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一振りの剣にまつわる挿話  作者: 井出有紀
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プロローグ

プロローグ


「暑い」

 馬上で男が唸った。言い終えると同時に、彼は手綱を放り出した手でマントをばたばたとはためかせ、胸元へと風を送り込んだ。それでも不快感は消えない。海を越えてやって来る筈の季節風は熱く、湿気を帯びている。

 主人が唸ろうがもぞもぞと自分の背で身動きしようが、馬は全く心を動かされた様子もない。どこ吹く風といった感でのんびりと歩き続けている。体毛の色に従い、この馬はサルジュという名を与えられていた。茶色の世、完全に白い脚――雪である。二つの色が混ざり合う腹の辺りは吹雪を描いたようなまだらになっている。鞍には、布に包まれた長い「杖」が括りつけられている。

「くそ。海が近いってのに、なんで風まで熱いんだ?」

 夏の陽は余すところなく緑の大地に降り注いでいた。

 時折、海の向こうから来た季節風が吹き抜け、草原を波立てる。一面に広がる若草の緑は、うねりの度に周囲と異なる緑を現し、陽光を反射して微かに煌めき、一瞬後には元の色に戻る。

 その緑の地に、薄茶色の線が一本描かれていた。北からずっと続いている街道である。街道と言っても名ばかりの、石畳で舗装されているでもない、獣道に毛が生えた程度のものである。整備された道路を領外にまで通すような力を持った国家が、この地方この時代、まだ出現している筈もなかった。

「海峡は狭い」

 もう一人の男が口を開いた。暑さに悪態をつく男よりは年かさなのだろうか、落ち着いた響きがそこにはある。連れと同様、彼も強い日差しを避けるためにマントのフードを目深に降ろしていた。彼が跨っているのは、全身が栗色でたてがみだけが黒い、やや神経質で頑固な馬である。のんびりとしたサルジュとは対照的に、このライファ――風――という名の馬は主人の命令しか聞こうとしない。

「その向こうには砂漠が広がっている。照り返しで熱せられた風は海の水分を含むだけだ。狭い海峡を渡ったぐらいでは冷やされずにこちらへ渡る。あとひと月もすれば、西からの季節風でかなり過ごしやすくなると思うが」

 大陸の西は外洋に面している。西風も湿り気があるものの、近くを流れる寒流のおかげで温度は低い。

「てめえはどうだか知らんが、一ヶ月もカゼールに留まるつもりなんかねえよ、俺は。よっぽど居心地が良けりゃ別だがな……それにしてもよくご存じなこった。例によって本か?」

 然様、と出かかった言葉を呑み込み、男はそうだ、と応えた。

「ふうん」

 若い男は気のない返事を投げる。

「宮廷出身の騎士様は教養が深いことで」

「野育ちの魔法使いと同じにしてもらっては困る」

 冷やかしをすっと切り返され、若い男の口元が歪んだ。

「嫌味な野郎だな」

 自分を棚に上げ、魔法使いが罵る。

 元騎士は横目で連れを見やったが、何も言い返さなかった。


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