見えざる幻想皇帝は虚空に降り立った識天使。
『私の息子は襲って来た血の爪団に拐われました!』
『俺の娘も黒馬の騎士に連れて行かれたんだ!』
『祭司様、なぜ幼子ばかりが拐われたり連れて行かれたりするのですか!!』
『約束の救済者は、本当に来るのですか!!』
アンサタ十字を掲げる祭司ウィザード.ユーリーの周りに集まる人々が口々に訴える。
『信じて待つのだ……幻想理想郷ファンタジァよりの救済者は必ず来る。』
ウィザード.ユーリーの傍らに佇たたずむ白いローブの婦人が
器に盛られた白い粉を人々に分け与えた。
『天より糧ヘブンズマナを食するのです。』
『あなた方の救済者は、ただ御一人。』
『それは幻想皇帝、識天使セラフィムなのです。』
『惑わされてはなりません……この虚無の空間で蠢うごめく土の器などではかりません。』
白いローブの婦人の言葉を確かめるように一人の男が訊ねた。
『その土の器とは、鉄屑傭兵団スクラッパーたちのことを言っているのですか……』
祭司ウィザード.ユーリーは白いローブの婦人を馬車に乗せ軽く馬の背に鞭打った。
『いずれ全てが明かされる時が来るであろう……』
その言葉を残して白いローブの婦人を乗せた祭司ウィザード.ユーリーの馬車は闇市ボッタを出て行った。
現実理想郷と幻想理想郷を結ぶ鍵。
聖女クレィデイアを乗せた気球が魔女ウィツチ館の真上に着いた。
『下に見える館が私の自宅です。』
『気球を下ろしてください。』
聖女クレィデイアの言葉に眼鏡少年ラジエツターがバーナーの火を弱める。
『どうやら、血の爪団の追跡を振り切れたようだな……』
鉄屑傭兵団スクラッパー長レンチが小さく呟いた。
広い中庭へと降りて行く気球から館のベランダが間近に見える。
ベランダへ慌てた様子で身を投げ出し逃げて来た年配の紳士と婦人の姿。
後を追うように館から出てきた天妖騎士団がサーベルを抜いて二人を囲んだ。
『魔導師と魔女を野放しにはできぬ!!』
『幻想理想郷ファンタジァの背徳者よ!!』
『識天使セラフィム様の裁きを受けよ!!』
逃げ場を失った二人を上空の気球から見ている聖女クレィデイアが叫ぶ。
『お父様ーーー!!』
『お母様ーーー!!』
その声に気球が浮かぶ上空を見上げる天妖騎士団の長、権天使アルカイ。
『幻現橋の魔女がおるぞーーー!!』
『この二人を始末した後、あの魔女ウィツチも捕らえるのだ!! 』
天妖騎士団のサーベルが紳士と婦人を次々と刺し通した。
その場に倒れ込むクレィデイアの両親。
息、絶え絶えの声で最後の言葉を娘クレィデイアに投げ掛ける二人。
『決して幻現橋の鍵を……渡してはならんぞーーー!!』
『あなたが……二つの世界を繋ぐ……最後の砦よ!!』
眼鏡少年ラジエツターは機転を効かせてバーナーを再度、噴射し気球を上昇させた。
気球の上で崩れ落ち涙する聖女クレィデイア。
『お父様……お母様……ウウウ』
天妖騎士団を睨み付けるスパナーとハンマー。
『酷いことをしゃがるぜ!!』
『仇は俺たちが必ず取ってやる!!』
スパナーが眼鏡少年ラジエツターに気球を魔女の館外へ下ろすよう急かした。
鉄屑傭兵団スクラッパー長レンチが気球を館の外へ向けるラジェツターの手を押さえた。
『止めときな!!』
『奴等は今の鉄屑傭兵団スクラッパーの実力で太刀打ちできる相手じゃない!!』
眼鏡少年ラジエツターが魔女ウィツチの館に屯たむろする天妖騎士団の頭に着目した。
『あれは天妖八大使の権天使アルカイ。』
『聖女クレィデイアのパワーが反発して増幅しているのも、そのため……』
『現幻橋力ウィツチ.パワーが、この気球を包み込んでいる以上、奴等は手出しできない。』
『現実理想郷イデアポリスと幻想理想郷ファンタジァの両世界間を行く鍵を持つのは聖女クレィデイアのみ……』
眼鏡少年ラジエツターが話終えると夜空を大きく覆う満月へ向かい透明の橋が伸びて行った。
涙を拭ぬぐいキリッと月を見詰める聖女クレィデイアが凛々しく力強い声で語る。
『幻想理想郷ファンタジァの扉が開かれています。』
『今こそ勇者として成長を遂げる時!』
『行きましょう!!』
『幻想理想郷ファンタジァへ!!』
『今宵から私わたくしも鉄屑傭兵団スクラッパーの一員です!!』