アリサとカリーナ
三日間の懲罰を終え、解放された私は四日ぶりに屋敷へと足を踏み入れた。
当然ながら、出迎えなどはない。
今この屋敷にいるのは私たちを含めて四人だけで、出迎えてくれるとしても精々二人。
そう考えると少し寂しさを覚えてしまう。
「……よし! とりあえず、まずは腹ごしらえをした後、屋敷の掃除をしよう。」
お嬢様がいつ帰って来るかはわからないけれど、その間に少しでもメイドとしてのスキルを磨いておかないと。
それが、お嬢様より先に解放された私の役目だと思うから。
私は気を取り直し、厨房へ向かおうとした。
するとその時、二階から聞こえてきた声に、不意に足を止める。
二階に上がってみると、声はどうやらお嬢様の部屋から聞こえていたようだった。
私が部屋の扉を開けると、そこには眉をつり上げて睨むアリサと、その視線の先に、この屋敷の三人目のメイドであるカリーナがいた。
「あなたたち、なにしてるの?」
「あ、エリー!戻ってきたのね。」
私を見ると、アリサは笑顔をぱっと咲かせ、傍に近寄ってくる。
「カリーナが、お嬢様の部屋を物色していたから、止めていたの。」
アリサが指さすカリーナの手には、リリスの母が彼女のために残した宝石や衣類があった。
「それってお嬢様のものじゃない?どうしてあなたが持っているの?」
「ちょっと借りるだけよ。別にいいでしょ?どうせあのお嬢様は当分戻ってこれないんだから。」
私の指摘に対し、カリーナは悪びれる様子もなく言った。
「どうせこの先も使う機会なんてないでしょうし、しまわれたままになるくらいなら、私が代わりに使ってあげた方が、いいに決まってるわ」
「だとしても、主人の私物を持ち出すなんて、メイドとしてあるまじき行為よ。」
「だったら、貴方たちが黙っていればいい話じゃない?ま、言ったところであの娘に私をどうにかできるとは思えないけどね。」
そう言って、カリーナはクスクスと笑った。
屋敷にほとんど顔を出していないカリーナは、今のお嬢様を知らないらしい。
「とにかく、そんなこと私が許さないわ」
「あら、私に指図するの? たかが一代限りの貴族である騎士爵令嬢と、貧乏貴族の男爵令嬢のあなたが。名門貴族、アラリス家の令嬢である私に指図するつもり?」
「もちろんするわよ。元は伯爵貴族でも、今はほら、私と同じ男爵令嬢でしょ?」
その一言にカリーナはムッとした表情を見せた。
カリーナの家、アラリス家は元伯爵貴族だった。
しかし数年前、膨れ上がった借金を理由に領土と爵位を返上し、今は男爵として落ち着いている。
それでも過去の栄光を忘れられないカリーナは、今なお伯爵家の名にすがろうとしていた。
私はしばらくカリーナと睨みあった。
すると彼女は舌打ちをし、鼻を鳴らすと、手に持っていた宝石を投げ捨て、部屋を出ていった。
カリーナが立ち去ったのを確認すると、アリサがホッと胸を撫でおろした。
「……エリー、ありがとう。私じゃきっと止められなかったよ」
「仕方ないよ、身分を盾にされたら言いにくいだろうしね」
アリサの身分である騎士爵はいわば準貴族にあたり、どちらかと言うと、平民の方が近い。
彼女もそのことを自覚しているのか、私にも、ところどころよそよそしくしているように感じることがあった。
「それよりも、アリサはどうしてお嬢様の部屋にいたの?」
「えっと、二人がいない間、ずっと私がお嬢様の部屋の掃除をしていたんだけど、今日は部屋に入ると、先にカリーナがいて、お嬢様の持ち物を漁っていたの。」
「そうだったんだ。」
私は納得したように呟いたが、実際のところ、アリサも掃除のためだけに来ていたわけではないだろう。
彼女は夫人からお嬢様の監視を言い渡されている。
恐らく、お嬢様がいない間に、何か目ぼしいものがないか探していたのだと思う
ただ、今の様子を見ると、ペンダントのことには気づいていないようだ。
「ありがとう。でも安心して、これからはまた私がこの部屋を掃除するから。」
「あ、うん。それじゃあお願いね。」
そう言った私の言葉に、彼女の表情が一瞬強ばったのを見逃さなかった。
それからは、普段通りメイドの仕事と紅茶の練習に打ち込み、お嬢様の帰りを待つ日々が続いた。
そして一週間後、お嬢様が屋敷に戻ってきた。
「お帰りなさいませ、お嬢様。」
「フフ、ありがとう。」
私は、前世で見ていたメイドのように出迎えた。
メイドと言えばやっぱりこのセリフだけれど、今まで言う機会がなかったので、少し新鮮に感じる。
「ご飯にしますか?それともお風呂にしますか?」
「そうね……どちらも欲しいところだけど、まずはお風呂ね。」
今度は新婚のようなやり取りだが、私はあくまでメイドなので、例のお約束の三択は存在しない。
お嬢様がお風呂を選ぶと、私はすぐに準備に取りかかる。
その間に、アリサは食事の支度を始めていた。
「私がいない間に何か問題はなかったかしら?」
「あ、それなんですが、実は――」
私は、お嬢様の身体を洗いながらカリーナの件を報告する。
「カリーナ……そういえば、そんな子もいたわね。」
私の報告にお嬢様は怒った様子はなく、どちらかと言えばカリーナの存在に興味を示しているようだった。
「怒らないのですか?」
「まあ、実際あの服や宝石は使っていなかったしね。母様には悪いけど、どれも今の私の趣味じゃなかったわ。」
確かに、片付けていたときに確認したお嬢様のドレスは、どれも淑女らしいものばかりで、お嬢様の前世である『カーミラ・レイジ―』が好みそうなデザインはなかった。
「他に何か気になることはあったかしら?」
お嬢様に尋ねられると、私は一瞬言葉を止めて考え込む。
懸念は一つある。それはアリサのことだ。
アリサは特に動きは見せていないが、ゲームでは夫人の手先としてお嬢様の監視を任されていた。
恐らく、お嬢様が屋敷を抜け出したことも、夫人たちはアリサを通じて知ったのだろう。
私はこの機会に、アリサについても話してみることにした。
「……アリサが私の監視ね……確かに、私のことが両親に漏れている気はしていたわ。けれど……」
お嬢様は一度言葉を止め、私の顔を見る。
「あなた、彼女が夫人の手先だってことは、どうやって知ったの?」
「あ、はい。それは、例の物語でのことですが――」
私はお嬢様に、『ローズエンペラー』での彼女の役割について説明する。
「そう……つまり、特に根拠はない、ということね?」
「え?」
「まあ、いいわ。なら、せっかくだしこちらから仕掛けてみましょうか。」
そう言うと、お嬢様は浴槽から上がり、部屋へ戻っていった。
最後の言葉に、私は何か引っ掛かりを覚えたが、その時はまだ気づくことができなかった……




