あくまで仕事 ②
――カリーナ視点
今、私はリリスお嬢様の侍女として、王城へと向かっている。
私たちが乗っているのは公爵家の馬車なだけあって、他のものよりも内部は広く、座り心地も快適だ。
……しかし居心地の悪さは最悪だった。
お嬢様と二人きりになることにすら、まだ慣れていないというのに、向かいの席にはリリスお嬢様の妹であるエリスお嬢様と、そして侍女として同行している屋敷の先輩メイド、サチアが座っていた。
「全く、どうしてこのような方とエリスお嬢様が同じ馬車なのでしょうか?」
「仕方ないわ。お姉さまだけ普通の馬車に乗せてしまったら、まるで私たちがお姉さまを冷遇しているみたいに見えるでしょう?」
実際、冷遇しているんだけどね……。
「こんな魔力もない役立たずで、気味の悪い容姿をしている人を、令嬢として扱っているだけでも十分だと思いますけどね。」
サチアが目の前で堂々とお嬢様に嫌味を言うも、お嬢様は何も言わず、静かに目を閉じて聞き流している。
私はこのサチアが、はっきり言って苦手だった。
サチアは伯爵家の三女で、年齢も近いことから、私がまだ伯爵令嬢だった頃に何度かお茶会で顔を合わせている。
私が言えた義理ではないが、彼女は陰湿で、格下の令嬢を取り巻きと一緒になってよくいじめていた。
当時の私の家はまだ伯爵家だったから、標的にされることはなかった。
だが男爵家に落ち、この家のメイドとして再び顔を合わせたとき、今度は私が彼女のターゲットになって随分と嫌味も言われたものだ。
幸い、すぐに離れへ異動になったため直接何かをされることはなかったが、それでも苦手意識は消えてない。
「いい? お姉さま。あなたはあくまで私のおまけとしてついてくるんだから、ちゃんと立場をわきまえるのよ?」
「わかっているわ。余計な口は出さず、要所であなたを引き立てればいいのでしょう?」
「フン、分かっていればいいのよ。まあ、何をしたところで、あなたみたいに魔力の少ない黒目の金髪女を殿下が気に入るわけないけどね。」
「そうですよ。薄気味悪いリリスお嬢様が隣にいるだけで、エリスお嬢様の存在が際立つのですから。黙って立っているだけで十分です。」
「……」
二人の言葉に対し、リリスお嬢様は一切反論をみせない。
それが、逆に怖い。
だが、お嬢様のことを何も知らない二人は、それをいいことに言いたい放題である。
私は馬車の中で、ただ空気のように縮こまっているしかなかった。
それから私たちは、小さな町や村を経由しながら王都へと向かっていたのだが、その道中、エリスお嬢様は立ち寄る先々で揉め事を起こしてばかりいた。
本来なら侍女であるサチアが窘めるべきなのだろうが、あいつも一緒になって騒いでいたので結局、私とお嬢様が後からこっそり二人の尻拭いをすることになっていた。
この事にお嬢様に怒っていないのかと尋ねてみると「これも仕事のうちだから」とだけ答えていた。
けれど、この半年間、前世の記憶を取り戻した今のお嬢様と暮らしてきて、分かったことがある。
この人はとにかく完璧主義だ、だから今も自分の役目を全うしようとしているのだろう。
リリスお嬢様の役目は、言ってしまえばエリスお嬢様の補佐。
だから彼女の機嫌を損ねないよう黙って支え、波風を立てないよう振る舞っている。
だが、逆に言えば役目を終えたあと――
つまり、この旅が終わったとき、お嬢様がどう動くのか……考えるだけで、震えが込み上げてくる。
そして屋敷を出て一週間後、私たちは王都へと到着した。
私が最後にここを訪れたのは三年ほど前。男爵に落ちてからはこれが初めてになる。
王都の街並みは、あの頃と比べて随分と様変わりしていた。
かつては貴族街に屋敷を構えていたけれど、今はもう売り払われている。
馬車はそのままどこにも立ち寄ることなく、真っすぐ王城へと向かった。
そして城に到着すると、私たちは兵士に案内されて謁見の間へと通される。
二人が陛下に謁見している間、私とサチアは廊下に並んで待機していた。
「……そういえば、あなた、今はリリスお嬢様付きのメイドをしているのよね?」
不意に、隣に立つサチアが話しかけてきた。
「どう? リリスお嬢様との生活は?」
「……別に。特に何もないわよ。」
「アハハ、まあそうよね。でも、あの人の世話くらいじゃなきゃ、没落したあんたが公爵家にいられるわけないものね。あ、失礼。男爵で踏みとどまったんだっけ? ……まあ、あんな出来損ないとはいえ、公女様の侍女になれたんだし、あんたとしては上出来なんじゃないの?」
私は殴りたくなる衝動をぐっと堪え、黙って立ち続ける。
今の私は、お嬢様の侍女としてここに来ている身だ。こんなところで手を出せば、私がお嬢様に怒られる。
それに……お嬢様が耐えているのに、私だけ耐えないわけにはいかないもの。
「そういえば以前、お嬢様と一緒に独房に入れられていたメイドがいたわよね。たしかあの子も男爵家の出だったかしら? 男爵同士なら仲良くできそうだし、よかったじゃない。」
「……」
「あーあ。せめてリリスお嬢様も、普通に魔法が使えればよかったのにね。そうすれば、あんな容姿でも公女として扱われていたでしょうに。魔力のことは、きっと陛下にも知れ渡っているでしょうから……今ごろ、笑いものにされているかもね。」
止まらないサチアの言葉に、私は深く息を吸い込み、そのままゆっくりと吐き出した。
……そして、ほんの少しだけ言い返すことにした。
「サチア……お嬢様のこと、甘く見ない方がいいわよ。」
「……ふっ、なにそれ?情でも湧いた?それとも、エリスお嬢様の専属である私に嫉妬しているのかしら。」
「昔のよしみとしての忠告よ。お嬢様を、怒らせると大変なことになるわ。」
「アハハ。魔力目当てで作られたくせに、その魔力をほとんど持たずに生まれてきた出来損ないが? しかもあの中途半端な容姿で。何ができるっていうのよ。」
「……とりあえず、忠告はしておいたからね。」
それ以上は何も言わず、私は静かに扉の前に視線を戻した。
やがて、重厚な謁見の間の扉がゆっくりと開く。
すると、そこに立っていたのは、お嬢様二人とレオンハルト王子。
さらに、その隣にはもう一人。
白い髪の少年がいた。




