いきなりラストダンジョンへ②
お嬢様と馬車で旅をして二日後、私たちは目的のダンジョンへとたどり着いた。
「なるほど、ここがそのダンジョンね。」
ダンジョンはどこかの遺跡のようで、重要な何かが封じられていると一目でわかる場所だった。
画面越しに見ていたゲームとは違う、その物々しい雰囲気に、私の足取りは自然と重くなっていく。
「ここに魔神が封印されている杖がある、という話だったわね。」
「あ、でも、物語が始まるのはまだまだ先ですし、今はあるかどうかもわからないですよ?」
「それで構わなくてよ。そもそもあくまで物語の話なんだし、全てを鵜呑みにするつもりはないわ。ただ、その情報を確かめに行くだけよ。」
そう言って、お嬢様はダンジョンの入り口へと足を踏み入れると、私も慌てて、その後を追う。
「あら、あなたはここで待っていてもいいのよ?」
「いいえ、せっかくなのでお供させていただきます」
「そう。なら、はぐれないようにしっかりついてくるのね。竹箒なんかじゃ、ゴブリンも倒せないわよ?」
「いいえ。この竹箒は特別製なんです」
そう言って、私は誇らしげに箒を持ち、胸を張った。
私が手にしているのは、ダンジョンへ向かう道中で見つけた竹箒だ。
一見すると、どこにでもありそうなただの箒にしか見えないが、実はこれ、ゲームでは隠し武器の一つで、かなりの高火力を持っている。
もっとも、戦闘経験のないモブの私が使っても、宝の持ち腐れなので、これはあくまで、お嬢様用として拾ったものだけど。
「……そう。私には、ただの箒にしか見えないけど」
お嬢様は興味なさそうに言うと、私に遠慮することなくどんどん奥へ進んでいくと、私もはぐれないよう、ぴたりと後ろについて歩いた。
ダンジョンの中は狭くて薄暗く、誰が置いたのかわからない松明だけが、微かに道を照らしている。
モンスターも時折現れるが、ここは学園の実習に使われるような場所なので、強力な個体は出てこない。
お嬢様はそれらを、難なく素手で倒していった。
この様子なら、私の竹箒が火を吹くことはなさそうだ。
そして、しばらく道なりに進んでいると、途中でお嬢様が足を止めた。
「……どうやらあなたの情報通りみたいね。聞こえるわ、声が……」
お嬢様はそう言いながら、何の変哲もなさそうな横の壁を見つめる。
そして、そこへ手を伸ばした瞬間、指先は壁をすり抜け、その奥に隠し通路が現れた。
「おお……こんなところに隠し通路が!」
「特に目印もない横の壁。声が聞こえないと、まず気づかない場所ね」
凄い。これは、私も知らなかったことだ。
ゲームでは、リリスが声を聞いたところで主人公側の視点に切り替わり、ダンジョン攻略後、再び彼女の視点に戻る流れになっていた。
しかし、その時には、すでに杖が封印された部屋にいたため、彼女がどうやってそこまで辿り着いたのかは描かれていなかった。
こういうところを見ると、ゲームの世界の裏側を知れたような気がして感動する。
「ほら、早く行くわよ」
「は、はい」
私が感動に浸っているうちに、お嬢様はすでに先へと進んでおり、私も慌てて後を追う。
そこから先は、再び道なりに進むだけで、特に何も起こらないまま奥の部屋へとたどり着く。
狭い通路を抜けた先には、広々とした空間が広がっていた。
そして、部屋の中央には、ゲームで見たのと同じ台座があり、その上には、禍々しい雰囲気を纏った杖が深々と突き刺さっている。
「これが例の杖ね。」
お嬢様は、近づくと刺さった杖を見下ろす。
杖に絡みつく蛇の細工は、生きているかのように目を光らせ、手を伸ばす者を待ち構えているかのようだった。
「本当に大丈夫でしょうか?いくら前世では最強でも、今はただの少女ですし。もし憑りつかれたら……」
「そうなったら、その時よ。この私を支配できたのなら、敬意を表して世界征服だろうがなんだろうが、手伝ってあげるわ。」
そう言ってお嬢様は、楽しげな表情を浮かべたまま先端を掴み、躊躇なく杖を引き抜く。
すると、まるで栓がされていたかのように、台座から黒いオーラが溢れ出し、高く立ち上ってそのままお嬢様の身体に纏わりつきはじめた。
「なるほど、これが封印されていた魔神の力ね」
黒いオーラはお嬢様の身体を飲み込むかのように包み込み、そのまま内へと溶け込んでいく。
だが、当のお嬢様は涼しい顔のまま、ただ黒いオーラに身を委ねていた。
「御機嫌よう、あなたが魔神ね。私の名前はリリス・エトワール、あなたの力を貰い受けに来たわ。」
お嬢様がなにやら一人で会話を始める。
私には何も聞こえない。けれど、その視線と声色からして、内に入り込んだ魔神と対話しているのだろう。
「――ええ、それで構わないわ。あなたと私、どちらが主人に相応しいか、勝負といきましょうか。」
その言葉に応じるかのように、黒いオーラが一際大きく脈動し、部屋の空気が重く軋んだ。
どうやら、身体の主導権を巡る戦いが始まったらしい。
何が起きているのかもわからない私には、ただお嬢様を見守ることしかできない。
「どうしたの?まさか、これが本気?私の身体を奪おうとするには、実力も根性も足りないんじゃなくて?」
お嬢様の言葉に応じるかのように、オーラは一層強くなる。
それでも、お嬢様は顔色一つ変えなかった。
「……興醒めね。この程度じゃ、退屈しのぎにもならないわ。」
お嬢様は失望したように、静かに息を吐いた。
その様子を見ていると、なんだか魔神が可哀想になってくる。
やがて、黒いオーラは最後の力を振り絞るかのように、天井に届きそうなほど膨れ上がった。
けれどお嬢様は、つまらなさそうに佇んでいるだけだった。
そして、オーラは完全に消え失せると、台座の前には、杖を手にしたお嬢様だけが立っていた。
「えーと……大丈夫ですか、お嬢様?」
念のため、恐る恐る尋ねてみる。
「ええ、特に問題なくてよ。でも少し期待外れかしら?まさか、魔神を名乗る輩の力がこの程度だなんて」
お嬢様はそう言って大きくため息をつくと、手に持つ杖を剣のように軽く横へ振る。
すると、なぜか杖から斬撃のようなものが飛び出し、次の瞬間、空を裂くような衝撃音が響いた。
斬撃は壁に深々と食い込み、ダンジョン全体がわずかに震える。
「……」
その光景を見て、私は思わず固まってしまう。
しかしお嬢様は、どこか納得していない様子で首を傾げていた。
「……前世の力の、四分の一にも満たないわね。まあ、ないよりはマシかしら?」
そう言いながらも、お嬢様は少し上機嫌になり、来た道を引き返していく。
……
……あれ?
つまり……ということは――
……え、えぇ⁉︎
お嬢様は、ラスボスを倒してしまった。




