指導
――カリーナ視点
「ふう、やっと見えてきた……」
王都を出発してから早五日。ようやく、公爵家の屋敷がある街――セントロールが見えてきた。
王子たちとの顔合わせを終えた後、夕暮れを過ぎていたこともあり、その日はエリスお嬢様とサチアは王都の屋敷で休むことになった。
もっとも、その屋敷に私たちの部屋など用意されているはずもなく、私たちは自腹で宿を取った。
まあ、それ自体は問題ではない。
宿代はお嬢様が出してくださるし、泊まったのは一流の宿だったのでむしろ快適なくらいだ。
問題は、その後だ。
エリスお嬢様たちは王都に数日滞在することになり、私とリリスお嬢様だけが一足先に領地へ戻ることになったのだが、行きに使った馬車は、エリスお嬢様たちが帰る際に使うから私たちは徒歩で帰れ、とサチアが言い出したのだ。
ならば屋敷の馬車を借りたいと申し出たが、それも却下された。
さすがに徒歩で帰れば何日かかるかわからないので、セントロール行きの乗合馬車を探したが、都合よく見つかるはずもなく、かといって、貴族用の馬車を新たに購入できるほどの大金も持ち合わせていない。
結局、私たちは荷馬車を一台購入し、それで帰る事にした。
「お疲れさま。あなたも、ずいぶん手綱を引くのが上手くなったわね」
「……馬車の御者をするメイドがどこにいますか」
お嬢様の揶揄を含んだねぎらいに、私は思わず口を尖らせる。
この帰路のあいだ、私はお嬢様の指導のもと御者台に座り続けていた。
そのせいで行きより時間はかかったが、この五日間でそれなりに様になってきたとは思う。
だが、メイド服姿のまま手綱を引く女など珍しかったのだろう、すれ違う人々に何度も凝視され、そのたびに顔が熱くなった。
「フフッ、でも良かったじゃない。これであなたは馬車が引けるようになったわ。立派な“御者メイド”ね」
「そんなメイド、需要ありますかね?」
「さあ、それは分からないけれど。経験というのは一つの財産よ。あなたがこの先どういった人生を送るのかは分からないけど、もし私のもとを離れることがあっても、きっとこの技術は役に立つわ」
……そう言われると、何も言い返せなかった私は、そのまま黙って手綱を引き続けた。
やがて屋敷の門が見え、ようやく御者台から解放されると、私は小さく息を吐いた。
そして、屋敷の門を開き中へ入ろうとするが、馬車を降りたお嬢様はそのまま、本邸の方へと向かいだした。
ああ、そういえば、まだ報告が残っていたわね……。
そう思い、私はお嬢様の後を追う。
「あら、あなたは休んでいていいのよ?もう仕事は終わったんだから。」
「……お嬢様お一人だと、少し不安なので」
「ふふ、あなたもだいぶ分かってきたじゃない。」
私は何も言わず、その背中を追う。
そして本邸へと到着すると、お嬢様はそのまま中へ入ろうとはせず、外に控えていたメイドの一人へ静かに声をかけた。
「そこのあなた、ちょっと聞きたいのだけれど。」
「……なんですか?」
庭にいたメイドは、お嬢様の顔を見るなり、露骨に嫌な顔をした。
「あなた達を統括しているメイド長はどこにいるのかしら?」
「はあ? 知りませんよ。勝手に探してください。」
そう言って冷たくあしらうと、そのまま踵を返そうとする。
……しかし。
「あなた……」
「今度は何――」
パァン!
という乾いた音が庭に響くと、頬をぶたれたメイドが、その場に崩れ落ちた。
「な、なにを――」
「あなた……私が誰か、知っているかしら?」
先ほどまでとは違う、底冷えする声に頬を腫らしたメイドは、眼を開いたまま言葉を詰まらせる。
「そ、それは……リリスお嬢様……」
「そう、私はリリス・エトワール。この家の令嬢よ。それを理解したうえでその態度はどういうことかしら?」
お嬢様の問いに、メイドは顔を青ざめたまま、口をパクパクさせている。
「普段ならこの程度の事で、手をあげたりしないのだけれど……私、今すこぶる機嫌が悪いのよ。だから、さっさと案内しなさい。」
そう言うと、お嬢様はメイドの答えを聞かず、髪を鷲づかみにして屋敷の方へと引きずっていった。
……
「……ハッ⁉︎」
不味い、ボケッとしている場合ではない。
私も慌てて、後を追った。
「い、痛いです……放してください!」
悲鳴を上げるメイドの声を意に介さず、お嬢様はメイド長がいるというエリスの部屋へ向かう。
「ここね。」
そう呟くと、勢いよく扉を開け放った。
乾いた音が廊下に響き、室内で掃除をしていたメイド達が一斉に振り向く。
そしてお嬢様はゆっくりと部屋を見渡す。
そして、その中で年長のメイドに視線を止めた。
「あなたが、メイド長ね?」
そう言って、お嬢様はゆっくりと歩み寄る。
「なんですか、いきなり来て。ここはエリスお嬢様の部屋です。あなたのような者が来る場所ではありませんよ。」
冷たい声が部屋に響く。
だが、お嬢様はまるで聞こえていないかのように言葉を続けた。
「サチアというメイドがいるわよね? あの子が、この家の令嬢である私に無礼を働いたのだけれど?」
「は? 何を――」
するとパァンという音が室内に響き、メイド長の頬が横に弾ける。
「いきなりな、なにを――」
――パァン
続けて反対側の頬が打たれる。
「サチアって言うメイドがいるわよね?あの子がこの家の令嬢である私に無礼を働いたのだけれど?」
「だから――」
――パァン
「サチアって言うメイドがいるわよね?あの子がこの家の令嬢である私に無礼を働いたのだけれど?」
「ちょ――」
――パァン
「サチアって言うメイドがいるわよね?あの子がこの家の令嬢である私に無礼を働いたのだけれど?」
「ま――」
――パァン
乾いた音だけが、部屋に規則正しく響く。
メイド長の頬はすでに赤く腫れ、言葉にならない声が漏れるだけだった。
それでも、お嬢様は同じ問いを、淡々と繰り返す。
そして十を越えた頃、ようやくメイド長は意図を悟ったのか、震える声で頭を下げた。
「も、申し訳ありません……わ、私の指導不足です……」
「……そう。」
ようやく、お嬢様の手が止まる。
「では、次に会う時までには、しっかり“指導”しておきなさい。」
そう言って、お嬢様は満足そうに微笑むと、その場から去っていった。




