2人の夢を背負ってあの舞台へ駆ける
俺は今思えばこんなことに興味なんてなかったはずだ。高校でも中学みたいに帰宅部を続けるつもりだった。
だが気がつけば俺はこの世界にのめり込んでいた。
「足立くん後200m!!」
「楓がんばれー!!」
グラウンドの外から声援が飛ぶ。
脚が思い息が辛い。止まってしまいたい。だが……俺が止まれるかよ。
「あぁああああああ!!!」
俺はただゴール向かって足を走らせた。
そう彼女に望んだ世界を……インターハイの会場を見せてやるために。
「は? 俺が?」
入学式が終わって初日にいきなり同じクラスの隣の席の奴に陸上に誘われた。
どうするかな。俺としちゃ正直めんどくさいが……
「ね、お願い!」
元気そうな短い髪をした大きな目の女の子。橘智恵理だったか?
そいつが懇願してくる。なんでこいつそんなに俺を勧誘するんだ?
「……なんか理由あるのかよ」
「私走るのが大好きなの! でもほらここってその……人いないじゃん? だから私が誘って活発にしようかなって」
元森高校、たしかに陸上が有りはするが弱小で有名な高校。熱心なコーチや技術がある人もいない。部員数自体は多いがその大半がアルバイトをしながら時間があるときだけといった方法や1度も行かず部活動に入っていたという実績が欲しいだけの俗に言う行かなくても良い部活だ。
「好きなのに良くここ来たな。弱いの有名じゃねぇか」
「うっ、そうなんだけどさ」
「てかそういうの勝手にやって良いのかよ」
「良いみたい。先輩も言いよって言ってくれたし!」
「とりあえず俺はパス。走るの嫌いだし」
俺は部活動に入るつもりはない。バイトして金も欲しいしなにより汗臭く走るなんてごめんだ。
何かを智恵理は話そうとしたがホームルーム開始を告げるチャイムが響き先生が立ち上がる。
「ほら始まるぞ。席座れ」
「……うん」
智恵理は以外にも大人しく座った。そりゃそうか。
そいつは熱心に広報活動を続けていたみたいだがどれも実を結ばなかった。
それからしばらく、5月になると俺もある程度クラスになれ始め友人と呼べる奴らも数人は出来るようになる。
放課後に帰らずに俺は仲良しのグループで溜まっていた。
「で、お前は誰推しなんだよ」
友人の1人の祐樹がそんなことを聞き出す。
男子高校生ともなればこんな話題も出てくるようになる。まぁよくある話だ。
「僕は篠咲さんかなぁ。めっちゃ綺麗じゃん!」
「わかる! スタイルもすげぇいいしな!」
俺は何の気なしに外を眺めてみる。
たった一人、ストップウォッチを握り締め自分でタイムを計りながら走っている橘の姿がそこにはあった。
「どうした楓? ……ハッハーン。橘さんかあの人も可愛いよなぁ」
「でも変わった奴ではあるだろ、あんな好きなのに弱小のここ来るなんてよ」
「まぁね」
あ、こけた。
足をひねったのか痛そうな顔をしてからも立ち上がりゆっくり帰って……はぁもう。
「悪いちょっと用事」
「ヒューヒュー、楓かっくいー!」
「うるせぇ」
俺は教室を出て外に向かう。
そこには足首を赤くした橘の姿があった。
「時間図りながら走るからだ馬鹿」
「あ、楓。やっほ」
俺は途中で買ったジュースを渡すと横に座る。
「あ、サンキュ。お金今度返すね」
「いらねぇよ、てかそこまでして走らなくて良いだろ。走るだけなら家でも出来るだろうし」
「アハハ、まぁそうなんだけどさ」
恥ずかしそうに笑うと橘はジュースのふたを開けて飲み始める。
「インターハイ、どうしてもいってみたいんだ」
「へぇ、理由あるのか?」
「うん、私のお母さんも陸上やってたんだけどね、凄い選手でほぼ出場確定って言われて端だって、でも怪我が原因で出場できなくて……だから私が連れて行ってあげたいの!」
「……ふーん」
そんなことを馬鹿真面目に真っ直ぐな目で語る橘は少し綺麗に見えた。
「それに私も行きたいし」
「結局それかよ」
「タハハ」
苦笑すると橘も笑顔を浮かべた。はぁ、しゃあねぇなこいつは。
「時間だけ」
「え?」
「時間係だけ俺がやってやる。それなら走りやすいだろ?」
「ほ、ホントに!? ありがとう楓ー!!」
俺の手を握り締めお礼を言う橘。至近距離で笑顔を浮かべている彼女を直視するのは少しだけ恥ずかしかった。
「あれ、どうしたの?」
「う、うるせぇ。良いから治して走れ!」
「は、はい!」
それから俺は毎日こいつの走りを手伝うことになった。
水を用意してやったりタイムはかったりフォームを見たり。なんどかこいつの家に行ってあれこれ議論したこともあった。
橘も……いや、智恵理もその努力に応じただけの結果を残していった。
「イエーイ!」
「ダントツじゃねぇか。おめでとさん!」
小さな大会ではもはや彼女の敵はいなかった。
そんな彼女のお陰か2年生に上がる時にはかなりの数の後輩が入ってきた。女も男も。
俺と智恵理が付き合っているだとかそんな噂が立てられるレベルには陸上部は人が増えた。
そんな噂が立っていたから俺は少しだけ恥ずかしくて遠慮して何時もみたいに朝走ってから一緒に登校せずに先に1人で登校した。してしまった。
「なぁなぁ、橘さんどうしたんだよ楓」
祐樹が休み時間に俺の教室にやってきた。クラスはむしろこいつが一緒のはずなんだけどな。
「何にも聞いてねぇぞ」
「え、朝一緒に走ってたんじゃないの?」
「まぁそうだけど……その時には普通だった。まぁあれだろ、帰ってから少し休んでたら寝ちまった。とかそんな程度じゃねぇの。あいつ変なところで抜けてるし」
俺たちが話していると校内放送が流れる。それは俺を職員室へ呼び出す放送だった。
……俺? 何で俺が呼ばれたんだ?
「悪い、なんか呼ばれたし行って来る」
「いてらー」
まったく身に覚えがないんだが俺は何かやったっけか?
俺が職員室に行くと先生が焦った表情で俺を見ていた。
「か、楓君。君は毎朝橘君と走っているんだったね」
「ええそうですけど……何かあったんですか?」
「それが……家からは出たのに学校に着いていないらしいんだ」
あの馬鹿何やってんだ。
奥歯をかみ締める。どこかで寄り道でもしているのか?
「一応君を呼び出してみたんだが……そうか知らないか。すまないね」
「いえ、大丈夫ですよ。そろそろ教室に戻っても良いですか?」
「ああ、勿論だとも」
俺は少し嫌な予感を持ちながらも職員室を後にした。
その日智恵理は部活にも顔を見せなかった。そして次の日の朝も次の日の部活も。
俺は意を決して朝に智恵理の家にまで行ってみた。別に父親とも母親とも顔見知りだし別に恥ずかしいとかはない。
俺がインターホンを鳴らすと顔色の悪い母親が出てきた。
「楓君……」
「おはようございます。最近智恵理……さんが顔を見せなかったので少し来てみたんですがご迷惑でしたか?」
俺の顔を見ると智恵理のお母さんは涙を流した後貴方には知って欲しいと言い出した。
それを聞いた俺はお母さんの続きを待たずに走り出した。信じない信じてたまるか!
あいつが。事故で意識が戻らないなんて信じてたまるか!
息も絶え絶えで俺は病院にたどり着き病室へと向かった。だが当たり前だが俺は入れなかった。ただ怖かったから。
「……君は」
俺の前に1人の男の人が現れる。今から会社に向かうであろうその格好の人物は俺の知っている人だった。
「おじさん」
「たしか楓君……だったね」
智恵理のお父さんがそこにはいた。お母さんと同じように疲れた顔をしているが2人を支えるためなのか力が篭もった目をしていた。
「はいるかね?」
俺は頷く。そして部屋に入ると何も変わっていなかった。
「……なに、寝てんだよ馬鹿」
まるで寝ているように穏やかに寝ている彼女。だが俺が話しかけても反応はしない。当たり前だ。
胸がズキズキと痛む。走ってきたからじゃない、怖いからだ。もうあの声も笑顔も見れないと思うと……怖くて仕方が無い。
あぁそうか。そういうことか。俺はあいつが好きだったんだ、なのになんでもない振りをして走りに付き合うと言い出して……ばっかみてぇ。ホントばっかみてぇ。
「君は、娘の事が好きなのかね?」
「え?」
「同じ男だ。それぐらいはわかっているつもりだ」
お父さんは少し苦笑いを浮かべると俺の方を見てきた。
「もしそうなら、ありがとう。娘を好きになってくれて」
「そ、そんな、なんで最期みたいに言うんですか」
「……そうだな、すまない。少し弱気になっていたみたいだ」
娘が死んでしまうから。きっとそんなことを考えていたんだと思う。
俺は智恵理を見る。こいつが望んでいたこと。それは……インターハイか。
「……俺」
「ん?」
「俺は。諦めたくありません。智恵理が……望んでいたことをしてやりたいんです。おじさん。ひとつ我侭を言っても良いですか?」
「なんだね」
俺はおじさんをしっかりと見る。そんな俺をおじさんは優しそうに見つめてきた。
「俺は智恵理の代わりにインターハイまで行きます。ですから……絶対に会場に来てください」
「……わかった。きっとその方がこの子も喜ぶ」
それから俺は文字通り生まれ変わった。勉強も置き去りにひたすら走った。フォームなどは智恵理のサポートをするときに頭に入っている。俺ならできる。
何度も何度も怪我をした。馬鹿にされるくらい走った。後輩は初めこそ俺を少し変な目で見ていたがいつしかひとりの先輩としてみてくれるようになった。
それは俺が大会で結果を残したからだけじゃない、俺のサポートで全員がそれぞれ成果を伸ばし始めたからだ。
そして3年の夏。俺たちは大会で決勝戦まで上り詰めた。これに勝てばインターハイへの道が開かれる。
「……」
客席を、俺たちの待機場所を見てみる。そこに俺の見たい顔はいない。それでもこんな所で負けるわけには行かない。
アナウンスが流れる。長距離1000m。俺が出る競技の選手はそれぞれ指定の場所に着けという指示……行くぜ。
観客の騒音も何もかもの音が消える。今聞こえるのは俺の心臓の音とベルの音だけ。
火薬の爆ぜる音がした瞬間俺は走り出す。序盤から飛ばせばその分不利になる。だが序盤を疎かにすればそのまま巻き返せない。
序盤は3位程度をキープできる程度には速度を保つ。
それからは常に安定して俺は高順位をキープし続けることが出来た。
「後。少し!」
俺は今思えばこんなことに興味なんてなかったはずだ。高校でも中学みたいに帰宅部を続けるつもりだった。
だが気がつけば俺はこの世界にのめり込んでいた。それは初めこそ下心もあったかもしれない。それでも、俺はいつからかこれを心から楽しいと思い始めていた。
「足立くん後200m!!」
「楓がんばれー!!」
グラウンドの外から声援が飛ぶ。
脚が思い息が辛い。止まってしまいたい。だが……俺が止まれるかよ。
「あぁああああああ!!!」
俺はただゴール向かって足を走らせた。
そう彼女に望んだ世界を……インターハイの会場を見せてやるために。
「あっ」
だが、ここまで無理が祟ったのだろう。俺は脚を引っ掛けてしまう。
ここまでか……そう思った。だが。
「諦めないでよ! 私だってがんばってるんだよ!!」
会場にはいない声。それはたしかに俺に聞こえた気がした。
馬鹿、お前こそ大変なんだからそっちに集中してろよ。
「まだまだー!!」
そのまま俺は体制を立て直す。そして…………
俺は優勝はを果たすことが出来た。これであいつの望んだ通りインターハイへの切符が手に入った。
周りは打ち上げだとかどうとか騒いでいたが俺はそれを辞退した。そんなことよりもこのことを伝えたい人がいたから。
だが、俺は開場を出ようとしたときに足を止めた。そこにいたのは3人の人の影だった。智恵理の両親、そして。
「おめでとう楓! 私もちゃんとみてたよ!」
「ちえ……り?」
「えヘヘヘ、ただいま! すごくがんばってるって聞いて戻ってきちゃった!」
笑顔で車椅子に座っている智恵理の姿があった。
数ヵ月後。俺はインターハイで初戦敗退という無残な結果に終わってしまう。だが、俺はいけただけで満足だ。
ついでと言うべきか大学も決まった、東京の方にある陸上の専門の学校、そこに智恵理と通うことになっていた。と言っても今度は俺は1年先輩だけどな。
所属させていただいているサークルでお題記念日ということで投降させていただきました。私はあまり短編は得意ではないので不備などありましたら申し訳ありません。今回は読んでいただきありがとうございました!