表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

マンホールの幽霊

作者: ラズ

 ある町にこんなうわさが立ちました。

 五丁目の角を曲がって三つ目のマンホールのところに幽霊が出るというのです。

 実際、それは本当のことでした。

 しばらくすると赤い服を着たずぶ濡れの女の幽霊を、何人もが目撃するようになったのです。


 でも、それだけでした。

 幽霊は特に何をするわけでもなく、ただじっと、道行く人を見つめているだけなのです。

 そこは通学路でしたので、わりと頻繁に学生、とりわけ小学生たちに目撃されました。

 周辺の住民たちには幽霊に関する心当たりが何もありません。最初のうちは気味悪がっていましたが、しかし何もしてこないのがわかると皆だんだん慣れてきて、現れても無視したり、ふざけ半分に石を投げつけたりする人まで出始めました。


 ある日の夕方、ひとりの女子高生がこの道を通りかかると、数人の小学生が何やら騒いでいるのに気が付きます。

 見ると、例のマンホールの幽霊に向かって、小学生たちがサッカーボールを投げつけているではありませんか。

 しかし相手は幽霊なのでボールは当たらず、体をすり抜けては後ろの壁に跳ね返り、またすぐ手元に戻ってきます。

 小学生たちにはそれがたまらなく面白い様子でしたが、女子高生は見ていてだんだんと腹が立ってきました。

「こらぁっ!」

 思わず声を上げると、小学生たちはビクッとしてその場に固まります。

 そうしてつまらなそうに黙りこくると、どこかへ走って行ってしまいました。

 彼らはきっと自分たちが怒られたのだと思ったのでしょう。

 でも実は、どちらかといえば女子高生は幽霊の方に怒鳴ったのです。その日は友だちとケンカをして、元々ちょっぴりむしゃくしゃしていたのです。

 女子高生は幽霊に向かって言いました。

「あんたさあ、そうやってさあ、いっつもいっつも何も言わないでジッとしてて、そんなんで楽しいの? 何なのそれ? ってか何でそんな濡れてんの?」

 しかし幽霊は黙ったままです。

「ああもう!」

 怒ってその場を離れる女子高生の後姿を、幽霊はじっと見つめていたのでした。


 次の日、再び女子高生がその道を通ると、あの幽霊がいました。

 無視して通り過ぎようとすると、なんと幽霊の方から声をかけてきたではありませんか。

「あの、こんばんは」

 女子高生はちょっとビックリしました。

 幽霊が話せるとは思わなかったからです。

「あんたしゃべれたの?」

「なんかしゃべれました」

 幽霊はそれまでだれとも話そうとしたことがなく、初チャレンジだったのです。

 それからちょっとの間、女子高生は幽霊と話をしました。

 幽霊は生きていた時の記憶がおぼろげで、どこかで車か何かにぶつかったことは覚えているらしいのですが、そこから後のことは定かでなく、何だかずっと眠っていたような気がするといいます。そうして目を覚ますと、頭の上に蓋があり、顔を出したらここだったというのです。

 女子高生は話を聞いても何だかチンプンカンプンでしたが、幽霊もそれは同じでした。

 でも話しているうちに何となく気が合うことがわかったので、女子高生は幽霊と友だちになることにしました。

 それから時々、夕方になると女子高生は幽霊の所へ行き、流行の服や音楽やテレビの話をしたり、携帯でネットしたりして過ごしたのです。


 そんなふうに幾日かが経ち、いつものように女子高生が幽霊に会いに行くと、通りには人だかりができていました。

 何事かと思い人をかき分けていくと、例のマンホールが、カメラや照明やらの物々しい機材に囲まれています。

「ちょっと、何よコレ?」女子高生は幽霊に尋ねます。

「はあ、どうもテレビみたいです」

 どうやらだれかが幽霊のことをテレビ局に知らせたようです。

 しばらくすると地面の下から、

「あった! ありました!」という声が響いてきました。

 マンホールの下の下水道から死体が見つかったというのです。

 女子高生が「え?」と思って顔を向けると、そこにはもう幽霊の姿はありませんでした。


 その後、ある大雨の日の夜、会社帰りに車にはねられた女の人が、運悪く開いていたマンホールに落ち、大水によってこの隣町まで流されてきたことがわかりました。

 それを知った町の人たちは、「きっと幽霊は自分の居場所を知らせたかったんだろうね」と口々に噂し合いました。

 実際そういうことだったのかも知れません。

 でも、本人にその自覚はなかったことを女子高生だけは知っていました。

 女子高生は女の人のお葬式に参列させてもらいましたが、これといって特に何も起きませんでした。

 それから、女子高生は幽霊のいた道を通るたび、

「ここでちゃんとしたお別れをしたかったな」

 そう思って少しさびしくなるのでした。

お読みいただきありがとうございます。

幽霊というものがもし在ったとして、幽霊になった人は、幽霊となった自分をどの程度自覚しているのだろうか?みたいな疑問から書いてみた話です。

感想やアドバイス等ありましたら、よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ