異世界へ
周りの景色がどんどん流れていく。一秒もしないうちに何本もの木々が眼前を通過してゆく。
新幹線の車窓からの景色のようだ。
現代の日本に暮らす人なら、普通に誰でも見たことがあるだろう。
しかし、異常な点が2つほどある。
1つは、俺の後ろを巨大な狼が追いかけているということだ。
動物園に行けば狼くらい見かけるだろと思うかもしれない。
しかし、まってくれ。
今俺を追いかけている狼は、動物園にいるようなファンシーなやつじゃない。
体長は2m程もあり、口が異常に大きく牙の長さだけで50cmほどもある。
しかも、足も非常に速く、時速100kmほどで移動している俺から引き離されることもなく追いかけてきている。
こんな危険な生物、日本にはまずいないだろう。
そして、普通と違う点のもう一つは、いま俺は走って狼から逃げているということだ。
つまり、俺はいま時速100kmで狼との追いかけっこに興じているわけだ。
なぜこんな妙な事になっているのか。
それは、俺が一つの不運に見舞われたことから始まった。
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時は少し遡る。
俺は、生活費と学費を稼ぐために、アルバイトでとして靴屋で働いていた。商店街にある黄色い看板のチェーン店で、その時は春の入学フェアとして学生向けの靴を中心に売っていた。
周りに靴屋が無いこともあって、この店はかなり繁盛しており、平日の昼にも関わらず、たくさんのお客で賑わっていた。
正直、働き始める前は平日の昼間だったらお客も少なくて楽できるだろーと思ってシフトを入れたので、当てが外れた気持ちで働いている。しかし、時給の高さや(地方なのに1100円もある、かなり美味しい)、人に合った靴を勧めることの楽しさもあって大学入学以来2年半ほどこの仕事を続けている。
いまは小学校入学に合わせて、新しい運動靴を買いに来た男の子とそのお母さんを接客していた。
「今の時期に買うとなると、0.5cmほど大きめの靴を買ったほうが良いかもしれません。この歳のお子様はすぐに足が大きくなりますから」
そう言うと、きれいな顔をしたお母様はすぐに頷きながら同意してくれた。
「そうですよね!この子の運動靴、半年前にサイズぴったりの物を買ったんですけど、もうつま先が痛いって言って履いてくれなくなって」
そういって、お母様は店内を走り回っている子供の方を見た。
すると、自分の話をされているのに気がついたのか、こっちに走ってきた。ア◯レちゃんみたいに手を広げながら走っている。
・・・なかなか、古いネタを知っている子供だな。今だと再放送もやっていないだろうし、どうやって知ったんだろう?
「お兄ちゃん、カッコよくて。早いの頂戴!早いの!」
そう言いながら、俺の膝をペシペシ叩いてくる子供。
親戚のガキとかだったら、何をするかーとか言いながらプロレス技でもかけたいところだが、流石にお客さんの息子にそんなことは出来ない。
「それならこの靴がおすすめだよー」
小学一年生とはいえお客はお客、ちゃんと接客しないと。俺はそう思いながら、かけっこに情熱を燃やす子供に大人気の靴、瞬◯を子供に手渡した。
「かっけー!この赤いと黒のやつかっけー!」
子供は瞬◯の見た目が気に入ったらしく、俺から靴を受け取って履こうとしている。お母様がその姿を微笑ましそうに見た後、瞬◯の値段を見て少しぎょっとした顔をする。
「この靴、けっこうなお値段するんですね。」
そう。この瞬◯、空気ばねが内蔵されていたり、靴底に軽くスパイクが付いていたり、軽かったりと、速く走るのに必要な機能を盛りだくさんにつけているので、子供靴にしてはかなりお高いものだったりする。
「たしかに、値段はお高めです。でも、そのかわりこれを履くだけで足が早くなると評判で、都心のほうの学校だと運動会での使用を禁止する所もあるくらいなんですよ。今、フェア中なので私も履いていますが、普段より速く走れている気がします!」
そういって俺は畳み掛けるようにセールストークを仕掛ける。
「うーん、そう言われると悩みますね。だいちゃんはそのお靴気に入ったの?」
そう言って、子供が座っていた方を見ると、そこには誰も居なかった。ふと、店の外を見ると、ア◯レちゃん走りで道路向かい側の歩道を疾走している子供が居た。
「もう、お店の物持ち出しちゃダメじゃない」
そう言いながら、子供を追いかけようとするお母様。
「大丈夫ですよ、僕が連れてきますから」
そう言って、俺は子供を連れ戻しに店の外に出た。こういうときは、そのまま逃げられないように、自ら迎えにいけと店長に指導されているのだ・・・世知辛い世の中だぜ!
「あ、にいちゃん」
店の外に出た俺に気づいたようで、子供が道の反対側から横断歩道を渡ってこっちに走ってきている。
向こうから来てくれているし、ここで待っておくか。
そう思って、歩みをとめて。子供を待つことにした。
と、そのときに気がついた。
横から横断歩道に突っ込んでくるトラックが、赤信号なのに全く減速していないことに。
子供は気がついていない。
「危ない!」
そう言って、俺は思わず飛び出していた。人生で一番早いんじゃないかって速度で、子供のもとに駆け寄っていた。火事場の馬鹿力が出ていたのかもしれないし、フェアだからと履かされている瞬◯のおかげかもしれない。なぜ、こんなにも速く走れているのかは分からないが、とにかく俺はトラックが子供に当たるギリギリのタイミングで駆け寄ることが出来た。
俺は力を振り絞って、子供を突き飛ばした。
その瞬間、俺は全く減速していなかったトラックに跳ねられて、空を舞った。
全身の骨が折れる音がする。
周囲の景色がスローモーションで流れていく。
道路では、俺が突き飛ばした子供が、尻もちを付いて居るのが見えた。良かった、俺は轢かれちゃったけど、子供を助けることはできたんだな。
そう思うと同時に、俺はコンクリートの道路に体を叩きつけられ、そのまま意識を失った。
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目が覚めると、俺は真っ白な空間に居た。
病院か?と思ったが、そもそも俺はベッドに寝ておらず、床に直接横たわっている。しかも、自分の体を見てみるとあれだけ激しく轢かれたのにもかかわらず、傷ひとつ付いていないし、服も破れていない。あの時の格好そのままである。
ってことは天国にでも来たのか?でもそれにしては何も無さすぎるだろう。そんなことを考えていると、いきなり声が聞こえてきた。
「西東はじめ様、あなたは現世にて一定の善行を積みました。よって、このまま天国に行くか、転生するかを選ぶことが出来ます。」
聞こえてきた声は、どこか機械的な声だった。わかりやすく言うと、ペッ◯ーくんとかSI◯Iみたいな機械音声と一緒だ。さっきの機械音声を信じるなら、転生できるのか!ひょっとして、これは最近流行りの異世界転生ってやつか?
「転生って、同じ地球に転生するのか?それとも別の世界なのか?」
俺は思い切って、聞いてみた。
「ここでいう善行とは、自分の身を犠牲にして他人を助ける。新薬を開発して多くの人を救うなどが当てはまります」
・・・こいつ、俺の話きいてねぇ。SI◯Iだってもうちょっと頑張って対話してくれるぞ!
そう思って憤った俺だったが、考えてみると今聞いた条件だと、毎年かなりの人間が当てはまる。それに一々対応していたのでは、仕事量が膨大になってしまう。ある程度機械化するのは仕方ないのかもしれないな。
その後は特に口出しすることなく、機械音声の説明を聴くことにした。
ところどころ脳内補完を入れつつ、まとめるとこんな感じだ。
・天国に行った場合は、記憶をなくして天界で生を受けることができる。
・転生を選んだ場合は、記憶は保持したまま転生することができる。
・転生先の世界は、いわゆる魔法やステータスなどの概念がある、ゲームのような世界である。一日の長さや暦などは地球と一緒。
・体も格好も死ぬ直前のまま転生する。(それって転生ではなく転移では?と思ったがスルーした)
・転生するときは、死ぬ直前のステータスが反映される。いわゆるチートスキルのようなものはもらえない。
・しかし、何もなしでは可哀想なので、漏れなく全員に収納袋 (制限重量100kg)と、ステータスカードをもらえる。
・収納袋はこの世界では貴重品で、買うと金貨100枚程度する。
・このステータスカードは、冒険者になるのには必須であり、普通に買おうとすると金貨一枚程度の値段である。(これは高いのか?)
・転移先の言語を扱える様に、脳に手を加えてもらえる(怖い)
なるほど。俺が読んだ小説なんかの異世界転生者だと、必ずチートスキルをもらえてたような気がするんだが・・・もらえるのがステータスカードと収納袋だけって。
収納袋もステータスカードも、ゲームのような世界で冒険するには便利そうだが、金で普通に買えるんだよな。ってことは、転生した利点って少し多めお金がもらえるのと大差ないってことで、小説であるような異世界で無双するようなことはできそうにないな。
うーん、悩む。ドラ◯エなんかのゲームは好きだから、ゲームみたいな世界に行って冒険したり魔法使ったりには正直憧れる。でもチートスキルも何もない状況で、いきなりそんな世界に行っても、俺は戦えるんだろうか。
現代日本で暮らす普通の大学生(インドア派)だし、ステータスもかなり低い状態からのスタートになっちゃうしなー。
「制限時間は後1分です」
制限時間短すぎじゃね!
もう良いや、転生しちゃおう!せっかく冒険出来る世界に行けるんだし、ここで飛び込まなきゃ絶対後悔するに違いない!(錯乱)
「転生でお願いします!」
そういった瞬間、俺の周囲が光り始めた。
「転生ですね。承知いたしました。それでは第二の人生をお楽しみください」
機械音声がそう言い終わると同時に、俺の周囲の光が徐々に大きくなり、俺は目を閉じた。
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目を開けるとぼやけた緑色が一面に見える。どうやら先程の強烈な光に目をやられたらしい。目が回復するまで、少し時間がかかりそうだ。
まず、状況確認のために自分の体を触ってみる。うん、ユニ◯ロで買ったジーパンにポロシャツ、まさしく俺が死ぬ前に来てた服装だな。
服装を確認していると、冷たさが肌を刺し鳥肌が立った。かなり寒い場所に転生したみたいだ。匂いを嗅いでみると土や花の香りがする。徐々に焦点が合いつつある、ぼやけた緑の景色と共に考えると、どうやら森のなかにいるようだ。
「町中に転生させてくれればよかったのに」
気が利かない神様(?)だ。こんな森に放り出されて、熊にでも襲われたら終わりじゃないか。
そんなことを考えているうちに、視力が回復して周りがはっきり見えるようになった。
俺が考えていた通り、ここは森の中らしい。しかし、日本に居たときの森とは若干景色が違う。少し奥の方にあるキノコは人のサイズくらいあるし、木は以上に背が高くてっぺんが見えない。
「とりあえず、状況を確認しないと」
俺はそうひとりごちて、まずは神様にもらえたはずの収納袋とステータスカードが何処にあるのかと探してみる。すると足元に、銀色に光り輝くA4サイズのカードとリュックサックが無造作に置いてあった。
おそらく、この銀色のカードがステータスカードで、リュックサックが収納袋なのだろう。
「ステータスカード、思ってたよりデカイな」
そう言いながらカードを持ち上げる。重量はA4サイズのノートくらいの重さだ。
少しして、カードに文字が浮かび上がる。
【所有者登録を行いますか? YES or NO】
なるほど、こうやって最初に設定するのか。スマホみたいだな。
俺は迷わずYESを選んだ。すると、カードが輝いて、以下の文字が表示された。
名前:西東はじめ
種族:人間
職業:なし
LV:1
HP:10/10
MP:10/10
STR:14 [備考:筋力値]
VIT:10 (+2)[備考:物理防御力]
AGI:7 (×100)[備考:俊敏性]
INT:6 [備考:魔法攻撃力]
MND:5 [備考:魔法防御力]
所持スキル:なし
所持魔法:なし
装備品
ポロシャツ:異世界で人気の服。物理防御力+1。レア度 ☆1
ジーパン:異世界で人気のズボン。物理防御力+1。 レア度 ☆1
神の靴:速さのみを追求した神の作りし靴。俊敏性×100。レア度☆10
収納袋:空間魔法が施された袋 ☆3
どうやら、これが俺のステータスらしい。
Lv1ってのは納得だ。戦いなんか小さい頃の喧嘩くらいでしかしたこと無いし、Lvも上がりようが無いだろう。STRとかの能力値は・・比較対象が居ないからどんなもんか分からん。魔法関係の値が低いから、ひょっとしたら魔法は苦手なのかもしれない。所持スキルや所持魔法が無いのも当然か、転生したてだし。ってことで、ステータスに関しては、だいたい想像の範囲内だ。
しかし、装備品がおかしい。ポロシャツとかジーパンに関しては、まあ分かる。物理防御力が+1になるのも、攻撃されたときに服着てたほうがダメージ少ないし、ある意味当然といえる。
問題は、靴だ。なんだ!神の靴って!俊敏性100倍になるってとんでもない靴だな!慌てて自分の履いている靴を見てみるが、どう見ても瞬◯にしか見えない。
「瞬◯は神様が作った靴だったのか」
いや、何を言ってるんだ。動揺しているな俺。
「すー、はー、すー、はー」
深呼吸して落ち着こう。落ち着きは、何よりも重要だってゴ◯ゴも言ってたしな。俺もハードボイルドな男として、何が起きても動じないようにしないと。
そうして、何回か深呼吸していると、気持ちが落ち着いてきた。
落ち着いて考えてみれば、これはラッキーな事だ。俺はいま、魔法と剣と冒険の世界にいる。おそらく、凶悪な動物や魔物なんかもいるだろう。そんなやつらと遭遇したときに、今の俺のレベルでは勝てそうにない。つまり逃げるしか無いわけだ。
そうしたときに、俊敏性が高いというのは非常に役に立つ。普通ならライオンや狼なんかの肉食獣から走って逃げることなんて不可能だが、100倍も補正がかかっていれば、逃げ切れるはずだ。
「ぐるるる」
ふと、後ろからそんなうめき声が聞こえたので、振り返ってみる。
するとそこには、大きな口と牙を持ち、体長2mはあろうかという狼がいた。
「そうそうこんな狼がいてもだいじょ、ってえ!」
「バウ!!!」
俺と目があった瞬間、狼は大きな口を開けて俺に噛み付いてきた。
慌てて横っとびをして避けると、思った以上に飛んでしまい。木にぶつかってしまった。
「いたっ」
思わず声が出るほど痛かったが、お陰で噛みつきは避けることが出来た。
「がるるる」
まずい、噛みつきを躱したことで狼のプライドに火をつけたみたいだ。凶悪な目でこっちを睨んできた。
・狼が食い殺そうとこっちを見ています。どうしますか?
>仲間にする
>逃げる
うん、これは逃げる一択だろう。というかふざけてる場合じゃないよな。
「バウ!!!」
狼がまた俺に噛み付いてくる。
「ギャー!!!」
今度は横っ飛びはせずに、全力疾走で狼から逃げることにした。
そうしてそのまま20分ほど狼と追いかけっこをして、冒頭のシーンに戻るわけだ・・・
お待たせしました!
改めて振り返ってみると、靴を販売していたはずが、随分と妙な状況になったもんだ。
こんなことを言ってると、随分落ち着いているじゃないかと思うかもしれないが、どうやら俺の足の速さは狼より早いらしく、追いつかれる心配はなさそうなのだ。森の中の走りにくさもあって、完全に巻くのは厳しそうだが・・
そんなことを考えているうちに、光が強くなってきた。
森の出口らが見えてきたようだ。
そして、数秒走ると眩しい太陽が見えた!どうやら森を抜けることが出来たみたいだ。走りながらあたりを見回すと、一面平原となっており、すごく遠く(目算で5km先くらいか?)に壁のようなものが見える。おそらく城塞都市かなにかだろう。よし、あの町に駆け込んで助けを求めよう。
「バウバウ!」
後ろを振り返ると、まだあの狼が俺を追ってきていた。
しつこい野郎だ。走りやすい場所に来たことだし、更にスピードを上げてやる!
「うぉぉぉ」
体感で時速140kmくらいで走る。
この速度だともはやポロシャツがバタついて肌にあたって痛い。脱ぐべきか?でも町で助けを求めるときに、半裸でいるよりは服を着ていたほうが助けてくれそうな気がする。シャツのバタつきくらいは我慢しよう。
後ろを振り返ると、逃げられると思ったのか、狼も決死の表情で俺を追いかけてきた。あれ、なんか徐々に距離を縮められている気がする。
「まずいッ」
追いつかれるかもしれないという危機感からか、急に怖くなってきた。あんな狼に噛みつかれたら、今の俺の紙のような防御力だと瞬殺だ!くそっ、泣きそう。
狼が俺の5m後ろまで迫ってきたとき、ようやく町の門が見えてきた。門は石段の上にあり、両脇には衛兵らしき人が槍を持って立っていて、雑談している。
「おーい!たすけてくれ!」
俺は渾身の力を振り絞って助けを求めながら走る。
すると、相手もこちらに気がついたようだ。そして、俺の後ろにいる狼にも気がついたようで、何やら慌てだした。
あっ!門を閉めようとしてやがる!
「ストープ!もうちょっとで良いから、ちょっとだけ待って。」
俺は遅刻した高校生のような言い訳をしながら、石段を駆け上がっていく。後ろからは、狼も階段をかける音が聞こえる。
門は既に閉まる直前で、もう3mくらいしか幅が残っていない。2m、1m、
「まにあえーーーー!!」
そう言いながら、門が閉まる直前、俺は門の隙間に体を滑り込ませて門の内側に入ることが出来た!!!
そして俺が振り返ると
「ギャ!」
閉じた門に頭をぶつけたのか、狼の悲鳴が聞こえた。
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