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シナリオ通りに……

 翌日、私の話を聞いたお嬢様は、アリサの真意を測るため、ゲームのシナリオ通り、ペンダントの秘密をアリサに打ち明けた。

 原作では、リリスがアリサにその秘密を話したことで情報が夫人へと伝わり、ペンダントは取り上げられてしまう。

 だから当然、この後はアリサから話を聞いた夫人が屋敷へ乗り込んでくる……はずだった。


 だが、何日たっても夫人はやって来なかった。


「来ないわね。」

「そ、そうですね……」


 お嬢様は、つまらなそうに呟いた。

 やはり、シナリオの時系列に何かズレがあるのかもしれない。


 あのイベントがいつ起きたのかは、作中でもはっきり語られていなかった。

 もしかすると、もっと後の出来事なのか、それとも最近のお嬢様の行動を見て、アリサが警戒しているのかもしれない。


「ふむ、では少しやり方を変えましょうか。」


 お嬢様はそう言うと、その日からペンダントを身につけて生活するようになった。

 あからさまに見せつけるように振る舞い、ときにはその力を試して、ペンダントの有用さを周囲に誇示していた。


 そして寝る前になると、必ずペンダントを外し、あえて寝室から離れた玄関にある花瓶の下へと隠す。

 これなら、夫人に報告するよりも自分で盗んだ方が早い、と相手に思わせることができる。


 これでもしかしたら、何らかの動きがあるかもしれない。

 それから私は、毎日紅茶の練習を続けながら、ペンダントにアリサが近づいていないかを密かに警戒していた。

 しかし、アリサは相変わらず私の練習に付きっきりで、特に目立った行動を取る様子はない。

 そんな日々が何日か続いた時のこと……。


 その日、アリサから「今日はやることがあるから付き合えない」と告げられた私は、紅茶の練習を休み、念のためペンダントの警戒に回ることにした。

 日付が変わり、屋敷に静けさが広がる中、私は物陰に隠れてペンダントを見守る。

 すると、灯りの消えた暗い玄関に人影が現れた。


 ……誰かいる⁉


 その影は周囲を警戒しながら、ペンダントを隠してある花瓶へと近づいていった。

 そして花瓶を持ち上げ、そこに隠しておいたペンダントへと手を伸ばす。


 来た!


 私は急いで人影に駆け寄り、手に持っていた蝋燭を掲げて、その姿を照らした。

 そこにいたのは、アリサ……ではなく、カリーナだった。


「な、エリー⁉ どうしてここに?」

「それはこっちの台詞よ。どうしてカリーナが?」


 いや、彼女の素行を考えれば、十分あり得る話だ。

 だが、シナリオではこの役目はアリサだった。

 そもそもカリーナは、屋敷を出ていることが多いのでペンダントの事は知らないはずだ。

 しかし、カリーナの手に握られているのは間違いなく、お嬢様のペンダントだった。


「……チッ」


 カリーナは驚く私を一瞥すると、舌打ちをしてペンダントを懐にねじ込み、そのまま逃げ出そうとした。

 しかし、その瞬間――


 カリーナの進行方向を塞ぐように、一本のナイフが彼女の顔の前を通り過ぎた。


「ひぃ⁉」


 当たりはしなかったものの、カリーナはその場で腰を抜かし、へたり込んだ。

 そして、静かな足音とともに、暗闇の奥から、ろうそくの光がゆっくりと近づいてくる。


「さて、盗人は、誰かしら?」


 蝋燭を手にしたお嬢様が、床に座り込むカリーナを見下ろし、口元に小さな笑みを浮かべた。


「あら、随分お久しぶりね、カリーナ。」

「リ、リリス……お嬢様?」

「私のペンダントを持ってどこに行こうとしていたのかしら?」

「そ、それは……ちょ、ちょっと借りようと――」


 その瞬間、カリーナのすぐ脇の床へ、ナイフが深々と突き刺さる。


「ひぃ⁉」

「私、嘘は嫌いなの……もう一度聞くわ、それを盗んでどうするつもりだったの?」

「お、奥様に渡そうとしました……」

「どうして?」

「この前、奥様から……お嬢様について何かあれば、些細なことでもいいから伝えるように命じられて……」


 カリーナは怯えながら自供していく。

 どうやら夫人は私たちが外に出たことをきっかけに、カリーナにも監視を命じたらしく有力な情報を渡せば追加の報酬を払うという事だったらしい。


「なるほど、でもあなたはサボり呆けて私のことなんて知らないから報告できない。だから、アリサからペンダントの話を聞いてそれを盗もうとしたわけね?」

「あ、あなた……本当にリリスなの?」

「さて、どうでしょうね?」


 お嬢様は不気味にほくそ笑み、

 今度はゆっくりと私の方へ顔を向けた。


「さて、エリー。何か言い分はあるかしら?」

「……」

「あなたとアリサは、それなりに親しい間柄だと思っていたけど、どうしてアリサを疑ったのかしら?

私は最初に言ったはずよ。この世界は、あなたの知っている物語ではないと」


 お嬢様の問いに私は言葉を失った。いや、正確に言えば返す言葉がなかった。

 私はお嬢様に嘘を教えた上に、親しくしようとしてくれていたアリサを、何の根拠もなく、黒だと決めつけていたのだから……


「エリー……」


 お嬢様の背後から、アリサがゆっくりと顔を覗かせる。

 けれど私は、その顔を見ることができなかった。


「まあ、正確に言えば、あなたの言ったこともあながち間違いではなかったわ。実際、アリサはあの女から監視を命じられていたし、私たちが抜け出したことを伝えたのも彼女だった……でもね、アリサは以前から、そのことに後ろめたさを感じていたの。そして先日、この子に直接問いただしたのを機に、すべてを打ち明け、相談してきたわ」

「え?じゃ、じゃあ……」

「ええ。初めから、彼女がペンダントを盗まない事は分かっていたわ。」


 という事はお嬢様からしてみればこんなことはただの茶番だったのだろう。

 それでもお嬢様が、私の言葉を疑わずにこのような行動に出たのは、私を信じたうえで、私自身に間違いに気づかせるためだった。

 アリサが一歩前に出ると、静かに自分のことを語り始めた。


「私の家は騎士爵だから、歴史もないし、他の貴族につてもないの。だから思い切って、公爵家のメイド募集に応募してみたの。そしたら、夫人からお嬢様を監視するという条件で採用されて……それ以来、ずっとお嬢様を見張ってきたわ。エリーが専属になると言い出したのは、完全に予定外だったけどね。」


 そう言ったアリサが小さく笑った。

 だが、すぐに暗い表情替わる。


「でも、私が報告したことで、お嬢様とエリーが地下牢に閉じ込められたって聞いて……それで……」


 そう語るアリサは、罪悪感に押しつぶされるかのように、次第に視線を床へ落としていった。


「エリー、あなたの前世の知識が、すべて間違っているとは思わないわ。でもね、人の心というのは、ほんの些細なことで簡単に変わるものなの。物語では彼女が悪役だから悪に決まっている。ヒロインと王子が恋仲になるから、彼らは必ず両想いになる。そんな理由だけで確信するなんて……はっきり言って、馬鹿げているわ。」


 お嬢様の言葉は、ナイフのように私の胸を深く抉った。


 そうだ……アリサは、ずっと私によくしてくれていた。

 紅茶の練習に付き合ってくれたし、私の体調を気遣ってもくれた。


 それなのに、私は彼女を夫人の息のかかった人物だと決めつけ、距離を置いていた。

 理由はただ一つ……ゲームで、そうだったから。


 根拠なんて、何一つない。

 私はアリサを、一人の人間としてではなく、『ゲームのキャラクター』としてしか見ていなかったのだ。


「……私、最低ですね」

「ええ、最低ね。そして私のメイドとしても相応しくない……どういう意味か、わかるわよね?」

「……はい。覚悟は、できています」


 そう、お嬢様は、時に非情だ。最悪殺されても文句は言えない。

 いえ、文句は言わない、どんなことでも受け入れる覚悟はある。

 最後はお嬢様のメイドらしく振る舞えるように……


「そう、そこまで覚悟ができているなら話は早いわ。ならば……」


 お嬢様はそう続けると、私への処分を告げた。


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