆笑をしてしまった。
何だこの状況?
なぜか全然笑いが収まらない。
「フフッ、あんなドヤ顔してるとこにビチャって・・フフッ!」
「私はそれよりも、あの綺麗に頭に乗ったカップが・・プフゥッ!」
それぞれ違うとこがツボに入ったらしく、全然笑いが収まらない二人。
ここはあれだな、
「やれやれだぜ」
俺はあえてもう一度ドヤ顔を作り、斜め前の空間を見つめた。
「アハハハッ!あれ何処見てるの?」
「フハハ!あかん、頭にカップ載せてその顔やめてくれ!腹筋が・・・フフッ」
二人共全然笑いが収まらないな(狙いどおりだが)。
「ハハハハッ!!」
ヤバイ、俺も笑い止まらなくなってきた。
痛い腹筋痛い。
それから暫くの間、俺たち三人はずっと爆笑していた。
笑いが収まりそうになったら、俺がまたドヤ顔を作ったり、チャーリーが俺の動きのリプレイを始めたりしたので、滅茶苦茶長い間笑い続けていた。
こんなに笑ったの久しぶりだ。
ツボに入っちまったぜ!壺だけに・
「あーもう、真剣に考えてたのがバカらしいくなってくるやん!もうええか!楽しいし!」
ひとしきり笑って悩みが吹っ飛んだのか、そう言って笑顔を見せるチャーリー。
「そうね。もう今が楽しければいいわよ!このまま何年でも待てばいいじゃない!」
マリーも、楽観的な考えがより強まったのか、立ち上がってそんな事を言っている。
「そうだな!試練は来たとき考えりゃいいさ!それまでは楽しくやろうぜ!」
かくいう俺も、今が楽しきゃ良いじゃんと思えてきた。
次の試練が3年後になるかもしれないし、緊張し続けるのも馬鹿らしい。
俺はテンションに身を任せて、椅子の上に登り立ち上がった。
「次の試練が来るまで冒険して、喫茶店やって、盛り上がっていくぞ!!」
「「オー!!」」
俺の掛け声に二人が大声で応えてくれた。
そして、二人が椅子の上に立つ俺にタックルを仕掛けてきた。
思ったより強力な突撃に、俺は転ばされ三人で転げ回った。そして、また顔を見合わせて笑った。
ひょっとしたら、迫りつつある危険から目をそらしていたのかもしれない。それでも俺たちは、こんな生活がずっと続けばいいと本当にそう思ってたんだ。