デートイベント①
「暇だなぁ……」
お嬢様が王都へ出発してから早三日、今私は暇を持て余していた。
私の仕事は屋敷の掃除からお嬢様の身の回りのお世話だったので、そのお嬢様がいなくなると自然と仕事が半分無くなってしまう。
以前は広くて大変に感じていたこの屋敷の掃除も、お嬢様に鍛えられた私とアリサがいれば今では午前中には終わってしまう。
出発前に「時間が余ったなら、自分のために使いなさい」と言われてはいたけれど、いざ自由を与えられると、何をすればいいのか分からなくなる。
そのため、空いた時間を使って自主的に鍛錬をしたり、紅茶の淹れ方を練習したりしているのだが、やはり、お嬢様がいないと出来が良いのか悪いのか判断がつきにくい。
「今頃お嬢様はどうしてるだろう?」
私は、この前アリサが語っていた妄想話を思い出す。
あんな展開になることは、まずありえないだろうけれど、その話をきっかけに、もう一つ思い出したことがあった。
それは城には、もう一人攻略対象がいるということだ。
レオンハルトの弟である第二王子クオーツ。
兄と同じく攻略対象の一人で、幼い頃に刺客の襲撃を受けた際、額に呪いの痣を刻まれてしまった不幸な王子である。
華やかで女性からも人気のあるレオンハルトとは対照的に、クオーツは「呪いがうつる」という根も葉もない噂と、感情を見せない表情のせいで、いつも人々から一歩引かれていた。
更にその呪いは体内の魔力を蝕み続け、やがて限界を迎えた時、宿主の命を奪う時限式のものだった。
ゲーム内でのクオーツは、呪いを解く方法を求めて身分を隠し、ギルドや裏社会にまで足を運んでいたが、解決策は見つからず、半ば諦めかけた頃に、光属性魔法を扱えるローズと出会い、やがて成長したローズの魔法により呪いは浄化されることになる。
しかし、お嬢様なら、もしかしてあの呪いを別の方法で解くこともできるかもしれない。
もしそうなれば、攻略対象が二人とも、お嬢様に興味を持つ可能性だってある。
……そんな展開は、あまり考えたくない。
「……よし、外へ出よう。」
このまま屋敷にこもっていたら、余計なことばかり考えてしまう。
そう決めた私は、残っていた掃除をさっさと片付けると、気分転換に街へ出ることにした。
「そうだ、せっかくだしアリサも誘おう。」
そう思い立って部屋へ向かうと、ちょうどアリサがメイド服を脱ぎ、ローブを羽織っているところだった。
「アリサ、どこかへ行くの?」
目元を隠す仮面をつけたアリサに、私は声をかける。
「うん。最近ギルドに顔を出せていなかったから、ちょっと覗いてこようと思って。」
アリサは、お嬢様に付き添って冒険者として活動しており、二人はこの街のギルドでも一目置かれる存在らしい。
本人はあくまでお嬢様の付き添いと言っているけれど、こうして個人でもギルドの事を気にかけているあたりが、実にアリサらしい。
「もしかして何か用事?」
「ううん、ちょっと暇だったから、アリサをデートに誘おうかなって思っただけ――」
「行きましょう!」
そう言うや否や、アリサはローブを勢いよく脱ぎ捨てる。
「え?だけどギルドに行くんじゃ――」
「ギルドなんて後回しよ!エリーの気が変わらないうちに行きましょう!勝負ドレスで行きましょう!」
興奮気味に詰め寄ってくるアリサに、思わず一歩後ずさる。
そこまで乗り気なら、断る理由もない。
さすがに勝負ドレスは着ないけれど、私たちは普段着に着替え、そのまま街へと繰り出した。
――
街に着いた私たちは、露店で食べ歩きをしたり、お嬢様に似合いそうな服を選んだりして、束の間の休日を満喫していた。
勝負服ではなかったものの、元々美人なアリサはやはり目立つらしい。途中、何度か声をかけられたが、そのたびに本人が軽くあしらって撃退していた。
そして、喫茶店でひと息ついたあと、また街を歩き出す。
すると、ギルドの前に差しかかったところで、隣のアリサが急に落ち着きをなくし始めた。
「やっぱり気になる?」
「え?いや――」
「気になるなら、顔だけでも出してみれば?」
「……うん、ごめんね。じゃあ少しだけ顔を出してくるから、ここで待ってて。」
アリサはそう言うと、人目のない路地へ入り、フードを深く被り目元を隠す仮面をつける。そして何事もなかったかのように、ギルドの扉をくぐっていった。
私はその間、通りの端に立ち、行き交う人々をぼんやりと眺めて時間を潰す。
街にはさまざまな装いの人々が行き交い、ときおり獣人族の姿も目に入る。
ああ、本当にここは異世界なんだ。
記憶を取り戻したのはつい最近だけれど、もう十五年もこの世界で生きている。それなのに、そんな当たり前のことを今さらながら思い知らされる。
そして暫くすると、向こうから貴族の馬車が通ってきたため、人々は自然と道を開ける。
しかし――
「あ、坊や!」
女性の悲鳴にも似た声が響いた。
見ると、遊びに夢中になっていた少女が、馬車の前へと飛び出している。
馭者が必死に手綱を引き絞るが、距離が近すぎた。
――駄目だ、間に合わない!
私は咄嗟に地面を蹴って、馬車の前へ飛び込み、子供を抱え込んだまま横へ転がる。
その直後、馬車が通り過ぎ、少し先で急停止した。
やがて扉が開き、中から一人の若い男性が姿を現した。
馬車に乗っていたのは、お嬢様の義兄であり、攻略対象の一人でもあるキリアンだった。




