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公爵の帰還

 アリサ・マライス……


 ゲームのシナリオでの彼女は、家族から冷遇され、メイド達から嫌がらせを受けていたリリスにとって、ただ一人の理解者だった。

 心身を追い詰められていたリリスは、自分の存在を唯一認め、寄り添ってくれる彼女にだけ、心を開いていた。


 ……しかし、そんなアリサもまた、夫人の息がかかった人物だった。

 彼女はリリスの監視役を任されおり、いつも傍に寄り添うその裏で、リリスの動向を逐一、夫人へと報告していたのだ。


 何も知らず、アリサに心を許していたリリスは、ある日、誰にも話していなかった、母親の形見であるペンダントの秘密を打ち明けてしまう。


 一見するとただの装飾品に過ぎないそのペンダントは、魔力の低い娘のために、母親が自らの魔力を削り、遺した特別なものだった。


 だが、その秘密はアリサによって夫人へと伝わり、ペンダントはあっさりと奪われる。

 そしてそれは腹違いの妹、エリスの手に渡り、彼女はその力によって、学園で様々な問題を起こすことになるのだった。


 アリサについて、その後がどうなったのかは作中では語られていない。

 だが、心を許していた彼女の裏切りは、リリスの心を完全に壊してしまった。


 それ以降、誰も信じることなく、ただ無気力に生き続けた彼女は、やがて魔神の囁きに唆され、封印を解くことになる。


 今は私や、前世の記憶を取り戻したお嬢様がいるので、原作と同じ結末にはならないだろう。

 それでも、彼女を警戒することに変わりはない。

 私は仲良く振る舞いながらも、その行動一つひとつに、密かに目を光らせていた。


 ――


 ダンジョンから屋敷へ戻って二週間。

 それは、私たちが忘れかけていた頃に、唐突にやってきた。


 突如、離れに本邸の使用人たちが現れると、抵抗する間もなく、私とお嬢様は、王都から戻った公爵のもとへと、引き立てられることとなった。


 私たちは本邸にいる使用人たちから冷ややかな視線を向けられながら、公爵たちが腰掛けるソファーの前まで連れていかれると、その場で膝をつき、座らされる。


 目の前には、エトワール公爵家当主であり、リリスの実父であるデスモンド公爵、義母のマライヤ夫人、そしてリリスの腹違いの妹にあたるエリスが座っていた。


「私たちがいない間に、随分好き勝手していたようだな」

「はて、何のことでしょう?」


 わざとらしく首を傾げるお嬢様に、今度は夫人が冷ややかな声音で口を開いた。


「とぼけても無駄よ。あなたが馬車を勝手に使い、屋敷の外へ出ていたことは、すでに知っているわ」


 公爵と夫人は、まるで罪人を裁くかのように、お嬢様を問い詰める。

 その傍らでエリスは、見世物でも眺めるかのようにクスクスと笑い、楽しげに成り行きを傍観していた。


「貴様、自分の立場を分かっていないようだな。誰が勝手に外に出ていいと言った?」

「もし、あなたのような汚らわしい存在がこの家にいると知られたら、エトワールの名がどれだけ穢れるか……」

「随分、酷い言われようね。そこまで言うなら、いっそ殺せばいいじゃない?」

「まあ!なんて生意気な――!」

「ふん。私も出来るならそうしたいが、お前みたいなやつでも利用価値はある。だから養ってやっているのに、感謝もしないとはな。」


 公爵たちの言葉に、お嬢様は呆れたようにため息をつく。

 その余裕の態度が、どうやら夫人の逆鱗に触れてしまったらしい。


「……どうやら、相応の罰が必要なようね。二人とも、懲罰部屋へ連れて行きなさい」


 夫人の一言に、兵士たちが無言で動き出す。


「待って、エリー――そのメイドは、逃げようとした私を連れ戻しただけよ。関係ないわ」

「あら、そうなの?それなら鞭打ちは免除してあげるわ。でも、お前を外に出させた罪は、きちんと償ってもらわないとね。」


 そう言い放つと、私はお嬢様とは別の兵士に引き離され、一足先に、屋敷の地下にある独房へと放り込まれた。


「お前もとんだ災難だな、あんな女の専属にされて。おかげで、こんな目に遭うとは……ま、三日も過ぎりゃあ出してもらえるだろ」

「……お嬢様は?」

「さあな。少なくとも反省が見られるまでは、ここにいることになるだろうよ」


 兵士はそう告げると、鍵を掛け、外へ続く階段を上っていった。


「災難とは、失礼な……」


 私は服についた埃を払って立ち上がり、檻越しに外を覗く。

 独房の中は薄暗く、鼻を突くほどに臭っていた。

 他に捕らえられている者の気配もなく、見張りの兵士の姿も今は見当たらない。

 特にやることもない私は、膝を抱え、冷たい床の上に腰を下ろした。


「お嬢様、大丈夫かな?」


 鞭打ちなんて受けたことがないから分からないけど、前世の知識によれば、確か気絶するほど痛いらしい。

 お嬢様なら心配はいらないと思うけど、もし怒り狂っていたら、最悪の場合、屋敷の人間を皆殺しにしてしまう可能性もなくはない。

 そうなれば一体どうなるのか……とても想像できなかった。


 ……とりあえず、今は待つしかないか。


 それからしばらくして、上着を剥ぎ取られ、背中に幾筋もの鞭痕を刻まれたお嬢様が、乱暴に私の隣の独房へと放り込まれてきた。


「お嬢様!大丈夫ですか?」

「ええ、特に問題ないわ。私より先に、向こうがへばっていたくらいだし。」


 埃を払いながら淡々と答えるお嬢様の様子に、本当に大丈夫そうだと分かり、私は少し安心する。


「それよりも、ごめんなさい。あなたを巻き込む形になってしまって。」

「いえ、私は大丈夫です……そんなことより、お嬢様が何もしなかったのは少し意外でした。」


 今のお嬢様なら、てっきり抵抗するものだと思っていた。

 だが、傷を見る限り、お嬢様が抵抗した様子はなかった。


「仕方ないわ。だって今の私は、まだ施しを受けている立場だもの。でも、もう少しこっちの世界のことを勉強して、独り立ちできるようになったら、そのときは遠慮なく出て行かせてもらうわ」

「あれ? 公爵家はいいんですか?」


 お嬢様なら、公爵家を乗っ取るくらい、造作もなさそうだけど。


「正直、どうでもいいわ。そもそも公爵家なんて継いだら、のんびりできないじゃない」


 なるほど、いかにも『怠惰の魔王』らしい言葉だ。

 とはいえ、就任したらきちんと仕事をする前提で話しているあたりは、やはりお嬢様らしかった。


「とりあえず、先のことはここを出てから考えましょう。私はともかく、あなたはあまりしゃべると体力が持たないわよ。」

「大丈夫ですよ、引きこもりには慣れていますから~」


 前世では病気で何日も病室で寝ていたことも珍しくなかったので、

 このくらい平気――


 ……なんて思っていた自分が、甘かった。


 地下牢での生活自体は、特に問題はなかった。

 だが、与えられた食事が一日一回、コップ一杯の水とカビたパンのみというのは、

 食に困ったことのない私にとって、想像以上の苦痛だった。


 おまけに、食事を運んでくるメイドたちから浴びせられる罵声や嫌味。

 最初は軽く受け流していたものの、精神がすり減り始めた三日目あたりからは、

 さすがに堪えるようになり――


 釈放される頃には、話すどころか、考える気力すらなくなっていた……



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