デートイベント②
馬車からキリアン様が降りると、慌てた様子でこちらへ駆け寄ってきた。
「大丈夫か……って、君は確かリリスのメイドの――」
私の顔を見て、彼は足を止める。
「はい。リリスお嬢様の専属メイド、エリー・トワイトと申します。」
どうやらこの前屋敷に行ったときに顔を覚えられていたらしい。
私は普段着のままだったが、背筋を伸ばし、メイドとしての所作で丁寧に一礼する。
エトワール家のメイドとして、愛想よく笑みを浮かべているが、私は、お嬢様の事を酷く言っていたキリアン様が少し苦手なところがあった。
「いきなり飛び出してしまい、申し訳ございません。」
「いや、それは構わない。それより怪我はないのか?」
問われて、私は腕の中の少女を見る。
「どこか痛いところはない?」
少女は涙を浮かべながらも、無言でこくりと頷いた。
「……そう。よかった。」
私は改めて少女の様子を確かめ、そのまま親御さんへ引き渡す。
親子は恐縮しながらも礼を述べて去っていった。
私は軽く手を振って見送ったあと、改めてキリアン様の方へ向き直る。
「大丈夫そうでした。」
「いや、それは良かったが、君の方は大丈夫なのか?」
「え? 私ですか?」
そう言われて自分の身体を見下ろす。
すると肘が地面に擦れて、うっすらと血が滲んでいた。
「……肘を怪我しているな。」
「大丈夫ですよ。この程度、放っておけば治ります。」
「ふっ、そういうわけにはいかない。少し見せてくれ。」
そう言ってキリアン様は、私の傷口にそっと触れる。
次の瞬間、淡い光がふわりと溢れ、じんわりと温もりが広がった。
気づけば、滲んでいた血も跡形もなく消えている。
「キリアン様は回復魔法が使えるのですか?」
「ああ。大きな怪我や病は水や光の属性でなければ難しいが、かすり傷程度を治す回復魔法なら属性に関係なく使える。」
そう説明を受けている間に、私の肘の傷はすっかり塞がっていた。
「すごい……本当にきれいに治ってる。」
「この程度なら、練習すれば誰でも使えるぞ。」
「じゃあ、私にも使えるってことですか?」
「ああ。練習すればな。使いたいのか?」
「はい、ぜひ!」
お嬢様に使う機会はまずないだろうけれど、メイドとして使える魔法は多いに越したことはない。
「だが、かすり傷程度では、あまり出番はないと思うが?」
「かすり傷でも、子供にとっては痛いですから。怪我した子を見つけたときに使えたら便利かなって……あ、あと料理でよく指を切るので。」
そう言って、傷だらけの指を差し出すと、キリアン様は小さく笑みを浮かべた。
「……教えてやろうか?」
「え? いいんですか?」
「ああ。怪我をさせたお詫びも兼ねてな。」
お詫びって……いや、どう考えても悪いのは飛び出したのは私の方なんだけど……
初対面のときの印象が強すぎて、あまり良い印象は持っていなかったけれど……やっぱり、悪い人ではないのかもしれない。
お嬢様への態度さえ除けば。
まあ、それが私にとっては最大の問題なんだけど。
「……では、お言葉に甘えて。」
遠慮するか迷った末、せっかくの機会なので教えてもらうことにした。
私たちは馬車を脇に停め、近くの喫茶店へ入る。
そこで席に着き、キリアン様から回復魔法の手ほどきを受けることになった。
さすがに人目を引く方なだけあって、キリアン様が座った途端、店内のあちこちから小さなざわめきが起こる。
「ねえ、あれってもしかしてキリアン様では?」
「こっちに帰ってきてるって話は本当だったのね。」
「やっぱり、素敵だわ……」
そんな囁きと共に、私へ向けられる嫉妬の視線が痛いほど伝わってくる。
私は気づかない振りをしながら、キリアン様へ意識を集中させた。
「エリーといったな?属性は?」
「水属性です。」
「そうか。それなら覚えておいて損はないかもしれないな。この魔法の使い方は、他の回復魔法にも応用が利くはずだ。」
どうやらこの魔法は、原理としては単純で、傷口に自分の魔力を送り込むというものらしい。
他の回復魔法も、その応用で成り立っていることが多いのだという。
私は指示を仰ぎながら、キリアン様が先日血印でつけた傷口にそっと魔力を流してみた。
しかし、思うようにいく気配はない。
「うーん、やはりそう簡単にはいきませんね。」
「俺の時は五分もあればできたのだがな。」
……忘れていたが、この人は天才だった。
そして私は、ただのモブ。
お嬢様に鍛えられてはいるが、才能があるとはとても言えない。
私はしばらくの間、言われた通りに何度も魔力を流してみせる。
だが、傷はぴくりとも変わらなかった。
「キリアン様、そろそろお時間が――」
「……もう、そんな時間か。」
気がつけば十分ほど経っており、残念ながら、時間内に習得することはできなかった。
「まあ、今日は時間が短すぎましたね。もっと時間があれば使えた気はします。」
そんな強がりを言ってみせる。
「……なら、一緒に来るか?」
「え?」
「俺と――」
キリアン様が言いかけた、その瞬間。
突如、ギルドの方からざわめきが広がり、爆発した様な音が響いた。
私たちは同時に顔を上げ、そちらへ視線を向ける。
「大変だぁ! リリィが暴れ出したぞ!」
「久々に顔を出したと思ったら、いきなり乱闘かよ!」
「どうやら、新参の冒険者がカーミラを罵倒したらしい。」
……なにやら、騒がしい。
「ところで、何か言いましたか?」
私が首を傾げると、キリアン様は一瞬だけ視線を逸らした。
「……いや、なんでもない。じゃあ、もう行く。」
「あ、はい。次にお会いする時までには覚えておきますね。」
「ああ、楽しみにしている。」
そう言ってキリアン様は小さく微笑み、そのまま馬車へと戻っていった。
その後、何事もなかったかのような顔で戻ってきたアリサと合流し、私たちは屋敷へ帰ることにした。
こうして、私の何気ない一日は終わった。




